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135,5.ある者達の役割

「あのクソガ──……愛し子が両国の関係なんてものに気がつくと思いますか?」

「ライラジュタ卿、素が……それはともかく。確かに、そのような事に彼女が気づくとは到底思えません」


 ライラジュタが意見を口にすると、ノムリスがそれに同意した。ノムリスだけでない、この場にいる者全員がそう思っていた。

 神々の愛し子相手に何とも失礼な言い方ではあるが…………これが事実であり、庇いようも無ければ庇う気にもならない愛し子にも多少の問題はあると思う。

 僕達は彼女を保護してからずっと、幼さ故かとても我儘で高慢で自己中心的な彼女に振り回され困らされて来た。何をどう生きていれば、あんなにも自分が世界の中心だと信じて疑わないように考え振る舞えるのか全く分からない。

 アウグストの報告通り、彼女は何度僕達が注意しようと全くそれを聞いてくれない。だが彼女は神々の愛し子である為、実力行使に出る事は出来ない。

 本当に、物凄く、手を焼いているのだ。


「愛し子の妄言を信じる訳ではないけど──そもそも十七年前に突然フォーロイト帝国側から休戦を提案した理由も分かっていないんだ。確かにいつ戦争が再開してもおかしくはない……これからはフォーロイト帝国とハミルディーヒ王国の動向にも目を光らせるようにしよう」


 フォーロイト帝国……姫君は今頃どうしてるだろうか。最近は何やら大規模な慈善事業に励んでいると、こっそり帝都に偵察に向かわせたラフィリアから聞いたけれど。

 はぁ、姫君に会いたいな。姫君に迷惑がかかる可能性があるから、手紙は送れないし……必ず、彼女にまた会いに行かなきゃいけないのに。

 会いに行く機会が全く無い。何だか今とても僕的にあんまりよろしくない状況になっていそうなんだよね。何だろう……とても嫌な予感がする。

 何だかとてもおぞましい事を考えられているような、何か大変な障害物が増えたような。胸に謎のモヤモヤがつっかかっていてムカムカする感じだ。


「…………よし。フォーロイト帝国とハミルディーヒ王国の警戒に関しては、僕がしよう。君達には……申し訳ないけれど、これからも愛し子の教育を頑張って欲しい。彼女は我等が国教会が導き育むべき存在だからね」


 サラリとフォーロイト帝国に関する仕事を担当すると宣言し、僕は大司教達にこれまで通りに頑張るよう伝えた。これを受け、大司教達は一糸乱れぬ動きで胸元に手を当てて、


「はっ! 仰せのままに」


 と声を揃えた。彼等は僕からの指令に一切文句を言う事無く従う。ただ、あの愛し子の相手をするのはとても大変だから……色々と許そうかな。


「さしあたって、愛し子には今まで以上に厳しい教育を施そう。君達もこれからは説教や軽い処罰ならしてくれて構わない。あまりにも甘やかしすぎてこのまま高飛車になられても困るからね。彼女には神々の愛し子として相応しい素養を持ってもらわねばならない。そこに彼女の意思など関係ない」


 そう。これは僕達の義務であり役目。我等が神々に選ばれし人間を教え導き、やがて神々が望むであろう完璧なる存在へと至らせる助けとなる。それが僕達信徒に神々より与えられた最も重大な使命。

 そこに本人の意思などあってないようなもの。今までは年端もいかぬ少女だからと甘やかし、何事も強制せず自主性に任せていたが…………それではならないと。このままでは彼女の中にある天の加護属性ギフト神々の加護(セフィロス)を燻らせるだけに終わる。

 それは最も許されざる事。故に僕達は心を鬼とする事にした。彼女の自主性に任せていては永遠に神々が望まれるような存在には成りえない……だからこそ、強制する必要がある。


「彼女にほんのひと握りでも他者を思いやる心や自ら努力しようと言う気概があれば、ここまで僕達も心を鬼にする事は無かっただろう。神々より賜りし天上の贈り物を軽んじる事も無ければ、僕達とて彼女を尊重し続けられただろう。だが最早、あの少女に同情の余地など無い」


 もしあの少女が人が傷つく事に涙出来る人であれば。人を傷つける事を恐れる心優しき人であれば。世の為人の為にとその力を使える勇敢な人であれば。

 きっと、僕も彼等もここまで苦心しなかった事だろう。尊重しなければならない存在に頭を悩ませる事も無かっただろう。

 もしもの話をしてももう遅い。彼女はあまりにも無知で愚かで自分勝手だ。神々に選ばれる程の少女だからと、とても清らかで慈悲深き魂を持つ心優しき少女だと思っていた僕達が間違いだったのだ。


