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123.ある者達の会議

事件発生?!後の小話です。

「これから第八回緊急作戦会議を始める。準備はいいな?」


 猫がそう尋ねると、その場にいた者達は一様に首肯した。

 これはある夜中に猫主導のもと行われた緊急作戦会議。これの参加者達は非常に緊張した面持ちでこれに臨む。


(──私は、何故こうも訳も知らず謎の集まりに呼ばれるのだろうか)


 ……未だよく現状を把握し切れていない、イリオーデを除いて。


「一つ、質問しても良いだろうか」

「許可しよう」

「これは何の集まりなんだ?」

「近頃アミィに忍び寄る不穏な影についての会議だ」

「王女殿下に忍び寄る不穏な影……?!」


 丁寧に挙手をして質問権を得たまたしても何も知らないイリオーデ。しかしシルフからの返答を以て事の重大さを把握し、イリオーデもまた緊張した面持ちとなった。

 その頬には冷や汗が滲み、良くない想像がイリオーデの脳裏をよぎる。

 そこで会議を進めんとしてハイラが口を切る。


「実は皆様がオセロマイト王国より戻って来てからというもの、姫様が何者かと手紙のやり取りをしているのです」

「……手紙?」

「はい。それは突然、この東宮に現れました。これまで一度も見た事の無い暗号に等しい何かで書かれていた為か差出人が分からず、明らかに怪しい手紙だったのですが……姫様だけは、その暗号を解読出来たのです。そしてその手紙を見た瞬間、姫様は血相を変えて『一人になりたい』と仰りました」


 ピクリ、と反応するイリオーデに向けてハイラが事のあらましを説明した。

 アミレスが謎の暗号を用いて何者かと手紙のやり取りをしている──その事実は、アミレスへと異常な執着を見せる者達に苛立ちを与えていた。

 今初めてそれを知ったイリオーデでさえも、大なり小なりの気に食わなさを感じているのだから、ここ半年近くずっと傍で内緒にされ続けていた者達のそれは想像を上回る事だろう。


「姫様の手紙の相手は我々も予想をつけておりますが……しかし問題はその手紙に使われている暗号なのです。何故その相手が扱う暗号を姫様だけが当然のように解読出来るのか。そして半年間幾度となく手紙のやり取りをする理由は何なのか。姫様が頑なに我々に内容を隠そうとする理由は何なのか。それが分からない為、我々は定期的にこうして作戦会議を執り行っているのです」

(……だから第八回なのか)


 ハイラが悔しげな面持ちで語ると、イリオーデは開幕のシルフの言葉に納得したようにその数字を噛み締めていた。

 そう。半年前より近況報告や意見交換の為に開催されているこの緊急作戦会議、実はこれで八回目なのである。これまでの七回でアミレスの手紙のやり取りの相手は予想を立てられたものの、それ以外は未だよく分からずじまい。

 そこに偶然イリオーデが東宮までやって来たので、ハイラの推薦からこの会議に巻き込む事となったのだ。


「それで……どうだイリオーデ。新たな視点からの見解を聞きたい」


 マクベスタが神妙な面持ちでイリオーデに話を振る。

 そこそこの無茶振りではあるが、七回も会議を行って成果が殆ど無い彼等からすれば藁にもすがる思いなのである。


「最初から隠蔽する事を前提とした文書のやり取り、とだけ言えばかなりの大問題だが……その相手というのは誰なのだろうか。私も知る人物か?」


 七回の会議で何とか予想を立てた相手。それを教えてくれとイリオーデが頼むとその場にいた全員が険しい顔つきとなった。

 そして張り詰めるような緊張感が流れる。


(王女殿下はそれ程までに良からぬ輩とやり取りをしているというのか……?!)


 彼等の纏う表情や空気から、事の重大さを改めて理解したイリオーデは固唾を呑んだ。そして、


(……事と次第によっては、王女殿下の忠臣として何としてでも諌めなければなるまい)


 例えそれが主の御意志に背く事であれど、と騎士は決意した。

 そして僅かな沈黙の後。足と腕を組み、天使のような可愛らしい顔を不機嫌さに歪めるシュヴァルツがその予想を口にした。


「──カイル。カイル・ディ・ハミルとかいう野郎が、おねぇちゃんの手紙の相手だよ」


 シュヴァルツが放ったその名を聞いたイリオーデの表情が固まる。それは、イリオーデとて聞いた事のある名であったからだ。


「……ハミルディーヒ王国の第四王子か」

「城に展開された結界を素通りして物体を転移させられる人間なんて、そう何人もいたら困るでしょ?」

「ああ、そうか。ならばやはりあの時の……!」


 その気づきから、イリオーデとマクベスタとシュヴァルツは半年程前の記憶を引き出しより取り出した。

 それはオセロマイト王国の王都ラ・フレーシャが城に滞在していた時、突如天より降り注いだ見知らぬ人間の声。それと同時に転移させられた大量の物資。

 それを成した男の名を、カイル・ディ・ハミルと言う。


(確かにシュヴァルツの言う通りだ。一国の城に展開される結界を無視して物体の転移を可能にする人間など、そう滅多にいてはならない。ならば本当にあの時のあの声の主が、王女殿下と謎の暗号でやり取りを……!!)


