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163.最悪の招待状3

 宵闇の中、コンコンコン。と、ある一室の扉が叩かれた。

 だがその中から返事は無い。扉を叩いた老いた召使は、返事を待つ事無く扉を開けて入室した。


「失礼致します、伯爵様。フォーロイト帝国より手紙が届いております」


 部屋の中はやけに明るかった。魔石灯ランタンが光り輝き、部屋中を照らしている。

 乱雑に脱ぎ捨てられた服や、積み上げられた本と紙の山。部屋の一角にはガラクタの如く積み上げられた貴重な魔導兵器アーティファクトもあった。

 その部屋の中央にて。広い机の上にいくつものケーキスタンドを置き、見ただけで胸焼けしそうな程の夥しい量のケーキやスイーツを一人で堪能している男がいた。

 毛先にゆくにつれて色素を失う黒の長髪を、後ろで適当に結わえた男。その前髪の間から見えるは人ならざる紅く鋭い瞳孔。

 百八十はゆうに超える高い背丈と、スラリと伸びた脚。見た者を刹那のうちに虜とする甘く色香の漂う顔立ち。完成された肉体とも言うべきそれを持つ彼の名は、アンヘル・デリアルド。

 フォーロイト帝国とハミルディーヒ王国との国境添いに領地を構え、日々両国間の緩衝材となりつつ白の山脈からの脅威とも戦う辺境伯。

 そして──……アンディザの攻略対象の一人たる、混血ハーフの吸血鬼である。


「──フォーロイトから? 魔導兵器アーティファクトの取引は問題なく取り行ってるだろう。一体何の文句を言ってきやがったんだ、あいつ等は」


 チッ、と舌打ちを一つしてからまたスイーツを口に放り込む。

 デリアルド家はその吸血鬼一族と言う特異性から、代々辺境伯として両国間の緩衝材を担い、その傍らで魔導兵器アーティファクト開発に取り組んで来た。

 人間に比べ莫大な時間を持つデリアルド家は凄まじい数の魔導兵器アーティファクトを作り、フォーロイト帝国とハミルディーヒ王国両方にその兵器を売っていた。

 当然これは両国共に認知している事である。何せ、デリアルド家は独自の魔導兵器アーティファクト制作の重要な素材の殆どをフォーロイト帝国より輸入していたのだ。

 ならば、還元して当然だろう。ハミルディーヒ王国としては気に食わない事柄ではあるが……デリアルド家で開発された魔導兵器アーティファクトの約七割は王国に納品される為、渋々容認する事としたのだ。


 フォーロイト帝国に納品されるものはたった三割なのだが、フォーロイト帝国からすればそれで十分だったのだ。

 デリアルド家で開発された上質な魔導兵器アーティファクトを手に入れられる上、吸血鬼一族デリアルドが戦争に関与出来なくなるよう条約を結ばせる事が出来たから。

 寧ろそちらが本命だったとも言えよう。

 デリアルド家は魔導兵器アーティファクト制作に必要な素材をフォーロイト帝国から輸入するしかなく、その手段を捨てれば魔導兵器アーティファクト制作は不可能となる。それはハミルディーヒ王国側にとっては非常に困る事。

 だからフォーロイト帝国との取引を容認する他なく、その取引の条件として『デリアルド家が両国間の戦争にだけは関与しない事』……なんてものを叩きつけられても首を縦に振るしかなかったのだ。


 吸血鬼なんて戦争向きの種族を戦力として数えられないのはかなりの痛手ではあるが、デリアルド家の魔導兵器アーティファクトが使えない事の方がハミルディーヒ王国にとっては重大事項。

 その二つを秤にかけた結果、ハミルディーヒ王国は個の怪物より万の戦力を選んだ。だがやはり、悔しいものは悔しいので、フォーロイト帝国に納品するものより質のいい魔導兵器アーティファクトをこっそり自国に納品させているのだが……これは紛れもない機密情報である。

 そんな『デリアルド家を戦争に関与させない』条約の元、この取引は長らくこれといった問題も無く履行されている。……のだが、取引先のフォーロイト帝国から突然手紙が届いたのでアンヘルは苛立ちを露わに眉を顰めていた。


