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256.ある王子の変質

「よっ、マクベスタ。最近調子どう? なんかあったならいくらでも愚痴聞くぜ?」


 カイルは飄々とした人間だ。こうやって突然現れては、いつもオレの核心をつく。

 そういう所も嫌なんだ。どうして……よりにもよって、オレ相手の時だけそんな風に接するんだ。

 何で、オレの体調の変化にお前はすぐ気がつくんだ?


「……聞いた所で、お前には何も分からないだろう」

「それは実際に聞かねーと分かんねーよ。調子どう? とか聞いたけど体調悪いのは目に見えて分かってんだよ、とりあえず休めよな」

「休息は十分に取ってる。心配には及ばない」


 眠らなくても、ケイリオル卿がくれた物のおかげで疲労自体は解消出来ている。精神面はもはや手の施しようが無い。よって、特に問題は無い。

 こうしてどれだけオレが悪態をつこうと、カイルは全然気にしていない様子だった。寧ろ何故か微笑ましそうに生温かい目をいつも向けてくる。

 だが、今日は少し毛色が違った。


「あのさ、マクベスタ。無理は禁物だからな。それでもし倒れたりして、アミレスに心配かける事になってもいいのか?」


 いつもなら適当な所で引き下がるのに、今日に限ってカイルはしつこく絡んでくる。


「……無理でもしないとやってられないんだ。そもそも、いちいちお前に口出しされるような事でも無いだろう」

「そりゃそうだけどさ、俺はマクベスタの事めっちゃ好きだからやっぱ心配っつぅか……推しの異変には流石に気付くっつぅかぁ……」


 そこで、オレの中で何かが切れた音がした。


「──っ、オレはッ! オレはお前の事が嫌いだ! お前の事が妬ましくて仕方無い! オレより後に彼女と出会った筈なのに、オレの居場所も欲しいものも全て奪っていったお前が憎いんだ!!」


 暫くアミレスの無事を確認出来ていなかった、限界ギリギリの精神状態。そんな状況で理性が働く筈も無く、爆発したかのように卑しい本性が牙を剥いた。


「どうしてオレじゃ駄目なんだ!! オレだって戦える、オレは何があっても裏切らないしいくらでも力になるのに! どうして……っ! どうしてオレじゃなくて、お前達ばかりが選ばれるんだ……?」


 息を荒くして、思いのままに言葉を吐き出す。その時オレはカイルの顔を見られなかった。ずっと、雪が敷き詰められた地面を見ていた。

 だからひとしきり叫んだ後、ゆっくりと顔を上げると。


「…………そ、っか……ごめん、ごめんな、マクベスタ。俺……そんなつもり、じゃ……」


 いつもヘラヘラとしているカイルが、今ばかりは酷く動揺しているようだった。

 まるで、本当に傷ついているような、そんな表情をしていた。


「なあ、マクベスタ。こんなの……何の気休めにもならないと思うけど、これだけは言わせてくれ。あれもこれも全部、お前の為なんだ。それと、俺は──……お前の恋を心から応援してるから」


 その上でカイルはいつもより覇気の無い笑みを作り、「邪魔して悪かったな」と言い残して早足にこの場を去って行った。

 ……ああ、オレは、最低だ。嫉妬から逆上し、カイルに暴言を吐いた。カイルだって一人の人間なのに、オレは……!

 あいつは……距離を把握しかねていつも雑な態度ばかり取っていたオレにも、変わらず接してくれた良い友達なのに。

 暴言を吐いてもなお、ああやって応援するなどと言ってくれる間違いの無い善人なのに。

 オレは、弱い心を言い訳にして他者を傷つけてしまった。なんて、最低最悪な男なんだ。

 そんな事があって、オレはカイルと顔を合わせ辛かった。それでも次に会った時には暴言を吐いた事を謝ろうと決めた。

 だがそんな時、見計らったかのようにカイルはハミルディーヒ王国に戻り、それからは一度も会っていない。

 結局、カイルに謝れないまま新年を迎えた。

 師匠も何か用事があるとかで、アミレス達が旅に発ってから二週間程経った頃に精霊界に戻り、オレは変わり映えの無い単調な自主練の日々となった。

 元々精神状態は限界ギリギリなのに、そんな状況で無心で打ち込めるものまで減るなんて不幸だな…………そう思っていた時。雪と同化して見える白い髪を揺らして、シュヴァルツが素振りをするオレの元にやって来た。


