253.暗躍はお手の物です。3
「主君。時間は有限ですし、夜中に何かをなさるという事も理解出来ます。しかし、今日のようにいつどこで不測の事態が訪れるやも分からない以上、一人で何かをなさるのはおやめください」
泳がせていた視線をまっすぐ私に向けて、アルベルトは諌言を呈する。
「いついかなる状況であろうとも、俺は主君のお傍に馳せ参じます。主君のご意志のままに動きます。ですのでどうか、俺を……俺達を呼んでください。例え行く先がこの世の果てであろうとも、俺はどこまでもお供しますから」
その時、私は自分の耳を疑った。
だってこの台詞は、内容に多少の違いはあれど……彼の弟が言う筈のものだから。
ゲーム一作目で、ハミルディーヒ王国とフォーロイト帝国との戦争に参加しなくてはならなくなったミシェルちゃんに、サラが平気なフリをして伝えた台詞。
『ミシェルさん。もし何かあれば、僕を呼んで。どんな時でも、例えどこにいても、絶対に君の元に駆けつけるから。戦場でも地獄でもどこへだって駆けつけてみせるから』
この時、サラは既にミシェルちゃんに心を奪われていた。しかしサラはあくまでもフォーロイト帝国から来たスパイで、ミシェルちゃんは彼の監視対象だ。
ミシェルちゃんの味方になるという事は祖国を裏切る事であり、彼自身が処分を免れないような命令違反だった。それでもサラはミシェルちゃんを愛してしまったが為にこの台詞を吐いたのだ。
サラが一世一代の覚悟で口にしたその台詞を、彼の実の兄の口から聞く事になるなんて。
それだけ、アルベルトが私の味方として私に尽くしてくれている証拠なのだろう。
「……──ありがとう、アルベルト。これからはちゃんと呼ぶようにするね」
心強い味方がいる事に安堵し、喜びから私の頬は自然と緩んだ。
暖炉の灯りだけが頼りの暗い部屋の中、アルベルトと微笑み合う……かと思われたのだが。アルベルトが途中で思い出したかのように顔をまた赤くして、「すみませんっ!」と言って慌てふためきながら顔を逸らしたのだ。
パチパチと熱を生む暖炉の火に照らされて、アルベルトの真っ白な顔はまるで夕焼けのように濃く赤くなっていた。
「ふふっ、アルベルトは純粋なのね。可愛い」
「へっ?! 純粋というか、その……女神を相手に下賎な俺なんかがって懺悔が……」
「女神? 懺悔??」
マクベスタやイリオーデみたいにからかうのが楽しいタイプの人だ。と思って悪戯心がにょきっと生えたのだが……アルベルトは珍妙な供述をした。
「主君のおみ足を直視するなど、人間には到底許されぬ行為です」
「いやそんな事はないわよ?」
「なので俺は決してそのような大罪を犯さぬようにと、気をつけていたのです」
「何で人の足見ただけで大罪扱いされるのよ」
アルベルトが暴走し始めた。神妙な顔で一体何を言っているのか。
「正直な話、主君のおみ足を前にどうすればいいか分からなかったのです。俺はどうやら変態のようで……」
「変態なの、貴方」
「はい。変態です」
まさかのカミングアウトだった。なんとアルベルトは変態らしいのだ。
……変態かぁ。確かにアルベルトってそこそこ変わった人だけど、変態ではないわよね。それなら、嬉々として執事服を着せたがる私の方が変態だと思うけどな。
「変態ってどういう系統の変態なの? 罵倒されたりして喜ぶタイプの変態? それとも別のタイプ?」
真面目な顔して聞く内容ではないわね、これ。
「罵倒……は分かりません。主君からのお叱りであれば確かに悦ぶやもしれませんが……」
貴方もそんな真面目な顔で答えなくていいのよ、アルベルト。
「あくまでも変態だと自称するのね」
「もしそうでなかったとしても、浅ましき身で主君のおみ足を直視してしまったのですから俺は変態です。紛う事なき変態です……」
