121.事件発生?!3
「あー、黒のインクで書くとやっぱり違和感が凄いや。ハートは赤じゃなきゃねぇ」
シュヴァルツが何気なく呟いたその一言。その一言で、私は頭を鈍器で殴られた思いになった。点と点が線で繋がった、もしかしたら被害者の共通点は──。
「──っ、ハイラ! 被害者の身体的特徴とかって調べられない?!」
「はっ、はい! 今すぐ調べて参ります!!」
ハイラに被害者の特徴を調べて貰うよう必死の剣幕で頼む。すると紅茶を注いでいたハイラが、私の命令から慌てて部屋を飛び出した。
もし、本当に私の仮定が正しければこれは確かな共通点のある殺人事件。師匠が狙われた事にもちゃんと理由があるのだ!
「アミレス、お前何か分かったのか?」
「……まだ仮定の段階だけどね。ハイラの調査結果次第だけど……犯人が被害者を選ぶ基準が分かるかもしれないわ」
マクベスタがおずおずと尋ねてきたので、私は、まだ断定は出来ていないと話した。しかしそれでも私に甘い周りの人達はたったこれだけの簡単な事で褒めてくれるのだ。
「アミィ凄い! やっぱり天才だよ!」
「流石姫さんっすわァ……俺の仇取ってくださいね!」
「うむうむ、流石は我の認めた人間よな」
「わぁーい! おねぇちゃん名探偵ー!」
「お前は本当に……凄いな」
皆が次々に褒め言葉を投げてくる。……って、いや師匠まだ死んでないでしょ。取る仇がどこにも無いわよ。
新聞では被害者がどんな人物であるかは公表されるものの、その細かい身体的特徴までは公表されない。だからこそ調べる必要があるのだ。
調査に行ったハイラが戻ってくるまで待つ事およそ三十分。たったそれだけの時間でハイラは被害者六人の情報を集めて来てくれた。
その資料を見て、私はニヤリと笑う。ズバリ予想が的中してしまった為、私の仮定はここで証明されたのだ。
後は師匠が刺された場所、それさえ分かれば次の犯人のターゲットが分かるかもしれない!
「師匠、昨日の夜まで一体何処にいたのか教えて貰っても?」
皆が必死に資料を読み込む私に注目する中、私は師匠の方を見てそう尋ねた。
師匠は一瞬ビクッと表情を固くして、「あー……」と困ったような声を漏らした。
「内緒にするって約束してたんすけど……まぁ仕方ないか。シャンパージュ家っすよ。昨日一日、お嬢さんと夫人といたんすよ」
師匠が昨日いた場所、それを聞いて私は緊迫感を覚えた。そこが予想外の場所であった事、そして先程証明された被害者の共通点の事を踏まえても納得の行く場所だったから。
シャンパージュ家……だと? そんな、じゃあ、本来の犯人のターゲットはもしかして──
「──犯人に狙われてたのは伯爵夫人だったの……!?」
私は驚きのままに、それを飲み込む事無く口にした。
それには皆も一斉にザワついた。中でもハイラは私の発言や集めた情報から被害者の共通点に辿り着いたようで。
「っ、姫様……まさかこれは、赤髪の人間を狙った連続殺人……と言う事ですか?」
「……えぇ、確実にそうよ。これまでの被害者も差は大きいけれど全員赤系統の髪の人よ。そして師匠は真っ赤な髪で、伯爵夫人は朱色の髪だわ……どちらも犯人に狙われてもおかしくない」
そう。これまでの被害者六人、全員が赤系統の髪色だった。
一人目が赤茶色、二人目が赤橙色、三人目が赤紫色、四人目が臙脂色、五人目が金赤色、六人目が茜色…………そして七人目に選ばれた伯爵夫人の髪は朱色で、伯爵夫人と間違われて刺された師匠は綺麗な紅色。
わざわざハートのトランプが使われていたのは心臓を刺すという意味だけでなく、その赤髪を狙うという決まりに合わせているのだろう。
……てか待って、赤髪連続殺人事件って何かどっかで聞いたような、気が……。
「あぁああああああああああっ!!?」
私は頭を抱えて叫んだ。思い出した、本当に大事な事を思い出してしまったのだ。
これ、フリードルのルートで出てきたやつ! フリードルが過去に捕り逃した殺人鬼がフリードルのルートでもう一度連続殺人事件をやり直すやつじゃん!!