「それがどうやら、パーティーの招待状のようなのです」

「パーティーの招待状……あぁ、もうそんなに時が経ったのか」


 召使より手紙を受け取ると、アンヘルは何処か納得したようにケーキをまた一口。それを咀嚼しながら、汚物を触るかのような摘み方で手紙を出して読み上げる。

 冷たく鋭い視線を左から右へと動かし、「はぁぁぁぁ……」と大きなため息を吐き出す。ガックリと項垂れて、手紙をポイッと投げ捨てる。

 それを慌てて拾いながら、召使はアンヘルへと尋ねる。


「あの、伯爵様……何と返事すればよろしいですか?」

「不参加と言っておけ。俺は皇太子の誕生日など興味無い」

「本当によろしいのでしょうか…?」


 召使が帝国からの招待状を断る事を心配するも、アンヘルは仏頂面でケーキを頬張るばかり。

 彼は吸血鬼だ。吸血鬼と言えば不老不死たる怪物。混血ハーフたる彼とてそれは変わらず、若い青年のような見た目をしているが、もう既に百年以上も生きている。

 そもそも吸血鬼は盛衰や進退を自在に操れる為、見た目の年齢はあまりアテにならないが……アンヘルはもう数十年間とずっとこの姿をしている。

 フォーロイト帝国との取引が始まってから、アンヘルはこの通り、皇族の十五歳の誕生パーティーに招待されていた。しかし社交活動が面倒で毎度毎度断って来たのだ。

 なので今回も断ろうとしたのだが。


「まぁまぁそう言わずに。一緒に行こうよ、アンヘル君!」


 思わぬ伏兵が現れた。アンヘルの黒髪と対称的な真っ白の長髪に、純白の祭服を身に纏う男──……国教会の聖人たるミカリアが、突如として満面の笑みで現れたのだ。

 その笑顔を見て、アンヘルは思わず苦虫を噛み潰したような表情を作る。非常に厄介な男が現れた、と彼は重苦しいため息を一つ。


「おまえ……何しに来やがった」

「えっへへ〜、聞きたい? そっかぁ聞きたいか〜!」

「うるせぇ失せろ」


 明らかに浮かれきっているミカリアの様子から、面倒事の気配を濃く感じ取ったアンヘル。彼は食い気味にミカリアを罵倒した。

 決して友人関係では無い、腐れ縁の知人。そんな間柄の二人は、平気で辛辣な態度をとる。だが、お互いそれで構わないと思っているから問題無いのだ。

 相手の立場とか種族とか関係無く接する事が出来る、たった一人の気の置けない知人……それが、孤独な吸血鬼と孤高の聖人に許された存在だった。


「あのねぇ、実は僕も貰ったんだ。帝国からの招待状! だからアンヘル君も一緒にパーティーに行こうよ!」

「嫌に決まってんだろ」

「またまたぁ、そんなに照れなくていいのに〜」


 最早ミカリアには目もくれず、その苛立ちを抑えようと、次々とスイーツを口の中に放り込む。しかしミカリアはこの通りアンヘルを刺激するばかりであった。

 本当に、浮かれ過ぎである。


「そもそもおまえだってパーティーとか興味無いだろ。どういう風の吹き回しなんだ、気色悪い」


 さり気なく罵倒しつつ、アンヘルはミカリアの浮かれっぷりに突っ込んだ。

 すると、待ってましたと言わんばかりにミカリアの頬がだらしなく緩む。これを見て、アンヘルは「ああクソっ、間違えた……!」と早々に後悔した。

 召使に向け、ミカリアは彼を追い払うようにしっしっ、と手を動かす。すると召使は慣れた表情で退室したので、誰かに聞かれる心配も無いまま彼は語りだす。


「だってこれは合法的に、誰にも怒られる事無く姫君に会えるまさに絶好の機会! これまで仕事が体裁がと一年近く会いに行けなかったんだ。正直、僕からしたら皇太子もパーティーもどうでもいい……だって僕、ただ姫君に会いたいだけだし!!」


 ぶっちゃけ過ぎである。誰にも聞かれていないのをいい事に、ミカリアは聖人らしからぬ発言を繰り返していた。流石のミカリアとて、唯一無二の知人の前では取り繕ったりはしないらしい。


「姫君って……おまえ、本当に最近はそればかりだな。耳にタコができるくらい聞かされたんだが、そのガキの話は」


 ケッ、と悪態をつきアンヘルが近頃の恨みを呟くと、


「ガキなんて無粋な言い方しないでよ。姫君は十把一絡げの子供達とは違うんだ! 君だって一度会えば分かるよ、姫君は特別なんだ。他の誰とも違うとっても特別な少女……彼女の事を何と言い表せばいいのか、僕の頭でもまだ考えが纏まらないぐらい彼女は素晴らしいんだ!」

(何だこいつ本当に面倒極まりないな!!)


