171.絢爛豪華なパーティー
三月二十二日。ついに皇太子フリードル・ヘル・フォーロイトの十五歳の誕生パーティーが幕を開ける。
このパーティーはフリードルの誕生日前日、誕生日当日、誕生日翌日の三日間にかけて行われる。
一日目は大勢の令嬢達が主に招かれる事実上の舞踏会。世間では史上最大のお見合い会場だなんて呼ばれているらしい。
二日目は様々な貴賓を中心とした王侯貴族も招かれる、この誕生パーティーの本番のようなもの。
三日目はとにかく皆で楽しむ事や交流を深める事を目的としたものらしく……何やら様々な立場の人が招かれているらしい。
何故このように日によって参加層が異なるのか。それは勿論帝国貴族が忙しいからである。皇太子の誕生パーティーなんて一大イベント、帝国貴族がサボタージュする訳にはいかない。
しかし大抵の貴族は忙しい。期間中ずっと当主が顔を出し続けるのは些か難しい──……そんな声にお答えして、この日だけでも顔を出してくれたらいいですよ〜。と、参加層を分ける事にしたらしい。
フリードルはこの三日間全てに参加しなければならないらしい。主役なんだから当然だ。
しかし、主役でもなんでもない私は二日間だけでいいとケイリオルさんから言われた。それでも、二日間もフリードルのパーティーに顔出さなきゃいけないとか中々に苦痛だけどね。
ケイリオルさんの助言から、私は一日目と二日目に参加する事にした。
一日目であればメイシアがシャンパージュ伯爵夫妻と共に参加する予定らしいし、同年代の令嬢達と関わる機会になるからとか。
二日目は…………皇族として、そしてフリードルの妹として当日だけは外せないらしい。ケイリオルさん曰く、『何か良い出会いもあるかもしれませんよ?』との事。
出会いを求めるなら一日目だけで十分だと思う。と、密かに思っていたのはここだけの秘密だ。
ちなみに。こんな私だが、一応妹として奴の誕生日プレゼントを用意してやったりもしている。
一応毎年ね、用意してたんだよ? 捨てられたら勿体無いからって、色んな令嬢達からの貢ぎ物の山の中に匿名でひっそり忍ばせて来たんだから。
ついに今年は面と向かって渡す事になり、気が滅入るばかりだ。目の前で捨てられたりしたら流石の私もヘコむかなぁ……何よりアミレスが泣いちゃいそう。
自分から意識を失ったあの日以来フリードルとは会ってないから、よりにもよってこんな事で会う事が恐怖で仕方ない。流石に大勢の前で罵られたりはしないだろうけど、今日明日は私も大人しくしないと。
だってこれが私の──……アミレスの社交界デビューなんだから。
「まさか、これを使える日がこんなにも早く来るなんてね」
身に纏うはシルフ達が誕生日プレゼントにと贈ってくれた、星空のごとき美しいドレス。ひらひらと靡くレースはまるで銀河のよう。
今日は全身をシルフ達からの贈り物で固めている。髪飾りも耳飾りも、ネックレスも指輪も。この状況を予見してたのかってぐらい、シルフ達がこれまで贈ってくれたプレゼントは統一性があった。
全て一纏めに贈られたと言われたら信じてしまいそうな、そんな完璧なセットアップとなっている。
侍女さん達によって星空のドレスに合わせて化粧を施され、どこか幻想的な雰囲気を醸し出している。そして何より美しい。なんなんだ、この美少女は。
これが私……?
