193.貴族会議3
アルベルトが訪れた痕跡を完璧に消し、報告書の内容を全て暗記してからそれをビリビリに破いてゴミ箱の中に入れた。
私が諜報部に接触し、依頼までした事実は誰にも知られてはいけない。例え信頼のおける仲間達であろうと──……いや、信頼のおける仲間達だからこそ隠し通さないといけない。
この計画に、皆を巻き込む訳にはいかないから。
「……よしっ。そろそろ水晶宮に向かわないと」
軽く頬を叩いて喝を入れ、私は部屋を出た。するとそこにはイリオーデが団服の姿で佇んでいて、彼は私を姿を見るなりぺこりと会釈した。
「それじゃあ行きましょう、イリオーデ」
「お供致します」
イリオーデと共に水晶宮を目指して歩き始める。その道中で私達を待っていたらしい師匠とマクベスタとカイルに会って。どうやら三人は、激励の言葉をかけに来てくれたらしい。
「頑張って来てくださいね。俺達も……色々と頑張るんで」
「お前なら何も心配は要らないだろうが、とにかく頑張れ。応援している」
「がんば〜」
いやカイルあんた応援する気無いわね。めっちゃ緩いじゃないの。
相変わらず適当で軽薄な男に呆れていると、遠くからドタバタとした音が聞こえて来て。それは徐々に大きくなり……、
「あぁーーっ! 間に合ったぁ!!」
「待つのじゃアミレス、我まだ何もお前に言えてないのじゃ!」
侍女服に身を包んだ二人の少年少女が、大慌てで駆け寄って来る。
「あのねあのねっ、おねぇちゃんはすっごい人間なんだから、他の奴等の言葉とか全部無視してやりたいようにやっていいんだよぅ!」
「そうじゃぞ! お前はこの我に認められた稀有な人間なのじゃ。それはもう好き勝手ぶちかましてやればよい!」
白髪の美少年と翡翠色のツインテール幼女は、その顔に似合わず雄々しい言葉を口にした。そしてナトラに骨が折れてしまいそうなぐらいの力で背中を叩かれる。
叩かれた部分がじんじんと痛むけれど、ナトラに悪気なんてないだろうし……ただ純粋に背中を押そうとしてくれただけだろう。
だからこの事には言及せず、私は皆の見送りの中、東宮を出た。
暫し歩くと雪花宮は水晶宮に着いた。待機していた衛兵によって貴族会議の行われる部屋まで案内され、やがてゆっくりと扉が開かれると、途端に私の感情が凍てついてゆくかのような錯覚に襲われた。
これから戦場に立つからだろうか。この状況に緊張も萎縮もしない、無感情な己の一面に少しばかりの驚愕を覚える。
ゆっくりと会議場に足を踏み入れると、大勢の貴族の粘りつくかのような視線が私に集中する。まるで吟味するかのような失礼な視線が、頭からつま先まで向けられる。
この場に皇帝がいないとはいえ、フリードルはいるのだ。そんな場に嫌われ者の王女が堂々と現れた事が不思議でならないのか、多くの貴族達はコソコソとこちらを見ながら話する。
私、これでも一応フリードルの誕生パーティーに参加してたんだけどね。皆さんの記憶から存在を抹消された?
などと心の中で文句を言いつつ、誰にも気づかれないよう細心の注意を払いながら、会議場中に己の魔力を浸透させてゆく。少し、後でやりたい事があるのだ。
日本の国会議事堂かのような、広大な会議場。そこの中心に向かって歩きながら横目に周りを見渡してみる。すると、参席する貴族達の中に、ハイラとランディグランジュ侯爵とシャンパージュ伯爵の姿も見えた。
彼等のような有力貴族も、可能なら貴族会議に参席するように命じられているらしい。可能ならなので、用事があれば別に参加しなくてもいいらしいのだが……どうやら王女派閥の貴族として、私の応援に来てくれたようだ。
三人は他の貴族達とはまた違う場所に並んで座っているのだが、目が合ったら三人共会釈してくれた。
今は表立ってそれに反応する事が出来なくて残念だ。
中心の壇上に立つと、待ってましたと言わんばかりに、ケイリオルさんがおもむろにこちらまでやって来て。
「お待ちしておりました。こちら、不必要かとは思いますが王女殿下の分の資料になります」
「あぁ、どうもありがとうございます」
作成した資料は事前にケイリオルさんに渡し、複製を頼んでおいた。何せ私が複製しようとすると手書きなので手間暇がかかりすぎる。
その点、ケイリオルさんが複製魔導具を持ってると前々から聞いていて、実は最初のプレゼンの際も資料の複製を頼んでいたのだ。今回もそれを頼んだだけである。
ニコリと微笑んでその資料を受け取ると、
「王女殿下が到着される五分前には皆様到着なされていたので、目を通しておいて下さいと伝えて事前に資料をお渡ししておきました」
「あらそうですの? 説明が楽になりますわ」
ケイリオルさんの気遣いが光る。きっとこの会議場にいる人達は、私が来るまでの待ち時間にそれなりに読み込んでくれていた事だろう。
「では、始めさせていただきますね」
ケイリオルさんが一歩前に出て息を吸う。
「──我等が帝国を支えし皆々様、本日はこの帝国貴族会議にご参席下さり感謝致します。例年通り、私、各部統括責任者ケイリオルが議長を努めさせていただきます」
恭しく彼が背を曲げると会議場のあちこちからパチパチ、と拍手があがる。
やっぱりケイリオルさんって凄い人なんだな……まぁ皇帝の唯一の側近だもんね、この人。
