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153.動乱に終幕を5

「侯爵様、実はずっと……貴方にお願いしたい事があったのです」

「何でも言ってみよ、他ならぬマリエルの頼みなら何だって聞こう」

「…………本当によろしいのですか?」

「遠慮するな。お前は私の娘なのだから当然だ!」


 本当に遠慮しなくていいのですね? と私が最後の確認をすると、この屑は「何でも言うといい!」と随分と気前のいい態度を見せた。

 では遠慮なく……と私はおもむろに立ち上がり、ある程度屑に近づいてから冷笑を浮かべまして、


「くたばって下さいませ、侯爵様」

「ぐぶふぉっ!?」


 渾身の回し蹴りを屑の頭にキメました。丸く重い彼の頭は実に蹴り甲斐のあるものでして、直撃した側からその勢いで彼は床に倒れ込んだ。赤く腫れた横顔を擦り、困惑と憤怒が入り交じった顔で屑は私を見上げてくる。

 長椅子ソファの横に立つフルカも、呆然とこちらを見ている。

 無様に地に伏せる屑を一瞥して、私は踵を返した。そこでシャンパージュ伯爵と目が合う。彼はとても楽しそうに笑顔を作り、


「ララルス嬢の用事も済んだ事だ。次の予定へと向かおうじゃあないか」


 荷物を手にスっと立ち上がった。悠然と先を歩くシャンパージュ伯爵に続いて私も部屋を出ようとしたのですが、その時後方より醜い制止の声が聞こえて来まして。


「まッ、マリエル! お前、今誰に何をしたか分かっているのか!?」

「……さあ? 思い当たる節としましては、母を不幸にした屑への復讐……と言った所でしょうか。勿論、この復讐劇はまだ終わりませんので、もう暫くお楽しみいただけるかと」

「なっ……!?」


 屑の顔がどんどん真っ赤に染まってゆく。しかし同時に焦りや恐怖のようなものも見られた。……どうやら、侯爵の座につくぐらいですから、彼も一応は頭が働くようです。

 八年経って突然舞い戻った私と、共に行動するシャンパージュ伯爵。私の口から放たれた復讐と言う言葉に、きっと彼は『マリエルの復讐にシャンパージュが協力している』と気づいたのでしょうね。

 彼とて思い当たる節があるからあのように恐怖しているのでしょう。本当に、私に何か復讐されてしまうのではと。

 私の存在を恐れ、まずは私を邸に入れぬようにするでしょう。その後は騎士団やカラスを使った警備の強化ないし自身の護衛の増員。

 もしかしたらそもそも外に出ないようにするかもしれない。まぁ、外出しようがしまいが……その時は数日間は外に出られないようにするよう、カラスに言いつけてあるのですが。

 だって、逃げられたら困るんですもの。手間と時間がかかりますから。彼のような屑に割いてやれる程、我々の時間も無価値ではありませんので。

 ニコリと微笑みながら私はシャンパージュ伯爵と共にララルス邸を後にする。また馬車に乗る為、一人カラスを呼び出した所──……何やらボロボロのイアンが慌てて出てきました。

 訳を聞いても「何でもないですよ、こんなの」と適当にはぐらかされてしまうので、私も途中からは詮索をやめて気にしない事にしました。


 さて。あの忌まわしき屑に一撃を食らわせる事が叶いましたので次に向かうは王城、それも以前アルベルトの件で少し世話にもなりました司法部に向かうつもりです。

 そこで、思い切り告発してやる予定なのです。まぁ思い切りと言いつつ、やる事は告発文書と証拠を司法部に提出するだけなのですが。

 王城に向かう車内にて、私はシャンパージュ伯爵より黒いベールのついた髪飾りをいただきました。それを上手い具合に頭に着けると、何と頭部が完璧にベールに覆われるのです。これを用いて素性を隠し、思い切り告発してやろう……といった算段なのですよ。

 髪飾りを着けてベールを調整すると、確かに我が頭部はほとんどベールに覆われ、外からは見えなくなっている事でしょう。

 王城ともなると私の顔を知る者もそれなりにいますので……計画が上手く進むまで、ハイラが私であると周囲に知られる訳にはいかないのです。その為の覆面、その為のベールです。

 王城に到着すると、私は一言も発さずシャンパージュ伯爵の後ろをただ着いて行きました。ベールで顔を隠しているとは言え、勘のいい人は声で気づく可能性があります。私は変声技術は会得していないので、声を発する訳にもいかなかったのです。


