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195.貴族会議5

「帝国の未来を、更なる発展を望む者はわたくしに付いて来なさい。我が臣下として、わたくしと──……我々と共に歩む事を許しましょう。 わたくし達が、帝国の未来を……いつかの繁栄を育み支えるのです。わたくし達が、この先の未来で当たり前となる社会の礎となるのです!!」


 結局のところ、人間っていうのはこういう感情論や勢いというものに弱い。協調性があるといえば聞こえはいいが、ようは周りに流されやすいという事。

 こうして、彼等が共通して恐れる存在のように振舞った直後にそれとは真逆のような語りをすれば──、


「「「「「「うぉおおおおおおおおおおおおおおっ!」」」」」」


 この通り、その温度差から簡単に人間は流される。先程まで私の事を舐め腐っていた貴族達の半数以上が、今やスタンディングオーべーションで拍手喝采。中には涙を流す者までいる。

 いやまって、ここまでは予想してなかったんだけど。ちょっとチョロすぎないかしら貴方達? この名付けて『DV彼氏(アメとムチ)戦法』で本当にここまで上手く行くとは思ってなかったんだけど??


「たった十三歳でこれ程までの愛国心……何と高潔な少女なのか」

「王女殿下万歳ーーっ!」

「万歳!!」

「万歳ー!」

「我々が帝国の未来を作るのだ!」

「「「おーーー!!」」」


 マイナス評価からのスタートの方が、ゼロの評価スタートの人よりも同じ事を成し遂げた際の賞賛が凄まじいとは聞いていたけれど……『十三歳』の『野蛮王女』が『国を思って』発案した『改正案』という様々な要素が高倍率のバフとなり、私の演説の効果を底上げしてくれたのだろう。

 だとしてもチョロいな。

 それだけ皇帝が彼等に恐れられているという事だが……あの皇帝は確かに戦場の怪物だし冷酷無比で娘を殺すような酷い親だけど、実は一国の王としてあまりにも優秀すぎるのだ。

 仕事をするようになって、これまでの皇帝による統治や政策を見るようになって…………あの男が至極真面目に王としての仕事をし、この国の発展と安寧を──……よりよい国を目指している事がよく分かった。

 だから、多分今回の教育法改正案についても何も言わなかったのだろう。例え私が発案者でも、この国の発展に繋がる事に変わりはないから。


 そうやって物思いに耽り、目の前の病気かと思うぐらい単純な貴族達に一抹の不安を覚えつつも、もう一度ハイラ達の方に目を向けてみると。

 ハイラが体を丸くして号泣していた。え、ハイラめっちゃ泣いてるじゃんなんで?!

 流石にもうハンカチーフを持ってないのか、ランディグランジュ侯爵はそのジャケットを脱いでこれを使えと差し出しているようだった。いやイリオーデのお兄ちゃん凄いな。ハンカチーフ無くて次に差し出すの上着て。

 ハイラも正常ではないのか、ランディグランジュ侯爵のジャケットを顔に当てていて……その横で満面の笑みで立ち、大きく拍手するシャンパージュ伯爵。何かあの人、この会議中ずっと楽しそうね。ずっとニコニコしてるわ。

 ……それにしても、イリオーデの拍手めちゃくちゃ音でかいな?! と、彼のいる方向を振り向く。そこには相も変わらず直立したまま、ミシンの針かのような速度で絶え間なくパチパチパチパチパチパチパチパチパチ……と拍手し続けるイリオーデがいた。

 いや、本当に何その速さ。人ってそんな速度で手を動かして拍手出来るものなの…………って本当にうるさいな!

 何せイリオーデが今一番私の近くにいるのだ。どこを見ていようとも、何を考えていようとも、もはや工事現場かのような彼のバカでか拍手音が常に付き纏う。

 今すぐ耳を塞ぎたいところなんだけど、多分イリオーデの性格からして大真面目に拍手してるだけだろうからもっとタチが悪い。


 これがカイルとかなら迷わず本人を殴ったし、耳も塞げた。しかしイリオーデはなぁ……本当に、本当にただアミレスの事となると何かと大袈裟になるだけだからなぁ……。

 改めて見ると、イリオーデも心無しか嬉しそうな顔してるし。もう絶対、授業参観の保護者のノリで喜んでるんだろうなぁ。アミレスを幼い頃から知る二人は本当に純粋に、アミレスの成長を喜んでくれているのだ。

 だから私もこの手の状況では強く出れない。


「えー、ごほん。皆様ー? 盛り上がりついでに多数決を取りますねー」


 そこに救いが現れた。ケイリオルさんが議論を進めようと一歩前に出て来てくれたのである。

 ナイスですケイリオルさん! 流石空気読みの達人!!