 七回に及ぶ会議の果てにその手紙が正規のルートで送られる物では無い事、そして偶然にもシルフが、アミレスが『カイル』と知らぬ男の名を口にした所を聞いた為に行き着いた答え。

 アミレスが一切面識の無い筈の他国の王子と暗号を使ってまで頻繁に手紙のやり取りをしている──その事実が、非常に厄介な重しとなって彼等にのしかかるのだ。


「まァ、この際姫さんが俺達も知らねぇ男と手紙のやり取りをしてた事は置いといて」

「置いとける訳ないだろふざけてるのかお前」

「一旦! 一旦置いとくだけっすから! 睨まないでくれませんかねシルフさぁん!!」


 エンヴィーの発言が気に食わなかったのかシルフが凄む。すると、エンヴィーはおどおどしながら言葉を訂正した。やはり上下関係がハッキリしている。


「とりあえずだ、問題なのはこれがもし世間やら姫さんを目の敵にする奴等にバレた時だ。間違いなくこれは国際問題に発展する。それも…………他国と内通した裏切り者とか、そんな感じで大騒ぎになるだろうな」


 エンヴィーが自身の意見を述べた時。イリオーデの心臓が大きく、強く鼓動した。


(裏切り者……っ)


 その言葉に、ビリビリと、全身の毛が逆立つ感覚に襲われる。強制的に再演フラッシュバックされる、あの、悪夢──。


「姫様が裏切り者などと呼ばれていい筈が無い!!」


 ドンッ! と机を思い切り叩いてハイラが立ち上がった。珍しく平静を失い、何かに追いつめられるような緊迫した表情で、彼女は叫んだ。

 その姿に普段のハイラを知る者達は目を丸くした。衝動的に叫んでしまったハイラはハッとなり、「……取り乱してしまいました」と小さく呟きながら今一度着席する。


「じゃが、傍から見ればそう見えてしまうのも頷ける。せめてその内容ぐらい教えてくれればのぅ……我等とて、何かしら動けたやもしれぬのに」

「ぼく達も判断しかねてるからね、今は……」


 ナトラとシュヴァルツが子供らしい容姿に似つかわしくない深いため息を吐くと、それにシルフが反応する。


「その様子だと、アミィにそれとなく内容を聞く作戦もあまり期待出来なさそうだね」

「ぜーんぶ空振りだったよぅ、ぼくの方は。ナトラはどうだったの?」

「同じじゃ。何度聞いても『話せるものなら話す』などと訳の分からない答えが返ってくるばかりじゃぞ」


 今度はシルフも混じえ二人と一匹が深くため息を吐く。

 が、しかし。途中でシュヴァルツの表情に気づきが浮かぶ。誰も気づかないような水面下で、シュヴァルツだけがある事に気づいた。


(あぁ、そうか。そういう事なのか……手紙の内容も、カイルとやらとの関係も、全部──……)


 天使のような顔立ちの美少年。その彼の顔に途端に現れるは諦念。


(…………どう足掻いても、ぼく達には理解不能なんだろうなァ。いやぁ本当に──クッソつまんねェな)


 口元を押さえながら地を仰ぐ。その瞳からは生気も光も失われているものの、その口元は何故か弧を描く。

 つまらないと吐き捨てるのにも関わらず、少年はこの状況を楽しんでいた。

 少年が許容しないものはただ一つ、"退屈"のみ。それ以外の全ては少年にとって楽しい愉しい遊戯ゲームなのだ。


「兎にも角にも、アミィから暗号の事や手紙の内容を少しでも聞き出さない事には何も進まない」


 シルフが肉球と肉球をぷにっと合わせて話を進める。

 その声に引かれるようにシュヴァルツはいつもの顔を作り、バッとそれを上げた。


「ナトラ、シュヴァルツは引き続き当たって砕けてくれ」

「意味は無いと思うが……まぁ仕方あるまい。他ならぬアミレスの為じゃしな」

「おっけー、ぼくもやってみるよぉ」

「マクベスタとエンヴィーとイリオーデも同じように頼む」

「分かった。努力しよう」

「了解しましたー」

「……あぁ」

「最後に……無駄骨かもしれないが、ボクとハイラは暗号の解読に挑む。手紙は確保してるね?」

「はい。一通だけではありますが、姫様に気付かれずに拝借しております」


 シルフが指揮を執り各々に役割を与えてゆく。各自が覚悟を帯びた真面目な面持ちとなり、一致団結して彼等は動き出す。


「アミィを悪にしない為にも、ボク達はアミィの秘密を暴く必要がある。例え、それであの子に嫌われるのだとしても」


 作戦会議の参加者達はその言葉に賛同する。


(アミィを守る為ならば、ボクはいくらでも悪になってやる──)


 精霊界で最も美しいと評されるその顔を険しくして、シルフは決意を抱く。

 嫌われるのは凄く辛く、怖いけれど。それでも彼は、最愛の少女の為に自ら悪徳へと堕ちる覚悟を決めた。

 その覚悟が精霊界も魔界も妖精界をも巻き込む結果になると、理解した上で。


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