217.交渉決裂?3
どこかに消えた私が連れて戻って来た師匠に、ミアちゃんが顔を赤くして見蕩れているようだった。その瞳にはハート形のような、キラキラとした輝きが宿っていて。
そう言えば『赤バラのおうじさま』のランスロットも本来は赤髪だったかな…………つまりそういう事ね。師匠は本当に目が覚めるような美形で、髪も凄く綺麗な赤色だし。服装がこの辺りでは珍しいものだけれど、それも相まって人智を超えた格好良さだ。
憧れのおうじさまとよく一致する外見でもあり、そもそもが超絶美形の師匠にミアちゃんが見蕩れるのも無理はない。
かく言う私も、初対面では師匠に少し見蕩れていたもの。今程優しく甘々ではない、ぶっきらぼうで私の相手をちょっと面倒くさがっていた頃の師匠。
あの顔面に慣れるまではそれなりに緊張したな。私があの顔面に慣れる頃には師匠の私への態度も和らいで、六年が経って今みたいに気の置けない仲になれたのよね。
だから分かるわ。慣れるまではこの顔面に見蕩れざるを得ないのは。
「よぉカイル。今は姫さんのお望み通り助けてやるから、お前は後でちょっとツラ貸せ」
「えっ……? は、はい分かりました……??」
あれ、何かしらこの一触即発の雰囲気。何で師匠はそんな黒い笑顔で、校舎裏に呼び出すようにカイルを見下ろしてるの?
何が何だか分からないようで、カイルも虎を前にした兎みたいな怯え方してるわ。
「そんで、そっちのちっちゃいのが例の厄介な子供か」
そう呟きながらしゃがみ込んで、師匠はじっとシャーリーちゃんを観察した。今も尚、カイルの膝の上で顔色を悪くして眠り続けているシャーリーちゃんを見て、師匠が眉を顰める。
「ん〜? これはー……あれだなァ、この子供の持つ魔力量が極端に少なくて──……魔力炉の機能が低下してるのが原因な気がしますわ。だから生命活動を維持する為に無理に周りの魔力を吸収して、生命力に変換してるんだろうよ。その処理で体に負荷がかかってるみたいだな」
淡々と意見を述べ、師匠は立ち上がった。やれる限りの事はやると言ってくれたが、本当に原因と思しきものを推察してくれるなんて……流石は師匠……流石は精霊さん。
「それってどうやったら解決出来るんだ? なんかもう八方塞がりな気がするんだけど」
「魔力が足りなくて生命活動すら危ういから魔力を周りからかき集めた結果、体調不良になる……って事だものね。でもその魔力をこちらから供給しようとしても相手は結局体調不良に襲われるって、解決策無いんじゃないの?」
「解決しようとしてもしなくても体調不良になるのが確定してるってのは中々にキツいよな」
師匠の見解から、魔力ナントカ体質が予想外にも魔力炉の問題なのだと知って、要するに魔力量の問題であると分かった。
きっとシャーリーちゃんも苦労しているだろうし、可能なら解決してあげたいと思うのだが……何だか八方塞がりな気がしてならない。
「方法もあるにはありますけど、どう足掻いても本人が苦しむ事だけは避けられないんで、俺達第三者が勝手に決める事ではないっすね」
「確かに……」
「諦めるしかないか」
仕方ない。とカイルと共にため息をつく。シャーリーちゃんの体質を改善させる事は出来ないと分かり、とりあえず陸に戻ろうという流れになった。
流石に、このままミアちゃん達を一面に広がる死体の山の上にいさせるのは良くない。カイル曰く船の中にまだ生きている人間がいるとの事なので、このまま放置して行っても、いつか来るであろう人達にその生き残りが状況を説明してくれる事だろう。
あそこで横たわる化け物とその人が多分全ての罪を背負ってくれるだろうから、私は逃げる。外道みたいな責任転嫁だけれど、フォーロイト帝国で人攫いをした時点で海賊達の死刑は確定したようなもの。死刑が早まっただけだと、死んだ海賊達には納得して貰いたい。
船が三隻沈んだ事は町にも伝わっているだろうし、今にも町から自警団とかが来る可能性もある。だから早くこの場から離脱しないと。
「じゃ、先にカイルとこの子供を陸に連れて行くんで、姫さんとそっちの子供は一旦待ってて下さい」
「っぇえ?!」
「うるせぇ口閉じてろ舌噛むぞ」
師匠にお姫様抱っこをされて困惑の声を漏らすカイル。
宇宙猫のような表情を作ってシャーリーちゃんを抱えるカイルを、師匠は軽々抱えて強く地を蹴った。
海賊船がぐらりと揺れる程の強さで飛び上がった師匠は、華麗に遠くの崖上へと着地していた。とんでもない身体能力である。
向こうでカイルを降ろして、師匠はすぐにこちらに戻って来た。師匠が甲板に着地した時、その中華風衣装の袖や裾がふわりと膨らみ、赤い三つ編みが風に舞う。
「さて、と。姫さんもカイルと同じように運ぶんで、そっちの子供の事を抱えてくれたら助かるんですけど……」
「分かった。そういう訳だから抱っこしてもいいかな、ミアちゃん?」
少し屈んでミアちゃんに確認してみると、「いいよ!」と元気よく言って貰えた。重いだろうけど、「大事な物だから代わりに持っててくれないかな?」と白夜を一旦ミアちゃんに持ってもらい、そのミアちゃんを私が抱える。
健康的な女の子だ。ナトラやシュヴァルツと違ってちゃんと重みを感じる。ナトラはともかくシュヴァルツは軽すぎると思うけれど。
そして先程と同じように師匠が私達を抱え、ただ一度の跳躍で上空まで飛び上がる。その際に謎の集団がぞろぞろと崖まで向かって来ているのが見えた。あれは何だろう、と思っても私の視力は常人と大差ないので顔や詳細は見えなかった。
