244.ある私兵団の任務2
「ラーク達実働班がバドールとクラリスの恋愛相談やら後押しを行い、二人に結婚を意識させるんだ。つまり二人が逢瀬を重ね、少しでも求婚しやすい状況を作り出せって事。ディオが調べてきた人気のデートスポットとかに二人が行けるように、仕事をちょっと肩代わりするとか……それぐらいなら多分お前等でも出来るでしょ」
どこまでもシャルルギルとジェジを馬鹿にするような言い方だが、悲しい事にこれが事実なのである。
二人は……良く言えば素直で純粋。悪く言えば馬鹿で単純。嘘なんてつけないし隠し事も難しい。演技だって出来るかどうか怪しい。
それを本人達含め誰もがよく理解しているからこそ、このシュヴァルツの見解には、誰もが納得した。
が、しかし。ラークがここで少しばかり食い下がる。
「仕事の肩代わり、と言うけれど……そんな事したらクラリスにも気づかれるんじゃないか? クラリスの野生の勘凄いし」
「そこはせめて女の勘って言ってやれよ。身内だからって容赦ないなお前……まァどーでもいいけど。それについても当然考えてるよ、ぼくを何だと思ってんだよ」
シュヴァルツが指をパチンッと鳴らすと、空中には貧民街自警団と、それを管理する私兵団のシフト表のようなものが。
なおこれはアミレスの命令で私兵団に作らせているもの──それの写しである。
それをペラペラと捲りながらシュヴァルツはおもむろに口を開く。
「おねぇちゃんがさ、お前等が決めた事だからこのシフトに文句は言わないけど、お前等の仕事多くないかーって前に言ってたんだよねぇ……そういう大義名分で仕事配分いじってシフト変えても、別に問題無いっしょ?」
シフト表を手にシュヴァルツがニヤリと鋭く笑うと、
「……君、顔に似合わず策士だね」
ラークが、恐れ入ったよと目を細める。
それにシュヴァルツは嘲笑を含む声音で、
「この顔は後付けなんだから当然だろ?」
ニコリと、取ってつけたようにいつもの笑みを浮かべた。
「…………前から思ってたんだが……シュヴァルツ、アンタは何者なんだ? いつの間にか奴隷商の檻の中にいて、当たり前のように殿下の元に転がり込み、変な魔物を呼び寄せたり妙な知識を見せたり、今ではこうして殿下の所で侍女の真似事もして、俺達から見たシュヴァルツはあまりにもちぐはぐで──……アンタの正体が何なのか分からねぇんだ」
ラークとシュヴァルツの問答を受けて浮かび上がる、ディオリストラスの疑問。眼帯で秘匿されぬ彼の右目には、真剣の二文字が。
その目に真っ直ぐと見つめられて、シュヴァルツは困ったように天井を仰ぎ、「ん〜〜〜」と声をこぼれさせた。
しかし程なくして首をポキポキと鳴らしながらシュヴァルツは元の姿勢に戻る。そして、歯切れ悪く口を開いた。
「あー……まぁ……あれだよ。超絶美少年シュヴァルツくんだよぅ!」
「誤魔化すなよ」
「チッ、めんどくせぇな」
しかしディオリストラスはシュヴァルツが逃げる事を許さなかった。それに表情を歪めて、シュヴァルツは観念したように渋々話す。
「ぼくの正体は言わない。つぅかまだ言えないし、最初に正体を明かすのはおねぇちゃんって決めてるから。その代わり少しだけヒントをあげるよ」
「は? ヒント?」
「そうそう、超大ヒントだよ。ぼく──」
自ら期待値を上げて、シュヴァルツはニコリと笑う。
次に続く言葉は何なのかと、ディオリストラス達は固唾を飲んでシュヴァルツの言葉を待つ。
「人間じゃないよ」
まさかの告白に、ディオリストラス達はハッと息を飲む。困惑が色濃く滲む顔で、口元をパクパクと、言葉を押し出せぬまま空気だけを吸って吐く。
「今は人間だけど、本当のぼくは全くもって人間じゃない。どう? これがお前等の望んでいた謎の答え──……それに辿り着ける手掛かりだ。是非とも活用してくれたまえ」
愉悦に歪む、少年の顔。
どうせ少し情報を与えてやるならばその反応も推理も全て愉しんでやろうと、シュヴァルツは性格悪く舵を切った。
「……人間、じゃない? でもあんた、どこからどう見ても人間…………」
「そ、そーだぞ! いくらオレが馬鹿だからって、そんな嘘に騙されると思うな! オマエの匂いは人間そのものじゃんか!」
ユーキとジェジが、唇を僅かに震えさせて反論する。
しかしシュヴァルツはこれも想定済みとばかりに、その薄桃色の唇で弧を描いた。
「そりゃあ、ぼくの擬態が完璧だから。光の魔力を持ってる人間ならまだしも、普通の人間がぼくに気づける筈が無い。今の所……ぼくの正体に一番近づいたのはリードじゃねぇの? アイツは中々に骨のある奴だったなァ」
