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閑話 ある少女の記録

ちょっとだけ神殿都市の話?です。


【神々の愛し子の観察記録】



 ──記録。三月九日。天候、晴れ。

 授業・歴史学、地理学

 あれ程に勉強を嫌がっていた愛し子が大人しく勉強をするようになってから数週間。以前からの見解通り、本人の潜在能力はとても高く、集中力や学習能力もかなりのもの。

 しかし依然として罰や失敗を酷く恐れる傾向にある。早急に原因を解明すべきだ。

 追記、愛し子は香辛料を用いたカレーなる料理を所望している。オレの知識には無いので誰か頼んだ。

 記録者・アウグスト

《マリリーチカ》返信・丸投げしましたね。


 ──記録。三月十二日。天候、晴れのち雨。

 授業・魔法歴史、魔導学

 魔力の管理や魔法の制御にも慣れて来たようで、今日なんてその持ち前の膨大な水の魔力で神殿都市に雨を降らせてました。ですが、相変わらず彼女の恐怖の原因解明とはいきませんでしたね。

 追記、ワタシもそのような料理は聞いた事がないですね。どなたか頼みます。

 記録者・エフーイリル

《ノムリス》返信・そもそもどこの地域の食べ物なのでしょうか?


 ──記録。四月二日。天候、曇り。

 授業・護身術

 前々からもしや、と言われてましたが……やはり愛し子の身体能力はかなりのものでした。ですが筋力は一般的な同年代の女性以下です。

 魔法担当の方は可能な限り愛し子に付与魔法エンチャントを指導してください。このままですとロクに授業ができません。

 追記、どうやら子供には優しいみたいですね、愛し子。

 記録者・ライラジュタ

《メイジス》返信・そして大人は怖いみたいですわ。あれはもしや、何かしらの心の傷があるのでは?

《セラムプス》返信・確かに、罰に対してのみあのような反応を示すのだからほぼ確実に精神問題だろうな。


 ──記録。四月十八日。天候、晴れ。

 授業・無し

 今日は休日だったのですが、愛し子は商店街に出掛けて普通に買い物をしていました。その途中で怪我をしている子供を見つけた時には何の見返りも求めず治癒していましたよ。

 愚かにも集団で弱者を虐げる者達を見つけた際には、『集団リンチとか人として恥ずかしくないの?』と勇ましく仲裁に入るなど、以前の言動からは考えつかないような変化です。

 追記、ところで集団リンチってなんですかね。

 記録者・セラムプス

《オクテリバー》返信・知らん。


 ──記録。五月七日。天候、雨。

 授業・一般常識

 本日の授業中、愛し子がふと窓の外を見つめ続けていたかと思えば、授業を無視して血相を変えて部屋を飛び出しました。外は大雨だというのに、全身がずぶ濡れになる事も厭わず彼女が走って行った先には全身傷だらけのハーフエルフの青年が倒れてました。

 『授業なんていつでも出来るでしょ!? 誰かを、彼を助ける事は今ここでしか出来ない事なの!!!!』と必死の形相で愛し子は治癒魔法を使い、その青年を助けたようです。

 ……俺には、愛し子がよく分かりません。一体何が、彼女の本質なのでしょうか。

 追記、青年の怪我はエフーイリル卿の過激な部下達によるものとの事です。今後このような事が起こらぬよう、部下の方達によろしく伝えておいてください。

 記録者・ノムリス

《ブラリー》返信・ハーフエルフとエルフの間に発生する格差問題か……厄介だな。


 ──記録。五月二十八日。天候、晴れ。

 授業・魔法歴史

 件の青年と愛し子はかなり親しくなったようで、皆さんもご存知でしょうが、今ではどの授業にも彼が付いて回る程。しかし愛し子が何よりもそれを望んでおり、何気に青年の存在が愛し子に良き影響を齎している事もまた事実。

 彼の持つ魔法の知識も愛し子の役に立ってますし、暫し経過を観察しましょう。

 追記、部下にはワタシからキツく言っておきました。ご迷惑をおかけしてすみません。

 記録者・エフーイリル

《ノムリス》返信・いえいえ。


 ──記録。六月十五日。天候、曇り。

 授業・無し

 愛し子がホームシックになっている疑惑が出てたんで、この前話し合った通りに愛し子の住んでた村から一人の少年を神殿都市に連れて来たんですが……その少年が愛し子に関わる全ての男(なんなら女にも)に威嚇し、敵対心を剥き出すので大変です。

 愛し子はその状況に何故か悦に浸り、楽しんでいるようで。例の青年とその少年のいがみ合いがとにかく凄まじいです。

 追記、愛し子がよく口にする『好感度』や『ルート』という言葉が何を指すか、誰かわかります?

 記録者・ブラリー

《エフーイリル》返信・好感度はそのまま相手に好かれている度合いなのでは?

《マリリーチカ》返信・ルートって何かしら。

《ライラジュタ》返信・どこの国の言葉なのかも怪しいな。


 ──記録。七月十日。天候、晴れ。

 授業・加護属性ギフト制御

 愛し子が弱すぎる。少し投げただけで飛んだ。たったそれだけで全身骨折なんて弱すぎる。あれでは巨悪と戦う事など不可能。更なる教育と指導を行う事を当方は提案する。

 追記、ちょっとの訓練で泣き喚く。うるさい。

 記録者・ラフィリア

《ジャヌア》返信・いやそれは流石にラフィリア卿が悪いのでは?

