26.ある男の懸念
取引後のディオリストラス視点の仲間との話です。
「アニキはどう思うの、スミレちゃんの事」
地下から出て仲間の元に向かっていると、エリニティが突然そんな言葉を零した。
その言葉に釣られ、あの桃色の髪のガキを脳裏に思い浮かべる。
──突然人の背中に飛び蹴りを食らわせてきたガキ、名をスミレというらしい。
いざ攻撃を受けるその時まで気配も無く、姿も見えず、完全にこちらの虚をついてきた。
その片手には女子供には不似合いな長剣が握られていて、そのガキは俺を蹴飛ばした後、俺を見下ろして言い放った。
『──子供好きのお兄さん。ここにいる子供達全員を助ける為に、私と取引しませんか?』
子供らしくない不敵な笑みを浮かべて、ガキは提案してきた。──ここに捕まってるガチ共を逃がす為に、俺達の力を貸せと。
どうやらあのガキにはここのガキ共を逃がす算段があるらしい。あいつの言葉は自信に満ち溢れていて、成功以外ありえないとでも言いたげだった。
だからか、俺は真剣に話を聞いていた。
いつもならガキの戯言だって笑って一笑に付しただろうが、今日は何故かそうしなかった。
何でかは俺にも分からん。ただ、何となく──コイツの言葉は信用に値すると。そう思ったのだ。
「……何もかもが意味不明だな。ガキ共を助ける為に自分から奴隷商に捕まるとか正気じゃねェ」
「肝が据わってるよね〜」
仲間が待機している場所に向かう途中で、奴隷商への報告を終えたバドールと合流し、俺達は仲間の元へと戻った。
そこは、この建物内で唯一俺達に貸し与えられた一室。
用心棒として夜間の巡回と警備を任せられている俺達は、夜が明けるまでその部屋に待機し、交代ごうたいで建物の警備を行う。
俺とエリニティとバドールが巡回担当。警備は他の仲間達が二人一組で代わる代わる担当している。
この時間は──クラリスとイリオーデか。
部屋に戻ってもあの二人には作戦を共有出来ないのか……ガキ共の護衛を頼まれたのに、よりにもよって戦闘能力が高い二人が不在とはな。
「戻ったぞ」
そう言いながら待機部屋の扉を開ける。それぞれ自由に待ち時間を潰している仲間達が「おかえりー」「お疲れ様」と返してきた。
現在この場にいるのは警備中のクラリスとイリオーデを除いた俺達含め九人。
俺、エリニティ、バドール、メアリード、ルーシアン、ジェジ、ユーキ、ラーク、シャルルギル。
ぐるりと仲間達を見渡して、俺は早速例の作戦について切り出した。
「──お前等に話があんだ」
あのガキの事やアイツとした取引の事を話そうと、俺は一度腰を降ろす。
一連の説明を終えると、ラークが顎に手を当てて考え込む仕草を取っていた。
「まさかそんな事が起きるだなんてね。まさに渡りに船──その女の子が本気なら、俺達が協力するのもやぶさかではないね」
「お前ならそう言うと思って、既にこの件は受けてある。だからクラリスとイリオーデにもこの事を話したいんだが……」
「それならジェジに伝言を頼もうか。俺達の中で一番足が早いのはジェジだからね」
ラークがそう言うと、ジェジは一対の獣耳とフサフサの尻尾を揺らして立ち上がった。
「はいはーーい! オレ、ちょー頑張る!!」
「……頼むから、伝言内容忘れるなよ」
「任せろぉ!」
ふーんと鼻息を鳴らし、ジェジはしたり顔で部屋を飛び出した。
「話は戻るが──俺はあのガキの言葉を信じて、ガキの考えた無茶な作戦に加担する事にした。俺達がアイツの考えた無茶な作戦を、無茶で無謀なものじゃなくしてやるんだ」
長剣を得物とし、身体能力に優れ、牢の鍵を簡単に開けた、王者の風格を感じさせる変わった女。
たったの十二歳だってのに自分一人で何とかしようとしてた無謀なガキを、放っておく訳にもいかねぇだろ。
今回はたまたま俺達がいたが……多分、アイツは俺達がいなくても一人でこの作戦を敢行していただろう。
会って数十分ぐらいしか経ってないが、何故かそんな確信すらある。それ程の危うさが、あのガキにはあるのだ。
アイツに頼れる大人がいないのなら、俺達がそれになってやればいい。ただそれだけの理由で俺はアイツの提案を受け入れた。
正直、報酬とかは期待してないしそもそも信じていない。あんなちっせぇガキに金やら地位を与えるって言われて信じられる方がおかしいだろ。
考えてもみろ、突飛な事を言い出すぐらいアイツは大人の力を欲している。それも……ガキ共を救う為にときた。
それなら、同じようにガキ共を救いたいと思っていた俺達が力にならないと。──そう考えても、なんら不思議じゃねぇだろ?
「作戦の事は分かった。とにかく合理的に子供達を守れば良いんだな? 任せろ、合理的に護衛してみせる」
眉間に皺があるものの、シャルルギルは凛とした顔で言い切った。しかしそれに、
「シャル兄合理的って言葉言いたいだけでしょ」
「絶対に意味理解してなさそうだね」
「……あの人、覚えたての言葉を使いたいだけだから」
メアリードとルーシアンとユーキからド直球の辛辣な言葉が投げられる。
仲間達が和気藹々とくだらない会話を繰り広げる。一応仕事中なんだがな、とため息をつきながら額に手を当てた。
ふと、俺は横に立つバドールにちらりと視線を送った。するとバドールは、諦めろとばかりに瞳を閉じて首を横に振るばかり。
コイツ等の勤務態度については、もはや匙を投げるしかないらしい。
「──作戦決行は数時間後、日付が変わった頃だ。俺達でガキ共を迎えに行って、そのままこの建物から抜け出す」
気を取り直し、作戦の概要について改めておさらいする。
「ガキの中には怪我してたり体力がねぇ奴もいる。ソイツ等の事も考えると長距離を逃げる事は不可能って事で、近くの噴水広場まで逃げる事になった。そして──……噴水広場まで、俺達は全力でガキ共の護衛をするぞ」
分かったな? と確認すると、全員がこくりと頷いた。
それから数十分後、向こうで話し込んでいたらしいジェジが戻って来た。
無事にクラリスとイリオーデにも作戦の概要を説明出来たと胸を張るものだから、全員でジェジの頭や尻尾を撫でて褒めてやる。
ジェジは顔を真っ赤にして困ったように照れていた。コイツは真正面から褒められるのに弱いのだ。
────そして、ついに日付が変わった。
警備担当の交代時間に合わせて、全員でこっそりと部屋を出る。
あのガキは商人の奴等が眠ってるのを期待してたが、商人共は明け方までどこかの一室で酒を片手に大騒ぎしている筈だ。
地下のガキ共が全員逃走したとなりゃ、相当な騒ぎになるだろう。いくら商人共が酔ってるとはいえ、騒ぎには確実に気づく筈だ。──だから、その時の為に俺達がいる。
俺達は俺達の役目を果たす。それだけを考えて全力でガキ共を守ろう。
……──ただ少し心配なんだが、本当にアイツは一人で大丈夫なのか?