 なので全てシャンパージュ伯爵にお任せする形となりました。本当に、シャンパージュ伯爵の力なくしてこの計画は成り立たないと言っても過言ではない程に、シャンパージュ伯爵の力をお借りする事になり……恥ずかしい限りです。

 どんな内容でも、シャンパージュ伯爵は『王女殿下の為ならば』と二つ返事で引き受けて下さって…………姫様が心強い味方を得る事が出来て良かったと心底思うと同時に、それだけ、何でも出来てしまうシャンパージュ伯爵家の忠誠を手に入れたからこその現状である、と小さい事を考えてしまう私は矮小な人間なのだと思い直す。

 やがて司法部の部署に到着しますと、そこにはダルステン司法部部署長を初めとした司法部の方が数名と、お忙しい筈のケイリオル卿がいらっしゃいました。

 そこで、シャンパージュ伯爵の方より改めて本日の訪問理由の詳細が語られる。


「朝早くからの訪問で恐縮ですが、事前の文の通り今日はとある家門の告発文書の提出に参りました」


 そう言って、彼は鞄の中から凄まじい量の文書と証拠を取り出し提出する。その内容を見て司法部の方々が目を見張る。

 何故ならその内容は全て、帝国初期よりこの国を支え続けた歴史ある家門ララルス侯爵家の不正その他諸々の告発だから。それも、告発の全てを裏付けるような証拠証言の数々……勝負が始まった時点で決着がついているかのようなものなのですから、驚くのも無理はない。

 ふふ、これでもずっとカラスと連絡を取りあっていましたので、いつかのもしもで役立つかも……とあの屑に関する情報や不正の証拠は集めるようカラスに昔から命令しておいたのです。まさか本当に役立つとは思いませんでしたが。

 他にも、夫人や異母兄姉達に関する情報や物的証拠等もカラス達が八年間独断で収集していたらしく、私は準備万端でこの戦いに挑む事が叶ったのです。


「何故、シャンパージュ伯爵家がララルス侯爵家を告発するのか。お教え頂いても?」


 ダルステン司法部部署長がぎこちない表情でシャンパージュ伯爵に尋ねると、彼は横目で私の方を一瞥し、


「こちらの淑女レディとの約束……でしょうか」


 意味深な笑みを浮かべた。

 すると司法部の方々の注目が一気に私に寄せられる。この場においてこのように顔も声も素性も隠してシャンパージュ伯爵の背に隠れる人間……目立たない筈がありません。

 ドレスの裾を摘み、私は求められるがままに淑女レディらしく一礼しました。そしてポケットの中から一つのペンダントを取り出し、シャンパージュ伯爵に手渡す。


「訳あって、彼女は今声を出せないので私が代弁させていただきますが──……これを見ていただけたら分かるでしょう。これはララルス侯爵家の家紋が刻印されたペンダント。ララルス侯爵家の血筋の者にしか渡されないという、代々続くかの身分を証明する物です」


 ざわっ、とどよめく司法部の方々。その後もシャンパージュ伯爵が暫く「このペンダントは古くよりララルス侯爵家内で作製される為、我が商会でも未だに製法は分かっておらず」「特殊な加工を施されているので複製も難しいでしょう」「これ程の精巧な彫刻が出来る者がいるなら是非我が商会に欲しいぐらいです」とペンダントが本物である証明をしていた。

 実はあのペンダント、母の物なのです。母が死ぬ間際に棚の奥底に追いやっていたあのペンダントを私に手渡し、『いつか役に立つかもしれないから』と暫くは所持する事を勧めて来たのです。

 当時は本当に嫌々、母の形見という事にして所持していたのですが、現にこうして役に立つ時が来たので……母には感謝しかありませんね。

 このペンダントの事もあり、司法部の方々は私がララルス侯爵家の人間でありながらも自らの家を告発した事に気づいたのでしょう。彼等の顔には戸惑いが顕著に見られる。


「彼女の名前はマリエル・シュー・ララルス侯爵令嬢。ご存知の方もいるかとは思いますが、現当主モロコフ・シュー・ララルス侯爵の庶子であり……八年前に失踪したと話題になったご令嬢です」


 ああ、そう言えばあの屑はそんな名前をしていましたね。あまりにも興味が無くて忘れてましたわ。

 シャンパージュ伯爵が私の名を明かした所、司法部の方々は、やはり……と言いたげな沈黙を置いた。八年間失踪していた庶子でもなければ、こうして顔や声を隠して表舞台に出てくる事もありませんから。

