27.奴隷解放戦線
ディオさん達と別れて数時間。
この後の流れを簡単に話し終わると、やはり子供達はそわそわしながら暇を持て余してしまう。
なので、子供達が解放されたと奴隷商にバレないよう、子供達には静かにするよう頼んだ。体が弱い子には一休みするように伝え、とにかく体力を温存するように促した。
ここでは時間を確認する術がないので、ディオさん達が約束の時間に来てくれるのを待つ事しか出来ない。
「──ガキ共、行くぞ」
無愛想な声が聞こえて来たのでそちらに顔を向けると、地下の入口にディオさんとその仲間と思しき人影が見えた。
ついにこの時が来た! 私は子供達を見て、「さっき言った通りに出来る?」と聞く。すると子供達は何度も頷き、お願いした通りに綺麗に並んでくれた。
「訓練された兵士かなんかか……?」
「皆が凄くお利口さんでしたからね。それじゃあ、子供達の事はよろしくお願いします」
「──ああ。任せろ」
それに驚くディオさんに子供達を任せ、順番に地上に向かう子供達の背を見送る。地下室から私以外の人間がいなくなったのを確認し、一度深呼吸をする。
「……私も行かなきゃ」
静かな地下空間に、私の呟きは静かに響いた。長剣を握り締め、全反射を行い私も地下から出る。
階段を駆け上がって地上の建物に出ると、早々に奴隷商の男達とすれ違った。
不味いな、思っていたよりも気づかれるのが早い。
だが──子供達の事はディオさん達に任せると決めた。
それに私には目的がある。今後このような事が繰り返されないよう、今ここで奴隷商を徹底的に潰さねばならない。
だから今は彼等を信じて、私は私の成すべき事をしなければ!
「どうなってやがる!? どうして地下の商品共が脱走しやがったんだ?! そもそもどうやって鍵を開けたんだ!」
二階の入り組んだ廊下の突き当たり。その扉の向こうからしゃがれた叫び声が聞こえて来た。
「それがあの雇いの用心棒共が商品を逃がしたようで!」
「貧民街の乞食共が余計な真似を……ッ!!」
会話に聞き耳を立てていると、来た道の方からバタバタといくつもの足音が聞こえて来た。
隣の部屋に身を隠して扉の隙間から様子を窺っていると、
「ボス! 地下牢に壊されたような跡はありませんでした!」
先程地下に続く道の前ですれ違った男達が、子供達に関する報告をしに来たらしい。
……やはりこの先が管理を任されている男の部屋で間違いなさそうだ。
「誰だ鍵持ち出した奴ァ!! こんな不祥事があの豚子爵にバレたら俺まで処罰を受けるだろうがッ、何してくれてんだテメェ等!!」
ドンッ! と机に拳を叩きつけたような音が叫び声と共に聞こえてくる。何とも聞くに堪えない醜悪な本音だった。
「いいかテメェ等、死にたくねぇならさっさとガキ共を一つ残らず回収して来い! さもなくば殺す!!」
「はっ、はいぃ!」
「わかりましたッ」
男の怒号に追い出されるように、数名の男達が血相変えて部屋を飛び出してきた。そのまま、また同じ道を駆け抜けてゆく。
「あ? なんでこの部屋の扉が開いてんだ?」
「──っ!!」
その時、男達のうち一人が私が隠れている部屋に入って来た。様子を窺う為に開けていた扉から怪しまれたらしい。
大丈夫だ……今の私は全反射で姿を隠している。触れられでもしない限り、そう見つからない。
呼吸を止め、気配を消す。耳まで響く鼓動が集中を切らそうとしてくる。
ここで見つかったら大変だ。見つかる前に暗殺するか? その方が安全なら、殺るしか──!
