25.いざ潜入任務!4
「──つまり。お前等が逃げ出すのに俺達も協力しろ……って事か」
「理解が早くて助かります、優しいお兄さん」
飛び蹴りを食らわせた後、私は眼帯の男に取引を持ちかけた。
その内容は至ってシンプル。貴方の望みを叶えてあげるから、私達がここから逃げ出すのに協力して。──ただそれだけの事。
この子供好きでお人好しな男ならきっとこの取引に応じてくれる。私はそう確信していた。
話していて分かった事なのだが、彼はなんとアンディザの攻略対象の一人であるサラの関係者だった。とは言っても、名前がちょっぴり出た程度の存在だが。
それでもサラにとっては恩人のような人らしく、サラは彼の事を優しい口調で語っていた。
──紫の髪に眼帯を着けた、お人好しで子供好きの男。それが、サラの恩人ディオリストラスの特徴だったとふと思い出したのだ。
それに気づいてからというもの、この交渉に勝てる気がしてならない。
確かサラは貧民街出身だと話していた。そして彼はサラが貧民街にいた頃の恩人らしいから──いやらしい話だが、彼もお金には困ってる筈。
金ならある、任せろ! 報酬は弾ませようじゃないか!!
「……はぁ。とりあえずそのお兄さんってのやめろ。俺はそういう柄じゃねぇんだよ」
「じゃあ何とお呼びすれば?」
「名前はディオリストラスだが──ディオでいい。呼びにくいだろ、この名前」
「分かりました、ディオさん。それで、お返事の方は期待しても宜しいのでしょうか?」
地べたで胡座をかくディオさんと、その正面で正座する私。
一連の話はこの空間にいる子供達全員が聞き耳を立てていたので、今や全ての牢が興奮や喜びに満ちている。
きっと、子供好きのこの人にはあんな風に泣いて喜ぶ子供達を裏切るような真似は出来ない。……狙ってやった事だが、こんな卑怯な手段を取るとか性格悪いなぁ、私。
脅迫紛いのやり方で返事を迫ると、ディオさんは訝しげにこちらを見て、
「──その前に一つ聞きたい。さっき言ったよな、俺達の望みを叶えてやるって。具体的には何を叶えてくれるんだ?」
真剣な面持ちを作った。
ここで返答を間違えたらいけない。断られる事はないだろうが、それでも今後の関係に響く恐れがある。
だから私は、一度深呼吸をして鼓動を落ち着かせてから答えた。
「金と地位──……貴方達が望むものを、貴方達に贈ります」
ディオさんの片目をまっすぐと見つめて言い放つ。私の言葉に、ディオさん達は目を丸くして固まっていた。
……初対面の人間から急にこんな事を言われても、普通は信じないだろう。だからこそ、これが本気であるとこの顔と声に乗せて伝えるほかない。
「金はともかく、地位は今すぐ与えられる訳ではありません。でもいつか必ず、貴方達の望むままに、他にない地位を与えると約束します」
剣を片手に立ち上がり、私は彼等に向けて手を差し伸べる。
「絶対に後悔はさせません。だからどうか、私を信じてください。私の手を取り、共に来てください。貴方達の望みは──私が、絶対に叶えてみせます!」
その言葉を最後に、この空間は水を打ったように静かになった。
時間が少しずつ、少しずつ、過ぎていく。
長いように感じたほんの一分の間、ディオさんが私の手を取ってくれる事だけを信じて待ち続けていた。
──そして。ついにその時がくる。
「……ガキにそんな事を約束されるなんてな。なぁ、最後にもう一ついいか?」
「はい」
「何で、俺達なんだ?」
ディオさんがニヒルな笑みを浮かべながらこちらを見上げる。
「だって、ディオさん達は子供達の為に毎日頑張っているんでしょう? そんな真っ直ぐな心を持つ人達が目の前にいて、助力を仰がないなんて選択肢はありませんよ」
理由が何であれ、こうして治安の悪い裏稼業の用心棒をやれるような人達なんだから、きっとかなり強いに決まっている。戦力に加えられたならばかなり心強いことだろう。
下心満載で私は言ったのだが、予想以上にその言葉はディオさん達に効いたようで……。
「──はぁ、ここまで言われて断れる訳ねぇだろ。エリニティ、バドール、お前達もいいな?」