「知ってか知らずか……彼女はあまりにも、教義に反してしまった。故に僕達も遠慮する必要は無くなった。これより我々は、教義に則り──……愛し子をどんな手段を用いてでも教育する。これは、神々より我々に下された最大の試練だ」


 大司教達の顔つきが変わる。強い決意を帯びた瞳で、彼等は深く頷いた。たった十一人の選りすぐりの大司教達……そんな彼等が本気で教育するとなれば、愛し子とて多少なりとも変わる事だろう。

 どうか少しでも愛し子が変わりますように。姫君程優れた人になれるとは僕も思っていないし期待していない。だからせめて、姫君の一割程度でも……愛し子の考えや姿勢が良くなり近づく事を祈るしかない。

 あぁ、我等が神よ…………何故彼女なのですか。何故、あのような少女を愛したのですか────。



♢♢



 ガシャンッ、パリンッ! と食器の割れる音がする。割れた食器の欠片を慌てて拾い集める若き司祭の女性の傍には、美しい金色の髪に鮮やかな水色の瞳を持つ絶世の美少女が、顔を真っ赤にして立っていた。


「あ〜〜〜〜もうっ! どういう事、どうなってるのよ! 何でロイはいつまで経っても神殿都市に来ないの?! サラもセインカラッドも全然どこにもいないし! ミカリアだって最初からあたしに優しかった筈なのに、どうして全然あたしに優しくしてくれないの?!」


 少女は怒りのままに叫んだ。その意味の分からない叫びに、割れた食器を片付ける司祭が恐怖のあまりビクッと肩を跳ねさせる。


「あたしはヒロインなのよ、ミシェル・ローゼラなのよ? この世界の中心で全てから愛されるヒロインなのよ! それなのに何で……何で全然上手くいかないのよ、ロイは簡単に攻略出来たのに……っ!」


 ぶつぶつと呟きながら、少女──ミシェル・ローゼラは奥歯を噛み締め室内をぐるぐる動き回っていた。

 そこでふと、彼女の視線がある所で止まる。それは誰かが持ってきた新聞であった。その日付を見て、ミシェルは思う。


「…………あ、そっか。そういえばまだゲーム開始前なんだっけ。早くミカリアやサラに会いたくて早く来すぎたんだった。もしかして……これ、ゲームが始まらないとあたしのヒロイン補正みたいなのかからない感じ? そうだ、絶対そうじゃない! だからミカリアも全然優しくなくて他の人達もあたしに冷たいんだ! あれ、じゃあなんで村では皆あたしの事大好きだったんだろ……ま、あたしが可愛いからでしょ!」


 ミシェルは唐突に落ち着きを取り戻し、満足気に寝台ベッドに寝転がった。


「ゲーム始まるのっていつだっけ、二年後? 三年後? えーどうしようそれまですっごい暇じゃん……ここの人達はゲーム始まるまであたしに優しくしてくれないみたいだし、一回村に帰ろっかなぁ……あそこならロイもいるし、皆があたしに優しくしてくれるもん」


 少女はゴロゴロと転がりながら無責任な事を口にした。

 自らの意思で本来より数年も早く神殿都市に来たと言うのに……自分に原因があるとは全く考えもせず、ミシェルはこの世界に原因があると考えていた。

 ミシェルは『自分が愛されない可能性』を何故か一度も考えて来なかった。

 人ならして当然の努力も、愛し子としてすべき努力も、人に愛されようという努力さえもしていない彼女が、世界中から愛される訳が無いのに。自身に与えられたヒロインというポジションだけで全てが手に入ると、彼女は信じてやまなかったのだ。

 故に彼女は間違える。己が捻じ曲げた運命が他の捻じ曲げられた運命と混ざり合い、新たな運命を編み出しては彼女の首を絞める事になるなど…………当然、彼女は知らない。


「ウフフッ、アハハハッ! 早くゲーム始まらないかなぁ、あたしが世界を救ってあたしが皆に──世界中に愛されるのなんて。もう本当に最っ高だわ!!」


 どうやらミシェルにも一応、世界を救おうという気持ちはあるらしい。いや、これが彼女の願望に押し潰されなかった数少ないミシェル・ローゼラの残滓と言うべきか。

 そして……世界中から愛されたいと願う彼女は、司祭達を恐怖のどん底へと叩き落とすような高笑いを、暫く響かせていた。


既にお気づきの方もいたかもしれませんが、三人目の転生者がついに登場となりました。


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