166.十三歳になりました。3
「……メイシア嬢の後に渡すのも、あれだが……オレからはこれを」
マクベスタから手渡された小箱の中には、お洒落な瓶が入っていて。
「これは一体……」
「香油だ。その、お前をイメージして作った……手作りの」
「え。これマクベスタの手作りなの?」
「ああ。昔よく母と一緒に作っていたから、ある程度は作れるんだ」
頬を掻き、耳を赤くしてマクベスタは香油の説明をしてくれた。何でもわざわざオセロマイト王国から必要な花や素材や道具を送ってもらい、こちらで作ったのだという。
試しに蓋を開け、手で瓶の口の辺りを仰いでみると、確かにとてもいい香りがした。
爽やかで、そっと優しく包み込んでくれるような。でもどこか甘い感じもする……そんな香り。マクベスタから見た私はこんな感じのイメージなのね。何だかちょっと気恥しいわ。
興味深そうにそれを嗅ぎに来たナトラも「ほぅ……これは中々……」と気に入った様子で、同じくメイシアもこれを嗅いで「これを一人で。素晴らしい技術ですね……」と真剣な表情を作っていた。
「もし良かったら、またいつか使ってくれ」
「ええ、また今度ありがたく使わせてもらうわ。ありがとう、マクベスタ」
まさかマクベスタにこんな特技があったなんて。ゲームにも出て来なかったわよ、そんな情報。今度カイルに教えてあげよう。
それはともかく、本当にとてもいい香りだからなぁ……今度しっかりと使わせてもらおうかしら。
次はディオ達だった。代表でディオがおずおずと出てきて、いたたまれない様子で口を開く。
「この流れで出すのが本ッ当に申し訳ないようなモンなんだが……ちゃんと俺達の心はこもってるんで……」
そんな前置きで渡されたのは寄せ書きのような手紙と、身に覚えの無い私の肖像画。そして白と青色のブレスレットのような物だった。
なんだろうこれはとブレスレットを眺めていると、
「最近街の若いのを中心に流行ってるんだよ、それ」
「へぇ、そうなんだ」
「何でも足首に着けておけば願いが叶うらしい。メアリードとルーシアンとバドールが丹精込めて編んでたやつだな」
ディオがこれの説明をしてくれた。つまりこれはミサンガのような物って事ね。それも皆の手作りと……しっかりご利益ありそう。
でもなぁ、足首に着けてたら場合によってはドレスを着てても見える可能性があるのよね。どうしようかしら、代わりに神棚でも作って飾っておこうかな。
「で、そっちの肖像画はユーキの力作。イリオーデからクソ細かい指示を受けながら描いてた」
「当然だ。王女殿下にお渡しする贈り物だと言うのに、生半可な精度で終わらせる訳にはいかない」
「だが、そのイリオーデの気持ち悪いこだわりのお陰もあって王女様そっくりの肖像画になったんだ。終わり良ければ全て良しだな」
イリオーデからの指示出しがあったからって、どうしてこうも私そっくりの絵を描けるんだ……? 本人不在で描く肖像画って何よそれ新時代過ぎる。
ユーキはもう画家になれ。必要なら私がパトロンになるから画家になってくれ、絶対その道で食っていけるわよこの絵の上手さなら。
「寄せ書きはー……まぁ、後で読んでくれ。流石に目の前で読まれるのはちと恥ずかしいからな」
「あ、うん分かった。皆にもありがとうって伝えておいて。心のこもったプレゼントで凄く嬉しいわ」
手紙を読もうと開いた瞬間に、ディオから待ったの声がかかった。確かに目の前で手紙を読まれるのは凄く恥ずかしい。その気持ちはよく分かるので、私は大人しく手紙を閉じてプレゼントの上に置いた。
これでこの場にいる皆からはプレゼントを貰い終わった。これだけでももう十分なのに、実はまだまだあったのだ。
ハイラの知り合いのお手伝いさん達が「実は手紙を預かってまして」と、分厚い封筒を渡してくれた。……今から読んでたら時間掛かりそうだし、これも後でしっかりと読ませてもらおう。
