200.港町と共犯者3
ついに200話目です。いつもありがとうございます!
朝早くに私は起床し、とりあえず日課の素振りとスクワットをざっと百回。昔からジョギングや筋トレもしたいと言っていたのだが、王女としてそれは駄目だと言われ続けたので素振りと軽いスクワットだけなのだ。
着替えを手伝うと部屋にやって来た侍女達に「今日はいいよ」と伝えて下がらせて、私は久々にシャツとズボンにヒールブーツのスタイルに着替えた。
とりあえずは身動きの取りやすい格好でいたかったのだ。どうせ、港町に着いたら着いたで何かしら服を買うんだろうけど。
突然特訓時の格好で現れ、いつもより少なめに食事をとる私の姿に、シュヴァルツとナトラは顔を見合わせて首を傾げていた。
食事の後になり、朝会った時からずっとソワソワしていた師匠がニマニマと笑いながら近づいてきて、
「姫さん、もしかして今日は久々の特訓漬けの日とかなんですか?」
期待に満ちた目を向けて来る。
ありがたい事に、私の特訓を昔から楽しんでやってくれている師匠には悪いのだけど……今日も特訓はしないの。
「違うの。今日はちょっと用事があって、この格好もその関係よ」
「えっ…………そう、なんすか……」
ねぇなんでそんなにシュンって項垂れるの! そんなあからさまにガッカリしないでよ心苦しいじゃない!!
「で、でもまぁ……最近全然師匠と模擬戦出来てないし、用事が済んだら沢山っ、特訓しましょう!」
私の必死の言葉で、師匠の顔に僅かながら輝きが戻る。「ウッス……」と小さく頷いて、師匠は静かに後ろに下がった。
そして部屋に戻る途中。シュヴァルツが私の服の裾を引っ張って、こちらを見上げてきた。
「ねーねー、おねぇちゃん。今日の用事って何なの?」
「お出掛けよ。遊びに行くとも言うわね」
「遊び! どこに誰と行くのぅ? ぼくも行っちゃダメ?」
「ならば我も共に行くのじゃ!」
詳しい内容が話せない為、遊びと表現してみた所。シュヴァルツとナトラが目をキラキラとさせて食いついてしまった。
本当に、見かけ通りの子供らしさだなぁ二人共。だがしかし、この件に皆を巻き込む訳にはいかないので。
「駄目かなぁ。今回はもう誰と行くか決めてるからね」
「えぇーっ!」
「むぅ、ならばその誰とやらを教えんか。我がそやつを殺して定員に割り込んでやるわい」
なんか凄い物騒な事言い始めたわよこの子。流石は正真正銘の竜種……。
「その誰とやらって、もしかしてそこで余裕たっぷりに腕組んでる騎士バカの事なの?」
シュヴァルツがイリオーデを指差して、棘たっぷりの言葉を吐く。言われてみれば……イリオーデから溢れ出るあの余裕オーラは一体……?
「違うよ。今回はイリオーデにも留守番して貰うからね」
「へぇ、そうなんだぁ〜」
「……ッ!?!?」
何故かホッと肩を撫で下ろしたシュヴァルツがイリオーデを鼻で笑い、イリオーデはハッと息を飲み愕然としていた。その表情の端々から、信じられない…といった驚愕がひしひしと伝わってくる。
そこで自室に到着したので、私は昨夜用意した鞄を肩に提げて外に向かう。そこで、今度は師匠までもが私の連れに興味を持ったようで。
「シュヴァルツでもナトラでもイリオーデでもなく…………俺はそんな話聞いてないし、シルフさんだって精霊界にいるから違うだろ……じゃあ誰なんだ……? マクベスタとかお嬢さんか?」
「マクベスタでもメイシアでもないよ」
「じゃあハイラっすか?」
「ハイラでもないかな」
「えぇー、誰なんすかも〜〜〜っ!」
師匠が頭を抱えて叫ぶ。ここまで来て名前が挙がらないなんて逆に凄いわね、カイル。
そうやって話すうちに玄関にまで辿り着いたので、私はここで一度立ち止まり、くるりと振り向いた。そして、「留守番よろしくね、皆」と告げてから答え合わせをする。
「それじゃあ、カイルとデートしてくるね」
ニコリと笑って、扉を開く。外に出て扉を閉めると、「でっ…………」と愕然とする皆の顔が扉の隙間から見えて。
「「デートぉぉぉぉぉぉおおおおお!?」」
ガチャ……と閉まった扉の向こうから、シュヴァルツと師匠の叫び声が聞こえてきた。
デートって、皆から離れて行動するにはうってつけの言い訳だと思う。だって誰も邪魔しないでしょう? デートだなんて言えば。
彼等の驚愕を無視して、私は待ち合わせの場所へと小走りで向かう。待ち合わせ場所には既にカイルがいて、木にもたれかかってサベイランスちゃんをいじっているようだった。
「ごめんカイル、待った?」
「おう。十分ぐらい待ったぜ」
「いやそこは嘘でも『待ってないよ、今来たところ』って言いなさいよ」
「何でだよ、俺マジで待ってたんだもん」
駆け寄って声をかけると、カイルがテンプレを回避してこちらを向いた。こいつ、本当にこういう所あるわよね……。