 ミカリアは、それはもう壮大に演説した。

 アンヘルにどれだけ鬱陶しがられようとも、ミカリアはここ一年近く不定期にアンヘルの元を強襲ほうもんしては、ベラベラと好きなだけアミレスの話をして満足したら勝手に帰るを繰り返していた。

 ミカリア対策に強めの結界を張ってみても、ミカリアはどんな結界であろうと赤子の手をひねるようにあっさりと破ってしまう。人類最強の聖人の実力を、知人の家を訪ねる為だけに使うなという話だ。


 そのように、アンヘルには自由に会いに行く事が可能なのだが……アミレスにはそれが出来ないでいる。何せアミレスはあれでも皇族であり、絶対中立を誇る国教会の聖人として、私用で会いに行くなんて事が最も不可能な相手なのだ。

 その鬱憤を晴らすかのように、ミカリアは頻繁にアンヘルの元を訪れては彼のプライベートを潰している。何とも傍迷惑な存在だ。

 そしていつも通り、ミカリアが腑抜けた顔で長々ベラベラと『姫君』の事を語り出したものだから、アンヘルの堪忍袋の緒はもう切れる寸前であった。


「これは、姫君に会いたい……日々そう願う僕の為に神がくださったご褒美なんだ。だから僕は当然、このパーティーには意地でも出席してみせるとも」

「あーそうですか勝手にしやがれ」

「でもね、どうせパーティーに行くのならやっぱり知人もいた方が楽しいかなって! だからアンヘル君を誘いに来たんだよね!」

「回れ右して帰れ」


 ミカリアは満面の笑みでアンヘルに圧をかけた。何とか、ギリギリの所で彼への怒りを堪えているアンヘルは、頑固として『絶対に行かない』姿勢をとっている。

 彼はスイーツと魔導兵器アーティファクトにしか興味を示さない。それ以外の事は、基本的に眼中に無いのだ。

 だからこそ、パーティーには行かないと何度も主張しているのだが……こちらもまた頑固なミカリアは一歩も引こうとしない。

 一度、アンヘルと一緒に行く。と決めたからには何としてでも成し遂げようとする。


「もう、本当に人の話を聞かないね。君は」

(滅茶苦茶聞いてやってる方だが??)

「仕方ないなぁ……この手はあまり使いたくなかったんだけど」


 ここまで耐えられている事が奇跡に等しい怒り。その頬や手には血管が浮かび、彼の手に握られたカトラリーは見るも無残な姿へと成り果てている。

 ミカリアの一挙手一投足が全てアンヘルの神経を逆撫でしているのだ。


「僕ね、ここ一年近くずっと帝都の様子をラフィリアに監視させていたんだ。それで聞いたのだけど……」


 何やってんだこいつ。とアンヘルが内心で毒づいたのは言うまでもない。


「何でも近頃帝都では、新感覚スイーツなるものが若い女性を中心に流行っているそうだよ」

「──詳しく聞かせろ。今すぐ」


 ミカリアの秘技、『好物で釣る』が発動する。この秘技はその名に相応しく絶大な力を持っており、あれ程頑固であったアンヘルでさえも瞬きの間に陥落させる事が出来るのだ。

 アンヘルは首をぐりんと動かして、ミカリアの両肩を掴んで詰め寄る。想像通りの食いつきに、ミカリアは満足気に笑った。

 そして、「えっとね〜」と口を切る。


「サクサクホロホロとした薄いパン? みたいな生地の中に甘いクリームが入っているみたい。名前は確か……シュークリームだったかな。食べやすくて美味しいと人気みたいだよ」