とりあえず、お手伝いさん達に「ハイラに、今年も美味しいケーキをありがとうって伝えておいてください」と頼む。お手伝いさん達は、ニコリと微笑んでそれを了承した。
お手伝いさん達に続くように、今度はシュヴァルツが「ぼくも色々と預かってるんだけど」と二つの箱をどこからともなく取り出した。
「まずこっちの大きい箱はカイルから。と言っても、昨日の夜にいつの間にか東宮に送られてきてたから、どうせカイルなんだろうなぁって思ってるだけなんだけどぉ」
「ご丁寧にバースデーカードまで……」
共通語と日本語の両方で『おたおめ』と書かれたバースデーカードを見て苦笑いを浮かべつつ、ザ・プレゼントって感じの包装の箱を開くと。
中から、何だかとても懐かしい……というか珍しい物が出て来た。黒電話である。
いや何で黒電話? そもそもこの世界に電話なんて概念無いのよ? 魔水晶を使った通信すら本当に選ばれた人にしか出来ない便利手段なのに、電話なんて。
誰もが見た事の無いそれに疑問符を浮かべ、興味を惹かれる中。私は中に入っていた手紙のようなものを取り出し、全文日本語のそれに目を通す。
『改めてハピバ〜! いちいち魔法使って手紙送り合うのめんどいしさ、物的証拠残っちまうからこれからは控えようと思ったんだよ。だから電話作ってみた。お互いの電話にしか繋がらないようになってて、何よりもセキュリティに特化してるから魔法等による通信傍受も不可能。安心して使える電話だからこれからの連絡手段はこれでよろしくぅ! 取説も同封してるから届いたら検証がてら一回かけてくれよな!! もし壊れてるとか不備があったら同封してある魔法陣使って送り返してくれ、どんな風に壊れてるのかも教えてくれたら助かるわ。じゃあの』
カスタマーセンターか何かかな。サベイランスちゃんといい黒電話といい……何気に文明改革していくのなんなの?
ていうかよく作れたな黒電話……仕組みを知ってたのかしら、カイルは。まぁ、何やら中身は完全別物な魔導具らしいけれども。外面だけちゃんと電話にしたかったらしい。
……どうせならガラケーとかスマホにして欲しかったわね。持ち運び出来ないじゃない、固定電話だと。ああいけない、貰った側なのに文句言ったら駄目ね。
「……アミィ、これ何か分かる? アイツからの手紙には何か書いてあった?」
「うん。何かの魔導具らしいよ。まあ……後でちょっと試しに使ってみるね」
流石にこの大人数の前では使いづらい。だから後で触れようと一旦横に置いておいた。
そしてシュヴァルツがもう一つの箱を「こっちはリードからだってー」と言って渡して来た。それに私は強く反応する。
「リードさんからのプレゼント?! わざわざ送ってくれたのかしら……」
「そうみたい。とりあえず開けてみたらぁ?」
こちらも、蓋を開けるとまず最初に手紙が現れた。その手紙を退けると、なんとそこにはとても綺麗なネックレスが。わぁ…………と感嘆の息を漏らしていたところ、メイシアが何かに気づいたように息を飲む。
「それはまさか、大陸東部の海岸でしか採取出来ないとても希少なブルーナイトパールでは……!?」
「まさかメイシア、知っているの?」
流石は天下のシャンパー商会次期会長候補。知識が豊富過ぎるわ。
「ええ。我が商会の力を持ってしても未だ仕入れが叶わない、とても希少な宝石です。別名、月夜石とも呼ばれていて、月の光を浴びるととても綺麗に輝くそうです。……わたしが、いつかアミレス様にお贈りしたかったのに……」
「何か言ったかしら?」
「いいえ何でもありません。その名に相応しく、とてもアミレス様にお似合いかと!」
メイシアの解説を聞きながら、ブルーナイトパールのネックレスを眺める。名前の通り青みがかっていて、確かにブルーナイトっぽさがある。
「しかし、これ程の大きさのブルーナイトパール……相当な大国でなければ軽く国を傾けられる価値がありますよ。それをネックレスにしてアミレス様にお贈りするなんて、やりますね……あの司祭の方……」
