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138.狙うはハッピーエンド5

 午後の三時を回った頃になると、物々しい空気の中ついに開廷された。今回は秘匿裁判と言う事で一般の傍聴人はおらず、この場にいるのはダルステンさんを始めとした司法部の方々と証人達。その中にはアルベルトの姿もあった。

 かく言う私はと言うと、重要参考人として出頭したものの……現在いる場所は貴族用の傍聴席。王城の一角にあるこの法廷は吹き抜けの二階相当の空間となっている為、その二階部分にあるオペラのボックス席のような個室から裁判の様子を傍聴出来るのだ。

 そこで出番までハイラと共にこっそりと傍聴する事になったのだ。私が重要参考人としてこの場で話す事を知るのはダルステンさんとケイリオルさんとダルステンさんの部下の方一人のみ。

 私の出番が近づくとその部下の人が呼びに来てくれるそうなので、それまでは誰にも見つからないようにこっそりと傍聴するように……とケイリオルさんから頼まれたのだ。

 皇族が重要参考人として話をするなど前代未聞の事であり、何よりもこの場には何故かフリードルもいる。別の個室だから今の所私がここにいる事はバレていないだろうが、個人的には極力あの男と関わりたくない。なので、話をする時以外はケイリオルさんの言葉に甘えて姿を隠す事にしたのだ。

 しっかしなんでいるのかしらあの男。何しに来たの? 皇帝の代理で私なんかよりずっとお忙しいのではなくて? 頼むから邪魔だけはしないで欲しいな。フリードルの迷惑になるような事は何もしてないんだから干渉しないで欲しい。ずっとそこで大人しくしていてちょうだい! と一瞬奴を強く睨む。

 今回の件は真相が明らかになり捕まった時点で黒幕の死刑は決まっているようなもの。ならば何故わざわざこうして秘匿裁判をするのか……その理由は簡単。隷従の首輪の被害者が連続殺人の犯人だったからだ。

 その事実がこの件をややこしくし、こうして秘匿形式での裁判を開く理由となったのだ。だって、未だに隷従の首輪なんて物が現存していたと知られては大変だからね。お偉いさん達もそれを隠匿したいからこの手段を取ったのだろう。


「──罪人マルコ・シルヴァスタよ、前へ」


 裁判長は司法部部署長たるダルステンさんのようだ。彼の言葉に従い、騎士二人に睨まれながらシルヴァスタ男爵がのそのそと前に出る。

 典型的な悪徳貴族……って感じの見た目の男だ。少し丸々としたいやらしい目付きの顔だが、数日間一時的に拘留されていたからか髪はボサボサで髭も沢山生えている。ふくよかな腹部から見て相当贅沢をしていたのだろう。だがその全身からは覇気を感じない。

 ……黒幕が大人しく全ての罪を認めていると言う話は本当なのかもしれない。なんて言うか、あの男には今、自由意志のようなものが無いように見受けられる。


「マルコ・シルヴァスタ。汝は全ての罪を認め、厳正なる罰を求めるか」

「……はい。もと、めます」


 裁判長の言葉にたどたどしく答えるシルヴァスタ男爵。やはり様子がおかしい。明らかに正常ではないと思うのだが……こんなにも緊張する場だもの、しょうがないか。


「ではこれより、汝の罪状を全て白日のもとに晒す」


 裁判長がそう告げると、洗練された動きで一人の裁判官──司法部の方が立ち上がり、手元の資料をスラスラと読み上げ始めた。その内容はこれまでシルヴァスタ男爵の犯して来た罪の数々。聞いてて呆れてしまいそうになる程の罪の多さであった。

 ちなみにこの国における裁判というものは弁護人や検事が戦うようなものではなく、罪を犯したと罪人に正式に認めさせる為に証人喚問を行い、罪人が罪を認めたならば裁判長が処罰を下す……みたいな簡単な仕組みなのだ。

 だからそもそも裁判を起こす時は決まって有罪確定の時のみ。冤罪であったり証拠不十分の事件の際は開廷されず、裏で司法部と諜報部がいい感じに処理しているとか。

 逆に、正式に罪を認めさせて処罰を受けさせる程の事でもない……というか、もうとことん悪さをしてしまいもう極刑だろコイツ。みたいな事件の犯人に関しては裁判とかガン無視で皇帝権限により即処刑となる。ゲームで皇帝に騙され殺されたアミレスがいい例だ。

