199.ある共犯者の選択
「おっかしぃなァ……理論上は完璧だったんだが……」
ぶつぶつと呟きながら失敗作を眺める。のちに、これは動力源に使用した魔石が俺の魔力と相性が悪かったからなのだと分かった時には驚いた。
カイルの魔力はまさに色とりどりでどんな色にも染まれる特殊な魔力。そんな魔力とピンポイントで相性の悪い石を使っちまったなんて、と。
しかしこの失敗を経て俺は更に魔導具作りにのめり込んだ。流石は魔導具の大国と言うべきか、城の書庫には膨大な数の資料があったので、独学で魔導具の制作を繰り返していた。
九歳の時に母さんが俺の側近にと連れて来たコーラルにだけは、カイルの才能を教えて俺の『平穏無事で楽しい人生計画』に協力して貰う事にした。
コーラルは絶対にカイルを裏切らないと、そう確信していたからだ。何せコーラルはゲームにて最後の最後までカイルの味方で在り続けた忠臣。
きっと、この世界のコーラルも俺の味方でいてくれると確信した。だからカイルの才能と今後の計画の事を話した。それからと言うもの、コーラルはゲーム通りにカイルの味方として色々とサポートしてくれていた。
コーラルの協力もあって、俺はサベイランスちゃんなどの魔導具を作り上げる事が出来たのだ。
そうやって目まぐるしく、時に痛い思いをしながらも日々は過ぎ去り……痛覚というものがとうに麻痺した八年ののち、俺は王位継承権を放棄した。
理由は勿論、兄貴が昏睡したから。『アンディザ』では事故死とされていたが、この世界では俺が才能をひた隠した影響か事故で昏睡に留まったようだ。それと──……この世界が二作目の世界だと確定したからだった。
どうやってそれが確定したのか。それは攻略対象の一人、セインカラッドの故郷が関わって来る。ハーフエルフたるセインの故郷の森は、一作目と三作目では彼が幼い頃に。二作目ではオセロマイト王国が滅びた少し後に。それぞれのタイミングで大火災に遭い滅びる。
そう、これはあまりにも惨い設定だなぁ……と珍しく記憶に残っていたのだ。
その森が現時点でまだ存続していると聞いて、俺はこの世界が二作目の世界だと確信した。それと同時に気づいてしまった。
この世界が二作目の世界なら、加護属性持ちのミシェルをハミルディーヒ王国が囲う事は出来ないし、フォーロイト帝国との戦争は高確率で避けられない。
ミシェルが進むルートによってはフォーロイト帝国との戦争が起きて……良くて敗戦、悪くて侵略からの蹂躙が待ち受けるだろう。
何せ俺は元日本人だ。負け確の戦いになんて絶対出たくないし、そもそも戦争とか無理だ。
よりにもよってハミルディーヒ王国側の重要戦力に俺は転生してしまったので、そこに穴を空ける事になりハミルディーヒ王国の勝ち目はほぼゼロになっている。
だから継承権を放棄した。クソ兄貴達は何かと理由をつけて俺を戦場に送りたがるだろうから、この放棄にはその対策も兼ねていた。
兄貴の昏睡状態は多分大司教か何かが来てくれたら解決するだろうし、重くは考えていなかった。
王位争いなんて元より興味無い。その上、当時はオセロマイト王国の破滅が近づいていた為、俺もそんなくだらない争いに割く余裕が無かったのだ。
だから継承権を放棄して、オセロマイト王国を救う為に色々俺なりに動いていたんだが…………その結果、俺はついにアイツと──アミレス・ヘル・フォーロイトと出会ったのだ。
その可能性は考えていた。だが、本当に俺以外の転生者に会えるなんて思っていなかったんだ。
そりゃあ速攻で連絡を取るよな。そんで俺達は半年程文通でやり取りしていた。めちゃくちゃ字が綺麗で、手紙の書き方から見るに結構几帳面で真面目っぽい。本人の話の運びや内容、コーラルの報告から考えるに、相当なお人好しと見た。
俺がどんな目的で動いているかを話すと、アイツも律儀に生きる上での重大な目標を教えてくれた。
「……ただ、生き延びて幸せになりたい……か」
アミレスから届いた手紙を読みながら、俺はやるせない気持ちになった。
そんなありふれた願いがアミレスというキャラにとってどれ程に難しい事なのか、ゲームをしていた俺も多少なりとも理解しているつもりだったからだ。
──悲運の王女。結局、三作どの媒体でもただの一度もハッピーエンドを迎えられなかった、アンディザ屈指の悲劇の少女。
俺は、そんなアミレスにハッピーエンドを迎えさせてあげようとしている『彼女』の願いに感動していた。賛同していた。
叶うなら俺もそれに協力したい。それに……俺の『この世界を楽しむ』目的は、きっとアミレスの近くにいた方が達成しやすいだろうから。
だから俺は、魔力で中身のない分身体を作れる魔導具を作った。それで俺の分身を軟禁部屋に閉じ込め、俺自身はフォーロイト帝国に向かった。そこで、俺はついにアイツと顔を合わせた。お互い顔を知っていたとは言え、中身は別物だったからな。
