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188.ある悪魔の思惑

「これはナトラ──……緑の竜を救った人間から聞いたんたがな、アイツ、百年近く独りで眠ってたから寂しかったらしいぞ」

「!!」


 クロノの顔に驚きが浮かぶ。


「そんで目が覚めたら青と赤の竜は人間に討伐されてて、白の竜は封印。黒の竜は行方不明……ってどう考えても本人からすりゃ地獄だろうさ」


 オレサマにはその気持ちは分からんが、アミレスが前にこんな事を言ってたからな。なら、まァ、多分そうなんだろうよ。


「……でも、僕は」

「お前が青と赤の竜を守れなかった事も含め、ちゃんと話してやりゃどうだ? 緑の竜の奴、人間の街で暮らすようになってから色んな本を読んでお前等の情報集めてたぞ」

「──っ!」


 オレサマは知っている。東宮に行ってからというもの、ナトラが時間を縫って書庫に入り浸っていたのを。時にはアミレスやハイラに話を聞いたりもしていた。そしてその情報を耳や目にしては、毎度落ち込んでいた。

 その事を話すと、クロノの瞳が後悔に揺れ、コイツが魔界に乗り込んで来た時以来は一度も見なかった『兄』の表情に変わる。

『僕は……っ、僕は、弟達を……守れなかった……っ!!』

 そう、その事に対する自身への怒りを爆発させ、魔界に来て早々所構わず暴れやがった傍迷惑な竜。一番古く強い竜種なだけあって、上位悪魔達ですら太刀打ち出来ず結局オレサマの所まで来やがった暴走装置。

 オレサマが片腕ぶっ飛ばすまで暴れ続けていたからか、魔界の中央都市は壊滅状態。コイツが通った道は見るも無残な荒廃した土地となっていた。

 それだけ、コイツの怒りと悲しみが強かったという事だろう。マジで傍迷惑だったが。街の復興が七面倒臭かった。百害しかねぇんだよ、竜種ってのは。


「ま、最終的にどうするかはお前次第だがな。オレサマはそれはもう超がつく程の親切な偉大なる悪魔様なんでね、こうして色々と気を配ってやってるんだ」

「…………もう少しだけ、考えさせてくれ。まだ、あの子に会う決心がつかない」

「ハイハイ。だがオレサマはそこまで気が長くねぇんだ、一年以内には答えを寄越せ。いいな」

「あぁ」


 いやァ〜、こんな気が利く事出来るとかオレサマってやっぱ最高の悪魔だわ。強くて気が利いて優しいとか完璧じゃね? オレサマも丸くなったモンだわ。

 とことん気が利くオレサマはとりあえず一人にしてやる事にした。単純に他に用事があったのだが、建前としては気の利いた行動という事で。

 そして向かうはいえの一角にある温室。数百年前、一時期暇すぎて植物を育てる事にハマっていたのだが、その時に作った温室は今でも残っている。そんな温室に入ると、数百年振りに我が力作達が視界に映る。

 ──温室一面に広がる青薔薇。

 紅い月の光を受けて妖しく輝く美しき青薔薇が、所狭しと咲き乱れる。足元にあった一輪を摘み取り、顔に近づけてみると何か昔よりも良い香りがした。


「あ? ……これこんな香りだったか?」


 しかし昔の香りなど記憶にあまり残っていない。

 当時、品種改良とか色々試した結果この温室内でだけ咲く事が可能となったこの青薔薇達。青薔薇が完成した達成感から興味を失い、それ以来放置していたのだが……よく枯れてなかったな。

 とりあえず良さげな薔薇を片っ端から摘み、適当に保護魔法で枯れないようにする。それをいい感じに束にすると。


「よし、青薔薇の花束完成っと」


 我ながらなんという素晴らしいセンス。これならアミレスも、精霊共からのプレゼントより喜ぶ事だろう。

 事の発端はアミレスの誕生日。オレサマは魔界にある何かの種族の宝玉だとか言われていた特殊なサファイアを部下に加工させ、指輪にして贈った。オレサマからの贈り物、しかも指輪とか魔界の女共が喚き散らしそうなぐらいすっげーモンを贈ったのにアイツの反応はオレサマの想像よりも控えめだった。

 ……おかしい。女ってのはとにかく高価なモンや宝石類に目がなくてオレサマみたいな面が整った男から貰うと無条件で喜ぶものじゃねぇのか?

 そう、当時のオレサマは思った訳で。改めて考えるとあの時はシュヴァルツだったのだから想像通りに行く訳がなかったのだ。

 それはともかく。見た感じだと、オレサマより精霊共からのプレゼントの方が喜んでる様子だったのが気に入らなかった。

 だからオレサマは改めて何かプレゼントする事を画策したのだ。とびきり希少で特別なもの。これならばきっと、アイツも精霊共から貰ったドレスよりも喜ぶだろう。


「んじゃ、用事も終わった事だし人間界に戻るか」


 結構な本数の青薔薇の花束を抱え、オレサマは今一度擬人化する。シュヴァルツの姿になると、青薔薇の花束が予想以上に大きく感じた。

 両手にそれを抱えて悪虐の門を開き、人間界に戻る。空が少しずつ明るくなっていて、そろそろ朝になる頃合だと分かった。

 しかし、ぼくはその場で呆然としていた。


「うわ、最悪。出るとこ間違えたじゃねぇか……」


 どうやら扉を出す場所を間違えてしまったらしい。東宮の裏手ではなく、見慣れぬ室内にぼくは立っていた。

 仕方なく透明化してその部屋を出て歩き回る。すると、この建物が見た目はともかく体に馴染みのある構造である事に気づいた。

 ああ、成程な。ここは西宮か北宮のどちらかって事か。そんで壁に飾られてるモンとかを見る限り……多分ここは北宮だな。

 ならば向かう方向は何となく分かる。そうやって東宮を目指して歩いている時、三つの皇宮に囲まれるように存在する庭園の前で足が止まった。

 そこに、その庭園の中に──明らかに異質な何か(・・)が立っていたのだ。


「……誰だ、アレ……」


 思わず心に抱いた感想が言葉としてこぼれ出す。

 半透明な全身。花々と同じように風に舞う桃色の髪。上質そうなドレスを身に纏うその女は、頬に一筋の光を伝わせて庭園の真ん中にある木を見上げていた。

 ……──あの女、まさか。

 その正体に僅かな心当たりを覚え、ぼくの口元は勝手に鋭く弧を描く。


「面白い事になるなァ、これは」


 いつかの未来で起きるであろう面白い事態に思い馳せ、ぼくは上機嫌なまま東宮の部屋へと戻った。


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