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234.有能執事、爆誕2

「ちょっとした別件で仕事を任せてるの。まぁそのうち帰ってくるんじゃないかな。個人的にはあと二日は帰って来て欲しくないけど……」


 何故ならあと二日程でついにあれが──アルベルト専用の執事服が完成するから。

 アルベルトが任務に行ってからすぐに、私自らデザインをしてその原画をメイシアに渡し、シャンパー商会に作って貰っているアルベルト専用の衣装。

 人前に出る事はあまり無いからこのままでもいい。と彼は言っていたが、やっぱり諜報部の全身真っ黒衣装は目立つ。なので人前で着ていてもそんなに目立たないであろう普通の服を用意する事にしたのだ。

 一度、健康診断と称してアルベルトのスリーサイズ等は把握したのでサイズの方も問題無い筈。

 後はシャンパー商会が完成させてくれるのを待つだけだ。


「別件で仕事…………王女殿下は、あの男をとても信頼しているのですね」


 捨てられた子犬のようにしゅんとしているわね、イリオーデ。

 ……まぁ確かに、巻き込みたくないからって皆には基本的に何も言わないようにしてるもの、私。そりゃあイリオーデだって拗ねるか。


「彼だって悪い人ではないもの。でもねイリオーデ、私が貴方達に何も話さないのは決して信頼してないからとかではないのよ? 寧ろその逆で……」

「分かっております。王女殿下は我々を信頼し、その御心の欠片でも分けて下さるからこそ、我々には何も話して下さらない。全て片付いてから何事も無かったかのように、貴女様は全てを噂話かのように軽く語り、我々を巻き込まないようにしているのですよね」


 言い訳をしようとしたら先回りされてしまった。

 どうやら、私が皆を巻き込みたくなくて何もかも勝手にやっている事はとっくにバレていたらしい。

 バレていた事についてはこの際どうでもいい。だが問題はこう語るイリオーデの表情だ。

 どうして貴方は……そんなにも辛そうな顔をするの?