「シュークリーム……!!」


 途端に輝きだすアンヘルの深紅の瞳。それをミカリアはニマニマと見つめ、追い討ちにと更に続ける。


「皇太子の誕生パーティーなんて特別パーティーなら、きっと帝国中の珍しいスイーツが集まる事間違い無しだよ? シュークリーム以外にもまだ見ぬ新たなスイーツだってあるかもしれないなぁ」


 ピクリ、とアンヘルの尖った耳が反応する。


「でも僕はスイーツの善し悪しはあまり分からないし、お土産なんてマナー的にも良くない。だから持って帰って来てあげる事も感想を伝える事も出来ないなぁ」


 ピクピク、とアンヘルの尖った耳が何度も反応する。


「でもアンヘル君は行きたくないんだから、仕方ないか。だからね、僕が頑張ってアンヘル君の分もスイーツを堪能してくるよ!」


 最後のシメとばかりに圧倒的聖人スマイルで言い放つと、アンヘルはとても苦しそうに、その顔をしわくちゃにして思い悩んだ。

 パーティーなんて面倒臭い。面倒臭いのだが……スイーツには目がないアンヘルとしては、珍しいスイーツが集まる事間違い無しな皇太子のパーティーに行かない理由が無い。

 というか行かざるを得ない。暫く「ぐぬぬぬぬ……」と必死に内なる自分と戦い、アンヘルはついに答えを出した。


「……行くぞ、皇太子の誕生パーティー。背に腹はかえられない」

「わぁーい! 来月が楽しみだね、アンヘル君!」

「スイーツだけだがな、俺の楽しみは」


 あくまでもスイーツの為なのだと繰り返すアンヘル。しかしミカリアはそんなの全く聞いておらず、体を左右に揺らして子供のように喜んでいた。

 振り子のように揺れるミカリアは途中で「あ、そうだ」と言ってピタリと止まり、アンヘルへと無理難題を押し付ける。


「あのね、そろそろ姫君の誕生日なんだけど何を贈ればいいかな? アンヘル君も一緒に考えてよ」

「ア? それぐらい自分で考えろ」


 当然、アンヘルは冷たくバッサリと拒否した。しかしミカリアはこれぐらいではへこたれない。


「だって初めて姫君に贈る贈り物なんだよ、生半可な物は贈れないじゃないか! だから相談にぐらい乗ってよ〜っ!」


 知人でしょう、僕達!! と諦め悪く騒ぎ続けるミカリアへと業を煮やし、アンヘルは「うるせぇ!!!!」と彼の腹部に綺麗なストレートをお見舞いした。

 その後暫く取っ組み合いが続き、最終的にはアンヘルが、非売品の魔導兵器アーティファクトを一つミカリアに渡して、「あ〜〜っ、もう!! それでも渡しとけばいいだろ! とにかく今すぐ早急に失せろ!!」と屋敷から追い出した事でこの喧嘩は幕を閉じた。

 ミカリアは手渡された魔導兵器アーティファクトに視線を落として、思考する。


(うーん、そんなに危険な効果とかは無さそうだし贈り物にしても大丈夫かな。特別感もあるし、姫君への誕生日プレゼントにはぴったりだ)


 その場で空間魔法を使い、瞬く間に自室へと戻る。その魔導兵器アーティファクトを包装しようとした所で、ミカリアはふと思った。


「華が全然足りないな。一番の華は姫君だから、まぁ、多少足りないのは問題無いのだけど……流石にこれは全然足りてない。何かいい感じの花束とメッセージカードでも用意しようかな。花は勿論、姫君の綺麗な瞳と似た色の花々にしようか」


 ふふ、と神々しい微笑をたたえつつ彼はせっせと贈り物の準備を始めた。

 その途中、どうしても花束に加えたい花が北の辺境にしか無いと知って、自らそれを摘みに行くぐらいには気合いを入れて。

 人類最強の聖人は少しづつではあるが──……しっかりと、着実に壊れ始めていた。


攻略対象の一人、訳あり吸血鬼のアンヘル君登場となります。

彼、ここ数ヶ月はミカリアのせいで頭痛が酷いらしいです。

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― 新着の感想 ―
あぁ、そういう意味で壊れるなのね笑
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