そんでもって私を殺すかもしれない人。ただ、それは一作目のそれもミシェルちゃんの暗殺に失敗した時だけだから、多分今世では彼に殺されるような事は無いだろうけど。
「そして前もってお伝えしてました通り、本日の議題としましては、まず初めに教育法改正について。次にアルデラ山脈の利権問題について。次に──……」
話には聞いていたけれど、本当に議題が多いわね。でも確かに、年に一度しかこれ程の貴族が集まる会議を開かないなら、その時にやっておきたい議題が沢山溜まるのも無理はないわ。
議題が多いとは言えど、私が参加するのは最初の教育法改正だけなので、ぶっちゃけた話関係無いのだ。ごめんなさいね、そこの最前列で船漕いでるおっさん。
「では、早速ですが教育法改正の議題に移りましょう。王女殿下、この後はお任せ致します」
「あぁ。任されましたわ」
ケイリオルさんによる説明が一通り終わり、ついに私の出番となった。彼は一度ぺこりと頭を下げ、後ろに下がる。
壇上には私と……斜め後ろにて直立不動で控えるイリオーデだけが残された。
「ふぅぅ…………」
目を伏せて深呼吸をする。そして多くの視線を集めながら、私は瞼を持ち上げた。
「お集まりの臣下の皆様、傾聴なさい。これより私自ら、お前達に教育法改正案の説明をして差し上げます。一言たりとも、聞き逃す事は許さないわ」
私の発言にざわつく会議場。貴方達の私への舐め腐った態度は正直気に食わないのよ。何も知らない癖にアミレスを馬鹿にしやがって……だから私は最初から遠慮というものを捨てた。
今ここで、貴族達の私への評価を変えてやるつもりで私は振舞おう。
さあ──彼等の恐れる氷の血筋全開でやってやろうじゃないの!
「ケイリオル卿が事前に資料を配布して下さったので、当然皆様既に目を通しているものと判断した上で話をしましょう」
途端に慌てて資料を手に取る貴族が半数以上いる。なんだあの人達、待ち時間に読んでなかったの?
普通、配られた資料には事前に目を通しておくものでしょう。と貴族達に呆れつつも、そんな奴等に構ってる暇はないので置いていく勢いで話を進める。
「私より皆様に提案しますのは約四つの案です。一つ、就学支援制度。一つ、義務教育制度。一つ、職業訓練制度。一つ、教育機関の新設。これらについて、これより一つずつ説明して差し上げますわ」
以前のプレゼンで突然職業訓練学校と言っても理解して貰えないと分かったので、職業訓練制度と教育機関の新設にわざわざ分けた。
要するに、この二つを合わせて職業訓練学校を作りたい。という主張になるのだ。やる気の無い貴族達に伝わるかは分からないけれど。
「前もって言っておきましょう。質問は後で纏めて受け付けてあげますので途中で話の流れを打ち切らないでいただけると助かるわ。ただでさえ長い私の話がより長くなっても構わないと言うのなら、いくらでも話を止めてまでご自身の意見を口にして下さって構いませんけれども」
いいから黙って話聞けよ。と笑顔で圧をかける。
「前置きが長くなってしまったけれど、早速話を始めましょうか。それではまず、就学支援制度について──……」
そしてついに長々とした私の説明は始まった。逐一、「こちらについて、詳細は資料〇〇ページをご覧ください」など補足して、絵や図で分かりやすくした資料を見てもらった。
たかだか十三歳の野蛮王女が突如このような資料と共に長々とした演説をカンペ無しにやっているものだから、貴族達は誰もが終始たまげた様子だった。
目玉が飛び出そうな程に目を点にして資料と私を交互に見ていたり、悔しそうな顔や猜疑心たっぷりの顔で資料を穴があきそうなくらい見つめていたり。
今までの貴族社会なら有り得なかった改正案ばかりだから、私が話す度に会議場はざわついていた。そんな中、約三十分程かけて全ての説明を終えた。
「……──以上で、改正案についての説明は終わりですわ。何か質問や異論のある方はどうぞ、挙手をしてから発言しなさい」
気になる事があるなら何でもいいから質問して欲しい。ここで質問せず、後になって『説明が不明瞭だった』とか何とか難癖つけて賛成して貰えない方が私としては困るのよ。
「王女殿下に聞きたい事があります」
「質問を許可するわ」
「この改正案を練り、資料を作ったのは誰ですか?」
は? という言葉が喉元まで出かかり、なんとか押さえ込んだ。
「シャンパージュ伯爵ですか? ララルス侯爵ですか?」
「はぁ……呆れてものも言えないわ。お前は、発案者が誰かによって賛成か否かを判断するのか。帝国の未来に関わる重大な決断を、たかがそのような事で決めるのか」
ギロリ、と意味不明な質問をして来た男を睨む。すると男は顔を青ざめさせ、慌てて立ち上がった。
「ち、ちが……!」
「では何だ? お前は、私が嫌われ疎まれる野蛮王女だから発案者が誰かと疑い、判断を迷うのか? 法案とは、発案した者ではなく法そのものを見て、国に必要かどうか見定めるべきではないのか?」
苦虫を噛み潰したような表情を作り、貴族の男は体を小刻みに震えさせながら席に着いた。どうやらもう言い返せないらしい。
何だ。失礼な事を言う割に、口ほどにもないじゃない。