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209,5.ある令嬢とお茶会2

「……──とにかく。男性への声掛けは後にしましょう。今日は貴女に紹介したいご令嬢がいるのです」

「ご令嬢? 女の子なの?」

「はい。貴女がちゃんとしていれば、知り合いぐらいにはなれるかもしれませんね。似た境遇と言えば先方に失礼ですが、少しは似通った部分もありますので……運が良ければ打ち解けられるかと」

「お友達にはなれないの?」

「それは貴女次第ですよ」


 マリエルはファルールの首元にちらりと視線を落とす。そこにはフリルとリボンで隠されているものの、異彩を放つ首輪のような物が隙間から姿を覗かせる。

 ファルールは厄介な性格に加えてちょっとした問題を抱えている為、今まで友達というものがいなかったのだ。そんな友達が出来るかもしれないと聞いて、ファルールはいつになくやる気を漲らせた。

 物凄い美人姉妹。と周囲から熱い視線を向けられる中、程なくしてマリエルの待ち人が来た。

 青を基調とした、随所に白い刺繍のあしらわれたドレスとレースの手袋を身に纏う小柄な美少女。

 その少女は僅かにキョロキョロとしながら会場内を一人で歩き、やがてマリエルを見つけた。


「ご機嫌麗しゅう、マリエル様」

「ご機嫌よう、メイシア様」


 まさに至高の人形と言うべき可愛らしい微笑みを作り、一礼してその少女──メイシアは挨拶した。

 爵位としてはララルス侯爵であるマリエルの方が上であるものの、シャンパージュ家は実質公爵家並の権威を持つ為、メイシアから挨拶をしようともギリギリ社交界のルールには引っ掛からないのだ。


「メイシア様、僭越ながらご紹介させていただきます。こちらが我が愚妹、ファルールです」

「はじめまして、ファルール・シュー・ララルスです! ねぇねぇ、あなたはマリエルお姉様のお友達なの?」

「ファル、流れるように失礼を働かないで下さい」


 純粋な興味でメイシアにマリエルと友達なのかと問うたファルールは、マリエルに怒られた事に納得がいかないようで、リスのように頬を膨らませた。

 社交界において、他貴族に紹介される立場にある者は原則相手が質問等をしてくるまで挨拶以外では自発的に喋ってはならない。そういう古臭いルールがある以上、ファルールのあの質問はルール違反という事になるのだが……、


「わたしは特に気にしていませんから、大丈夫ですよ。マリエル様とは……なんと言い表せばいいのでしょうか。同志……仲間? でしょうか」


 メイシアはそのような小さい事を気にするような性格ではない。というか、興味の無い人に何を言われようともメイシアは痛くも痒くもないのだ。

 今やメイシアにとって最も大事なのはアミレス。その次点にあるのが家族なので、家族に迷惑がかからない範囲でならば、ある程度の誹謗中傷も失礼も彼女は無視出来るようになったのだ。

 周りからの目や誹謗中傷を恐れていた幼少期と比べると、本当に目まぐるしい成長である。

 それ程までにメイシアが自分に自信を持ち、堂々と出来るようになったのは間違いなくアミレスに全てを受け入れて貰えたからであって──、そんなアミレスにメイシアが酷く執着し、そんな存在に少女が依存するのは無理もない話である。

 そして。その信仰対象とも言うべきアミレスに心酔する女がここにはもう一人。

 そんな二人の関係は、以前までは『主のご友人』と『お友達の侍女』だったのだが……今は『侯爵家当主と伯爵令嬢』の関係になった。それをどう言い表せばよいのか、メイシアも少し頭を悩ませたらしい。


「……どうし? 仲間?」

「要するにお友達のようなものですよ、ファル」

「やっぱりマリエルお姉様のお友達なんだ!」


 自分よりも明らかに歳下のメイシアが(本人的には)難しい言葉を発したからか、ファルールはメイシアの事をすごい! とキラキラした目で見ていた。


「メイシア様。実は愚妹も少しばかり人より多く魔力を持って生まれまして……それを抑える為に、普段から魔導具をつけているのです」

「それでわたしに紹介しようと?」

「はい。失礼かもしれませんし、傍迷惑とも思いますが……もしよろしければ、愚妹の友人になっていただけませんか?」

「友人」


 目を丸くして、メイシアは呟く。マリエルからそのような提案をされるとは思いもよらなかったらしい。

 そんなメイシアの反応を見て、「全然お断りいただいても構いません」と補足するマリエル。少しだけでもファルールと似た境遇に生きるメイシアならば、ファルールの事を理解して下さるかも……と考えたらしい。

 暫し顎に手を当てて考え込んだのち、メイシアは顔を上げてファルールの瞳を見つめた。


「──アミレス様について、どう思いますか?」


 そして突拍子もない質問を投げ掛ける。メイシアはこの質問を以てふるいにかけようとしているのだ。

 ファルールが信用に足る人物か否か──彼女と友人となる事でメイシアに利益が発生するのかと。ファルールの人間性を見抜く為に、この質問が投げ掛けられたのだ。

 いかんせんメイシアもかの異端シャンパージュ家の人間。何事においても損得勘定が先行してしまうのだ。

 メイシアが損得度外視で何かをするとすれば、それは家族かアミレスの為。それ以外には考えられない。ちなみにこれはシャンパージュ伯爵夫妻にも当てはまる事だろう。


「王女殿下……」


 突然の質問にファルールはぽかんとしたが、その直後に隣から尋常ではない圧を感じた。流石のファルールであれども気づける程の、マリエルからの強い圧。

 ──まさか、貴女如きが知ったように姫様を語る訳がありませんよね?

