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233.有能執事、爆誕

 アルベルトもといルティの『影』叙任式の後、私はまた倒れた。

 皆からすれば私が突然倒れるのはこれで二度目であり、皆を更に過保護にさせる理由としては充分だったようで。


「だーめーなーのーじゃー!」

「ちょっとケイリオル卿の手伝いをするだけだって! 心配いらないって!!」

「その布男の所為でおねぇちゃん倒れたかもしれないんでしょ? そんな男の所に行かせてたまるか!」

「何度目か分からないけど、私が倒れたのはあの人の所為ではないからね?!」


 東宮の玄関前で、私はナトラとシュヴァルツに捕まって身動きが取れなくなっていた。力が異様に強い二人にしがみつかれて、うんともすんとも動けない状況なのだ。


「それに、大司教の方だって言ってたでしょ? 特に問題は見られないから大丈夫って」

「あんな人間如きの言葉、信用出来るわけなかろう!」

「そーだそーだ!」

「大司教を人間如きって……」


 話に聞いていた通り、目覚めてから数日後に大司教の方が一人、わざわざこちらにお越しになった。いらっしゃったのはジャヌアさん。ゲームのミカリアルートでも何度か出てきた偉い人だ。

 大司教の中でも一番に偉いとか、そのレベルの方がいらっしゃったかと思えば……ゲームで見た時よりもやけにへりくだった態度で、彼は診察を始めた。

 ジャヌアさんは誰かに脅されてるのかってぐらい慎重に私を診て、身体的問題は無しとの診断結果を伝えてくれた。

 彼……彼女? はゲーム同様に頭から謎の布を被っていて、診察中も何度か『すみません、この布、邪魔ですよね』と申し訳なさそうに言っていた。

 実のところ、私はこの手の人が一人身近にいるので、頭から布被ってるぐらいではそんなに驚かない。

 ずっと顔に布つけてる人だっているんだもん。頭から布被ってる人がいてもおかしくはないわ。

 そう。私はケイリオルさんで耐性が出来ていたのだ。

 そんなジャヌアさんの診断では特に問題無いとの事なので、別にケイリオルさんのお手伝いに行ってもいいと思うのだけど。


「だーめーじゃー! ほれっ、イリオーデも何とか言うのじゃ! このままではアミレスがまた無茶をしよる!!」

「……私は王女殿下のご意思に従うまで。王女殿下がそうされると決めたのであれば、余程の事が無い限り追従する」

「いやこれは余程の事じゃん! おねぇちゃんの生死がかかってるんだよ!?」


 そんな事はない。たったこれだけの事に生死かけられてたまるか。


「かと言って、我々が王女殿下のご意思に異を唱える訳にはいかない。もしもの時が来る前に、必要があれば私がケイリオル卿を斬る。それで良いだろう」

「むぅ……」

「本当にやるんじゃな? アミレスを守るのじゃな?」

「当然だ。私は元より王女殿下をお守りするべくお傍にいるのだから」


 ナトラとシュヴァルツより思いを託され、イリオーデは真剣な面持ちでキッパリと言い切った。

 ……しかし、私空気ダナー。一応これは私の事で言い争っている筈なのに、何故私が空気になるんだろうか。


「ええと、とりあえずもう行ってもいいかしら?」

「…………何かあったら、絶対ぜーったい我を呼ぶのじゃぞ?」

「ぼくの事も呼んでよね! 精霊なんかより先に!」

「分かったわよ、何かあったら二人の事も呼ばせて貰うわ」


 そう告げて、ようやくナトラとシュヴァルツは私から離れてくれた。


「それじゃあ二人共、留守番よろしくね」

「「はぁーい」」


 仲良く不貞腐れる二人に見送られて、私はイリオーデと共に東宮を出て城を目指す。今日は急ぎの用事でもないので、のんびりと歩いて行く事にした。

 何せ王城の敷地内はとにかく広い。だから普通の皇族なら移動ひとつで馬車を使うらしいのだ。

 ただ、皇帝もフリードルも馬車を使うのを面倒くさがっているようで……大体徒歩か馬で移動するみたいなので、私もそれに合わせていつも歩きで移動している。

 急ぎの用事の場合は流石に馬車や馬を利用するけれど、そうでない時は基本的に歩きだ。この方が健康にもいいし。

 そしてこの時間はいつもイリオーデと世間話をしながら歩いているのだ。

 なんて事ない話だったり、剣術や戦術について。他にも貧民街事業や年内に施行予定の新たな教育法についてなど……王城までの道すがら、色んな話をしていた。

 その際にアルベルトが話題に挙がった。イリオーデが、「時に、あの男……ルティは今どこで何をしているのでしょうか」と不機嫌そうに零したのである。

 もしかしてアルベルトがいなくて寂しいのかな。二人共、顔を合わせる度に話す程仲がいいみたいだし。アルベルトにすぐ任務を与えちゃったのまずかったかなぁ、と思い返す。

 実はアルベルトは、私の影になった四日後──今より三週間程前から大公領の調査に向かっているのである。


『向こう半年以内にディジェル大公領で起こる内乱についての調査……ですか』

『具体的な決行日時を調べて欲しいの。可能であれば、内乱の詳細もお願い』

『畏まりました。しかし、そのような情報を集めて一体何を……?』


