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237.ある執事の決意

有能執事爆誕後のアルベルト視点です。

「ああもう、どうしよう。嬉しすぎる。まさかあの御方が俺の為だけにこんないい服を作ってくれるなんて」


 白い月が真上にある頃。王城敷地内にある、寂れた旧庭園にて。

 俺は夜風に吹かれながら自分の身を包んでいる上質な服にうっとりとしていた。

 念願叶ってあの御方直属の従僕となり、喜んだのも束の間。まさかの即調査任務。

 別にいいさ。そりゃあ俺だってあの御方の傍であの御方の役に立ちたいとは思うけれど、でもこれだって立派な仕事だ。しかも俺にしか出来ないような、俺の能力を買ってくれたあの御方からの直々の任務!

 その調査にまつわる理由や事情を聞いた時は、主君にはどれだけ先見の明があるのかと驚いたけれど、それはそれとして俺はすぐに大公領に向かった。

 本当に、闇の魔力を持っていてよかった。これに色々と苦しめられてきた人生だったけど……今こうして、主君の為に何か出来る事が嬉しい。あの御方の役に立てる事が嬉しい。

 闇の魔力を応用し、影の中を全力疾走する事一日程。あっという間に大公領に着いた俺は、常に太陽に肌を焼かれているようなヒリヒリとした痛みを全身に覚えつつ、隠密行動を繰り返した。

 恐らくあの痛みは、大公領の土地に与えられた『妖精の祝福』と俺の持つ闇の魔力の相性が悪いからなのでは……と適当に答えを出して、調査に専念する。

 そして調査の末にあの御方の仰ったような内乱の計画が実在する事を知り、戦慄したのを覚えている。

 念には念をと三週間と時間をかけて調査をし、満を持して主君の元に舞い戻ったら──就職祝いだと、俺の為に作られた服を贈られた。

 それはいわゆる執事服というもので、本来であれば俺のような罪人の平民が着る事は一生なさそうな上質な服。それをなんと、主君自らが俺の為にデザインして作ってくださったのだという。


 そう、俺の為に。ただそれだけでもう何でも良かった。例えそれが執事服でなくとも上質でなくとも…………あの御方が俺の為に用意してくれた物というだけで、俺は何でも喜ぶ自信がある。

 それはともかく。とにかく主君からそんな素晴らしい物をいただけた事が嬉しすぎて実は泣きそうだった。

 だが俺は半年間諜報部でみっちり訓練した諜報員。泣くのを我慢するぐらいどうって事はない! キリッ!

 ……とカッコつけてみたはいいものの。泣くのは我慢出来たが、どうやら度重なる喜びや主君からの接近接触などによって表情筋は瓦解していた。

 主君の前ではもう情けない姿は見せないと決めていたのに。ちくしょう結局こうだよ俺には無理だったんだもう恥ずかしいなァ…………でもまぁ、主君の愛らしい姿を見られたから別にいいか。

 ──それにしても……真っ向勝負で騎士君に勝てなかったんだけど。

 何であいつ、諜報員でもないのに死角から狙われても対応出来ちゃうんだ? おかしくない? 俺だって一応、諜報部云々以前には砦で暮らしてたから魔法無しでもそれなりには戦えるのに。

 何で俺の無形百術(先輩命名)に初見で対応出来るんだよあの男! くそう!

 しかも何? あいつ、侯爵家出身であの顔の整いっぷりで頭も切れるって。天に何物与えられたら気が済むんだよ。ずるいぞ。

 その上で剣の腕が認めざるを得ないぐらいあって、主君への忠誠心も…………いいやそれなら俺も負けてないから。俺だって主君への忠誠心には自信がある! だからこそあいつが気に食わないし、あいつとの試合が引き分けに終わった事が悔やまれる。

 次は絶対に勝つ!! 完膚なきまでに叩き潰す!! とぶつぶつ一人熱く決意していると、親しみのある気配が一つ接近して来て。


「お待たせ兄ちゃん。わぁ、凄くいい服……とっても似合ってるよ、兄ちゃん」

「本当? サラもそう思う?」

「うん」


 こんな人気のない所に一人でいた理由はまさにこれ。サラと久々に会う為だった。

 見慣れた諜報部の黒い制服を身に纏う、俺とそっくりの弟。実は数時間前にサラの机に『暇だったら深夜に南西の旧庭園に来て。久しぶりに会いたい』と書き置きを残しておいた。

 そして業務時間外にあたる今、サラが来てくれたらなぁと思いつつ、主君がくれたこの執事服に思い馳せていた。

 するとサラは書き置きを見てくれたのか、こうしてわざわざ足を運んでくれた。一応表向きには、俺はもう諜報部の人間ではなく『アミレス王女の従僕』なので、あまり表立って諜報部の人間と関わる訳にはいかない。