 彼の言葉に一度会議場は静まり返り、「では、此度の教育法改正に賛成の方は挙手を」とケイリオルさんが採決に躍り出た。

 大丈夫だとは思うけど、少しドキドキする。ギュッと瞳を閉じて、もう一度開くと──……参加する貴族の過半数近い挙手が、私の目に映る。

 これは、つまり。


「可決…………!」

「はい。お疲れ様です、王女殿下。無事に貴女の案は認められましたよ」


 後ろからひょっこりと、こちらを覗き込むようにケイリオルさんが現れる。改めて彼の口からそれを聞いて、ようやく実感が湧いてきた。


「そう、ですか……よかった……っ」


 脱力しそうになるが、何とか気合いで耐えて胸を張る。


「──では。これにて教育法改正案の正式可決となります。ひとまず数日以内に公布し、諸々の準備が完了次第施行致します」


 こうして、私は貴族会議で無事勝利を収めて退場した。退場の際に会議場中から耳が壊れそうな程の拍手を送られてしまって、


「……会議場から随分離れたのにまだ耳に拍手の音が残ってるわ……」


 暫しの間その拍手の残響に襲われる。

 その事で眉を顰めていたからか、イリオーデが心配そうな顔を作って。


「大丈夫ですか、王女殿下? くっ……私に治癒魔法が使えたなら……!」

「そのうち収まるだろうから大丈夫よ。それより貴方の手は大丈夫なの? 何か、凄く拍手してたけど」


 くるりと振り向いて、イリオーデの手を取る。その手から追い剥ぎのように手袋を剥ぎ取り手のひらを見ると、別に赤く腫れている様子は無くて。

 ただ、とても硬くてマメの多い骨ばった男性の手がお目見えしただけだった。


「私の手は至って平気ですが……気を使わせてしまい、申し訳ございません」

「あ、いやいいの……私がただ気になっただけだから……」


 パッと手を離し、手袋も返して私は体を前に向けた。

 ちらりと横目でイリオーデの方を見ると、何だかとてもフェチズムに刺さりそうな仕草で手袋を着けていて、思わず私は「おぉぅ……」と謎の感嘆を漏らしてしまった。

 そして二人で東宮への帰り道を歩いている時、イリオーデが「少し、気になっていた事があるのですが」とおもむろに口を切った。


「王女殿下は、汚い大人達を相手する事に慣れておりますよね。会話運びといい、人心掌握術といい……これもハイラの教えなのでしょうか」

「別に、そういう訳ではないよ。ハイラは確かに色んな事を教えてくれたけれど、大人相手に喧嘩を売る方法なんて彼女が教えてくれる訳ないでしょう?」

「……それはそうですね」


 イリオーデはこれで納得してくれたようで、ふむ…と口元を押さえて黙り込んだ。イリオーデとハイラの仲が良くて嬉しいわ。

 別に、私は決してカップリング厨という訳ではないんだけど、この二人がくっついたら最強なんじゃないかとかなり思う。

 二人とも家門は侯爵家で、その辺りの釣り合いは取れている。イリオーデが婿入りする形で。二人共美男美女でお似合いだし、何より凄く仲良いみたいだし……あ、でも。イリオーデだけは駄目か。

 ──だって、ランディグランジュ侯爵がハイラの事を好きみたいだから。

 この数ヶ月で、学校を作るにあたっての参考に剣術学校の話を聞きたくて、何度かランディグランジュ侯爵とも会う事があった。

 その際の話題がほぼハイラの事だった。あの時の反応からして、ランディグランジュ侯爵は確実にハイラに片想いしてる。絶対そう。この手の話題に疎い私でも確信出来るレベルで分かりやすいのよあの人。

 だからイリオーデだけは駄目かなぁ……流石に弟に好きな人取られるのはね。ランディグランジュ侯爵があまりにも悪役令嬢的ポジションになっちゃう。


「それにしても……本当に疲れたわ。精神的に。東宮に戻ったら一休みしようかしら〜」

「それもいいかと。王女殿下が心ゆくまでお休みいただけるよう、最善を尽くします」


 ぐぐぐっと背伸びをしながら呟き、明らかに騎士の領分を超えたことまでやってくれるイリオーデに頭の下がる思いになる。

 しかし私は出来る上司なので、一緒に戦場に立ってくれたイリオーデの事をちゃんと労わろうと思う。

 東宮に戻った私は侍女達に頼んでお茶会の用意をして貰い、イリオーデやマクベスタや師匠、カイルやシュヴァルツやナトラも誘って東宮の庭でお茶会をした。

 紅茶好きのシルフも誘いたかったんだけど……最近はずっと仕事だとかで精霊界に篭りきりで、かれこれもう二週間会話すらしてない。

 たまに精霊界に帰っている師匠にシルフの様子を聞いても、大体いつも「元気っすよ」の一言で終わるから、今シルフがどう過ごしているのかが全然分からない。

 シルフに会いたいな。これまで数年間ずっと一緒にいたから、たった二週間会話していないだけで凄く寂しく感じる。


「おねぇちゃん、この紅茶おいしーねぇ」

「……ん? あぁそうだね」

「どしたのおねぇちゃん。ぼく達がいるのに考え事?」


 ティーカップを両手で持ち、シュヴァルツは可愛い笑顔をこちらに向けて来た。ぼーっとしていたので反応が遅れてしまい、シュヴァルツが不審そうな目付きになってしまった。

 ごめんね、と言いながらふわふわな頭を撫でてあげるとシュヴァルツの機嫌も良くなって、元通り楽しいお茶会が再開した。


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