 皇帝なんて役職に就くあの男は、この国で最も何の躊躇いもなく人を殺せる人間なのである。何せあの男だけは帝国法に縛られないから…………。

 例に漏れずシルヴァスタ男爵も即処刑となってもおかしくないぐらいの罪を犯しているのだが……現在皇帝が帝都にいない事、そしてアルベルトをどうするかと言う問題が発生した事、それら二つが重なりこうして裁判に至った。

 そう言う細かい事情を知らず、最初から裁判でアルベルトの為に勝負しようじゃあないかと私は考えていたのだが……もし皇帝が帝都にいたならば、この裁判は開かれず、恐らくアルベルトはシルヴァスタ男爵諸共皇帝によって殺されてしまっていた事だろう。

 いやぁ、本当にあの無情の皇帝が今ここにいなくてよかった! 代わりに氷結の貴公子とやらがいるけども!


「では、証人喚問に移る。証人は前へ──……」


 こうしてどんどん裁判は進んでゆく。今は待機していたシルヴァスタ男爵の関係者達が次々に証言をして行っている。

 それは主にシルヴァスタ男爵の屋敷に勤めていた者達で、大半が高給に目がくらんで〜とか脅されていて仕方なく〜とか話している。


「……本当に馬鹿みたい。罪を犯す人も犯罪の手伝いをする人も」

「しかしそうする事でしか生きられぬ者もいるのです。仕方のない事、とは言いませんが……」


 証人達の証言をシルヴァスタ男爵は何一つ否定しなかった。それを見て私はボソリと呟いた。すると、それにハイラが反応する。


「そういうのを無くすのが私達王侯貴族の役目だと思うんだけどなぁ……これって綺麗事?」

「いいえ、素晴らしき理想かと。そう考える事すら出来ず、悪事に手を染める愚か者が多いこの世界にて、姫様のような考え方はとても貴重なものです」

「この理想を理想のままで終わらせるかどうかは私次第なのよね……私にはこれを現実にする力なんて無いけど」

「ありますよ。姫様には、この世界を変えるだけのお力があります」


 どこか確信めいた口調のハイラを見上げ、私は首を傾げる。


「何でそう思うの?」


 すると、ハイラはとても柔らかく美しい微笑みを作った。


「姫様だからですよ。私は姫様のお陰で変われました。大嫌いだった自分が少しは好きになれました。今一度、夢を見ようと思えました。貴女様と出会ったから私は変わる事が出来たのです。そしてそれは私だけではありません。多くの人、多くの未来が姫様のお陰で良き方向へと変わった事でしょう。ですから、姫様には世界を変えるだけのお力があると申し上げたのです」


 ハイラのその言葉がスっと胸の奥まで入り込んでくる。まるで私自身が褒められているかのような錯覚に陥り、何だかとても胸が温かくなった。


「ありがとう、ハイラ。少し自分に自信が持てた気がするわ」

「……私なぞの言葉で良ければ、いつでもどこでも姫様が望む限りお伝えし続けましょう。私の言葉も、力も、未来も、何もかも姫様のものですから」


 まるで野に咲く一輪の花のような孤高の美しさを放つハイラの笑顔が、愛しき人に差し出された花のように私だけに贈られた。とても、とても美人な私の侍女。優しくて頼れるお姉ちゃんみたいな人。

 ねぇ、アミレス。貴女の傍にはこんなにも貴女を思ってくれている頼れる味方がいたのよ。貴女がずっと振り向いてもくれない人達を見つめ続けていた間も、こうしてずっと見守ってくれていた優しい人がいたのよ。