アイツに前もって渡しておいたマーカー経由で、サベイランスちゃんを使って向こうの状況をたまに見ていた。だからアイツがヤバそうだって時にフォーロイト帝国に行けたんだ。
実際に会ったアミレスは、ゲームで見た時と大きく印象が違っていた。俺だって本来のカイルからかけ離れてるんだから当然だが。
そんなオフ会気分で訪れた帝国で、俺は速攻厄介事に巻き込まれた。だがまぁ、マクベスタに会えたんだからプライスレスってもんだよな。
そうやって暫く帝国に滞在するうちに分かった。……いや、なんなら少し観察していただけで分かった。
マクベスタはアミレスの事が好きなんだろうなーと。アミレスからマクベスタとの話は幾らか聞いてたから、その結論に至るまで時間はかからなかった。
さてどうしたものか。そう、俺は悩むようになった。オタクとしては推しの初恋を叶えてやりたいし、転生者としては仲間の願いを叶えてやりたい。
マクベスタとアミレスがくっついた上で幸せになってくれりゃぁ、文句無しの万々歳なんだが……それは無理だろうからな。今のアミレスには。
俺に出来るのはアミレスの立場が危うい事を、少しでもアイツの取り巻きに教え忠告する事ぐらいだ。
だから可能な限りの情報を、アミレスの過保護な取り巻き達に教えた。その上で俺はどこまでも協力する姿勢を見せた。
俺の望みは満員御礼の大団円。その為なら割と何だってするつもりでいるからな。
その為、俺はアミレスと目指せハッピーエンド同盟を組み、この世界をどうにかして望むとおりの結末に導こうと決めたのだ───。
「治癒は終わりました。後はもう、ご本人の目覚める意思次第です」
物思いに耽ける中、エフーイリルによる兄貴の治癒が終わったようで。柔らかな微笑みと眼差しを兄貴に向けて、エフーイリルはそう告げた。
「ありがとうございます、大司教様」
「お礼を言われるような事はしておりません。これは大司教として当然の役目ですから」
微笑みを絶やさず、ハッキリと言い切ったエフーイリル。流石は大司教だと感心していた所で、ピクリと、兄貴の指先が動いた気がした。
その直後、僅かな震えを伴いながらその重い瞼は開かれた。
「キール!」
「……──かあ、さん……ぼく、ねむ、ってた……?」
大粒の涙を浮かべ、母さんは兄貴に抱き着いた。張り付いたような掠れた声で、兄貴は力無く言葉を漏らす。
「えぇ、えぇそうよ……っ、あなた、一年以上眠ってたのよ……!!」
「しん……ぱい、かけて……ごめんな、さい」
「謝らないで。あなたは悪くない、悪くないから……っ」
ボロボロと涙を流しながら、母さんはその存在を確かめるように何度も兄貴を抱きしめた。
その最中で、ふと兄貴と目が合った。
「起きるのがおせーよ、兄貴。お陰様で結構苦労してんだぜ?」
「……そう、か。おはよう、カイル」
「……おう。おはよう、兄貴」
母さんの肩越しに兄貴は微笑んだ。そんな兄貴に向け、俺も口角を上げて笑顔を作る。
さてと……兄貴の回復は確認出来たし、忙しい大司教様をこんな所に長時間いさせる訳にはいかないからな。そろそろ送らねーと。
「兄貴もこうして目覚めた事だし、俺は大司教様を神殿都市まで送ってくるから」
熱い抱擁を交わす母さん達にそう伝えて、俺はエフーイリルに視線を送る。彼は「よろしくお願いします」と言って小さく頭を下げた。
「神殿都市の前までで大丈夫ですか?」
「はい。それで問題ありません」
神殿都市の結界は内側からなら瞬間転移で出られるものの、外側から瞬間転移で侵入する事は出来ない事になっている。だがしかし、実はサベイランスちゃんを使えばその結界すらも素通りして侵入出来てしまうのだが……流石に大司教の前でそんな事出来ないし、まず人前でサベイランスちゃんを使う訳にはいかない。
だからごめんな、サベイランスちゃん。とサベイランスちゃんを入れている腰に提げた鞄をそっと撫でる。
パッと顔を上げて、俺はエフーイリルと共に瞬間転移する。神殿都市の前辺りに出るよう頑張って気合いで調整し、無事に神殿都市周辺に飛べた。そこでエフーイリルに改めて感謝を伝えてから、俺はまた瞬間転移でハミルディーヒ王国に戻った。
兄貴も目覚めた事だし、継承権争いはもう気にしなくていい。親父もいい加減文句言うのもやめてくれるだろう。
なら、もう明日の準備に戻っていいか。
「母さん。俺、明日から数日間ぐらい友達と遊ぶから城空けるね」
「せっかくキールが目覚めたのに……?」
「友達と約束しちまったからな。兄貴と母さんにも何か土産買ってくるよ」
子犬のような表情で俺を見上げる母さんに「明日の準備があるから」と告げて、瞬間転移を使って自室に戻った。
何回も瞬間転移を使ったからか少し頭が痛む。副作用があるから可能な限り魔法はサベイランスちゃん経由で使いたいのに、人目があるから今日は使えなかった。
はぁ、とため息をついて背伸びする。ぐちゃぐちゃに散らかった我が部屋を見渡して、
「……うん、とりあえず一回片付けするか」
俺はまず、片付けを始めたのだった…………。