202.港町と共犯者5
「……はい。スミレさんですね、会員登録は完了しましたのでこちらをお渡しします」
「ありがとうございます」
「ではお会計の方に戻りますね」
しかし、思い切り偽名で作ってしまったわ、会員証。これ大丈夫なのかな……と不安を覚えながら会員証を受け取り、会計を待つ。
「ご来店、ありがとうございましたー!!」
そして。手で髪を払って華麗に後ろに流し、店員さん達の見送りを受けながらドヤ顔で私は退店した。
しかしそんな私の隣で、やけに辛気臭い顔をする男が一人。
「……歳下の女子に全額奢らせるとか……男として、人としてどうなんだ……?」
どうやら自信を喪失してしまったらしい。私が払いたくて払ったんだから、別に気にしなくていいのに。
だがそれでも彼のプライドがそれを許さないようで、暫くカイルの気分は沈み続けていた。どうにかして気分を紛らわせてあげようと、私はレストランを発見してはそこにカイルを連れ込む。
壁際の二人席に座って、メニューを眺める。魚料理を発見したのでこれにしよう。と話し合って、店員さんをすぐに呼んだ。
何せこの世界ではまだ魚の鮮度を保つ技術が無い。故に魚料理は港町か清流近くの町村でしか食べられず……フォーロイト帝国帝都やハミルディーヒ王国王都なんかでは全く食べられないのだ。
前世ではそれなりに魚料理を食べていたであろう元日本人達からすれば、こうして魚料理を食べられる機会があるのなら是非食べたい所なのだ。
しかし、
「すみません……実は近頃漁が出来ておらず、魚の仕入れがままならないので魚料理は全て受け付け停止中でして。本当に申し訳ございません」
忙しいのか、ズラが少しズレているっぽい店員さんが平謝りしてくる。それによって更にズラがズレて……──ってそうじゃない。
港町という事で魚料理を楽しみにしていた我々だったが、なんとその魚料理が今は作られないのだという。
どうする? と前のめりになってカイルに耳打ちする。するとカイルも同じように前のめりになって小声で返事をして来た。
「うーむ。魚料理が食えんのはショックだが、不漁なら仕方ないしな。ここは大人しく肉行こうぜ、肉」
「了解」
という訳で私達はそれぞれ気になる肉料理を頼んだ。私はグリルっぽいチキン、カイルはステーキを頼んだ。
そして料理が運ばれてくるまでの間、暇だったので私はカイルに尋ねた。
「ねぇルカ。ちょっと気になってたのだけど、さっき女の人達に囲まれてる時どうしてあんなに怯んでたの?」
「え? あー……」
カイルが困ったように目を逸らす。何? そんなにもやばい理由があるっていうの?
「まぁ、なんつーか……あんまり覚えてないんだけどさ。俺、多分前世で女絡みのトラブルに巻き込まれてたんだと思う」
「ほう」
前世ときたか。と私は肘をついて手を重ね、そこに口を乗せる。某ナントカポーズだ。
カイルがおもむろに日本語で語り出したので、私も日本語で相槌を打つ。
「お前みたいなタイプの女なら問題ねぇけど、ああいうグイグイ来るタイプの……俺に、好意を持った女がすげぇ苦手なんだよ」
カイルは朧げな記憶を手繰り寄せながら、机の上で両手を合わせてぎゅっと握り拳を作った。そして、それを震わせて苦い思い出かのように語る。
「もしや前世で相当おモテになられてた?」
「どうだろうな。でも、転生してなおこんなトラウマが残るぐらいだから、それなりにはモテてたんじゃねーの?」
「うわぁ、人生勝ち組かよ……」
「何で俺この流れでディスられてんの??」
不本意だとでも言いたげな表情で、カイルがビシッとツッコんでくる。
しかし……転生してもなお残るトラウマか。私の中にある『私は絶対に幸せにならないといけない』なんて強迫観念も似たようなものなのかしら。
前世の私、一体どんな人生送ってたのよ……。
「俺ばっかり前世の事話すのもフェアじゃねぇだろ。お前も何か話せよ、ほら」
「話せって言われてもそんなに話せる内容が無いんだけど……」
突然カイルがこちらに話題を振って来たので、私は焦って何か話せる事はないかと記憶の引き出しを次々に開ける。
うーん、本当に何を話せばいいのやら。前世の事は本当に全然分からないからなぁ。
「……多分、十七歳で死んだと思う。本当にただ何となくそう思ってるってだけだから、確証は無いけど」
唯一思い出せた推定享年の事を話すと、カイルが「エッ」と驚愕に表情を固めて。
「お前………JKだったのか……!?」
まるで雷を受けたかのような迫真っぷりである。そんな驚く事かしら、私が十七歳だった事って。……十七歳ではあったけれど、どうしてだろう。女子高生だったかと言われたら何かが違う気がする。
「やけに落ち着いてるし、てっきり同年代とばかり……」
「そういう貴方は何歳だったのよ」
「何歳かは分からんが、一応元社会人だぜ。多分」
「えっ」
嘘でしょ、カイルが社会人……?! こんな性格で社会でやっていけてたの、この人!?!?