「リード……だと?」
「ぼくから敵意も悪意も感じないからってぼくの事を見逃した賢いリードくん。賢い人間は好きだぜ、ぼくは」
「……何で、今までその正体だとかを隠してきた。いや違ぇ、何で今になって大人しく話すんだ?」
「んー、この世界を愉しみたかったから。これまでは名乗る事が出来なかったけど、そろそろ出来そうだから?」
「名乗る……? そろそろ出来る、ってどういう事だ」
「そのままの意味だっつの。これまでぼくは名乗れなかった。でも多分、近いうちに忌々しい制限が解除されるだろうから、それでぼくは名乗れるようになる。もう、正体を隠す必要が無くなるんだ」
シュヴァルツ──この悪魔に課された制約のうちの一つに、『魔界の外にてその正体を名乗る事は許さない。』という項目があり……名乗る事が出来ない為、この悪魔はとてつもない弱体化を受けて正体を隠していた。
悪魔である事まで隠す必要は無いのだが、下手に大っぴらにして聖人とかそのレベルの人間が討伐に来たならば、さしもの悪魔と言えども、実力の九割を制限された状態なので面倒な戦いとなる事だろう。
そもそも悪魔にはそれぞれの真名があり、それを明かしてようやく真の実力を発揮出来るようになる。
だがこの悪魔はその正体を、真名を明かす事を許されなかった。故に、シュヴァルツなどと名乗り人間に擬態しているのである。
「ま、そーゆー事だから。そのうちお前等にもぼくの真名を教えてやるから楽しみにしとけ。はい、ぼくが飽きたからこの話終わりー」
まるで元の姿から反転したかのような白いふわふわの髪を、風にそよぐ草木のように揺らし、シュヴァルツは立ち上がった。
強引に話を打ち切り、シュヴァルツは話を戻さんとする。
(コイツ等も、彼女も……オレサマの正体を知ったらさぞかしイイ反応するんだろうなァ……ああ、その日が待ち遠しいぜ)
影で恍惚と歪むシュヴァルツの顔。彼のここまでの演技は、寧ろその時の為にやっていると言っても過言ではない。
「さて何の話だったか。ああそうだ、役割分担の話。シフト表いじったらぼくに渡してくれ。整合性に欠けない程度に後処理はこっちでやっておくから。逐一報告出来るように魔水晶も渡してやるし、何かあったらすぐ報告しろ」
空中におどろおどろしい色をした魔法陣が小さく浮かび上がり、そこから手のひらサイズの箱がポトリとシュヴァルツの手に落ちる。
それをラークに渡して、
「使い方は簡単。何でもいいから魔水晶に魔力を流し込めばいい。それはぼくの持ってる対の魔水晶にしか繋がらないから、安心して使い倒せ。つぅかマジで報告は怠るな。一大計画において報告・連絡・相談の欠如はめっっっちゃ大問題だからな!」
何度も釘を刺す。まるで過去に報連相を怠った部下がいて、その所為で非常に厄介な面倒を被ったかのような気迫である。
「わ、分かってるよ。しかしこんな貴重なものをポイッと出すなんて……君が人間じゃないのなら、どうしてこんなにも王女殿下に協力しているんだい?」
(──もし本当にこの子が人間ではない何かであって、周りの全ての目すらも欺ける程の擬態をやってのける程、優れた存在なら……益々、シュヴァルツが王女殿下に協力する理由が分からない)
大貴族と言えども易々とは手を出せない貴重な魔導具、それが通信用魔水晶。簡単には作り出せず、限られた者のみが使える連絡手段として有名だ。
そんな物をあっさりと渡して来たシュヴァルツに、ラークは一人疑念を抱き懸命に思考を巡らせていた。
しかしシュヴァルツは理屈になど沿わない。故に答えが見つからず、ラークは真正面から本人に尋ねる事にしたのだ。
「何でって……そりゃあ、この方が面白いからだけど。ぼくとしては彼女に死なれたら困るから、彼女の手伝いをしてるだけ。そこにちゃんとした理由なんてねーよ」
「でも、少なくとも今君がやってる事は王女殿下の生死とは関係の無い事だろう? どうしてそれに、君は少しの異も唱えず恭順するんだ?」
まるで本当に王女殿下の侍女になったみたいじゃないか。そう、ラークは告げる。
シュヴァルツの金色の瞳は見開かれ、彼の驚きや戸惑いを顕著に表す。暫し口を真一文字に結び、シュヴァルツは思考を巡らせる為に黙り込んだ。そして、
「……ぼくも、彼女にはそれなりに引け目を感じてるから。良かれと思ってやって、それで彼女も喜んで……でもその結果、何故か彼女を傷つけて泣かせた」
らしくもないしおらしさで、シュヴァルツはボソリボソリと語った。その満月のような瞳は細められ、偃月となる。




