162.最悪の招待状2
「フォーロイト皇家からの手紙が届いたが……どうする?」
「このまま聖人様にお届けした方がいいのかしら。でも、やっぱり検閲はした方がいいわよね?」
神殿都市にて、大司教のアウグストとメイジスが一通の手紙を見て話し合う。顔を突き合わせ、その手紙をどうしたものかと二人して頭を悩ませていた。
ただの手紙であれば彼等も迷わず検閲した事だろう。しかしこれはただの手紙ではなく、封蝋で印璽されたフォーロイト皇家直々の手紙。
流石の大司教達と言えども検閲する事に多少の抵抗があるのだ。
「これはアウグスト卿にメイジス卿。一体何をしているんだい?」
「ジャヌア卿、実はフォーロイト帝国より特殊な手紙が届いたのだ」
「わたくし共と言えど軽率に検閲する訳にいかず、扱いに困っていた所でしたの」
検閲するか否かと頭を悩ませる二人の元に、同じく大司教のジャヌアがやって来た。
長らく第二席に座り続けているジャヌアならば、この手紙をどうするべきか分かるやもしれない。そんな淡い期待から、アウグストとメイジスはジャヌアに手紙を見せて判断を仰いだ。
「これは……別に聖人様に見せなくても問題無い手紙だな。どうやら、近々行われる皇太子の誕生パーティーの招待状のようだ」
ジャヌアは手紙を開封し、中を検めた。そして中身が招待状であり、ミカリアに見せる必要の無い手紙だと二人に説明した。
それにアウグストとメイジスはホッと一息ついた。
「そうでしたか。ジャヌア卿が来てくれて本当に助かった」
「長く円卓に座られているジャヌア卿が仰るのならば、問題ありませんわね。では、こちらの招待状はどうします?」
「それならば、慣例通り大司教の中から手の空いている者を向かわせよう。そうだな、二人いれば充分か」
フォーロイト帝国と国教会は付かず離れずの関係を保っている為、こういった特別な催事の際は神殿都市にも一応、招待状などを送るようにしているのだ。
そうして送られて来た招待状。フォーロイト帝国と良好な関係を維持する必要のある国教会としては断る訳にもいかず、結果、毎回手の空いている大司教数名が国教会を代表して祝辞を述べに行っているのだ。
ジャヌアは長い事大司教の座についているので、この手の招待状を見るのももう何度目かになる。その為か、(もうこんなにも時が経ったのだな……)と一人で感傷に浸っていた。
皇太子の誕生パーティーに出席する大司教を数人見繕う必要が出て来た為、ここでアウグスト達は己の来月の予定を思い出す。
「皇太子の誕生日は三月の下旬か……オレは丁度、愛し子への教育の予定が入っているな」
共に、ブラリー卿とセラムプス卿も教育の予定がある。とアウグストは付け加えた。
愛し子ミシェル・ローゼラへの教育は相変わらず難航している。
軽度の罰や説教が解禁された事により多少は楽になるかと思われたが──ミシェルが"勉強"と"罰"という行為に対して異様なまでの嫌悪を見せる為、思うようにいかないのが現状である。
勉強を始めるまではいつも通りのミシェルだったのだが、いざ無理やり勉強を始めさせると。ミシェルは何かに追い詰められたかのような様子で存外真面目に取り組む。
しかし、何かを間違え大司教がそれを指摘した瞬間。ミシェルは人が変わったように『ごめんなさい、ごめんなさい……もう間違えないから、次からはちゃんとするから……』と顔面蒼白で体を震えさせていた。
大司教達がこれまでの蛮行に何か罰を与える、と言った時には『ひぃっ! 駄目な子でごめんなさい、本当にごめんなさいごめんなさいごめんなさい……っ!!』と体を縮こまらせて謝り倒す。
普段の厚顔無恥な態度からは想像も出来ないような、明らかに異常な様子。それの所為もあって、大司教達は思うように教育が出来ていないのである。
最初こそはミシェルの演技ではと疑う者もいたが……演技にしてはあまりにも迫真である事、そしてその異常が"勉強"と"罰"の時にしか見られない上に、その自覚がミシェル本人に無い事から──……あれは紛れもない彼女の本音なのだと大司教達は結論づけた。
軽度の勉強や罰ですら、ミシェルを精神的にかなり追い詰める事になるようで。それを理解した大司教達はミカリアから許可をとり、改めてミシェルの勉強スケジュールを組み立て直した。
愛し子に必要な素養を身に付けさせる為、教育自体を無くす事は出来ないが、ミシェルに負担がかかり過ぎぬよう調整する事は可能であったのだ。
なので、アウグストとブラリーとセラムプスの教育の予定が三月に割り振られているのである。
「わたくしも、来月はノムリス卿との地方の教会への視察がありますわ」
「ふむ、既に五人の予定が確認されてしまったか……実を言うと私も常々予定はあるので、神殿都市を離れる事は出来ない」
「これで六人の予定が分かったな」
「まあ、どうしましょう」
うーん。と三人は仲良く苦慮する。顎に手を当てて考えたりもするが、残りの六人の予定はどうやら彼等でも分からないらしい。
