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177.皇太子の誕生日2

「はい。寧ろ、もう寝る時間だからと五時間で止められたのが少し不服でした。もっと話したい事があったのに……」


 メイシアはリスのように頬を膨らませ、唇を尖らせる。

 それ自体はとても可愛いのだけど、言葉のインパクトが凄まじい。私についてそんなにも語る事があるの?


「実は途中から私も参加していたのですが、妻がもう寝ろと止めて来まして……」

「伯爵も参加していたんですか!?」


 にゅっと横から現れたシャンパージュ伯爵が、ケロッとした顔で衝撃発言をする。


「久々に『王女殿下の素晴らしさについて語る会』を開催すべきか……彼女に連絡を取らねば」


 シャンパージュ伯爵に釣られて、イリオーデまでもが意味不明な事を口走った。

 というか何、久々って事は既に開催済みなのかしらそのよく分からない会合は!?


「イリオーデ、それはオレでも参加出来るだろうか」

「はいっ! わたしも、わたしも参加したいです!! いつもお父さんから話を聞いていてずっと参加したいと思ってたんです!」

「当然だとも。この会の参加資格は『王女殿下を心より敬う事』だ。二人ならば参加資格もある」


 いや何その参加資格。私の知らない所で何をやっているんだ。

 それに、どうしてマクベスタとメイシアはそんな怪しげなものに参加したがるんだ……?

 そんなよく分からないものを目の前にした恐怖から暫く呆然としていると、ふとシャンパージュ伯爵が懐より懐中時計を取り出して「もうこんな時間か」と呟いた。


「すみません、王女殿下。実は王女殿下に紹介したい人達がいまして……連れて参りますので少々お待ちいただいても宜しいでしょうか?」

「ああ、はい。構いませんが」

「ありがとうございます。すぐ、戻って参りますので」


 ぺこりと会釈して、シャンパージュ伯爵は一人で何処かに行ってしまった。

 それと同時に夫人もお友達のご婦人方を見つけたとかで、挨拶に向かわれた。なのでここにはメイシアだけが残り、昨日と同じような感じで私達は会話を楽しんでいた。

 そして少しすると、「王女殿下!」とシャンパージュ伯爵が戻って来て。


「紹介します、こちらがランディグランジュ侯爵とララルス侯爵です」


 シャンパージュ伯爵の声に引かれて振り向いた時、私は自分の目を疑った。

 驚きと戸惑いで声が出ない。丸く見開かれた瞳がぐちゃぐちゃになった感情を表すかのように揺れる。


「アランバルト・ドロシー・ランディグランジュと申します。いつも弟がお世話になっております、王女殿下」

「マリエル・シュー・ララルスが、敬愛せし王女殿下に挨拶申し上げます」


 ずっと会いたかった。この数ヶ月間、毎日貴女の影をどこかに見ていたの。

 その凛々しい栗色の瞳も、柔らかな茶色の髪も、優しい笑顔も。時に姉のように、時に母のように、時に友達のように……ずっと私の傍にいてくれた、私の一番の侍女。

 なんだ、そういう事だったんだ。だから貴女は私の傍を離れてしまったのね。

 目頭が熱くなる。駄目よ、社交界デビューでもあるこのパーティーで泣くなんて。王女がそう簡単に人前で泣いてはいけない。そう、彼女からも教わったじゃない。

 溢れ出そうな涙を必死に堪えて、私は笑顔を作った。アミレスになってから、幾度となく彼女を参考に練習した微笑みを。


「……初めまして、アランバルト・ドロシー・ランディグランジュ侯爵。マリエル・シュー・ララルス侯爵。会えて嬉しいわ」


 先程、一瞬ではあるがランディグランジュ侯爵の腕に彼女が手を絡ませる姿が見えたので、多分この二人はパートナーとしてパーティーに来たのだと推測し、手は差し出さないでおいた。

 そしてふと、私は思い出す。イリオーデから頼まれていた事──次に会った時、ハイラと呼んでやって欲しいと言われていた事を。

 当時はあまり意味が分かってなかったのだが、おおよその理由が分かった今なら何となく分かる。

 一度浅く息を吸って、私は彼女に向けて笑いかける。


「それと──……久しぶりね、ハイラ。戻って来るのが遅いわよ」


 流石にパーティー会場で長々と文句を言う訳にもいかないので、彼女への文句はまた今度。彼女がどこで何をしているのかも分かったので、これからはいつでも文句を言えるという訳だ。

 すると、ハイラは瞳をキラリと潤ませて、


「……──はい。お久しぶりでございます、姫様」


 ふにゃりと笑った。

 場所が場所なら確実に抱き着いていたところをぐっと我慢し、私は改めてハイラから色んな事情を聞いた。勿論、こういうパーティーの場でも話せるような軽い内容のものだけではあるが。

 そして同時に理解した。ララルス侯爵家が私の支持をすると公言した理由を。


「まさか貴女がララルス侯爵家の人間だったなんて。確かにただの侍女にしては、明らかに知識量や技術量がおかしかったけれども」


 いや、貴族令嬢だったとしてもあの知識量と技術量はおかしいか。


「姫様にずっと嘘をつき続ける事だけが本当に辛くて…………でも、私はララルス侯爵家の汚点であり、同時に私もララルス侯爵家を人生の汚点と思ってましたのでどうしても言えなかったのです。申し訳ございません」