 夜中にこっそり私室まで来てもらい、私はアルベルトに任務を与えた。それは勿論大公領の調査。

 大公領で起こる内乱の日程が分からないとスコーピオンへの指示も出せない。なのでいち早くそれだけでも知る必要があるのだ。

 情報の使い道が分からないと、こてんと首を傾げるアルベルトに向けて、軽く説明する。


『この前言ったでしょう? 私、最低最悪の王女として暴れるつもりなの。その、ディジェル大公領の内乱で』

『内乱で暴れる……御身が参加なされるのですか?』

『参加というか乱入に近いけれど。あのね、実は──……』


 ここまで来たらアルベルトにも計画について話しておこう。

 そんな思いから色々と大公領の内乱破壊計画について話したところ、アルベルトはまさに点と点とが繋がったような、何かに気づいた表情となって、


『──成程。つまり主君は内乱を阻止するのではなく、妨害しようと。その為の戦力として、港町ルーシェの事実上の支配者とも言われている闇組織スコーピオンに接触したんですね』

『流石はルティ話が早いわ。でもほら、港町ルーシェからディジェル大公領って遠いじゃない? だから計画実行までに彼等にディジェル大公領に行ってもらう為にも、内乱がいつ起こるのかを少しでも早く知る必要があるの』

『そういう事ですか。仰せのままに、我が主君(マイ・レディ)……必ずや、貴女様の望むものを手に入れてご覧に入れましょう』


 恭しく背を曲げて、アルベルトはキリリと笑みを作った。

 そして、急を要する事ならば今からでも行きます。と言って彼が宵闇の中に消えようとした時。ピタリとその体を止めて、アルベルトはこちらを振り向いた。


『…………主君。一つだけお願いしてもよろしいですか』

『いいわよ?』


 その色白の頬に少しばかりの紅をさして、アルベルトは熱い息と共に口を開いた。


『っ、その……もし、差し支えなければ……俺の事は以前のまま、アルベルトとお呼びください』

『……いいの? わざわざ偽名コードネームを使ってまで隠してる事なんじゃあ』

『問題ありません。一度でも諜報部に所属したならば、名乗る全てが偽名であると考えた方がいい……それが、諜報部の教えの一つですので。これが本名だとはバレないでしょう』


 なのでどうか、名前で呼んでくれませんか? とアルベルトは懇願してくる。

 身バレ程怖いものも無いと思うんだけど、本人がそれでいいっていうのなら別に構わないか。


『分かったわ、アルベルト。でも一応人前ではルティって呼ぶわね』


 私の所為でアルベルトの身元が割れるとかちょっと責任感あって嫌だもの。だからアルベルトと呼ぶのは二人きりの時だけという事にしよう。


『……! 我が望みを聞き届けてくださり、心から感謝致します』


 随分と嬉しそうにアルベルトは頭を下げた。相変わらずその瞳は濁っているものの、初めて会った時と比べたら活力というものが宿っている。

 アルベルトが毎日楽しそうで私も嬉しい。これでこそ助けた甲斐があるというものだ。


『それじゃあ調査の方よろしく頼むわ、アルベルト。くれぐれも無茶だけはしない事。いい?』

『は、主君の影として必ずや五体満足で舞い戻る事を誓います』


 宣言ののち、アルベルトはダイバーのように影の中に潜って姿を消した。

 何でも闇の魔力を使いこなせるぐらいの魔導師であれば、影を自在に操れたり影の中の亜空間に入れたりもするらしいのだ。

 流石は攻略対象の兄であり、帝都を騒がせた元連続殺人鬼と言うべきか……アルベルトは闇の魔力を手足のように使いこなし、影の亜空間内での自由行動までもを可能としているとか。

 しかもその影の中は現実世界よりもずっと狭く、なんとこの世界中に繋がっているそうなので、正確な座標さえ分かれば何となくの勘で目的地まですぐに行けるらしい。

 やってる事はカイルのサベイランスちゃんと似たようなものだ。一度も行った事が無い場所でも、座標さえ分かればちょっとの苦労で行けてしまうのだから。

 ちなみに影の中を進む事でどれぐらい時間短縮になるかと聞いたところ、『そうですね……馬車で一ヶ月かかる所に一日ぐらいで着けます』と目がひっくり返るような答えが返ってきた。


 今や影の世界はアルベルトの領域みたいなものらしく……ただでさえ影の亜空間自体がショートカットなのに、その中での更なるショートカットまで叶っているらしい。

 流石に自分自身しか影の中には入れないそうなのだが、だとしてもだ。何を空間魔法に等しい事をしているというのか。

 本当に恐ろしいものだ。いくらなんでもスペックが高すぎる。アルベルトが味方になってくれて本当に良かったと心底安堵するぐらいには、アルベルトが諜報員として有能すぎるのよね。

 ……何で諜報部はこんな逸材をあっさり手放したのかしら。サラがいるから? サラがいるなら、まぁまだいいか。ってなったのかも。

 そんなこんなで、アルベルトは今から三週間程前に調査に向かったのであった。部署異動からすぐにこんな出張に行かせてごめんねアルベルト。

 ボーナスは弾むから。特別手当も出すから。


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