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259.私は理想と出会った。

ローズニカ視点の小話です。

 私には、昔から歌しかなかった。

 音の魔力を使った歌。たくさんの人に響く歌。

 それだけが私の全てだった。


 私には三つ歳上の兄がいた。かっこよくて、頼りになる私だけのお兄様。お兄様がいてくれたから、私はいつも寂しくなかった。

 私のお父様は現大公の伯父様の弟で、お母様はお父様が外の世界で岡惚れして相思相愛になったというお嬢様。

 私はお父様もお母様も好きなんだけど、でも、皆はお父様とお母様の事が受け入れられないと口々に揃えた。

 これまでのディジェル領では外部の人が大公家に嫁ぐ事が無かったようで、お父様とお母様が結婚する事に大反対だったらしい。

 だけど伯父様は領民の反対を押し切って二人の結婚を許した。その時ばかりは伯父様にも文句が集まったらしいんだけど、伯父様がお父様と一緒に領民を説得した。

 その末に、お父様とお母様の間に生まれたお兄様と私は……領民に腫れ物のように扱われていた。

 だから幼少期はほとんどお兄様と二人きりで過ごしていた。

 お父様とお母様は領民から認められようといつも仕事にかかりきりだったから、幼い私はいつもお兄様と一緒だった。

 絵本や物語を読んで、必ず幸せなハッピーエンドを迎えるそれに憧れていた。お兄様と一緒に幸せになりたいなってずっと思ってた。四歳ぐらいになるまで、私の世界はお兄様が全てだった。


 四歳ぐらいの時、疲れてるお父様達に元気になって欲しくて、初めてお兄様以外の人の前で歌った。その後みるみるうちにお父様達が元気になって、気がついたらその事がどこからか街の人達に漏れて噂になっていた。

 最初こそ皆が眉唾ものだと噂を疑ったけど、お父様がこれを好機とばかりに私に言ったのだ。


『ローズ……皆の前で、パパにしたように歌ってくれるかい? そしたらきっと、皆がローズ達の事を受け入れてくれると思うんだ』

『みんなのまえで……ひとりじゃこわいよぅ』

『それならレオも一緒に行かせよう。レオと一緒なら怖くないな?』

『おにーしゃまもいっしょなら、だいじょうぶ!』


 優しく私の頭を撫でて、お父様は申し訳なさそうに笑った。

 それから初めてお城の外に出て、お兄様と一緒に領民の前に出た。街の人達は私達兄妹の見た目に少し騒ぐ。

 両親も侍女達も、私達が美形兄妹だとずっと言っていたので、私は物心ついた時から自分が可愛い自覚はあった。お兄様は言わずもがな世界で一番かっこいい。

 だから見た目で騒がれる事には驚かなかった。お兄様が傍にいてくれたから、特に緊張もせず歌う事が出来た。

 楽しく、ただ皆に元気になって欲しい一心で歌った。

 それが始まりだった。

 私は、ローズニカではなく──……鈍色テンディジェルの歌姫と呼ばれるようになった。

 それからは私とお兄様への周りの態度が一変した。お兄様はその優しい王子様のような見た目で、領民の女の子達からきゃあきゃあと騒がれるようになった。

 それと同時に私は歌姫と呼ばれるようになって、日々皆の為に歌っていた。朝も昼も夜も、誰かが傷つき苦しんでいたら私は歌っていた。必要とされたらされただけ、がむしゃらに歌った。


