201.港町と共犯者4
ゆっくりと目を開くと、そこは見慣れぬ街並みの中だった。雰囲気で言えばヴェネツィアのような……そんな、同じ国内とは思えない程に異国情緒溢れる町だった。
建物と建物の間を吹き荒れる潮風。青空の中で主役とばかりに輝く太陽。同じフォーロイト帝国内だというのに、この町だけ本当に別の国のような雰囲気だった。
「ほら、カイル。行きましょう!」
「ちょっ……腕引っ張るなって」
サベイランスちゃんを停止させて鞄にしまっていたカイルの腕を掴んで通りの方に向かう。入り組んだ路地を抜けて通りに出ると、流石は発展した町と言うべきか……とても繁盛しているお店の数々が立ち並ぶ景色を目の当たりにした。
「はぇー、栄えてんなァ」
「本当に……流石は港町……」
「おっ、何あれ美味そう。食って来てもいい?」
「いいわよ」
「やった〜」
何かの屋台を見つけたようで、カイルは上機嫌でそれを買いに行った。待つ間、くるりと辺りを見渡してみたら、ふと海の方に何隻かの船が停泊しているのを見た。
しかし、何故あんな所に……? あの辺で漁でもやってるのかしら。でもあの大きさの船舶で漁は難しいんじゃ…………と思うものの、いかんせん私には漁などの知識は全く無い。なのであくまでも素人の感想でしかないのだ。
潮風に吹かれ、紫色に染まった私の髪が舞う。手でそれを押さえて、地平線の方を眺める。
海なんて、この世界に生まれ変わってから初めて見た。この世界の海も青くて広大なのね。
「ほははへ〜。んむ……お前もこれ食うか? マジで美味いぞこの肉まんもどき」
行儀悪く歩き食いをするカイルが、そう言って湯気が立つ熱々の食べ物を手渡してきた。どうやら屋台で買ったのはこの肉まんもどきらしい。
「いいの? じゃあ貰おうかしら」
「おう。この通り二個買ったからな、ほれ」
「ありがとう、いただきまーす」
二人で一緒に肉まんもどきにかぶりつく。熱々の肉汁が出てきて舌が火傷しそうになったが、そこがまたいい。
ふむ、確かにカイルの言う通り肉まんっぽい。形状としてはお饅頭の方が近いけど、中身が完全に肉まんだ。
「そうだ。ねぇカイル、ここにいる間は私の事をスミレって呼びなさい、いいわね?」
「まぁせっかく髪の色変えたのに名前で呼んだら元も子もねぇしな。じゃあ俺の事はルカって呼べよな!」
流石、理解が早い。スミレがアミレスのアナグラム(+アを抜いたもの)だとすぐに察したのか、カイルもアナグラム(+イを抜いたもの)で合わせて来た。
「それじゃあ行きましょう、ルカ」
「オーケイ、行くか。スミレ」
そして私達は人と活気が溢れる通りを歩く。色んな店を横目で見ては、アレなんだろうね。とか美味しそうね。とか話す。
途中で目的の服飾店を見つけたので、「ねぇルカ、あそこに行きましょう」と言ってカイルと共にその店に入った。決して敵情視察とかではない。ただ、この後の予定の為にこの店で買い物をする必要があったのだ。
「うわ、俺超アウェーじゃん」
「でもほら、向こうに紳士向けのゾーンもあるから大丈夫よ」
「それもそうかぁ……」
店に入るなり、開口一番にカイルは気まずそうに苦笑いを作り、紳士向けゾーンに向かった。確かに紳士向けの服もあるようだが、店内には女性客が大勢いる。
「まぁ……見てあの男性、凄くかっこいいわ!」
「隣の女性は恋人かしら……お似合いね……」
「恋人の買い物に付き合う男なんて実在したんだ……」
「わたしもあんなかっこいい恋人が欲しい」
「それな」
「どんな徳を積めばあんなかっこいい男と仲良くなれるのかしら……」
周囲の女性客のざわめきが聞こえてくる。しかしカイルは既にジャケットなどを見るのに夢中になっていて、彼女達の視線と言葉に気づかない模様。