「……ま、誰かが開けっ放しにしてたんだろ。ってこんな事してる場合じゃねぇ! 早くガキを連れ戻さねぇと!!」
そう言いながら男は部屋を飛び出した。
どうやら、一難去ったらしい。呼吸を再開し、何度か大きく肩を上下させる。
息が整ったらこっそり廊下に出て、奥の部屋に近づいた。開いたままの扉から見える室内には、ここのボスらしき男がいた。
「ふざけんなよどうやって逃げ出しやがったあのクソガキ共……ッ!」
「お、落ち着いてくださいボス。どうせすぐ連れ戻されますから……」
「用心棒共も大した事ないだろうし大丈夫だろうさ」
ボスとやらは酒瓶片手に忙しなく貧乏ゆすりをしている。どうやら相当ストレスが溜まっているらしい。
一人が酔っていて、二人は油断している──これなら案外簡単に制圧出来るかもしれない。
「ぐぁはっ!?」
断末魔が部屋に響き渡る。断末魔を発した男はそのまま地面に倒れ込み、ピクピクと体を痙攣させる。
「今度は何だ?!」
「分かんねぇがここは不味いぞボス! とにかくここから逃げ──」
ボスと呼ばれる男は恐怖に慌てて立ち上がり、その際に酒瓶を地面に落としたようだ。
もう一人の男がボスをここから逃がそうとしたので、急いでそれを阻止する。
「がッ?!」
一人目の男は演出の為にと大きく背中を斬らせていただいた。そして二人目は膝裏の腱を斬って移動能力を奪う。
これにて残るはボスとやらただ一人となった。
ここではじめて、私は全反射を解除する。──目の前に突然子供が現れた事により、男は無様にも腰を抜かして尻餅をついた。
「どうも初めまして、悪いおじさん。子供達の恨みを晴らしに来ました」
わざとらしく満面の笑みを作りながら、一歩近づく。すると男は「ひ、ひぃっ!? なっ、何だテメェ!」と、冷や汗を滝のように流しながら叫んだ。
「逃げられたら困るし、アキレス腱辺りを切っておこうかしら」
そんな事を呟きつつ、ちらりと男の足元に視線を落とす。……角度的に腱を切るのは難しそうだ。仕方がないけど諦めよう。
心持ち新たに、男の顔へと剣先を向けた瞬間。どこからともなく武器を手に持つ男達が現れた。
気づかなかったが、この部屋の中に更に別の部屋に通ずる扉があったらしく、そこからこの騒ぎを聞き付けて来たようだ。
くそっ、他にも護衛がいたのか……っ!
「相手は女一人だ、さっさと潰すぞ!」
剣を持った男が背後より斬りかかってくる。周りには武器を構える男が四人。
やれるか……? いや、やるしかない!!
「──大丈夫、私はやれる!」
己を鼓舞する為にも思い切り叫ぶ。
これに驚いたのか、男達は一瞬固まった。その隙に振り向いて背後の男の剣をいなす。そのまま相手の後ろに回るついでに、すれ違いざまに脇腹を斬る。
「ぐっ……テメェ……!」
相手は大人の男達だ。限られた空間内であれば、小柄な私の方が機動力に優れている。
とりあえず包囲からは逃れたものの、それでも四人の男を相手取る事に変わりはない。
「……子供だからって油断してたら、足元すくわれますよ」
意味深に笑い虚勢を張る。煽られたと勘違いして動きが単純化してくれたらいいんだけど。
それから数分間、私は男達とリアル鬼ごっこに興じていた。何度も剣や斧が振り下ろされたが、師匠との特訓のお陰で大抵躱す事が出来たのだ。
しかしこうも避けてばかりではジリ貧だ。こちらの体力が尽きる前にこの人達を制圧しなければならない。
その為にも一度距離を取り、相手がこちらに向かおうと踏み出したところでついに魔法を解禁する。
「水鉄砲!」
剣を一度鞘に収め、指先に魔力を集中させた上でそれを膨大な水と共に噴射する。
本来はその名の通り水鉄砲としてしか使われないこの初級魔法だが、込める魔力に比例して水圧と水勢が増す。
私は、この水鉄砲に本来の約二十倍程の魔力を込めた。──つまり。この何でもありのファンタジー世界においてこの超高圧水鉄砲は──、
「水鉄砲だァ? ンなガキの使う魔法で一体何、が──ぁッ?!」
「何が起き、て……!?」
人体ぐらいなら余裕で貫ける威力を発揮してしまうのだ!
一人の男のみぞおちの辺りを貫いて、水鉄砲はそのまま背後の壁にまで穴を空けた。
「ひぃぃ!? な、なんなんだよこのガキぃっ!?」
ボスとやらが顔面を蒼白とさせて叫ぶ。
超高水圧水鉄砲を目の当たりにして、完全に酔いが覚めたらしい。
「後二人!」
予想外の事態にあわをくう男に向かってもう一度突進し、剣を振る。
棒立ちだった男は私の攻撃に対応しきれずにあえなく腕を大きく負傷し、壁際まで逃げるように後ずさった。
動きを封じようともう一度水鉄砲を発動しようとした時。
「ふんぬぅッ!!」
「っ?!」
最後の一人が思い切り斧を振り下ろしてきた。死角からの攻撃で避ける事は叶わず、何とか振り向いて長剣でそれを受け止めるも、そのあまりの重さと衝撃に私の手や腕が悲鳴を上げる。
やっぱり、力勝負では手も足も出ない……!
駄目だ、このままじゃ手足は折れて斧で真っ二つにされてしまう。
「今だァッ!」
後方からそんな声が聞こえてきた。先程の男が軸足に剣を刺してきたのだ。
それにより、完全にバランスが崩れてしまう。
「まずい……っ!?」
地面に倒れこもうとする私の視界に移ったものは、白銀の長剣と、大きな斧とそれを振るう大男。
そして、眩い程に熱い緋色の光だった────。