 そもそも皇宮で侍女になってなかったでしょうからね。


「彼女とは縁あって出会い、私も度々話をうかがってこの告発に協力すると約束したのですよ。やはり同程度の歴史を持つ家門の貴族としては見過ごせない事も多くて……さてそれはともかく。彼女……ララルス嬢は失踪する前より、ララルス侯爵より度の越えた執着を受けていたようで──……」


 シャンパージュ伯爵がつらつらと語り出す。『女好きで色狂いの侯爵は妻が三度目の妊娠をしている間、前々より目をかけていたお気に入りの侍女についに手を出してしまい、その侍女が一人の子を産んだ』

『その事に夫人も最初こそ怒ったものの、次第に夫人自身も外部から気に入った男を連れ込むようになり、侯爵はそれ以前よりも大胆に侍女とその娘に構うようになった。その時には既に侯爵は不正に手を染めていて、侍女の娘は侯爵の暇潰しの相手をよくさせられた為にそれを知っていた』

『侍女の娘をよく思わない腹違いの兄姉は侍女の娘を玩具のように扱っては酷い嫌がらせを繰り返し、やがて侍女の娘が十六になった年に侍女が死に、侯爵は侍女の娘にまで手を出そうとしたので侍女の娘は侯爵家より逃げ出した』と、脚色無しのマリエル・シュー・ララルスの過去が語られ、ララルス侯爵家の悪評を聞いた事があるらしい司法部の方々は「あぁ……」と呆れ返ったようなため息を吐いた。


 どうやら私に同情してくれたようですね。

 その後更に、『侍女の娘は運良く職を見つけられた為、これまで八年間侯爵に見つからずに何とか生きてこられたが、最近になって侯爵が屑と有名な長男を後継者に指名したと聞き、このままではララルス侯爵家の名誉や存続が危ぶまれると。侯爵に見つかり手篭めにされるかも、という恐怖をぐっと呑み込んでララルス侯爵家を守る為に立ち上がった』といったお涙頂戴な筋書きが次々にシャンパージュ伯爵の口から語り紡がれる。

 随分と純粋な人が多いのか、司法部の方々はキラキラとした目で私の方を見てくる。まさかこんなお涙頂戴筋書きを真に受けるとは……何だか少し申し訳ないですね。


「……──これ以上ララルス侯爵家の暴挙と不正を野放しにしてはならないと……そう思ったんですよね。ララルス嬢?」


 長々とした演説を終え、シャンパージュ伯爵がくるりとこちらを向き、笑顔で確認してきました。それにこくりと頷きますと、司法部の方々の口から「何て勇敢な人なんだ」「ララルス侯爵家、やっぱりヤバいんだな……」「悪は滅ぶべし」なんて言葉が聞こえてきた。

 その後はもうトントン拍子に事が進みました。緻密な告発文書、そしてそれを裏付ける数多の証拠。これだけの物が揃っていては司法部もすぐさま動くというもの。

 その場でダルステン司法部部署長から家宅捜査等の指示が司法部の方々に下された。そこから先は以前のアルベルトの際とあまり変わらないようで、家宅捜査に参加する実働部隊を編成しに司法部の方が駆け出しました。


 そして私達は一度帰る事に。また後々改めて呼び出す事になりそうだとダルステン司法部部署長に言われ、私達は早々に王城を後にする事になったのです。

 私はシャンパージュ伯爵のご厚意で、シャンパー商会の運営する最高級の宿館ホテルが一室、それも特等客室スイートルームなる部屋に暫く滞在する事になったのです。

 これがまた凄く……ララルス邸のただ華美なだけの不躾な装飾と違い、計算され尽くした配置。勿論装飾そのものの輝きや精巧さもさる事ながら、一切の不快感や違和感を感じさせないまさに完璧と言える室内。

 そして何より、埃一つ無い事が素晴らしい。窓も汚れなどどこにも見られず素晴らしい透明度を誇る。

 流石はシャンパー商会の最高級宿館(ホテル)……! まさかこれ程とは……っ!!

 侍女となり八年が経ちますが、やはりまだまだこの道は長く険しい。私ではこのような、思わず感嘆の熱い息が漏れ出てしまうような仕事はまだ出来ませんから。

 しかしいつかは出来るように──……。また、やってしまいました。私はもう、姫様の侍女ではないのに……寧ろこれからは侍女を使う側の立場に立つ事となりますのに、いつまで経っても侍女気分が抜けませんね。


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