 その為、このように人気のない場所に呼び出すしかないのだ(諜報部の部署を待ち合わせに使うと回避不可能な拳骨が飛んでくるから)。

 サラも闇の魔力を使えるものの……サラはどちらかと言えば精神系での闇の魔力の扱いに長けているので、影を操る事はまだ出来ないらしい。

 なので影の中で会う、なんて事はまだ叶わないのだ。


「憧れの王女殿下の部下としての生活はどう?」

「本当に楽しいよ。サラも来てくれたらもっと楽しいんだろうけど」

「僕は多分、この先もずっと諜報部の人間だから。近いうちに長期の潜入任務もあるし」


 あの御方の元でサラと二人で働けたらどれだけ幸福な事か。そんな夢物語を描くも、それはあっさりと破られてしまう。

 だがそれも納得だ。何せサラは諜報部に所属している期間も長く、トップクラスの優秀な諜報員。

 俺みたいな訳ありで扱いずらい奴と比べるべくもない、優秀なサラをあの諜報部が手放す筈がない。だから俺の夢物語は決して実現しない。


「何処に……という質問は、無粋か」

「はは、別にいいよ。兄ちゃん口堅いし、一応はまだ諜報部所属でもあるんだから。行先は神殿都市だって。一昨日ぐらいに皇帝陛下直々に命じられたんだ」

「勅命で神殿都市……って大丈夫か? 随分と相性が悪い場所だと思うけど」


 『妖精の祝福』を受けただけの土地でさえ、俺は少し体調不良になったんだ。神聖な光の魔力に満ちているという神殿都市ならば、俺の時とは比べ物にならないぐらい辛いと思う。

 そんな所に行って本当に大丈夫なのか? と聞くと、サラは軽く笑う。


「んー、多分? まぁ何とかなるよ。どうしてか分からないけれど、漠然とね、神殿都市に行っても大丈夫。って思えてきちゃうんだ」


 サラと並んで月を見上げる。

 数年ぶりに再会し、離れていた時よりもずっと短い数ヶ月間共に過ごし、そしてまた離れ離れになる。

 少し寂しいけれど、これが永遠の別れになるとは全く思わないし、お互いの居場所も何となく分かる。だから大丈夫だ。

 もう以前のように苦しむ事は無い。俺はサラの──エルの兄ちゃんらしく、どんと構えてエルを応援するだけだ。


「そっか。頑張れよ、サラ。兄ちゃん応援してるから!」

「……うん。兄ちゃんの方こそ、あんまり張り切り過ぎないように。兄ちゃんは張り切るとちょっと周りが見えなくなるんだから、あんまり王女殿下に迷惑かけちゃ駄目だよ?」

「うっ、そ、そうだな……冷静な指摘痛み入ります……」


 そうやってエルと二人で笑い合い話し合う。一時間も経てばお互いに、それぞれのやるべき事の為に解散する必要があって。

 少し名残惜しくもあるけれど、また次会った時に話の続きをしよう。そう……約束出来たから。

 この約束と、主君の存在さえあれば俺は生きていける。俺らしく生きる事が出来る。


「ああ、今夜も、月は綺麗だな──……」


 東宮に戻る道中で、俺はよく見えもしないそれを見上げ、ある人の尊き笑顔を思い浮かべていた。

 俺の真っ暗な人生(みち)を優しく照らしてくれる美しき存在。こうやって仰ぎ見る事しか許されないような、天上の存在。

 時にいたずらっ子のように笑い、時にその血筋に相応しく冷酷な表情になり、時に慈愛溢れる微笑みを纏い、時に年相応に無邪気に笑い、時に勇ましく眉を釣り上げる。

 表情豊かで、誰よりもお人好しな少女。

 そんな彼女が笑って、なんの憂いも無く暮らせる世界になればいいのに。そう俺は願った。

 あんな風に何かを恐れ涙して倒れるような事も、何かから必死に逃れようとがむしゃらに頑張る事も、すぐに自分だけを犠牲にしようとする事も無いような、優しい世界になればいい。

 ……だから俺は、彼女の為に生きる。

 そんな理想が、夢物語が叶わないのであれば。せめて少しでも彼女の理想に辿り着ける手伝いをしたい。彼女が笑って幸せに過ごせる世界を作りたい。

 そして、願わくば。


 あの日俺に手を差し伸べてくれた女神に。

 あの日俺を救ってくれた、優しい少女に。


 せめてもの恩返しと、感謝の思いを伝えさせて欲しいんだ。


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