 このひと実家を汚点呼ばわりしたわよ。なんなら今は自分がそこの当主なのに。


「前ララルス侯爵がなぁ……」

「ああ、前当主は本当に酷かった……」


 シャンパージュ伯爵とランディグランジュ侯爵が遠い目で意見を一致させる。

 前ララルス侯爵と言えば、一月の頭とかに横領とかで処刑された人よね。人伝に聞いた限りだとその男と一緒に処刑された妻子も中々に酷い罪状だったとか……。


「…………貴女、本当にあのララルス侯爵家の人なの?」

「…………残念ながら。あの屑とも半分は血が繋がっています」


 殺意の塊のような彼女の表情が全てを物語っている。


「じゃあそれだけ、貴女のお母さんが素晴らしい人だったって事ね。貴女がまっすぐと優しい人に育ったのは、お母さんの育児と遺伝の賜物よ」

「姫様……」


 そんなとんでもない家に生まれて、こんなにも彼女がまっすぐ素晴らしい人格のまま育ったのは、確実に遺伝子の勝利だと思う。


「ララルス侯爵が乙女の顔してるな。きゅんって効果音が聞こえた気がするよ」

「マリエル嬢は王女殿下の前だとあんな顔もするのか……可愛い……」

「声に出てるよ、ランディグランジュ侯爵」

「っ!?!?」


 シャンパージュ伯爵の注意を受け、ランディグランジュ侯爵が顔を赤くして慌てて口元を押さえた。

 ……改めて見ると、本当に髪の色以外全然イリオーデと似てないな。


「叶うならもう少しこの場で王女殿下とお話していたい所なのですが、私は挨拶回りついでに一度妻の所に行きますので。ほらメイシア、行くよ」

「わたしも行かなきゃ駄目? このままアミレス様と一緒に……」

「駄目だって前から言ってただろう。今日は取引先も多く来ているんだ、お前も挨拶ぐらいはしておかないと」

「はぁい…………それじゃあ行ってきます、アミレス様……」


 明らかに行きたくなさそうね。そんなにも眉尻を下げて、露骨に嫌そうな顔をして……仕方ない。シャンパージュ伯爵にはいつもお世話になってるもの、少しお手伝いしようじゃないか。


「メイシア、ちょっとこっちに来て」

「? 分かりました」


 メイシアが呼ばれるままに小走りで駆け寄ってくる。彼女の頬にかかる横髪を少し退かして、


「〜〜〜っっ!?」


 私はメイシアの頬に軽くキスした。

 まるで彼女の炎のように耳まで真っ赤になり、瞳や口元をふにゃふにゃに蕩けさせて、メイシアは「ぁう、あ……っ」と声にならない声を漏らしている。


「どう? これで挨拶回りも頑張れるかしら?」


 前に伯爵夫人から聞いたもの。人って、可愛い子にこんな風に応援されると頑張れるものだって。

 アミレスは世間一般的に美少女の部類に入る。ならイけるだろうと! ちなみにもしこれを私がメイシアにやられたら、確実に元気が漲る気がする。

 だからちょっと恥ずかしいけどやってみたのだ。


「はっ、はぃぃっ!」


 興奮気味にメイシアはシャンパージュ伯爵の腰に抱き着いて、「早く行こう、お父さん! わたし今なら何でも出来る気がする!! 世界平和だって成し遂げられるかもしれない!!」と訴えかける。

 軽い賢者タイムに入ってそうなメイシアを、シャンパージュ伯爵は「落ち着いて、嬉しいのは分かったから落ち着いて」と宥めている。

 そしてぺこりと会釈して、メイシアを落ち着かせながらシャンパージュ伯爵は挨拶回りに向かった。その背を眺めつつ、私は反省する。


「……頬にしたのは良くなかったわね。化粧が崩れてしまうかもしれないわ」


 後からこれに気づき、メイシアに申し訳ない事をしたなぁと思う。


「そもそも、軽率にあのような事をしないで下さいまし」

「流石に仲良い人にしかしないわよ」

「仲の良い相手でもいけません。特に異性はもっと駄目です」

「そうなの……? まぁ、じゃあこれからはしな……」


 まぁ確かに、メイシア程仲の良い同性じゃないと出来ない気がするし、異性にこんな事をするのは良くない。

 そう、私はハイラの言葉に納得したのだが、


「私なら問題ありませんが」

「え?」

「私は同性ですし、と・て・も姫様とも親しいので……私相手であれば、問題ありませんよ」

「え??」


 そのハイラが何故か自分だけならOKと言ってくる。結局同性なら問題無いという事か……??

 とりあえずそういう事にしておこう。

 暫く、ハイラ達と話すうちについに皇帝入場の時が来た。それに合わせて、イリオーデと共にフリードルの元に行く。フリードルに鋭く睨まれながらも素知らぬ顔でその隣に立ち、皇帝の入場を待つ。


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