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267.二度目の初恋をした。

「……──公子。貴方は自分が出来損ないだと、本当にそう思ってるのですか?」

「ええ、まぁ……ディジェル領の人間なら持ってて当然の肉体を持ってない、いわゆる異端者なので」

「もしかして、今までそうやって謗られて来たのですか?」

「そんな事は無いですよ。皆俺の体の事は分かってますから、わざわざそれを口にする事は無かったんです。ただ……『レオナード様は体が弱いんですから』って最初から何も期待されず、ただ失望され続けているだけで」


 うーん、何だか……王女殿下の様子が変だな? まるで、怒っているかのような雰囲気だけど。


「公子、貴方はわたくしが帝都で出来損ないの野蛮王女と呼ばれている事はご存知ですか?」

「……え? 知らない……です。帝都では王女殿下ともあろう方が、そんな風に呼ばれているんですか!?」


 ええええええええ?! 何それどういう事?!

 何で王女殿下みたいな凄く優れた方がそんな、出来損ないとか野蛮とか言われるんだ? というか誰だよそんな事言った奴絶対許さねぇ。


「はい。こちらはご存知かと思いますが、私は皇族でありながら氷の魔力ではなく水の魔力を持って生まれました。つまりは出来損ない、皇族の恥晒しなのです。公子は私をさも出来た人間のように語りますが……元々は、私も貴方が言うような出来損ないなんですよ」


 言われてみれば、確かに王女殿下はあの戦いの時水の魔力を使っていた。あの時は王女殿下の立ち回りに圧倒されてそこまで頭が回らなかったけど、改めて考えてみれば……あれ程おかしい事もない。

 王女殿下は本当に、氷の魔力を持たず水の魔力しか持たないというのか。そしてそれが原因で、恥晒しだとか出来損ないだとか謗られて……。

 そこでふと、俺は分不相応な言葉を抱いてしまった。

 ……──俺と同じだ。本来持つべきものを持たないという理由だけで、周りから落胆され罵られる。

 王女殿下は俺と同じなのだと、身の程も弁えぬ事を胸に抱いてしまった。夢見がちも極まればここまでいくのかと呆れてしまう程に、俺は──運命だなどと考えてしまっていた。

 そんな過ちをかき消すように、俺は必死に王女殿下の話について考える。


「……でも、王女殿下はあんなにも強くて、聡明で。出来損ないなんかじゃないですよ」


 改めて考えても、王女殿下は俺と違い出来損ないなんかじゃない。例え世間にそう言われていたのだとしても、絶対にそんな事はない。

 そう俺が伝えると、王女殿下はにこりと微笑んで、


「そりゃあ、私は人生の半分以上の時間を努力に費やしましたから。家族に認められたくて、周りを見返したくて……例え野蛮だ偽善者だと罵られようとも、私自身の意思を曲げるような真似だけはしたくなかったので、とにかく努力の日々を過ごしてきたのです」


 ハッキリと、言い淀む事もなく言い切った。


「努力…………」


 それを聞いて、俺は、脳内で反芻するかのように呟く事しか出来なかった。


「それしか、私には出来なかったから。本来持つべきものを持たずに生まれ、冷遇されるのなら……そんなもの関係無いぐらい強くなって周りを黙らせてやろうと。私の事を容易に害せないようにしたんです。その結果が、野蛮王女という呼び名です。そんな私を、貴方は出来損ないだと思いますか?」


 ───あ、違う……俺と王女殿下は同じだと思ってしまったけど、全然、そんな事はなかった。

 王女殿下は俺なんかとは違って、ずっと前を向いて自分の為にと歩み続けてきたんだ。

 なんだ。この立場から抜け出す事も考えず、ただ腐り落ちてゆくだけの俺とは違うんだ。

 彼女は……眩しさに目を細め、伸ばした手の隙間から見上げるような存在だ。

 遥か遠い空を羽ばたく、白銀の美しい鳥。地底に根を張るような俺とは違う、自由で意思に溢れた輝かしい人。

 ……俺と同じだなんて考える事が、そもそもの間違いだったんだ。


「……いいえ。とても、凄い方と思います」

「ありがとうございます。そう、例え元が出来損ないであったとしても本人の努力や才能次第でどうとでもなるのです。私がそのいい例でしょう」


 自分の言葉で、改めて彼女と違う事を痛感して落ち込む俺の目の前に、いつの間にか王女殿下の顔があった。

 突然近くに王女殿下の可憐な顔が見えたので、ついびっくりしていると、王女殿下が柔らかく微笑み口を開く。


「いいですか、公子。貴方は出来損ないなどではありません。寧ろその逆、天才なのです。貴方が短所だと思っているそれは短所なのではなく、貴方の長所が突出しているが故の代償だったのです」