「残り……は、ラフィリア卿とマリリーチカ卿とエフーイリル卿とライラジュタ卿とオクテリバー卿とディセイル卿よね。ラフィリア卿は常に多忙だから無理だとして……」
メイジスが残りの大司教達の名を挙げては、即座にラフィリアは無理だと判断する。それには、ジャヌアとアウグストも「まぁそうだ」「ラフィリア卿は最も多忙な方だからな」と納得していた。
「若い子を向かわせた方がいいのかしら?」
真剣な顔でメイジスがボソリと呟くと、
「ならばディセイル卿とライラジュタ卿になるが、あの二人が大人しく神殿都市を離れるか……」
「「あぁ……」」
ジャヌアが大司教の中でも若い二人を指名した。
だがしかし……そこですぐさま問題が浮上する。彼等二人はどちらも異常な程にミカリアを尊敬している為、あまり神殿都市から離れようとしないのだ。
いざ任務で離れろと言われても、まず第一声目には『嫌だ! 僕は聖人様がおられるこの都市を離れたくない!!!!』『私が何故神殿都市を離れなければならないのか、私が納得出来る理由を述べて下さい』と、ぎゃあぎゃあ騒ぐのだから。
それを知るアウグストとメイジスは一瞬にして全てを悟り、諦念のため息をもらした。
「……困ったな。招待状を貰ったのに、このままでは皇太子の誕生パーティーに向かわせる者が決まりそうにない」
ディセイルとライラジュタを向かわせる事は諦めたのか、ジャヌアが仕切り直そうとした、その時だった。
ジャヌアの背後に突如として人影が現れる。
「──ねぇ、今、何と言った? 皇太子の誕生パーティーがどうのって聞こえた気がしたのだけど」
その声に、三人はハッと息を飲む。そして彼等は一糸乱れぬ動きで跪いた。
(まさか聖人様がいらっしゃるなんて。どのようなご要件なのか……)
(嗚呼っ……聖人様、いつ見てもなんてお美しいのかしら)
アウグストとメイジスがそれぞれ自由に思案する中、ジャヌアは突如として現れたミカリアに用向きを伺う事とした。
「聖人様、何故このような所に……?」
何故ならここは大司教達の職場、大聖堂のすぐ裏手にある天空塔。そう滅多にミカリアが訪れぬ場所だからだ。
それなのにミカリアが突如として現れた事が、彼等は疑問でならないのである。
「今聞き捨てならない言葉が聞こえたからね。それで、皇太子がどうのって話……詳しく聞かせてくれないかな」
いつになく真剣な面持ちを作るミカリアに、三人はこれが己の想像以上に重大な事柄なのであると誤解した。
(そうか、これは皇太子の誕生パーティー。我々が独断で決めて良い筈が無かったのだ。これまで聖人様がこの手の招待状に関与して来なかったからと、今回とて同じとは限らないだろう。耄碌したな、ジャヌアよ……)
(聖人様がここまで仰るのだ。もしやこの招待状にはオレ達でも分からないような重大な何かが隠されているのやもしれない)
(あの招待状には聖人様が動かれる程の何かがある、と言う事ね。良かったわ……取り返しがつかなくなる前で)
と、明後日の方向に誤解していく三人。しかし実際はこうである。
(皇太子の誕生パーティー、招待状……そんな単語が聞こえて急いで飛んで来たけれど……危なかった。帝国からの招待状なんて他の誰にも渡してなるものか。だって合法的に姫君に会える機会なんてそうそう無いし! こんな千載一遇の機会を逃す訳にはいかないだろう!)
あまりにも自由。アミレスに会いたくて会いたくて仕方の無い男が、ただ職権を乱用しようとしているだけである。
そんな事とは露知らず、ジャヌアは招待状についてミカリアに丁寧に説明した。そして、ジャヌアより一通りの説明を聞いたミカリアは、輝く笑顔で彼等に向けて言い放つ。
「よし。皇太子の誕生パーティーには僕が行こう」
「え?!」
「この件に関しては僕が預かるので、君達はもう気にしないでくれたまえ。大丈夫、悪いようにはしないさ」
ははは。と浮かれた笑い声を上げつつ、ミカリアは有無を言わさぬまま招待状を手にその場を後にした。開いた口が塞がらないままその場に置き去りにされた三人は、溢れんばかりの困惑に暫しの間襲われ続ける。
その原因となった嵐のような男、ミカリアはと言うと──、
「やったぁ〜〜っ! 姫君に会えるぞ〜!! バンザーイっ、フリードル殿下の十五歳の誕生日バンザーイ!」
自室でそれはもう、はしゃぎ倒していた。
全くフリードルの誕生日を祝うつもりなど無いのに。そんな事欠片も思っていないのに。ただアミレスに会う口実と手段を与えてくれたと言う理由だけで、彼はフリードルバンザーイ! なんて叫んでいるのだ。
「あ。そうだっ、帝国からの招待状ならもしかしたらアンヘル君も貰ってるかも! ふふっ、アンヘル君も誘って一緒にパーティーに行こーっと!」
いつかの己の誕生日に知人から貰った巨大なぬいぐるみに抱き着いて、ミカリアは旅行前夜の子供のように暴れ回る。
こうして。国教会から聖人自らが皇太子の誕生パーティーに出向くと言う、前代未聞の事態が訪れる事となったのだ。