「…………ねぇ、イリオーデ。私と一緒に、堕ちる覚悟はある?」


 気がつけばそんな言葉を漏らしていた。

 それにはイリオーデも目を丸くして、息を呑んでいた。


「──無論。私は、貴女様の為ならばどこへでも……どこまでも堕ちる覚悟にございます」


 団服のマントを膨らませてイリオーデはその場で片膝をついた。左胸に手を当てて、恭しく頭を垂れたのだ。

 これはまさに彼の忠義の証。主として、彼の命も人生も預かる者として、私はきちんと責任を取らなければならない。小さく息を吐いて、イリオーデに立ち上がるよう告げる。

 そして、気乗りしないものの彼にも話す事にした。


「それじゃあ、貴方にも私達と一緒に悪になってもらおうかしら」


 ケイリオルさんの元に向かう道すがら。私は周りの人に聞こえないぐらいの小さな声で、イリオーデに今回の計画について話した。

 さしものイリオーデと言えどもディジェル大公領の内乱と聞いて少したまげた様子だったが……何やら終始、そこはかとなく嬉しそうに見えた。

 そんなに戦えるのが嬉しいのかな。とランディグランジュの血筋のフォーロイトに負けず劣らずな戦闘狂っぷりに感嘆のため息を零す。

 そうやって説明し終えて、イリオーデまでもを巻き込む事になった今回の計画。勿論イリオーデには『他言無用よ?』の念を押しておいた。

 シュヴァルツにもナトラにもディオ達にも内緒だからね? と。

 とは言えど。ディオ達私兵団の皆にはここ数ヶ月、超重要任務として貧民街の自警団の育成と統率を任せてるから巻き込む暇も無いんだけどね。


「ようこそお越し下さいました、王女殿下。本当に感謝致します……っ!」


 ケイリオルさんの執務室に辿り着くと、書類の山に囲まれたケイリオルさんに出迎えられた。その顔に着けられた布の下からは、聞いた事もないような彼の喜色に満ちた声が。

 また皇帝に無茶振りされてるんだなぁ、この人。可哀想に……。


「困った時はお互い様ですよ。私は何をすればいいですか?」

「本当に貴女という人は…………では、王女殿下にはそちらの決算の確認をお願いします」

「分かりましたいつもの席をお借りしますね」

「すみません、取っ散らかってて……」


 ケイリオルさんの手伝いももう何度目かなので、これも慣れたものだ。

 定位置に座り、イリオーデにも協力して貰いつつ書類を片付ける。たまに休憩を挟むと、あの一瞬以来、ケイリオルさんに対しての恐怖心がまた無くなってるな。と紅茶片手に彼を眺めていた。

 そうやって特に何事もなく三時間程が経過して、時刻が昼の二時を回った頃。ケイリオルさんが会議の為に離席する事になったので、今日は私もそれに合わせて帰宅する事にした。

 ぺこりとお辞儀をして、先に失礼する。行き同様、帰りもイリオーデと二人で色々と話しながら歩いたのだった。



♢♢



 コンコン、とフォーロイト帝国が皇帝陛下の執務室の扉が叩かれる。皇帝ことエリドルが「入れ」と短く告げると、その扉がゆっくりと開かれて、


「失礼します。お呼びでしょうか、父上」


 濃い銀色の髪に、美しく象られた顔立ちの少年が入室した。

 近頃、通常公務に加えて皇太子妃選定の場にも足を運ぶ必要が出てきてしまい、フリードルは疲労を感じていた。その影響か、彼の氷像のごとき無表情な顔にも疲れが浮かび上がっている。

 フリードルはこの度、エリドル直々の招集とあって、己の仕事を一時放棄してこの場に赴いた。

 今この部屋には呼び出し人たるエリドル、そしてその側近であるケイリオル、最後に呼び出されたフリードルの三人のみ。

 フリードルは疲れを宿す頭を必死に働かせて、呼び出された理由が何なのかと考えを巡らせる。


(父上自ら僕を呼び出す程の何か……皇太子妃を早く決めろという催促か? しかし、それならば言伝だけでいいだろう。何故わざわざ僕を呼び出したんだ?)


 フリードルが必死に考えを巡らせる様子を視て、ケイリオルはエリドルに話を振った。


「では陛下。早速フリードル殿下にも話を聞きましょうか」

「そうだな」

(話……?)


 フリードルが頭に疑問符を浮かべていると、ケイリオルは一通の書信をフリードルに手渡した。そして、「どうぞご覧下さい」と一言。

 その書信には見慣れぬ紋章──、珍しい封がされていた。それを見て、フリードルの瞳に僅かな驚きが宿る。


(テンディジェル家の封蝋……?!)


 花を守るように剣と盾が交差する紋章。それはテンディジェル家の家紋であった。

 それが使われた書信など、王城と言えどもまず滅多に届かない。それがこうして、何かの返信だとかそういう訳でもなく、突如として届けられたのだ。

 それに気づいたフリードルは固唾を呑んで書信を取り出してパッと開いた。そしてその文面に目を落とし、何度か瞬きをして、


「──新たな大公の即位式?」


 ボソリと言葉を零れさせた。


「はい。ずっと隠居したいと言っていた現大公が、ようやく弟さんにその座を譲る事が出来る事になったらしくて。来年の一月の終わり頃に、即位式を行う旨の報告ですね」


 現大公と次期大公それぞれの姿絵を両手に持ち、ケイリオルが軽く補足する。

 そこに、エリドルが更に付け加えた。


「お前も知っているとは思うが、テンディジェルはシャンパージュ以上に特殊な家門だ。有力家門の中で唯一、叙爵式の代わりとなる即位式を領地で行う。そしてその即位式には爵位の継承を認め保証する為に皇族が最低一人、参加する必要がある」