「こんな可愛い女の子にここまで言われちゃあね! ここで断ったら男が廃るってもんだ!」
「ディオがそう決めたのなら、俺はそれに従うよ」
ディオさんの言葉に、エリニティと呼ばれた猫目の男とバドールと呼ばれた筋骨隆々の男が首肯した。
そしてディオさんはこちらに向き直り、
「そーゆー訳なんで。馬鹿な俺達はアンタみたいなガキの言う事でも、真に受けて信じさせて貰うぜ」
ニッと口角を上げて私の手を取った。
安心と嬉しさが込み上げてくる。だがそれをぐっと堪え、
「お任せを。私の手を取った事、絶対に後悔させませんから」
大胆不敵に言い切った。
これぐらい思い切って振舞った方が、きっと彼等とて安心してくれるだろう。
それから程なくして。この場にはディオさんとエリニティさんが残り、バドールさんが巡回を終えた事の報告に向かった。
そして、ディオさん達は今自分達がこんな事をしている理由も混じえて身の上話を聞かせてくれた。
ディオさん達はかつての自分と同じような境遇の子供達を放っておけず、子供達に少しでもいい暮らしをさせてあげられるよう、日々仲間達と協力してお金を稼いでいるらしい。
「……──俺達みたいな奴が働けて金を稼げる場所なんて滅多にねぇ。だからどれだけこの職場に不満があろうとも俺達はここで働いて、その都度ガキ達を見捨てるしかなかったんだ……っ!!」
ディオさんは悔しさに顔を歪めて、ドンッと握り拳を地面に叩きつけた。赤く腫れた拳にそっと手を重ねて、私は冷水を出して冷やそうとする。
氷を出して氷嚢を作るのが一番なんだろうけど、人前では氷を出す訳にはいかないからね。
「大丈夫です。もう、見捨てなくていいんですよ。頑張って一緒に子供達を解放しましょう!」
「……そうだな、ガキ共を助けよう。具体的に、俺達は何をすればいい?」
私達は作戦について話し合った。
ディオさん達には逃げる子供達の護衛を頼む。子供達がある程度安全な所まで逃げ、街の大人達に保護してもらえるまで、子供達を守って欲しい。
そう頼んだところ、エリニティさんが「あのー」と口を切った。
「君も一緒に逃げるんだよね? なんでそんな他人事みたいな言い方なの?」
「私はちょっと別行動する予定でして」
「別行動……って、何するつもりなんだ?」
ディオさんが聞き返してくる。私はそれに小さく頷いて、
「奴隷商を徹底的に潰す為に、証拠を集めようかと。帳簿とか奴隷取引の記録等を拝借して、知り合いのお偉いさんに密告るつもりです」
はつらつと答える。私の返答を聞いたディオさんとエリニティさんは、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。
「腐ってるとは言え黒幕は子爵。貴族を相手取るなら、確実な物的証拠があった方が有利に進められるので!」
親指をグッと立てて自信満々に言い切る。
すると二人は引き気味にこちらを見てボソリと一言。
「……お前本当にガキか?」
「というか、君いくつなの?」
あれ、私、何だか年齢疑われてない? 別にサバ読んだりはしてないんだけどな。
「今年で十二歳です」
「全然ガキじゃねぇか」
「十二歳でそこまで考えて行動するって凄いね?!」
そう答えると、二人の顔が驚愕に染まった。
彼等との仲を深めつつ、私は横の牢の鍵をカチャリと開ける。そして扉を開いて中にいるメイシア達に出ておいでと告げた。
暗いからとメイシアに向けて手を差し伸べたのだが、勢い良く飛び出てきたシュヴァルツに抱き着かれてそのまま後ろに倒れ込んだ。
痛い……頭打った……。
「なぁ、アイツ今鍵開けたよな……!?」
「え、どうやったの?!」
そんな私達の様子を、ディオさん達はギョッとした顔で眺めていた。
ディオさん達と手分けして全ての牢の鍵を開け、子供達を解放する。その後、ディオさん達は仲間に話をつけてくると一旦地上に戻った。
ようやく家に帰れると大はしゃぎの子供達に静かにするように伝えながら、私はディオさん達が戻ってくるのを待つ。
子供達を逃がすのはディオさん達主導で行うので問題無いだろう。私はその隙にこっそり証拠集めに向かうと。
なんと完璧な作戦か! これは勝ちましたわ……!