鏡を見ながらふざけている間にも、やり手侍女さん達によって私はどんどんメイクアップされてゆく。
髪は元の天然ゆるふわウェーブを生かし、多少巻いたりはしたけれどほとんど敢えてそのままに。そこにシルフ達からの贈り物の髪飾りを添えた。
手に出来たマメを隠す為にと、ドレスに合うサテングローブを急遽用意してそれを着ける。
最後に、二年前にシルフ達から貰ったヒールを履いて完了だ。シルフ達が一体どれだけ先を見越していたのかは分からないが……当時は少し大きいなと思っていたこのヒールも、今やピッタリなのである。
精霊さん怖……すご……と私は密かに恐れおののいていた。
「たいへんお美しいです、王女殿下!」
「これでは王女殿下が本日の主役間違い無し! ですよ!!」
「王女殿下は素材が全て良いので、化粧が本当に楽しかったです〜」
やり切った顔の侍女さん達が一気に褒め言葉を口にする。
私が主役になったら駄目なんだけどね。このパーティーの主役はフリードルなんだから。
だがそうだろう、アミレスはとっても素材がいいのよ。だって顔だけはいいフォーロイトの血筋だもの。
侍女さん達の賞賛の言葉にそうでしょうそうでしょう。と頷き、私は部屋を出た。するとそこにはシルフと師匠とナトラとシュヴァルツが待っていて。
「思わず目を奪われる美しさじゃ……流石はアミレスよな」
「わぁぁああああああっ、おねぇちゃんすっごく綺麗ー!」
ナトラが何故か誇らしげに腕を組み、シュヴァルツは瞳を輝かせて興奮気味に動き回っていた。
どうやらちゃんと好評らしい。
「───綺麗、だ」
「……っスねぇ……あまりの衝撃に、マジで頭空っぽになったんだが」
精霊さんズは開いた口が塞がらぬまま、呆然とこちらを見つめていた。
ここにいるのはパーティー不参加組のようだ。シルフと師匠は精霊だから不参加。シュヴァルツとナトラは周りへの説明が大変なので不参加。
逆に、メイシアやマクベスタは伯爵令嬢や隣国の王子として別途招待されているので、パーティーに参加すべく一時的に東宮を離れている。
不運にも私のパートナーに指名されたイリオーデは、現在絶賛準備中のようだ。
「今までシルフ達から貰ったプレゼントをこうして使えて嬉しいわ」
だってこれまでずっと、タンスやクローゼットの肥やしになってたもの。こうして日の目を見る機会が出来て本当に良かったわ。
「いやぁ〜、マジで……全部同系統の色に揃えておいて良かった。こうして全身を俺達が贈ったモンで固めて貰えるの、なんかスゲェむず痒いっすね」
「ああ確かに。アイツの助言を聞き入れておいて正解だった……本当に綺麗だよ、アミィ」
アイツって誰だろう。私の知らない精霊さんの事かな。
隙あらば褒めようとしてくるシルフ達から逃げるように、私はイリオーデを迎えに行った。イリオーデが準備をしているという部屋に行き、お邪魔すると。
ハーフバックに髪の毛を整え、軽く化粧を施されていつもより輝く美丈夫。いつもと変わらない団服なのに、髪型と化粧の影響か雰囲気がガラリと変わっていて新鮮味さえ感じる。
パーティー会場に武器を持ち込む事は不可能なので彼は剣を傍らに置いており、こちらに気づくなりハッとなって立ち上がった。
そしてまじまじと私の姿をつむじから爪先まで見たかと思えば──、
「……っ! 本当に、お美しくあらせられます……っ、王女殿下……!!」
目元を押さえて声を震えさせた。その手の隙間から流れ落ちる一筋の雫。
何で泣き出したんだこの人!?