「勿論存じております。もしや、今回の呼び出しは……」

「察しが良いな。無論、私は即位式など虫の羽程も興味無い。ならば名代としてお前かあの女に行かせればよいと、ケイリオルが進言してきたのでな。こうしてお前の話も聞く事にしたという訳だ」


 名代、とフリードルは不安を覚える。

 皇帝の名代となるとその責任は重大。それを自分かあの女(アミレス)に任せるなんて。そう、フリードルはまた息を呑む。その頬には薄らと冷や汗が。


「……来年の一月となると、僕はクサキヌアの学者との交流があるのでディジェル領に向かう事は出来ません。父上のご期待に添えず、申し訳ございません」


 おずおずとフリードルが予定がある事を伝えると、


「ああ、確かにそのような予定がありましたね。ではフリードル殿下も無理と……」

「何だと? ならば、あの女に行かせるしかないのか」


 ケイリオルとエリドルが困ったようにため息を漏らした。

 しかしケイリオルはあっという間に切り替えて、話を進めようとする。


「……まぁ、彼女ならばきっと上手く成し遂げてくれる事でしょう。即位式には陛下の名代として王女殿下を向かわせる方向で返事をしても宜しいですか?」

「そうしろ。フリードルはディジェル領の件は気にせず、学者との交流に専念せよ。良いな」

「はい、分かりました」


 エリドルの許可も降りたので、ケイリオルは早速返事の作成に取り掛かった。

 話が終わったのでフリードルも自分の執務室に戻り、エリドルは己の執務室にて一人になった。しん、と湖面のように静まり返る部屋で、彼は椅子に背を預けて天井を仰ぐ。


(……ケイリオルめ。あの女に肩入れし過ぎではないか? お前は私の側近だろう、一体何故、あの女にそこまでするんだ)


 ケイリオルのように心を視る事は出来ずとも。エリドルはこれまで培って来た彼との絆でそれを見抜いていた。

 しかしそれを咎める事はなく、己の中に疑問として残し続けていた。

 エリドルはケイリオルを失う事を恐れている。だからケイリオルだけは咎めない。ケイリオルだけは、疑わないのだ。

 ずっと……十三年前から過去に囚われているエリドルには知る由もなかった。

 不変だと思っていた彼等の絆が、その信頼関係が、形を変えて歪んでしまったという事を。



♢♢



「アミレス様〜っ! お久しぶりです!」

「久しぶり、メイシア。と言っても数週間ぶりだけどね」


 ケイリオルさんの手伝いを終えた午後。なんと予定よりも早く、メイシアが久々に東宮にやって来た。

 正面玄関までお出迎えに行ったところ、メイシアが小走りで私に飛びついて来たので、それを受け止めて頭を撫でる。

 メイシアがあまりにも優秀な子だからついつい忘れてしまうのだけど、この子もまだまだ子供なのよね。頭を撫でてあげると猫のように顔を蕩けさせる姿が本当に可愛いわ。


「最近不足気味だったアミレス様成分も補えましたので、本題に移りますね。ご依頼の品が完成しましたのでお持ちしました!」


 私から離れて、メイシアは連れの使用人に馬車から荷物を持って来るよう指示した。

 おぉっ、ついに! と実物を見る前から私の心はドキドキワクワクと高鳴る。

 そこで侍女の一人が「客間を用意してありますので」と言って移動するように促して来た。玄関で立ち話というのも確かにアレだし、ここは侍女の言葉に甘えようと、メイシアと共に客間を目指す。

 客間で腰を下ろして待つ事数分。イリオーデはマクベスタと共に師匠にしごいて貰っているので今は傍におらず、私は今、メイシアと二人きりの時間を過ごしていた。

 そこに、布が掛けられたトルソーと大きめの袋を持ち、メイシアの使用人が遅れてやって来た。そして、ついに完成品のお披露目となったのだ。


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