 寝耳に水だった。そんな事、今まで一度も言われた事ないし、考えた事もない。

 ……天才? こんな俺が?

 それに、俺の短所が短所じゃなくて代償……? 王女殿下の言っている事がよく分からない。俺が天才だなんて、そんなの有り得ないのに。

 そう困惑していると、


「貴方には、世界中の誰もが羨み喉から手が出る程欲する強大な才能があります! 貴方は例え強靭な肉体が無くとも、その頭脳とその言葉だけで世界中の人間と渡り合えます。貴方に強靭な肉体が無いのは、出来損ないだからではなく不要だからなのです。貴方は、出来損ないなんかじゃないんですよ!!」


 王女殿下はいきなり立ち上がり、俺の顔を無理やり上向かせた。目と鼻の先に見える、王女殿下の綺麗な夜空の瞳。

 淡い桃色の唇が動く度、その鈴の鳴るような声が俺の心に強く刺さる。

 他の誰かから同じ言葉を言われても、きっと俺は信じないだろう。他ならぬ王女殿下が、こんなにも真剣に俺の目を見て言ってくれた言葉だから、俺の心にも強く響くんだろう。


「……で、も…………俺は、半端者で……何一つ、取り柄の無い男、で。貴女みたいな努力も、何も出来ない出来損ない、で…………っ」


 心に響いた王女殿下の言葉に共鳴するように、俺の声は震えていた。感情の抑制がきかなくて、震える口からは俺の本音が漏れ出ていた。


「そんな事ないですよ。貴方は立派な人です。まだその才能に気がついていないだけで、出来損ないなんかじゃないんです」


 すると、まるで幼子をあやすかのように、王女殿下は俺の事を優しく抱き締めた。

 優しさそのものと錯覚する温もりに抱かれて、驚くのも束の間。耳元には彼女の迷い人を導く聖女のごとき声が漂う。


「俺、俺に……本当に、そんな才能が、あるん……ですか」


 もう一度。もう一度言ってほしかった。

 貴女にもう一度言って貰えたならば、きっと卑屈な俺の心でもそうだと思えるから。

 だからお願い……もう一度だけ言って下さい。

 俺にも貴女みたいな才能があると、出来損ないの俺にも人に誇れるものがあるのだと、貴女の口から聞きたいんです。


「ありますとも。私が断言します、貴方は本当に才能に満ちた方ですよ。私の言葉が信じられませんか?」


 彼女の優しい吐息が耳にかかる。

 くすぐったいと思う反面、それがとても心地よかった。

 王女殿下の言葉で、俺の心はこれでもかと言う程に満たされた。俺という不完全な人間にあった無数のひびを、一つ一つ、彼女の言葉達が塞ぎ補ってくれたかのよう。


「…………いえ。貴女に、そう言われたら……本当にそうなのかも、って思えてきました」


 救われたような気分だった。

 初めてローズに『おにーしゃま』って呼ばれた時以来、初めて、生きてて良かったと心から思えた。

 本当は自分自身が一番嫌い疎んでいた、俺という存在を……今ようやく、受け入れられた気がした。好きになれた気がした。

 それと同時に俺は再確認する。

 ……──ああ、やっぱり彼女の事が好きだ。

 絶対に忘れられない初恋。この初恋だけは……きっと、永遠に俺の中に残り続けるだろう。

 途端に苦しくなる胸。耳まで届く自分の心音が、恋の熱で緊張している事実を突きつけてくる。頭の中が彼女の事で埋め尽くされてゆく感覚……俺はどうやら、二度目の初恋に酔っているようだった。


「ローズと過ごしていると、自然と公子の話になりまして……ローズから聞きましたよ。幼少期から大公の手伝いをして、ディジェル領の発展に貢献して来たと」

「えっ? 俺の話……?!」


 王女殿下の言葉に、俺は慌てて顔を上げた。

 ねぇローズ! 何でそんな事話したんだよ! 恥ずかしいじゃないか!!