ぐぬぬ、とメイシアがどこか悔しげにネックレスを観察している。やっぱりシャンパージュの血筋なんだなぁ、メイシアも。商売ごととなると血が滾るみたい。
それにしてもこのネックレスで国が傾くって嘘でしょ? そんな大それたものを貰ってしまったの、私? 傾国レベルのシャングリラ鉱山に続いて、傾国レベルのブルーナイトパールのネックレスまで………この国の財は最早私の双肩にかかっていると言っても過言ではない。
「リードさんと言えば、聖人様からもプレゼントを預かっているんだが」
「えっ」
マクベスタが思い出したように発言する。そして部屋の一角に置いてあった箱と花束を持って来て。
これまた随分と華やかな花束に、ミカリアからの手紙が付属していた。
『麗しき姫君へ、十三歳のお誕生日心よりお喜び申し上げます。姫君を彩るに相応しい花々を選び抜いて花束としました。同封してあるものは小規模の重力操作が可能な魔導兵器です。遊び道具にでも、ご活用ください。またいずれ、必ず、会いに行きます。ミカリア・ディア・ラ・セイレーン』
最後の方がとても力強い文字で書かれたその手紙には、何やら聞き捨てならない言葉が並んでいた。
──小規模の重力操作が可能な魔導兵器だって?
ねぇちょっと待ってよ何で皆そんな恐ろしいものばっかりプレゼントしてくれるの? 私に富と力を集中させないでよ!!
「……これがその魔導兵器かぁ……」
箱の中身は、ルービックキューブぐらいの大きさの立方体。こんな小さな物が魔導兵器なんて……と、この世界の技術力に恐れを生していたところ、
「魔導兵器だと!?」
「まさかそんな物が贈り物として送られるなんて……」
マクベスタとメイシアが目を丸くしてこの重力操作箱に視線を集中させた。
「魔導兵器っつったら……アレだよな、戦争とかで使われる……」
「ああそうだ。戦争の際に兵士に装備させたり、後方で使用したり。その系統は様々だが、戦場等において何かしらの戦力になる魔導具や魔法武器を総合して魔導兵器と呼ぶ」
「流石はイリオーデだ、詳しいな。俺はそんなの全く知らなかったぞ」
「シャルルギルは世の中を知らなさすぎなんだよ……」
実際の魔導兵器を見るのは初めてのようで、ディオとシャルはあまり実感が沸いてこないらしい。まあ確かに、普通に生きてたらそうそうお目にかかれないもの。
私だって、魔剣がそれの一種じゃなければ、この箱で魔導兵器を初めて見たようなものだし。
我が愛剣白夜は、実は魔導兵器に分類されるのだ。それも精霊印の。一見するとただの長剣なのにね。
「どんな能力があるのぉ、それには?」
「小規模の重力操作だって。だから多分……一定範囲を無重力とかに出来るんじゃないかな」
シュヴァルツが重力操作箱の能力を聞いてきたので、それに答えつつ私はふと思う。
改めて考えてみると、この世界重力って概念はあったのね。電話とかは無いけれど、重力はあると。相変わらずめちゃくちゃね、流石はゲームの世界だわ。
色んな世界観や文化がごちゃごちゃになってるわね。
「まぁ、とにかく。念の為に厳重に保管しておくわね。何かあってからじゃ遅いし」
そっと箱に戻して蓋を閉じる。ミカリアってばとんでもないものをくれたわね〜。その気持ちはとても嬉しいのだけど、本当に宝の持ち腐れなのよね。
沢山のプレゼントとお祝いの言葉を貰い、ふぅ……とかつて無い多幸感から嬉しいため息をつく。これが……この光景が、私がアミレスになった意味の全てのようにも思えて。
この空間だけは守り抜かないと。この暖かくて幸せな空間だけは、絶対に。
何に代えても、皆の事を守らないと。絶対、絶対に──……誰にも奪わせない。
そう固く決意し、私は笑顔を浮かべて顔を上げた。そしてパーティーの再開を告げる。その言葉を皮切りに、私は人生で一番賑やかで楽しい誕生日を過ごした。