 こんなにも貴女を思ってくれている彼女の忠誠には、私が代わりに報いるから……だから貴女もいつか、一緒に彼女に伝えましょう。ありがとう、って。


「お、王女殿下……そろそろ移動の方を……」

「もうそんな時間なの。分かったわ、行きましょう」


 コンコン、と個室の扉が叩かれたかと思えば司法部の方が私を呼びに来た。ハイラと話していたから裁判が急速に進んでいるのに気づかなかったわ。

 部屋を出る前に横目で裁判の様子を確認すると、いつの間にかアルベルトの証言が始まっていて。

 裁判の前にケイリオルさんから聞いた簡単な流れだと、アルベルトの証言の後に一旦シルヴァスタ男爵への判決(まぁ多分死刑)が下され、その後にアルベルトへの処罰を下す為の証人喚問が行われる事になるらしい。

 しかしあの場に集められたシルヴァスタ男爵の関係者達は、アルベルトが隷従の首輪を嵌められていた事実すら知らなかったのだと言う。シルヴァスタ男爵曰く、隷従の首輪とシルヴァスタ男爵の事は絶対口外禁止という命令をアルベルトに下していたらしい。

 じゃあ何であの夜アルベルトが私にそれらの話を出来たのか。それはそう、カイルの力である。

 あの時カイルが使用した絶対捕縛魔法とやらの中には本当に魔法封じの効果もあったらしく、それにより隷従の首輪の魔導具としての機能が著しく低下してほぼ機能停止状態にあったとか。

 よってアルベルトも私に色々と話す事が出来たらしい。本人も、皇宮に行って詳しく話している時に、そう言えば何でこんなに話せるんだ? 隷従の首輪の効力は? と疑問に思ったようで……そこで判明した事実である。

 その為、アルベルトに判決を下す為に必要な証言がシルヴァスタ男爵とアルベルトの自供だけとなり、一度犯行現場に居合わせ彼から色々と話を聞いた私もまた、重要参考人として証言する事になったのだ。


「──では、続いての証人喚問に移る。証人は前へ」


 法廷の入口、その扉の前でハイラと司法部の方と共に待っていると、中からそんな言葉が聞こえて来た。どうやらシルヴァスタ男爵への判決は私の移動中に下されたようだ。

 司法部の方の方にちらりと視線を送ると、彼はこくりと頷いてハイラと共に扉をゆっくりと開いた。

 そして私は堂々とした態度で法廷に足を踏み入れる。私の登場を知らなかった人達が泡を食ったような顔で私を見ていた。二階の傍聴席を見ると、そこではフリードルも目を見開きかなり驚いているようだった。


「アミレス・ヘル・フォーロイトは帝国法に則り嘘偽りの無い証言を致します事、ここに宣言します」


 王女が証人としてこの場に現れた事にザワつく法廷。しかし、


「静粛に! では証人、証言の方を」


 裁判長の言葉で水を打ったように静まり返った。私は意を決して証言を始めた。


「先日、七人目の被害者が出た後の事です。わたくしは一向に捕まる気配の無い殺人鬼をどうにかして捕まえ、一日でも早くこの悲劇の連鎖を断絶しようと夜中に張り込み捜査を決行しました。そして幸か不幸か捜査開始一日目にして犯行現場に遭遇、実行犯アルベルトと交戦致しました」


 半信半疑とばかりにこちらを見てヒソヒソと話す他の証人達。それもそうだ、世間知らずの野蛮王女がアルベルト程の激強犯人と交戦したとか、張り込み捜査をしたとか、普通なら信じ難いような話だからね。

 まぁ、生憎と全て真実なのだけど。


「彼は最初からとても挙動不審で、犯行の邪魔をしているにも関わらず頑なにわたくしには手を出さず被害者の女性を狙い続けていました。普通ならば犯行現場を目撃されたらその時点で逃走するか、目撃者諸共殺して逃走するでしょう。しかし、彼はそれをしなかった。彼はマルコ・シルヴァスタより指定された人間を殺すよう命令されていた為、命令に無いわたくしに危害を加える事を拒み、逃げ出すべき状況でも逃げ出せずにいたのです」


 一度深呼吸をして、私は更に続ける。


「彼は交戦中に苦しそうに語っておりました。無闇矢鱈と人を殺したくない、誰も殺したくなかった、殺さないといけない──……と。彼は隷従の首輪の支配により殺人を強要されていた、隷従の首輪の被害者です。確かに人々を殺害した加害者でもありますが、同時に彼はその尊厳も精神も踏み躙られたれっきとした被害者だと、わたくしは証言します」