 次々と王女殿下の口から飛び出す賛辞に、俺の頭は簡単にオーバーヒート。パニック状態になっていた。


「ぁあ〜〜〜〜〜〜〜〜っ! こんな風に褒められたの、初めてだってぇ……しかも王女殿下からとか…………!!」


 足をじたばたと暴れさせ、俺は恥ずかしさと嬉しさから、頬をでろでろに緩めていた。

 好きな人から褒められるとこんなにも嬉しいものなのか……幸せすぎて、これは夢なのではと疑ってしまう。

 ええいままよ! 夢とか現実とか関係無いっ、この際だから勢いで王女殿下に嘆願してしまえ!


「あ、あの……王女殿下。実は、お願いしたい事があるんですが……よろしいですか?」

「内容にもよりますが、構いませんよ」


 暴走し始めた俺の言葉にも、王女殿下は真摯に対応してくれた。

 その事に感激しつつ、深呼吸をして心を少し落ち着かせてから、俺は真剣な表情を作って口を開いた。


「俺にも、ローズと同じように接してくれませんか? いつまでも王女殿下に敬語を使わせる訳にもいかないな……とここ数日間思っていたんです」


 なんてもっともらしい理由を並び立てたものの、実際はただローズにヤキモチ妬いてただけである。

 ローズばっかりずるい。俺だって王女殿下に名前で呼ばれたいし、もっと仲良くなりたい。

 あわよくば知り合い……いや友達になりたい! 何事もまずは友達からだし。恋人とかそういうのはまだ考えられないけど、兎にも角にも友達にならない事には何も始まらないし!


「……オーケイ分かったわ! それならレオって呼んでもいいかしら?」


 まさかの愛称呼び。ギュンっと心臓が締め付けられた。


「ありがとう……ございます。嬉しいです」


 自然と口角が上がる。王女殿下の声で『レオ』と呼ばれてしまった。それを強く噛み締めては、多幸感に満たされる。

 そこで、王女殿下が何かを思いついたように表情を明るくして、


「じゃあ私の事も名前で……」


 何とも畏れ多い事を提案しようとした。俺はそれに気づいた瞬間、食い気味にお断りの言葉を口にした。


「あ、それはちょっと無理です。急に名前呼びとか難易度高いし……俺みたいなヘタレには無理…………!」

「何でぇ?!」


 刺があるような言い方になってしまったが、後半が俺の本心である。

 いや無理! 俺みたいなヘタレ卑屈陰気男に、初恋の相手の名前を呼ぶとか絶ッッッッッ対に無理!!

 俺にはまだ早すぎるんだよ……ローズみたいに同性ならまだ難易度も低かったのかもしれないけど、実際問題俺は男だし人生十六年目とかでの初恋だ。

 恋愛小説は沢山読んできたから知識はあるけど、実際にどう動けばいいかとか全然分からない。

 だからごめんなさい、王女殿下。

 大変ありがたい申し出ではございますが、俺にはまだその資格がございません。だから、貴女が仰ってくれた才能が無事開花されたその時には、改めて俺の方から御名前を口にする許可が欲しいとお願い申し上げる事をお許し下さい。


「…………あーあ。まさかローズと本気で彼女を取り合う事になるとはなぁ……どうしても、勝ちを譲る気にはならないけど」


 王女殿下が侍女に連れられ寝室に戻り、俺は談話室に一人残される。

 そこで天井を仰ぎ、人生初の兄妹喧嘩になるかもしれないと悲観する。だがどうしてだろう……これでいいのだと思えてくるのだ。

 それは多分、相手が王女殿下だからだろう。お互いに、本気で好きになってしまっても納得がいく人だから。


 ……──あぁ、本当に。あの女性ひとが初恋で良かった。


テンディジェル兄妹が陥落しました。

いよいよ大公領編もラストスパートです。

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