ジトーっと暫しカイルを見ながらも、私は鞄からとある小瓶を取り出して「はい、これ飲んで」とカイルに手渡した。当然カイルは眉を顰めて、
「何これ」
と小瓶に視線を落とす。
「変色魔法薬よ。それを飲んだらイメージ通りの髪色に変わるの」
「あー、成程。正体隠す為か……でもお前はともかく俺はいらなくね?」
「念の為よ、念の為」
見本がてらまずは私がこの薬を飲んでみせる事にした。蓋を開け、変えたい色を想像しながらそれを飲む。すると瞬く間に頭頂部から髪色が変色してゆく。
私が想像した色は明るい紫。せっかくだから桃色でも金色でもない色を試してみたかったのだ。
この様子を見たカイルは「ぉおおおおっ!」と目を輝かせて、後に続くかのようにぐいっと薬を一気に飲んだ。無事に薬の効果は出たようで、カイルは眩しい金髪になった。
「へぇ……マジで変わったじゃん。つまりはアッチも……」
興奮気味に髪の毛を触っていたかと思えば、突然こちらに背を向けて、ゴソゴソと何かしながら俯いていた。何やってるのかしら? と思いつつもその背中に向けて私は説明する。
「この魔法薬の効果は一本につき一週間程。ただ、解除薬を飲めば好きなタイミングで効果を打ち消せるらしいわ。その解除薬も一応渡しておくから、必要があれば使って」
先程の魔法薬は無色だったが、この解除薬は少し赤みがかっている。入れ物の小瓶は同じだが中身の色合いが微妙に違うので分かりやすい。
それをカイルに向けて差し出すと、カイルはやけに真剣な表情で受け取った。
「……あんた、さっきから本当にどうしたの?」
「いや……何というか、ファンタジー世界ってやっぱり凄いなと」
「は??」
会話が成り立たない。本当にどうしたんだこの男。
「それはともかくさ、お前よくこんな便利アイテム持ってたな」
「これはケイリオル卿から譲って貰ったのよ」
「ケイリオル……って皇帝の側近?」
「そうよ」
「うはぁ……すげぇなお前、色んな意味で」
ゲームの事を言ってるのかしら。でも実際のケイリオルさんって結構いい人だし、本当に昔からずっとお世話になってるんだよね。
何を隠そう、この魔法薬もケイリオルさんから譲って貰った物なのである。アルベルトからの報告があがった二日後、私はケイリオルさんにこっそり相談していた。
『ケイリオル卿、別の姿に変身出来る魔導具とか……ってあったりしませんかね?』
『…………別の姿、ですか。そうですねぇ……そのような魔導具の心当たりはありませんが、髪の色を変える魔法薬なら心当たりがありますよ』
いつもよりも少し重たい声音で、ケイリオルさんはあの二つの小瓶を見せてくれた。
『こちらの魔法薬を服薬すれば最長一週間、髪の色を変えられます。薬の効果の解除はこちらの解除薬で。……しかし、何故このようなものをお求めに?』
『万が一の事態に備え、こういうものを持っておくに越した事はないかと思って。備えあれば憂いなし、です』
『成程。では、幾つ必要か教えて下さい。予備が幾らかありますので、お譲りしますよ』
顔につけた布を揺らし、ケイリオルさんはありがたい提案をする。しかし、ケイリオルさんの私物っぽいものをタダで貰う訳にはいかない。
『ですが、それだとケイリオル卿の分が……』
『大丈夫ですよ。これの製作者とは親しいですし、恐らく私経由でなければこの魔法薬は手に入りませんので、どちらにせよ同じ事です』
『しかし……魔法薬というだけで相当高価なのでは?』
そう。この魔法薬というものは作り手が少ない為かかなり珍しく、それだけで高価になる。だからこそ無償で譲って貰う事に抵抗があるのだ。
『うーむ……ではこうしましょう。いつか、何か一つ私のお願いを聞いて下さい。それを対価とさせて下さいませんか?』
『お願い、ですか?』
ピンッと人差し指を立ててケイリオルさんが交渉してくる。
『はい。無論、貴女の命や尊厳に関わるようなお願いはしません。恐らく……とても変なお願いになるかと思います』
『は、はぁ』
『交渉成立という事でよろしいでしょうか?』
『あっ、はい。よろしくお願いします……?』
本当にそれでいいのかと思いつつも、ケイリオルさんから魔法薬と解除薬をそれぞれ六つずつもいただいてしまった。まぁ、ケイリオルさんに限ってヤバいお願いなんてしないとは思うから、別にいいんだけどね。
そんな感じでいただいた魔法薬を早速使用し、私達は見た目を変えて出発する。
「よし、いくぜぇサベイランスちゃん」
《星間探索型魔導監視装置、仮想起動。魔導変換開始。事前指定、目次参照完了。転移術式構成、完了。転移対象、指定完了。座標指定、座標固定、完了。目的地、港町ルーシェ──転移術式発動》
無機質な機械音声に従い私達の足元に白い魔法陣が描かれ、そして光り輝く。その光に飲まれ、瞳をぎゅっと閉じた。すると次の瞬間、明らかに帝都とは違った風が私達を包み込んだ。