「貴方にはこっちの暗めのジャケットの方が似合うと思うわよ」
「急に出てきたなぁお前」
ジャケットを吟味するカイルの横から覗き込み、私は口を出す。カイルが手に取っているのは明るい水色のジャケット。しかし個人的にはこちらの暗い赤のジャケットの方が似合うと思うので、私は差し出がましくオススメする。
「だが確かに一理ある。俺ってば何着ても似合うけど、案外こういう暗めの色合いの方が似合うんだよな」
うんうん。イケメンだもんね、カイルは。流石は乙女ゲームの攻略対象ね。
と頷き、私はカイルがジャケットの下に着るシャツも探す。どうせなら暗めの色がいいな……これとかどうかしら? カイルの事だから黒シャツとか好きでしょうし。
濃い灰色のシャツを手に取り、カイルに見せてみる。
「このシャツとかどう? 結構色も合うと思うのだけど」
「おー、いいな。じゃあそれで」
軽く決めるカイルの腕には先程のジャケットと、同じ色のジャケットパンツが掛けられていた。トータルコーディネートをするならば、後は装飾と靴だろうか。
二人で並んで装飾品コーナーに移動し、ネックレスや耳飾りを眺める。最初は店員さんが「何をお求めですか?」と声を掛けてくれたのだが、カイルが「特に決まってないんで」と言って店員さんを追っ払ってしまった。
カイルはどうやらピアスを開けているようなので、耳飾りは選択の幅が広い。だからこそ、いつの間にか集中して私は考えていた。どれがカイルに似合うか……それを考える事が思ったよりも楽しかったのである。
「何でそんな険しい顔で宝石睨んでんの、お前」
「貴方に似合う耳飾りを考えてるのよ」
「俺に似合う耳飾りぃ?」
カイルがたまげたように語尾を上げる。
もしかして、私が私の分の装飾品を探していると思ったのかしら。だから彼は驚いたのかもしれない。
「ええそうよ。二択まで絞ったから、最後の決定は貴方に任せるわ」
何とか二択にまで絞って、それをカイルに見せる。片や丸い青色の宝石の耳飾りで、片や細長いエメラルドグリーンの宝石の耳飾り。
どちらがいいかと聞いてみると、カイルは宝石を見た瞬間にエメラルドグリーンの耳飾りを指さして、
「推しカラーのこっち」
真顔で即決した。まぁそうだと思ったわよ。貴方なら推しカラーを選ぶと思った。
次に靴。こればかりは私が口出しする事も特に無いので、カイルには自分で選ぶように言って、私は自分の服探しに向かった。
足を止めたのは色とりどりのドレスが飾られている一角。普段なら絶対に着ないような派手な色のドレスもあった。……このレベルの赤い服は、本当に普段なら絶対に着ないわね。せっかくだからこれにしようかしら。今は髪の色も紫だし、この赤もいけるかもしれない。
店員さんを呼び、試着させてくれと頼む。店の奥の試着部屋に通され、私はそこで一人で着替えに移る。店員さんが着るのを手伝ってくれたので無事にドレスを着る事が出来た。
「赤も意外といけるわね。今までずっと青ばかり着てたけれど……割とアリじゃないの」
鏡とにらめっこしながら、アミレスの新たな可能性に気づきを得る。桃色の髪とて違和感はあったものの、それなりに似合ってた時点で気づくべきだった。
「大変良くお似合いですお客様!」
「手伝ってくれてありがとう、感謝するわ。このまま着て行ってもいいかしら?」
「はい。ご購入していただけましたら、問題ありません」
「そう、なら買うわ」
「ありがとうございます!」
個人的に気に入ったのでこの赤いドレスの購入を決意。すると店員さんがドレスに合わせてヒールをいくつか持ってきてくれて、実際に履くなどしてそれもすぐに決まった。