「やほやほ〜、今日も元気に狂ってんね! 見てて実に愉快愉快☆」

「……何の用だ?」

「色々と助言……うん? いや、違ぇな。師事(おし)えてやろうかと思って」


 あまりにも突拍子の無い話に、オレは怪訝な目でシュヴァルツを睨んだ。

 しかし、シュヴァルツはやけに楽しげに鋭く笑うだけで。


「生きとし生けるもの全てを殺す剣ってやつを、お前に教えてやるよ。何なら剣もやろう。丁度いいのが余ってんだよねぇ」

「全てを殺す剣……?」

「そう、全てを殺せる剣術。と言ってもぼくが少し前に適当に編み出した独自のヤツだけどね」


 そう言って、シュヴァルツは指をパチンっと鳴らした。すると彼の足元に白い魔法陣が浮かびあがり、そこから大きな純白の箱が現れた。

 シュヴァルツはそれを指さして、「開けてみなよ」と告げる。訳も分からないままとりあえず言われた通りにすると。


「何だ、この上等な剣は……」


 箱の中には、随分と綺麗な黒と金の鞘に収められた長剣ロングソードが入っていた。アミレスの持つ魔剣白夜と比べても、さほど遜色のない綺麗な剣だった。


「それは聖剣ゼース。別名は雷霆を下す者、って言うらしくてさ。なんかお前にピッタリだな〜って思ったんだよねぇ。丁度処分に困ってたからやるよ、それ」


 あっけらかんと語るが、聖剣ゼースと言えばこの世界にたったの三本しか生み出されなかった聖剣のうちの一本では? 大昔の大戦で失われたとか言われてる剣を、何でシュヴァルツが持ってるんだ……?

 最初こそかなり疑問に思ったものの、途中から考えるのも面倒になってきて。


「……貰えるものは貰っておくか」


 考える事を放棄して、オレは聖剣に手を伸ばした。掴んだ時に一瞬静電気のようなバチッとした音と衝撃を感じたが、それ以外は特に何も無く剣を手にする事が出来た。

 妙に手に馴染む聖剣を鞘から抜いて構える。どうやらこの剣の別名に相応しく(オレ)の魔力とは相性がいいようだ。


「いいじゃーん。ようしこのまま、精霊のとはひと味違う全てを殺す剣を教えてやろう!」


 どこからともなく長剣ロングソードを出してそれを構えたシュヴァルツが、何の前触れもなく突進してくる。

 まさかの実戦で教える形式。特にやる気とかはなかったのだが、全てを殺す剣は気になるし、何よりこうやって戦っている方が何も考えなくて済む。

 だからオレは大人しくシュヴァルツと戦っていた。予想よりも遥かに強いシュヴァルツに少し戸惑いつつも、ただ無心に……気晴らしにと戦う。

 そして暫くして、オレはシュヴァルツに問いかけた。──どうしてこんな事をしているのか、と……。

 シュヴァルツはニコリと悦楽に瞳を細めた。


「だってこうした方が面白いじゃん。それに……お前、強くなりたいんだろ? 強くなってカイルなんかよりもずっとずっと強く頼もしい人間になりてぇんだろ? だから力を貸してやろうと思って。ぼくはとっても優しいからね!」


 カイルより、強く……。

 ああそうだ。オレはカイルより強くなりたい。あいつよりも強く頼もしくなって、彼女に頼られるオレになりたい。

 あんな子供じみた嫉妬で暴走しないで済むよう、オレ自身がもっと上に登り詰めたい。

 シュヴァルツにこの話を持ちかけられたのが比較的、いつもよりかは気分が高揚している今日でよかった。昨日とかだったら、あまりのやる気の無さから迷った末に断っていた可能性すらもあると思うと、何と勿体無い事なのかと後悔するだろうから。


