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186.ある青年の憧憬

 月光に透き通り輝く銀色の髪。夜空と同じ寒色の瞳。

 いつか見たフリードル殿下と同じ色でありながら、彼よりもずっと幻想的で儚い印象を抱く少女。美しいドレスを膨らませて、細いヒールでその少女は舞い降りた。


「あん、たは……っ?!」

「──王女、殿下」


 完全に意識をそちらに持っていかれて、俺達は物語の英雄かのように現れた彼女に見蕩れていた。目を奪われ、声も言葉も奪われるような感覚。

 フリードル殿下と似て非なるこの少女は、まるで──俺がずっと夢想していた存在のように思えてくる。

 綺麗だ。とても美しく、儚く、まるでいつか読んだ物語のお姫様のよう。……そんな感想が、漠然と俺の中に生まれた。


「騒ぎを聞きつけて来たのだけど……一体どういう了見で、わたくしのお兄様の誕生パーティーに暴力沙汰を起こそうとしているのかしら?」


 王女殿下の冷たい瞳が、交互に俺達に向けられる。


「おれはトバリーチェ伯爵家の次男、ロンリー・トバリーチェです。高貴なる皇太子殿下の誕生パーティーにそこの野蛮な田舎者が侵入しようとしていたので、注意した所を逆上されたんですよ!」


 まず先に、男が勝手な事を口走った。それに対して「っ! だから俺達は野蛮じゃ……!!」と俺は反応する。男はそんな俺を鼻で笑って来た。

 トバリーチェ伯爵家とやらはマナーの一つも守れないのか。伯爵家にこんなにも非常識な男がいるなんて。信じられないな。


「ではそちらの貴方は?」


 王女殿下は平等に、俺にも話を聞いて来た。


「俺は、レオナード・サー・テンディジェルです。普通に会場に入ろうとしたら突然この人に絡まれて……酷い誹謗中傷を受けていたところでした」


 俺は一切嘘をつかず、本当の事を話した。すると恨めしげに男がこっちを睨んで来たが、俺はそれを無視する。

 そして王女殿下はおもむろに額に手を当てて項垂れて、


「はぁ…………呆れたわ。まさかお前はディジェル大公領の事を何も知らずに彼を謗っていたというのか」


 呆れや失望に近い声で、王女殿下は冷ややかな言葉を男に向けた。それには男も「え?」と戸惑いの声を漏らす。


「ディジェル大公領は別名、妖精に祝福された地。そして我が帝国を守る為、日夜奮闘する誇り高き帝国の盾──……それをお前は、野蛮な田舎者などと揶揄するか」


 とても真剣な顔で、彼女はディジェル領の事を『誇り高き帝国の盾』と語った。妖精に祝福された地なんて、普通の人なら知らない古い言い伝えまでもを彼女は口にした。

 皇族たる彼女が堂々とそう言い放ってくれた事により、俺の中にあったわだかまりがすっと消え、溜飲も下がったようだった。


「彼はそのディジェル大公領を導く聡明な領主一族の若き天才。彼程の逸材が野蛮な田舎者などと呼ばれるのであれば……お前は何の価値も無いゴミ以下よ。恥を知れ」


 更に王女殿下は男を罵倒する。それがなんとも小気味よいもので、性格の悪い俺は更に気分が良くなった。


「なっ……!?」

「分かったのであれば、疾く公子に謝罪し、早急にここを立ち去れ。お前のような者に、お兄様の誕生パーティーに参加する資格など無い」

「……っ、クソ! 悪かったな!!」


 王女殿下の言葉に従い、男は嫌々俺に謝罪(と言えるのか、あれは?)をして脱兎の如くこの場を立ち去った。


「あの程度の謝罪で良かったのですか、公子? 必要があればあの者に更なる謝罪をさせますが」


 そんな俺の不満を見抜いたかのように、王女殿下は真剣な顔で尋ねてくる。……どうしよう、なんか、本当に。改めて見ると本当に物凄く好みの容姿だな。フリードル殿下とそんなに変わらないのに、彼には微塵も抱かなかった感情を、彼女には抱いてしまいそうだ。

 気を抜いたら思わず見蕩れてしまうような美しさ。男がいなくなってからというもの、俺はずっと、王女殿下に目を奪われていた。


「えっ、いや…………その、大丈夫です。気を配って下さりありがとうございます、王女殿下」


 なんなら顔が熱くなり、心臓がうるさくなって来た。

 これは──もしかしなくても。


「気を配ってなどないわ。わたくしはただ、日々わたくしどもの為に戦うディジェル大公領の者達が蔑ろにされる事が、耐えられなかっただけですから」


 彼女は当然かのように語り、そして微笑んだ。

 先程までの凛々しく美しい月の女神のような印象から一転。とても柔らかく妖精のお姫様のような愛らしい印象を受けた。


「……そう、ですか。我々の事をそんな風に仰って下さったのは、王女殿下が初めてです」


 胸が高鳴る。愛する場所と愛する人達が褒められた事が本当に嬉しかった。それと同時に俺は自覚した。

 ……──俺、この人に一目惚れしたんだな。


「では、人を待たせておりますのでわたくしはこの辺りで。今宵は我が国で最も煌びやかな夢の一夜……心ゆくままに、どうぞ楽しんでいって下さいまし」


 人生初の一目惚れというものの感傷に浸るうちに、王女殿下が颯爽とこの場を後にしてしまった。とても優雅で洗練された動きで一礼し、ふわりと銀色の長髪を風に踊らせて会場へと向かって行ったのだ。