すると彼の化粧を担当したらしい侍女さんが、折角化粧したのに!! と言いたげな声にならない叫びをあげる。
叫び声をあげたいのは私の方だ。目の前で、私の姿を見た大人が突然泣き出したのだから。
とにかく泣かないでくれと必死にイリオーデの体を揺さぶり、何とか泣き止ませる事に成功した。もののついでに何で泣いたのかを聞いてみると、
「…………あんなにも小さく愛らしかった王女殿下が、こうして大きく美麗にご成長なされた事が本当に嬉しくて……」
大真面目に彼は語った。
まるで、子供の成長を見守る親みたい。まぁ実際アミレスが産まれた時から暫く一緒にいたらしいし、イリオーデからすれば私は子供みたいなものなんだろうな。
私からすれば、年の離れたお兄ちゃんみたいな感じなんだけど……それを言葉にする事がどうにも出来なさそうなのよね。
アミレスがどうやらフリードル以外を兄と呼ぶ事を許してくれないようで。そこだけはアミレスも譲れないみたい。
それならそれでいいんだけどね。アミレスの意思を無視してまでイリオーデの事をお兄ちゃんと呼びたい訳ではないし。
パーティーの開始は正午。一日目は、昼から夕方まで軽い前哨戦のティーパーティーが王城の庭園で行われる。これにはフリードルも皇帝も参加しないので、私も不参加だ。
何せこのティーパーティーは皇太子妃を目指す令嬢同士の品定め……牽制だらけの地獄絵図らしいのだ。ケイリオルさんからこの話を聞いた瞬間、『あっ、興味無いな』と確信して夕方のパーティーから参加する旨を伝えた。
フリードルの婚約者決めとか心底どうでもいいし……この誕生パーティーで令嬢達と交流して、今後本格的に皇太子妃選びが始まるって言われても、私全く興味無いし。
なので私は、朝から全身くまなく入念すぎる手入れを施されていた。ふやけてしまいそうな程入浴し、肌の手入れに髪の手入れにマッサージまで。
令嬢達が仁義なき戦いを繰り広げる中、私はそうやって侍女さん達に体を預けてのんびりとしていた。
お陰様でそろそろ夕方。もう既に皇帝の開幕宣言によりパーティーは始まっているとの事なので、適度に急ぐ必要があるのだ。
「それじゃあ行ってくるわ。シュヴァルツ、ナトラ、シルフと師匠も留守番よろしくね」
留守番組にいってきますと告げると、
「はぁい、楽しんで来てねー」
「周りの奴等の声なんて気にしなくていいからね。アミィが楽しむ事が一番だから」
シュヴァルツとシルフが手を振って送り出してくれた。それに手を振り返して、私はイリオーデと並んで歩き出す。
王城でパーティーが行われている影響か、皇宮から王城までの道はほとんど人がいなかった。しかし王城に足を踏み入れた途端、世界が変わったかのような騒がしさに耳を襲われる。
召使や侍女が忙しなく王城内を駆け回り、パーティーの運営に精を出す。これが裏方の仕事……どれだけ頑張っても評価されないなんて、ブラックな職場ね。王城は。
そんな王城の廊下を颯爽と歩き、パーティー会場を目指す。流石に目立つのか、次々に召使や侍女が私達を見ては呆然と立ち尽くしている。
それを上司に怒られ、ペコペコと頭を下げる召使や侍女をものの数分で多く見た。
「……これ、もうパーティーは始まってるのよね。本当にこのまま遅れても問題無いのかしら、心配になってきたわ」
あまりにも裏方が忙しそうにしているものだから、やはり少し心配になってきたのだ。
野蛮王女の分際で重役出勤とは何事か! って言われたらどうしよう。
「ケイリオル卿がいくら遅れても問題無いと仰ったのですから、大丈夫でしょう。もし問題になれば、その時は私が全て黙らせます」
「どうやって?」
「こういった時の為に権力はあるのですよ」
「権力かぁ」
それもそうね、もしもの時は私も帝国の王女として傲岸不遜にいこう。
イリオーデとそんな会話を繰り広げつつパーティー会場に向かう事数分程。この王城無駄に広いのよ、歩くのに時間がかかって仕方ないわ。
パーティー会場の大きな扉の前に辿り着くと、そこには見覚えのある騎士達が立っていた。門番のように扉の前に立つ二人の騎士もこちらに気づいたようで、
「おっ…………王女殿下……っ!!」
「ごごごっ、ご、ご機嫌麗しゅう!!」
頬に朱を射して、騎士達は胸に手を当て敬礼した。
「貴方達は……アルベルトの時の」
「王女殿下の記憶に残れた事、至福の喜びにございます!」
「はい! あの時の騎士です!! こうして王女殿下とまたお会い出来て光栄です!」
「えぇ、私も嬉しいですわ。見知った顔に出会えて」
私が覚えていたのが嬉しいようで、騎士達の表情がぱぁっと明るくなる。
流石に、三ヶ月前とかに会ったばかりの人の顔を忘れたりはしないわよ。名前は聞いてないから知らないけれど。
……あ、そうだわ。これも何かの縁だし、名前も聞いておこうかしら。