「そうだな。感謝するよ、シュヴァルツ。剣を教えて貰える上に、気晴らしに付き合ってくれて助かる」

「ぼくとの対戦を気晴らし扱いとか、バーサーカー状態のお前中々にヤバい事言いやがるな。理性ぶっ壊れてるからか全殺剣すべころけんへの適正も異常に高いしさぁ」

全殺剣すべころけん………………ああ、略したのか」

「お前マジで今頭働いてないな」

「そんな余裕が無いからな。こうも精神崩壊一歩手前みたいな状況だと、何も考えずにただ剣を振るのが一番楽なんだ。まぁ……もうすぐ精神面も限界が来そうだが」


 アミレスが旅に出てから、こんなにも誰かと話したのは初めてかもしれない。シュヴァルツ相手だと取り繕わなくてもいいと思えてしまうのだ。


「そんなにおねぇちゃんに会いたいの?」

「当たり前だろ。彼女に会えないだけで毎日死にたくなるんだ」

「末期じゃん」

「末期だよ、もう」

「ほんっとにアイツの事好きだなァ、お前。恋慕の方向性イカれてるけどよ」

「はは、そうかもな。これがまともな恋心ではない事は、オレが一番よく理解してる」

「だから告白しねぇの?」


 いつの間にか、話題は恋話と呼ばれるものへとシフトしていた。やたらと楽しそうにシュヴァルツが質問責めしてくるので、オレは一応それに答えていく。


「…………何度か、オレはお前が好きなんだって叫びたい時があった。思わずポロッと零しそうにもなった。でも、出来ない。オレは彼女を苦しめるような事だけはしたくないんだ」


 だって既に一度、彼女が最も恐れる事を──その危険を冒させてしまったから。その末に彼女を泣かせてしまった。恐怖を目の当たりにさせてしまった。

 だから、オレは。もう二度と彼女を苦しめるような真似だけはしないと心に決めた。

 愛情が分からず、結婚を不要と考える彼女にとって、恋心こんなものは負担そのものだろう。

 それを一方的に抱かれ押し付けられるなんて迷惑以外の何物でもないだろう。

 そして何より。とてもお人好しで優しい彼女はそんな一方的な恋心ものに対しても、真剣に考え悩み……やがて答えを出してくれるだろう。

 それが嫌だった。こちらの都合で押し付けた恋心もので、彼女がほんの少しでも迷い悩む事になるのが嫌だった。そんな事で苦しめたくなかった。

 だからオレは、彼女に告白なんて出来ないのだ。


「ふぅーん、まぁ、お前がそれでいいならいーけど」


 シュヴァルツはどこか不満げに言葉を漏らす。

 それと同時に懐から懐中時計を取り出し、「やっば、そろそろ掃除戻らねぇと」と言って焦燥感を垣間見せて。


「じゃあぼくはそろそろ仕事に戻るから。続きはまた明日、同じ時間にここで〜」


 長剣ロングソードを白い魔法陣の中に落とし、シュヴァルツはこの場を後にしようとした……が、すぐにピタリと体を止めて踵を返した。

 ずいっと目と鼻の先まで近寄って来たかと思えば、シュヴァルツはその金色の瞳で鋭くこちらを見上げ、


「……──優しいぼくから助言してやるよ。告白とか、そういうのは出来るうちにやっておいた方がいいぞ。そのうち確実に後悔するからな」


 シュヴァルツらしくない真剣な面持ちで口を開いた。


「精霊共は本気だ。アイツ等は本気で彼女を愛してやがる。だからこのままだと、いずれ確実に彼女を精霊界に引き摺り込むぞ」


 その言葉に衝撃を覚え、表情筋がまともに仕事をする。

 この頭では理解に少し時間がかかり、遅れてその言葉の真意を問いただそうとするも……シュヴァルツは瞬く間にオレから離れていて、聞くに聞けないままその背を見送る事になった。

 シュヴァルツの言っていた事は本当なのか。それを確認しようにも師匠は暫く人間界に来れないと言っていたし…………シルフだってかれこれもう半年以上声も聞いてない。

 まさかシルフ達に限って、アミレスの意思を無視して無理やり……なんて事は無いだろうが、それでもあのシュヴァルツの剣幕がオレの中に一抹の不安を残留させる。

 もしも、シュヴァルツの言った事が真実となったなら。

 それがアミレスの意思を無視しての事だったとしたら。

 その時は──


「……精霊達を殺してしまえばいいか」


 例えそれで彼女に嫌われても構わない。彼女の意思を守れたのなら、オレも多少は死ぬ事への抵抗が無くなるだろうから。

 シュヴァルツが教えてくれた全てを殺す剣とこの聖剣なら、頑張れば本当に何だって殺せる気がする。

 精霊を殺せるぐらい強くなれば、きっとカイルよりもずっと強くなる事だって出来ているだろう。目標は高い方が悩まないで済む。

 よし、これで行こう。


 例え精神こころが壊れようとも、オレはお前を守る為なら何だってするよ、アミレス。

 本当に、何だって──……。


マクベスタが覚醒(闇堕ち?)しました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 最初は爽やかで、ザ・王子様だったのに…闇落ちをしてしまった…! でもどっちのマクベスタも好きだし…まぁ!いっか! ところで、シュヴァルツが精霊達の企みに気付いたのは、何故ですか? 勘でしょう…
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