 そんな幻聴が聞こえてしまいそうな強力な圧。ギンッ、と見開かれた瞳に対してその口は真一文字に結ばれており、それが更なる恐怖を煽る。


「……すす……すごく、立派な人だと思う! ます!!」


 ファルールが冷や汗を滲ませて慌てて回答する。

 あのファルールが空気を読んだ。これは、そのレベルの問題であった。


「そうですか、そうですよね! アミレス様はとってもご立派な御方なんです!!」


 メイシアはファルールの答えに満足したようで、花が咲いたような笑顔を浮かべた。ずいっと一歩踏み込んでファルールに近づいては、メイシアはアミレスについて熱弁し始めた。

 ファルールは嘘をつかない……というか、身も蓋もないがそもそも彼女には嘘をつくような頭が無い。

 だからあれは空気を読んでの発言ではあったものの紛れもない本音であり、何かと勘の鋭いメイシアはそれに気づいた。

 なのでこうして、ファルールと親交を結ぶ事に前向きとなったのである。


(メイシアちゃん……だよね。この子、すっごく王女殿下の事が大好きなんだなぁ……)


 珍しく、ファルールの思考が的を射た瞬間であった。

 その後も暫く、具体的には二十分程メイシアによる熱弁は続いた。オリベラウズ侯爵によるお茶会開始の言葉があるまで、メイシアは決して止まらなかったのである。

 しかしそれは、マリエルが全く止めようとしなかった事にも原因がある。何せマリエルはメイシアの熱弁に何度も頷いて相槌を打ち、心地よさそうに聞いていたのだから。

 そんな彼女が、アミレス語りをするメイシアを止める筈が無かった。

 これがアミレス至上主義者達である。

 アミレスの周りにはこの類の者が多くいて、なおかつ誰一人としてストッパーがいない為……時と場合によってはそれこそ五時間でも六時間でも話し続ける事が出来てしまう。

 そんなアミレス至上主義者達に囲まれたのが運の尽き。ファルールはこのお茶会が終わった後も、邸に帰ってから暫くの間はマリエルからアミレスの話を聞かされる事になる。

 頭の弱いファルールは定期的に頭をパンクさせながらも、マリエルがあまりにも楽しげに語るものだから最後まできちんと聞いていた。


(マリエルお姉様が、こんなにも楽しそうなところ……今まで見た事なかったな)


 少し寂しい気持ちになりながらも、同時にファルールはワクワクしていた。

 マリエルとメイシアがここまで執心する王女殿下アミレスと、もしも仲良くなれたのなら。そしたらきっとマリエルお姉様ともメイシアちゃんとも、もっと仲良くなれるわ! と……。

 ファルールは良くも悪くも純粋で馬鹿で素直な我儘娘だった。だから純粋に、アミレスと仲良くなりたいと思うようになったのだ。

 だがしかし、ここでふとファルールは思い出してしまった。


「…………あれ? 結局、ファルの王子様とお話出来てない! マリエルお姉様とメイシアちゃんとお話して帰ってきちゃった!!」


 自室にて重大な事に気づいたファルールは電撃が走るような衝撃を受けつつも、ガッカリと項垂れながら今お気に入りの物語を手に取り寝台ベッドに飛び込んだ。

 理想の王子様(仮)に声を掛けられなかった悲しみを埋めようと、妄想に耽る事にしたのだ。

 寝台ベッドの上でうつ伏せに寝転がり、足をぶらぶらと動かしながら本を開く。そしてその中でも特に好きなページを開き、挿絵の王子様に心を奪われる。


「いつかファルも……こんな王子様と素敵な恋がしたいなぁ」


 とても純粋な少女は物語のような恋を夢見る。そしてそれはいつか叶う事だろう。その相手がどんな王子様かは分からないが。


「む、何でしょうか……何だかとても気に食わない展開になっているような……妙な胸騒ぎが…………」

「お嬢様どうしたのー?」

「……気の所為でしょう。何でもありませんよ」


 執務室にて仕事に勤しむマリエルを、突如として妙な胸騒ぎが襲う。その原因は分からず、マリエルは気の所為だとそれを片付けた。

 しかし。のちに独自の情報源よりとある情報を入手し、彼女はこの胸騒ぎの理由を知る事になる。

 だが今はそれを知らぬまま、夜が更けてゆく。

 夏らしい虫の鳴き声と、少し湿っぽい夜風を体に感じながら。


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