 最初は楽しかった。歌う事は大好きだったし、私が歌えば皆が喜んでくれる。だから頑張れた。

 だけどいつしか……歌う事が楽しくなくなった。つらくなった。

 皆は私の歌を楽しむんじゃあなくて、私の歌で得られる副次的効果だけを目的としていた。それだけを、私の存在意義として見出していた。

 そんな人達から傷病を癒す為の手段として作業的な歌を求められるようになり、疲れ果てた私の歌は、心のこもっていないものへと成り果てた。

 それでも歌う事をやめる訳にはいかなかった。だってこれが私の全てだから。私とお兄様がこの地で生きる為に必要な事だったから。

 お父様はお母様の居場所を作ろうと頑張っている。だから私も、私とお兄様の居場所を作ろうと頑張っていた。それが、歌だった。鈍色テンディジェルの歌姫だったのだ。

 歌姫である間は、私達に居場所が保証される。私達という半端な存在を許される。愛するお兄様と一緒にいる為には、私は歌姫であり続けなくてはならなかった。


 ……なのに、私は。


 ただでさえ、心労からロクに歌えなくなっていた頃、大怪我をした人が私の元を尋ねて来た。

 私はそんな大怪我は治せないと何度も繰り返した。全盛期でも治せないのに今の私に治せる訳がない。それなのにその人は、全く疑っていない純粋な瞳で私に告げた。


『──貴女は歌姫なのだから、出来るに決まっている。出来て当然だ。だってローズニカ様は我等が歌姫なのだから!』


 私の歌への歪み膨れ上がった信頼が、私の息を止めるかのようだった。恐ろしい程に純粋なその期待と重圧が、重く重く、汚泥のように体中に絡みつく。

 その時、お兄様は伯父様の手伝いで傍にいなくて、私一人だった。

 とても心寂しかった。心臓が潰れてしまいそうな程に辛かった。絶対に出来ない。無理だ、歌えない。

 でも、やらなきゃいけなかった。それが私達が生きる為に必要な事だから。歌姫わたしの存在意義だから。

 だから歌った。お願いだから治って、お願いだから元気になって。懇願するように歌ったけど、結局、私の歌は所詮その程度だったのだ。


『──何で治せないんですか? ローズニカ様は我等が歌姫でしょう、どうして歌姫なのに何も治せないんですか?』


 失望とも違う、呆れとも違う、純然たる疑問。

 私が皆を癒せる事を当然と信じて疑わない人達によるその疑問や、鈍色テンディジェルの歌姫にかけられた重圧が、私の心をとことんメッタ刺しにした。

 もう無理だ。もう嫌だ。

 ……そう思った瞬間私は心労が祟って倒れ、目が覚めると──歌えなくなっていた。

 お兄様はこの事について関わった全員に厳重な箝口令を敷き、表向きには『喉を痛めて歌えなくなった』『その影響で音の魔力の効果も激減している』と広めていた。

 それであの時の領民も納得したらしい。


『成程、それなら納得です。そうでなければローズニカ様が治せない訳が無い! いやしかし、喉を痛めているのに無理に歌わせてしまい本当に申し訳ございません』


 そう言っていたとお兄様から聞いた。その言葉が更なる重圧となってのしかかる。

 それからもう半年が過ぎた。私は私の存在意義を失い、領民から日々向けられる期待と信頼の声に怯えるようになっていた。

 このままだとお兄様と私の居場所がなくなってしまう。お兄様と一緒にいられなくなる。だけど、今の私には何も出来ない。存在意義を、この命の価値を証明する事が出来なかった。

 私の嘘が領民にバレるのも時間の問題。処刑執行を待つ罪人のような気持ちで、私は新年を迎えた。

 ただ冷たく物悲しいだけの冬だと思っていた。終わりを待つだけの日々。希望なんて何一つとしてなかった。


 だから、あの方と出会った時はとても驚いた。とてもはしゃいでしまった。

 まさか終わりを待つだけだった私の最期に、こんな素晴らしい出会いがあるなんて。お兄様の言う通り、私達の好みの真ん中を思い切り撃ち抜いたような女の子。

 雪間に儚く煌めく白銀の長髪。満点の星空を描いたような瞳。神様が一つ一つ丁寧に描いていったかのような端正なお顔。何もかもが美麗と言わざるを得ない、幻想的な雰囲気を纏うお姫様。

 何度も夢見た物語からそのまま飛び出してきたような、私達の理想あこがれそのもの。

 そんな人が目の前に現れて、見蕩れないわけないよね? 一目惚れしないわけがないよね?

 ……──お兄様の言う通り、私は、あっという間に恋に落ちてしまったのだ。


「ほら、お前達もアミレス王女殿下に挨拶しなさい」


 私がお兄様の肩越しに王女殿下に見蕩れていると、お父様に背中を押されて前に出される。


「あ、えっと……足元も悪い中、ようこそお越しくださいました、王女殿下」

「ディジェル領領民一同、王女殿下を心よりおもてなしいたします!」


 お兄様に続き、私は慌てて挨拶した。

 もっとちゃんとした言葉を考えていたのに。あのお兄様が一目惚れしたと言う女性に、私はきちんと挨拶するつもりだった。

 うちのお兄様が一目惚れするに相応しい女性なのか、見定めるつもりでいたのだ。

 そしたらこれである。考えていた文言など全て飛び、咄嗟にありきたりな言葉しか口に出来なかった。


「……きゃ……っ!」


 あの、物語に出てくる妖精の宝玉と見紛う星空の瞳と、目が合った。ただ目が合っただけなのに、動悸が凄まじい。

 赤くなった顔を見られたくなくて、思わず顔を逸らしてしまった。でも王女殿下は見たい……そんなめちゃくちゃな私は、その後もちらちらと王女殿下を見つめていた。

 昔一度だけ、お兄様と一緒に皇太子殿下とも挨拶した事があるけれど……皇太子殿下とは一線を画す美しさ。見た目はかなり皇太子殿下と似ている筈なのに、何故か皇太子殿下と王女殿下の美しさには歴然の差を感じる。

 これが、初恋補正というものなのかな。


「改めまして、わたくしはアミレス・ヘル・フォーロイトです。そしてこちらの二人はわたくしの騎士イリオーデと侍女ルティですわ」

「ああっ、申し遅れました。私は大公の弟のセレアードと申します。こちらは我が子のレオナードとローズニカです」


 王女殿下が挨拶すると、まずはお父様が挨拶をした。それに続くように私達も挨拶する。


「レオナードです。よろしくお願いしま……」

「ローズニカですっ、何卒、よろしくお願いします王女殿下!」


 お兄様が照れ照れしながら挨拶したものだから、私はうっかり食い気味に名乗ってしまった。お兄様が唖然とした顔で私を見る。

 お兄様は既に王女殿下と会ってるんでしょう? なら別に私が王女殿下に挨拶してもいいじゃない! そんなに驚かなくてもいいじゃない!!


あと二話程続きます。

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