《オクテリバー》返信・ラフィリア卿に投げられたら大抵の人間が全身複雑骨折しますよ。

《メイジス》返信・正直……ラフィリア卿の訓練はわたくしも少し泣きそうになったもの…………。

《マリリーチカ》返信・メイジス卿に激しく同意しますわ。

《ディセイル》返信・右に同じく。

 再追記、全員覚悟しておけ。


 ──記録。七月二十九日。天候、晴れ。

 授業・マナー、ルール

 これまでの様子から鑑みて、愛し子は容姿の整った男に弱い事が分かりました。愛し子への対応に困ったら面の良さを前面に押し出して対応すれば良い、と聖人様からも助言いただきましたので確実にそうです。聖人様がそう仰られたのですから。

 例の青年と少年とは関係も良好のようで、今や二人共愛し子の取り巻き……虜のようなものです。愛し子の傲慢な性格は出身の村でチヤホヤされていたからだと推測される以上、このままあの関係性を放置するのは良くないと思います。

 追記、本日も聖人様はとても美麗で清く尊くまさに清廉潔白の化身のよう。そのお口から発せられる言葉の一つ一つが(中略)まさに神の御使い、神の代理と呼ぶべき(中略)こんなにも尊き御方と会話を交える事が出来て私はとても幸福(中略)です。

 記録者・ディセイル

《アウグスト》返信・追記が長い。最早それが本題かと疑うぐらいだ。

《ライラジュタ》返信・聖人様とお会いしたなんて羨ましいな!!


 ──記録。八月四日。天候、曇り。

 授業・光魔法実践

 治癒魔法、付与魔法エンチャント、支援魔法の三つの光魔法の習得を確認した為、一度実践させてみた。すると誰も教えていない筈の攻撃魔法まで使いこなしている事が分かりました。攻撃的な性格が幸いしたのか、どうやらハーフエルフの青年から教わったらしくかなりの適正があるようです。

 神々の愛し子なのにも関わらず、護り癒す力よりも傷つける力に秀でているのはいかがなものかと。

 追記、近頃愛し子がフォーロイト帝国に行ってみたいと騒いでいるのですが、どうしますか?

 記録者・セラムプス

《ディセイル》返信・却下。神々の愛し子として相応しい素養が彼女にはまだ微塵も無いので。

《ジャヌア》返信・聖人様からはまだ暫く神殿都市から出すなと仰せつかってるので、それは無理だな。



 ───パタリ。そこで、何人もの大司教や枢機卿が残して来た観察記録はおもむろに閉じられた。

 それに冷たく、無機質な視線を落としていたのは他でもない聖人ミカリア・ディア・ラ・セイレーン。彼は部下達が記した神々の愛し子の観察記録を見て、重くため息をついた。


「……本当にめんどくさいなぁ……どうして、こんなにも胸騒ぎがするんだろう」


 愛し子の事を考える度に、自分というものが塗り替えられるような錯覚や悪寒と、理由のない胸騒ぎに襲われる。それはミカリアが愛し子に初めて会った時からの事であった。


(でも、これが恋とか愛ではない事だけは分かる。だって姫君の事を考える時はうるさいぐらいに心臓がドキドキして、体中が熱くなるから……これはそういう感情ではない。いや、寧ろ──)


 ミカリアは自覚していた。茨のように全身に巻きついてはその棘を食い込ませる、もう逃げる事は不可能な己の抱く淡い熱情を。

 それはかの少女と踊った時に自覚しかけ、やがて時を置いてから自覚されたもの。ミカリアは己が本来あるべき状態に戻ったのだと信じて疑わなかった。


(……真逆。僕が愛し子に抱く感情は、姫君に抱くものの真反対だ)


 故に。相対的に愛し子を嫌う。着実にこの世界に根を張り、影響力を増すばかりの神々の愛し子(ミシェル・ローゼラ)の運命力。

 しかし、ミカリアはそれに抗おうとしていた。


「ふふ、あぁ……姫君に会いたいな。会ってまた名前を呼んで貰いたい。手を繋ぎたい。抱き締めたい。この安全な鳥籠の中に閉じ込めて守ってあげたい。いっそ、彼女の純潔までも全て奪い去ってしまいたい。彼女の全てを僕のものにしたいなぁ」


 たった一人の存在への、狂った執着によって。

 愛し子の観察記録を机の上に放り投げて寝台ベッドに倒れ込み、ミカリアは鋭い笑みを作って歪んだ欲望を口にした。

 熱の篭った吐息。夢見る幼子のように輝く瞳。たった一人の事を考えるだけで強く鼓動する心臓。

 ドキドキとうるさいぐらいに高鳴る心臓を左手で鷲掴み、彼はいつの日か憧憬の中の少女と指切りを交わした小指を優しく唇に当てて、


「……──あぁ、好きだ。僕は……貴女の事が、とても好きだ」


 とても幸せそうな微笑みを浮かべていた。


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― 新着の感想 ―
え、観察記録おもしろすぎません?? ここ数ページ、地味に笑ってしまう。爆笑
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