強く風を感じながら落下してゆき、やがて師匠はまたもや華麗に着地する。空中ジェットコースターのようで、こんな時に言うのもなんだが、とても楽しかった。
「おねえちゃん、すっごい楽しかった! ランスロットさま、びゅーんって! すごい!!」
「ふふふ、ランスロットではないけれど私の師匠なんだもの。凄いのは当然よ」
ミアちゃんを降ろして、「持っててくれてありがとう」と白夜を受け取ったら、ミアちゃんが興奮気味に飛び跳ねながら語った。
師匠が褒められて私まで鼻高々。こんな凄いヒトが私の師匠なんだぞと。何故か私まで得意気になってしまった。ミアちゃんと師匠の凄さについて語り合っていると、照れているのかずっと町の方に顔を逸らしていた師匠がおもむろに切り出した。
「人間がぞろぞろやって来た……けど、どうします?」
ちらりとこちらに視線を向け、考えを聞いて来た。やっぱり、何かの集団がこちらに向かってたのは間違いではなかったのね。
「……逃げる?」
「この子達置いてか?」
「だって海賊船の件に関わってるってバレたらまずくない?」
「それはそうだがな」
シャーリーちゃんが心配なのか、判断を渋るカイル。だがその気持ちは分かる。もしあの集団が町の自警団とかじゃなければ二人が危ない。
しかし私達が海賊船の件に関わっていると知られては困る。下手に身辺調査とかされて身元が割れたら大惨事だ。だから個人的にはこのまま逃げたいのだけど……。
「相手がどうしようもねぇクズ共だったとは言え、俺達はどっちも大量殺人犯だしなぁ……バレたら指名手配からの極刑モンだろこれ……ギロチンコースか〜?」
「だから逃げようって言ってるんじゃない。これ以上巻き込む訳にはいかないから、ミアちゃんとシャーリーちゃんを置いて行く事になってしまうのが、唯一の懸念点だけれど……」
それだけが本当に不安要素なのだ。こんなにも小さな女の子達(しかも片方は意識不明)をこんな所に置いて逃げるなんて、無責任にも程がないか?
こうして悩む間にも集団は近づいて来ている。早く決めなければならないのに、優柔不断は私達は決断出来ずにいた。そこでミアちゃんが私のローブの裾を引っ張って、
「おねえちゃん、おにいちゃん、あたし達の事は置いて行っていいよ」
予想外な言葉を口にした。それに唖然とする私達に、ミアちゃんは更に畳み掛けた。
「おにいちゃんがあたし達を見つけて、おねえちゃんが悪い人達をやっつけてくれたからあたし達は助かったんだもん。これ以上は、おねえちゃん達にめいわくだよね? だから、あたし達はここで誰かが来るのを待つから、おねえちゃん達は行って!」
無邪気でいたいけな笑顔を作り、ミアちゃんは私達に告げた。こんな小さな子に気を遣わせてしまうなんて。私達は大人失格だ。
「……っありがとう、ミアちゃん」
「こちらこそ助けてくれてありがとう、おにいちゃん!」
「シャーリーちゃんの事、頼んだよ」
「まかせて! シャーリーちゃんはあたしが守るから!!」
ミアちゃんの言葉に甘えるように、カイルはここから離脱する事を決意した。
カイルはシャーリーちゃんを一度私に預け、その身に纏っていたローブを地面に敷く。そしてその上にシャーリーちゃんを寝かせて、夜風で体が冷えないようにとその身をローブで包んであげた。「俺に出来るのは、これぐらいだから」とこぼしながら立ち上がったカイルは、私の耳元でこう囁いた。
「離れた所から暫く見守っておこう。もしここに来た奴等がヤバそうな連中だったら、その時は……」
「魔法無しで戦うのね。分かったわ、そうしましょう」
真剣な表情で頷き合う。誰かが来る前にここを離れるけれど、シャーリーちゃんとミアちゃんの無事が確保されるまではきちんと見届けようと。
そう決めた私達は後ろ髪を引かれる思いで、
「……それじゃあね、ミアちゃん。お元気で」
「シャーリーちゃんとこれからも仲良くな」
「うん! 正義の味方のおねえちゃんとおにいちゃんとランスロットさま! 助けてくれてありがとう!!」
とミアちゃんに別れを告げ、少し離れた所にある木々の陰に隠れる。
ミアちゃんはシャーリーちゃんの傍で座りながら、大きく手を振って笑顔で見送ってくれた。そんなミアちゃん達の身に何も起きない事を願い、私達は木陰から様子を窺っていた。
「俺さ、約束しちゃったんだよな……親御さんの所まで送り届けるって。早速約束を反故にしちまったんだけど、どうしよ」
「……あの子達がちゃんと家に帰る所まで見届けましょう。せめてもの償いとして」
「口約束を破っただけで償いって、姫さんにとって約束は重すぎる契約か何かなんすか……?」
コソコソと小声で会話をする私達の後ろで、退屈そうに腕を組む師匠が、驚いたように声を漏らす。この辺の価値観の違いが、師匠が人ならざる存在である事を再確認させる。
まあ、約束は守るものだからね。守れない約束はそもそもしない主義だから、私は約束したならば基本的にちゃんと守るようにしている。
カイルの場合は、状況が状況故に仕方の無い事。だからせめてちゃんと見届けようと伝えたのだ。
そうやって会話しつつ待つ事数分。ついに集団がミアちゃん達の元までやって来た。夜中なので目を凝らしつつその顔ぶれを見て、私は「えっ」と声を漏らす。
何せ、その集団は──ヘブンを始めとしたスコーピオンだったのだから。