「…………何かごめんね? つい好奇心でどんな系統なのかとか聞いちゃって」
あまりにもアルベルトがしょんぼりとしながら語るものだから、流石の私と言えども申し訳なくなってしまって。
結局アルベルトの変態疑惑? は有耶無耶になり、その後程なくしてアルベルトはとぼとぼ自室に戻って行った。
私は私で、悪い事したなあと罪悪感に襲われながら就寝したのであった。
♢♢
時は少し遡り、アミレスがこっそり抜け出して散策を始める前の話……。
影の中を疾走し、アルベルトは移動していた。程なくして、彼の手に持つ座標を指す魔導具が目的地に近づいた事を示す。
意外な事に、影の亜空間でも魔導具は機能する。それによって彼は目的地に近づいた事を知り、手頃な影から外に出る。
彼が出た場所は大きな森の中にある大木の下。そこからほんの数分歩いた場所に、ぽつんと建つコテージのようなもの。
吹雪の中そのコテージに向かって、扉を五度叩く。
アルベルトが頭や執事服についた雪を払って待っていると、中からひっそりと声が聞こえて来た。
「誰だ」
「──鏡よ鏡、世界で一番悪辣なのは誰?」
「……それはお前だよ」
短い問答を経て、その扉は開かれた。
扉を開いたのはワインレッドの髪の男。随分とまあ眠たそうな重たい瞼を擦りながら、その男──ヘブンはアルベルトを迎え入れた。
「お前があの王女サマの使いか。また変な奴を寄越しやがって……」
「……俺の前で主君を貶すとか馬鹿なの? 主君の協力者じゃなかったら今すぐここで半殺しにするのに」
悪態をつくヘブンにアルベルトが殺意を向ける。
どれだけ腹が立とうとも、アルベルトは人を殺さない。アミレスとの口約束があるから、絶対に人は殺せないのだ。
なので、半殺しである。完全に殺さない限り、半殺ししちゃってもいいよね? というのがアルベルトの自論である。
(…………前から思ってたが、あの王女の周り……信者みたいな奴が多くねェか? この計画について話す時にも何度か殺意感じたからな。あのガキもその周りもイカれてやがるな)
ヘブンはうんざりしながらコテージの中に入っていく。アルベルトは扉を閉めて、ヘブンの後ろをついてゆく。
廊下を進めば進む程ワイワイと聞こえてくる人々の談笑。やがて辿り着いたのは談話室のような開けた部屋。
暖炉の前では数名の男女が、軽食片手に楽しげに会話していた。
その中の一人が、金色に染った髪を揺らしてアルベルトの方を見上げる。
「おっ、ルティ! お前等もついに来たんだな!」
「……どうもこんばんは、カ……ええと」
「ルカだよルカ。金髪だから分かりずらいだろうけどな!」
「ああ、そうだった。見た目云々じゃなくて、単純に名前を忘れていただけですけど」
「酷ぇ!?」
こんな天気なのに随分と元気よくアルベルトを迎えたのはルカ──……もといカイルだった。
現地集合という形になっていたカイルは、二日前にここに到着していた。それから数日間カイルは持ち前のコミュニケーション能力を発揮して、ヘブン達との共同生活を送っていた。
その結果、貴族や王族を嫌うスコーピオンの面々とも打ち解けてしまったのだ。圧倒的コミュ力おばけである。
「ルカ君と……スコーピオンの人間も全員いるね。ならいいんだ。それじゃあ早速情報共有といこうか」
(──早く、主君の元に戻りたいし)
そう言って、アルベルトはのっけから本題に入った。
スコーピオンからこの計画に参加したのは、ヘブン、ラスイズ、ノウルーの頭目と幹部の三名と、ヘブン直々に選んだ腕の立つスコーピオンの幹部候補三名、マノ、ホウミー、オバラ。
マノは小柄な体の少年……に見えるが彼はドワーフ族の青年であり、ホウミーとオバラは褐色肌に長い耳を持つダークエルフと呼ばれる種族の双子の姉妹だった。
とにかく即戦力で。とアミレスに言われた為、このように戦いに長けた者達をヘブンは用意したのだ。