赤いドレスとヒールに身を包んだ私は、元々着ていた服を鞄に突っ込んで試着部屋を出る。するとカイルが女性客に囲まれていて……、
「お兄さんぜひお名前を!」
「この後暇ですか?!」
「あのっ、あたしは向こうの居酒屋の娘の──」
「連れの女性は恋人ですかぁ?」
「ぁ……え、と…………っ」
逆ナンされてるわ、あの男。
しかし様子が変だ。グイグイと迫ってくる女性達に対して、あまりにもカイルがたじろいでいる……というか、怯んでいるようだ。顔色も少し悪いし、明らかに普通ではない。
「すみません、私の恋人にあまり近寄らないで欲しいのだけれど?」
助け舟を出すと、女性客達の視線が一気にこちらに集中する。それと同時にカイルに光明が差す。
女性客達の間を通ってカイルの元まで行き、私はその腕を引っ張って試着部屋の方に戻った。
「貴方も着替えてきなさい、ダーリン」
「…………了解、ハニー」
鳥肌が立つようなバカップルの演技をしつつ、カイルの背を押して人の少ない試着部屋に送り出す。カイルは少し困惑しながらもこちらの意図を理解したようで、柔らかく微笑んで試着部屋に入っていった。
それを待つ間、ネックレスや耳飾りを見物しては良さげなものを見つける。店員さんからの強いオススメもあって、流されるままにそれらの購入も決意した。
程なくして、ジャケットなどに身を包んだカイルが試着部屋より出て来た。流石は乙女ゲームのメイン枠の攻略対象と言うべきか、やはりどんな格好でも似合う。
「どう? 似合ってる?」
「バッチリよ。このまま出るからお会計行きましょう」
少し不安げなカイルにサムズアップしてバッチリと伝え、私達はまた並んでお会計場に向かう。店員さんがニコニコと笑って「会計は氷金貨三十二枚です!」と言ったものだから、思わずいい値段するわね……と含み笑う。そしてたくさんのお金を入れた袋を取り出た。
「高っ……俺そんなに金持ってねぇよ……」
カイルが隣でギョッとして頬をひくつかせる。そういえば、第四王子なのに何故か貧乏だって言ってたな。
「別にお金の事は気にしないでいいわよ。私が全部出すから」
「え」
「だって誘ったのは私なんだもの。当然でしょう?」
「え」
だから安心なさい。とカイルに告げて、私は氷金貨三十二枚をパッと出す。それに驚く店員さんと女性客達。そして呆然とするカイル。
それらを尻目に、私は堂々と会計に臨む。
「会員証はお持ちですか?」
「いえ、持ってないわ。今から作ってもらえるかしら?」
「かしこまりました!」
一人の店員さんが裏に行き、一枚の白いカードを持って戻ってくる。その裏に私は『スミレ』と記し、会員登録する。
何を隠そう、わざわざこの服飾店で買い物をした理由はこれなのだ。この会員証が欲しくて、私はこの店に来た。
この店の看板にはスコーピオン社のエンブレムがあって、スコーピオン社傘下の店である事は一目見て分かった。
私達が本日行く予定の場所──カジノ・スコーピオンは、スコーピオン社の会員証を持つ十二歳以上の人間なら誰でも入る事が出来る。
ただし、十七歳までの子供は一日で使用出来る元手が最大氷銀貨十枚と決められているらしい。更に借金システムも使えないらしい。要するに……子供にもチャンスは与えるが、身を滅ぼさないで済むように色々手は尽くしている模様。
『誰にでも、平等にチャンスを与えたい』
──そんな、スコーピオン社創立者の理念のもと、入場制限が緩和されているようなのだ。
そしてその会員証はスコーピオン社傘下の店で買い物をする時に使えるので、そこで作る事が出来る……と、アルベルトからの報告にあったので、私はドレスコード有りのカジノに着ていくドレスを買うついでに会員証を作る事にしたのだ。