「お前今絶対失礼な事考えてただろ」
「気の所為よ」
「本当かァ〜?」
勘のいい奴め。と小さく舌打ちする。
するとこの目敏いチートオブチート野郎は、「あっ、お前今舌打ちしたろ! はいライン越え〜〜!」と騒ぎ始めた。
……本当に、何でこの人社会人やれてたのかしら。精神年齢小学生並よ?
一種の憐れみすら覚えて来た頃、ようやく料理が運ばれて来た。湯気と香り立つ肉汁たっぷりの肉料理達。お互いいいものを頼んだな、とじーっと相手の料理を見つめた後、ふとカイルと目が合った。そこで私達は無言で頷き合い、
「一口ずつ交換しようぜ」
「ふっ……交渉成立、ね」
チキンとステーキを一口大に切って、お互いの皿に乗せた。素晴らしい交渉結果ね、これは。どちらも味わえるなんて本当に素晴らしい事だ。
そう思いつつ先にカイルから貰ったステーキを食べる。
一口噛むだけで口の中いっぱいに広がる熱い肉汁。舌の上で蕩けてしまうかのような柔らかさで、香辛料の類を使っているのか、とても香ばしい香りが鼻を抜ける。その後、自分で頼んだ料理の方も食べて私達は夢心地であった。
それぞれ実家でこういうものを食べる事がざらにあるものの、こうして地方の味というものを味わえる機会はそうそう無い。帝都ではあまり味わえない味付けに私は感動していた。
ほっぺたが蕩け落ちそうな美食に舌鼓を打ち、私達は早めの昼食を終えて宿屋探しを始めた。もっとも、泊まる為というよりかは荷物を置く為であり、スコーピオンとの交渉にあたっての拠点にする為である。
良さげな宿屋を見つけ、小部屋を一つずつ取る。そこで荷物を降ろし、早速ではあるが私達は準備に移った。
準備とは、ずばり化粧などの事である。何せカジノはドレスコードがある。ただドレスを買っただけでは駄目なのだ。こんな事もあろうかと前もって化粧品はいくらか持ってきておいたので、私はそれを使って化粧してゆく。
数日前に、こんな事もあろうかと侍女達が私に化粧をする様子をしっかり観察していたので化粧はバッチリだ。……あれ? おかしいな、確かに侍女はここでこれをこう……あれぇ? 何か上手くいかないんですけど。どういう事ですかね??
記憶通りにやった筈なのに上手くいかない事がストレスに感じる。それでもめげずに頑張って挑戦して、ようやく化粧が終わった。私、自分で化粧する才能が無かったのかもしれない……。
そして最後の仕上げとばかりに髪の毛をいい感じにしようと思った所で、自身の準備を終えたカイルが部屋を訪ねて来た。
魔法薬で金色に変わった髪はオールバックに整えられていて、マクベスタを意識してるんだろうなぁ……とよく分かる。一貫してるわね、このオタク。
「今から髪いじるのか?」
「うん、そのつもりよ」
「俺がやってもいい?」
「え、貴方が?」
「おう。俺が」
出来るの? と怪訝な目を向ける。カイルは大きく胸を張って、
「大船に乗ったつもりで任せてくれたまえ。前からお前にして欲しかった髪型があるんだよ」
トンッ、と自信満々に胸を叩いた。
そこまで言うのなら……と一旦彼に任せてみる事にした。鏡の前に置いた椅子に座り、いつか聞いた曲を鼻で歌いながら私の髪をいじるカイルを鏡越しに眺める。
相変わらず手先が器用なようで、カイルは軽く三つ編みを作り、後頭部に作ったお団子をその三つ編みで囲ってヘアピンを挿して固定したようだ。
いつかのどこかで見た騎士の王様の如き髪型。オタク心がとても疼く髪型だ。
「おぉ〜、本当に出来てる! しかもクオリティ高い!」
「流石は同士、やっぱり分かるか。本当なら銀髪でやって欲しかったんだがなぁ……また今度、銀髪の時にもやらせてくれ」
「別にいいわよ。その時は青か黒のリボンも用意しておくわ。髪整えてくれてありがとう、カイル」
ハンドバッグを手に立ち上がり、カイルに感謝を告げる。バッグの中身はカジノで使う予定のお金と会員証と予備の魔法薬のみ。あまり多くの物は持ち運ばない事にした。もしもの時は白夜を喚べば戦えるので、荷物はこれだけである。
カイルはその腰にサベイランスちゃんが入っている鞄を提げているだけだった。一番の武器であるサベイランスちゃんがあれば、彼は十分らしい。
そんな装備で私達は宿を出て、アルベルトからの報告にあった場所に向かう。
港町の一角にて、圧倒的な大きさと煌びやかさを誇る建物──カジノ・スコーピオン。昼の十二時から夜の十二時までの十二時間、天国にも地獄にもなる娯楽場。
時刻は丁度十二時を過ぎたところ。開場したばかりでありながらも、既に多くの人達がそのカジノに入ってゆく。
「さて……いざ尋常にギャンブルと行こうじゃねぇか!」
「えぇ。大勝利収めてVIPルームまで上り詰めてやるわよ!」
カジノの前に立ち、大きなその建物を見上げて己に発破をかける。
スコーピオンとの交渉の為──スコーピオンの幹部に接触する為に、私達はついにカジノに足を踏み入れた。