 こうして私がひとしきり語り終えると、一人の司法部の方がスっと挙手をして、


「証人に確認したい事があります。先日、マルコ・シルヴァスタ男爵の逮捕のあった日の午後に帝都中に配られた新聞……あれについて何か知っている事は?」


 例の号外の事を聞いて来た。流石は司法部だ、あれにも私が関与していると気づいているとは。


「あれはわたくしからシャンパー商会へと依頼した号外ですわ。わたくしが実行犯アルベルトと交戦した日、彼は結局誰も殺していなかったので…………このままではマルコ・シルヴァスタに酷い暴力を振るわれると聞き、マルコ・シルヴァスタを油断させる目的も兼ねて急きょ作成させたものです」


 これは別に隠し通す必要のない事。どうせあの号外が偽の情報というのは城勤めの人達も知る事なのだから。そう思い正直に話した所、これにまたもや周囲はザワついた。


「静粛に! 証人、それは本当か」

「はい。決して嘘偽りではございません」

「……──成程。証人はもう下がるように」


 裁判長が困ったように眉間を寄せて確認してくる。私は最初の宣言通り嘘偽り無く発言した、何も嘘はついていない。そもそも話していない内容は沢山あるけどね。

 そうやってほんの一分程裁判長と目を合わせ続けていると、あちらが先に折れてくれたようで、『偽の新聞を作らせ帝都中に配った』事にはそれ以上の言及は無くすぐに下がるよう言われた。

 あっぶね〜〜〜!

 いやぁ良かった、この事に対するお咎めは無いらしい。今更ながらとんでもない事だからねあれ。大商会の信用問題に関わる程の事だし、引き受けてくれたシャンパー商会には感謝しないとな……伯爵達に迷惑がかからないようで本当に良かった。今度お詫びに何かシャンパー商会で大きな買い物でもしよう。

 そして、大人しく下がり法廷から出た私は「ウフフ」とわざとらしく笑いながらダッシュした。驚く司法部の方をその場に置き去りにして、持ち前の身体能力を駆使して階段を駆け上がり、傍聴席まで急いで戻る。

 その後をしっかり着いて来て、眉間に深ーい皺を作ってはそれを押さえるハイラの顔が物凄く怖いけれど……仕方ないだろう。早く戻らないとちゃんと判決を聞けないのだから。


「では実行犯アルベルトに判決を下す」


 その言葉に私は固唾を飲む。大丈夫だ、何も心配する事は無い。あのケイリオルさんとダルステンさんが言葉を違える筈が無いのだから。


「隷従の首輪の被害者ではあるものの、これまで重ねて来た数度の殺人及びその他罪状を鑑みて──終身奉仕に処する。これより、その身命の限り帝国に全てを捧げ、寿命が訪れた場合に限り帝国の為に死ぬ事を許可する」


 裁判長の言葉にアルベルトが顔を上げた。だがそれも束の間、彼は震える声で、


「はい。我が、身命の限り……帝国の為に生きて死ぬ事を誓い……ます……っ」


 涙を堪えながらそう誓った。赤く、潤む彼の瞳からは結局涙がこぼれ落ち、これからも生きていられる事に喜んでいるのだと……そう私は思った。

 そして私は、胸の横で小さくガッツポーズを作った。だってこれは私の完全勝利だから。

 ゲームでこの事件を解決したのはフリードルであり、解決されるのは今から三年近く後。それまでに何人もの被害者が増え、更には黒幕であるシルヴァスタ男爵が尻尾を切って逃げた為、全ての責任を負わされたアルベルトがフリードルの手で殺されたのだ。

 だが私は、多くの協力を得てこの時点で黒幕を引きずり出す事に成功し、更には被害者でもあったアルベルトの死を無かった事に出来た。ついでにフリードルのルートの大事なイベントを潰す事も出来たのだ。

 つまりこれ、大勝利案件では? フリードルよりも犠牲を遥かに少なくこの事件を解決せしめたのだから! 私の勝ちよフリードル!

 悔しいでしょう? ふふっ、もっと早く真相に辿り着くべきだったわね!! まぁゲームでも真相に辿り着け無かった貴方では無理だったと思うけどーっ!


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