 彼女が去ってからもその場に漂う、甘く爽やかな香りが俺の初恋を彩るようで。彼女の姿が見えなくなる時まで、俺は熱くなった顔を夜風で冷ましながらその場に立ち尽くしていた。

 その後、ようやく会場に辿り着いた俺は王女殿下はいないかなーと辺りを見渡しつつ、先にフリードル殿下を見つけたので挨拶する事にした。

 そこまでは、良かったんだ。

 フリードル殿下と王女殿下ってあんまり似てないなぁ……と思っていたら彼の機嫌を損ねてしまいどうしたものかと考えあぐねていたら、その事を不問にする代わりにと俺は謎の相談を持ち掛けられた。


「──世の妹というものは、心底憎んでいる兄に毎年わざわざ贈り物をするものなのか? 同じく妹を持つお前に、忌憚なき意見を述べて欲しい」


 知らね〜〜〜〜〜! そんなの俺が知る訳ないでしょう! だってうちは兄妹仲がとても良いから! ──なんて、フリードル殿下相手に言える訳がなかった。

 だから俺はとりあえず頭を働かせて、それなりに考察する。しかしフリードル殿下の望む答えは分からず、俺はとにかく彼の逆鱗に触れないように色々と意見を述べた。

 俺じゃなくても思いつくような普通の意見。しかしその途中でフリードル殿下の様子がおかしくなり、彼から一人になりたいと言われてしまったので、


「フリードル殿下。兄とは妹を愛する事が仕事です」


 とだけ言い残して、俺は言われた通り彼から離れて会場に戻った。その頃にはもうダンスも始まっていて、俺は誰とも踊らないで済むように壁際で息を潜めつつ、またもや王女殿下の姿を捜していた。

 しかし見える範囲には王女殿下はおらず、結局その日、彼女に会う事は叶わなかった。

 その翌日、パーティー最終日は元々参加する予定ではなかったのだが……王女殿下に会えたら嬉しいなーぐらいの気持ちで突然参加表明し、会場にいた給仕から『本日、王女殿下は不参加のようです』と聞いて強く衝撃を受けた。

 そん、な……王女殿下に会えないなんて…………。俺はもう、数日後には帰る予定なんだ。もしかして、王女殿下に会う機会は無いのでは?

 嘘でしょ、嘘だと言ってくれ。俺の初恋ここで閉幕なの? そう天を仰ぐも意味は無い。結局あのパーティーの日以降王女殿下に会える時は来ず、俺はガッカリとした気持ちのままディジェル領への帰路についた。

 行きと同様の道を一ヶ月近くかけて進み、俺は約二ヶ月に及ぶ初めての旅を終えたのだ。

 家に帰ってまず最初にした事は伯父様や両親への報告。そして次に──、


「お帰りなさい、お兄様!」

「ただいま、ローズ。元気にしてたか?」


 可愛い妹との二ヶ月振りの再会を祝う抱擁を交わす。

 軽く夕食を食べてから俺はローズの部屋で土産を渡しつつ、同時に土産話を色々と聞かせた。ほとんどが道中や帝都で見たものの話だったが、それでもローズはとても楽しんでくれた。


「あ、そうだ。あのな、ローズ。俺──……一目惚れしたみたい。多分だけど、ローズも彼女には一目惚れすると思うよ」


 だって俺達は好みがそっくりだから。と王女殿下に一目惚れした話をすると、ローズは衝撃半分興味半分、とばかりに複雑な表情をしていて。


「お兄様は私のお兄様なのに……でも、お兄様が一目惚れするぐらいの女性なんてきっと凄く綺麗で可愛い人なんだろうなぁ……」


 ぶつぶつと呟くローズの頭を優しく撫でて、俺は王女殿下と出会った時の話もした。

 それをローズは真剣に聞き、やがて妄想を膨らませ始めた。うっとりした表情で妄想に耽り、頬をふにゃりと緩めるローズを見守りながら俺は想う。

 本当に、綺麗な人だったな。何で空から現れたのかは未だによく分からないけど、この際それはもうどうでもいいか。彼女を構成する全てが儚くも美しかった。

 非現実的だ、夢を見過ぎだ、とずっと笑いものにされていた俺の好み……その特徴と異様なぐらい一致する女性が実在していたなんて。

 まさに奇跡。敬虔なる信徒の為に、神が少し手を貸してくれたのやもしれない。ならばその奇跡を取りこぼさないようにしないと。──とは思っても。多分、そう簡単には会えないし……お近づきになるなんて無理なんだろうなぁ。

 我ながらついてないな、と自虐の笑いを零す。例えもう二度と会えなくとも。俺もあの少女のように、勇敢で自信溢れた人になれたらな、なんて。

 窓の外を流れ落ちる星に決意し、そして願う。

 ああ、それでも。どうか、いつかもう一度……彼女と会えますように───。


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