24,5.ある侍女の仕事
昼間はずっと自主練をしていた、と仰る姫様は謎の荷物と共に夕暮れにお戻りになった。
どこで練習をしていらっしゃったのですか──と伺いたかったのですが、『今日はもう疲れたから早めに夕食をとって眠るわ』と姫様が仰ったので、私は大人しくその準備にとりかかりました。
更に、姫様のお部屋に夕食をお持ちした際に姫様より言付かったのです。
『ハイラにお願いしたい事があるんだけど……後でいいから、帝都や帝都近郊の町村にある教会や孤児院について調べておいてくれる?』
『──畏まりました』
姫様は何かと突飛な事をされる御方ですが、今回のそれもまた、なんの脈絡もない変わった頼み事でした。
しかし私は姫様の専属侍女にして、姫様の一番の忠臣。
たとえ姫様にどのような命令や頼み事をされようとも、それを疑う事などありません。
なので私は粛々とその命を果たします。
姫様の食事と湯浴みの後片付けを終え、姫様に『お休みなさいませ』と一礼して退出。
今日の仕事を早急に片付け、姫様より頼まれました調べ物をしに王城へと参りました。
向かうは各領地や各町等の情報を全て管理する情報部。そこでならば、教会や孤児院の情報を得る事が叶うでしょう。
しかし私は姫様の侍女です。ただ情報を得るだけならば誰にだって出来ますが、私はそれで満足致しません。
姫様がお求めになられているであろう情報をあらゆる観点より推測し、前もってそれらの情報を集め纏めておく。──それでようやく及第点と言ったところでしょう。
「──カラス。仕事ですよ」
人気の無い王城の廊下にて、私は誰に話しかける訳でもなく呟いた。
私の言葉に応えるように、全身黒ずくめの者達が音も無く現れた。その者達は私を見上げ、口を揃える。
「「「お呼びでしょうか」」」
私の周りにて膝をつく彼等に、淡々と命令を下す。
「近頃帝都で噂になっている少年少女の誘拐事件と人身売買。それらについて洗い出しなさい。今晩中にです」
「「「はっ!」」」
命令を下すと同時に、彼等は音も無く姿を消した。
──カラスと言うのは実家の諜報組織の名称であり、無能な当主ではなく名を捨てた私に忠誠を誓う変人達の集まりだ。
そんなカラスに情報収集を任せて、私は当初の目的通り情報部に向かう。情報部にて資料をいくらか見聞していると、予期せぬ人に話しかけられた。
「おや、ハイラさん。こんな時間に情報部へどうなされましたか?」
「これは……ご挨拶申し上げます、ケイリオル卿。少々私用で調べ物に」
「なるほど、調べ物ですか」
透き通る金髪と顔の布を揺らして卿が小さくお辞儀をしたので、侍女服のスカートを少し摘み、私も同じように一礼しました。
「差し支えなければ、どのようなものを調べているのかお伺いしても?」
私が知る事もあるかもしれませんので、とケイリオル卿は付け加えた。
帝国一の情報通とも呼ばれる卿に聞くのは確かに良いかもしれませんね。私に求められているのは正しい情報であり、私自身が調べ上げた実績などではないですし。
ここは一つ、卿の言葉に甘えさせていただきましょう。
「帝都内及び帝都近郊の孤児院や教会についての資料などはありませんか?」
「孤児院や教会に関する資料でしたらこちらの棚に──」
流石はケイリオル卿です。話を聞いてすぐにその資料を探し出してくださりました。
私はその資料に一通り目を通し、許される限り資料を写す。それを手に東宮へと戻って軽く仕事をしていると、カラスのうちの一人が戻って来て中間報告をしてきた。
そして私は、姫様のお考えの一端を理解する事となったのです。
──姫様は、いずれその奴隷商から奴隷にされそうな子供達を救い出すおつもりであらせられる。
帰る家の無い子供の為に、教会や孤児院を探しておられるのだと。
嗚呼っ、姫様は何と聡明で慈愛に満ちた御方なのでしょうか……っ! まだまだ幼い身でありながら、既に民草を慮る御心までお持ちだとは! 流石です、姫様‼︎
そんな姫様の慈愛が姫様の望むままに子供達の元へと届くよう、私も動きましょう。
姫様の侍女として──……私は私に出来る最大限の支援をするのみです。