皇太子としての冷徹なフリードルの一面が見られる上に、ミシェルちゃんへの想いを少しずつ自覚し始めるフリードルのルートの大事なイベント! それに繋がる第一次赤髪連続殺人事件が今起きてるって事?!
確かゲームでは残り四人って所で犯人がフリードルに追い詰められて、数年間姿を隠すのよね。それで数年後、ゲーム本編が始まってから犯人がまた動き出して残り四人の殺害を始めると…………。
フリードルのルートとかどうでも良すぎて今の今まで忘れてたんだけど?! え待ってどうしようこれ少なくとも後三人は確実に死ぬじゃん! それで数年後にまた三人死ぬ!
「あ、アミィ? 急にどうしたの?」
「姫さん、何か変なものでも食いました?」
「アミレスが壊れたのじゃ……」
「おねぇちゃんがこんなに叫ぶなんて珍しい……」
突然叫び出した私にシルフと師匠が心配の眼差しを向けて来て、ナトラとシュヴァルツが困惑の色を浮かべる。
「大丈夫かアミレス?!」
「どうなされたのですか姫様!?」
そしてマクベスタとハイラは冷や汗を浮かべ、詰め寄って来る。突然狂ったように叫んで黙り込んだからか、かなりの心配をかけているようだ。
「……いや、ちょっと……不味い事に気がついて。ごめん、急に大声出して」
何とか笑顔を作る。しかしその間にも私の脳内は焦燥に煽られていた。
現時点の被害者は六人。七人目になる筈だった伯爵夫人は、師匠が昨夜刺されて逃げた事から多分まだ無事だ。だが安心は出来ない。
八人目はどんな人が殺されたって話だったかしら……確か城勤めの役人で、九人目は貧民街の若い女……ってフリードルが話してたような。
ピタリ、とそこで私の思考は一時停止する。貧民街の若い赤髪の女性に心当たりがあったからだ。
それって、もしかしなくても──クラリスなんじゃないのか? クラリスだってとても綺麗な赤髪をしている……この流れで狙われても何らおかしくない。
不味い、まずいまずいまずいッ! 本当に不味い事になって来たぞ……! まさか伯爵夫人とクラリスまでターゲットになるなんて!!
「……っ、最悪だ……!!」
こんな殺人事件、警備隊に任せておけばいいなんて思っていたけれどそうも言ってられなくなった。
初めての女友達の大好きなお母さんと、何があっても私が守らないといけない私兵が殺人事件に巻き込まれる事になるなんて!
少なくともフリードルは後三人殺されるまで犯人を追い詰められない。フリードルに任せてたら伯爵夫人とクラリスは死んでしまう。それでは駄目だ。
「アミィ……?」
シルフがこちらを心配げに覗き込んでくる。だが私はそれに反応出来なかった。
守らなきゃ。起こると分かってしまった以上、狙われると分かった以上守り抜かないと。
体側で拳を強く握り、私はおもむろに立ち上がった。そして、焦りと緊迫から震える喉に喝を入れ、宣言する。
「──もうこれ以上被害者は増やさせない。私が、この殺人事件を終わらせてみせる」
私の大事な人達の家族を守る為に、私は立ち上がろう。フリードルにも警備隊にも任せず、私がやり遂げよう。
大丈夫だ、たかが殺人鬼……目に見えない呪いや皇帝に比べれば全く怖くない。私が恐れる事はただ一つ、ここから先のいつ起こるかも分からない犯行だけ。
こうしちゃいられない。今すぐ伯爵邸と貧民街に行かないと……っ!!
「待て、アミレス」
「マクベスタ……?」
歩き出そうとした私の手を、マクベスタが掴んで止める。そしてマクベスタは懇願するような、縋るような声でこちらを見つめてきた。
「……頼むから、もう、一人で全てを抱え込もうとしないでくれ。少しでもいいから、オレ達を頼ってくれ」
マクベスタの言葉に同意するように、皆が何度も頷いた。
「でも、皆を巻き込みたくないの」
「そんなの今更だ。お前の傍にいる人間は、お前とならどんな事に巻き込まれてもいいと思っているからな」
皆を巻き込みたくない一心から、一人で何とかしようとしていた私の心を見透かしたように、マクベスタは語った。
その言葉を受け、改めて皆の顔を見渡すと……マクベスタの言う通り、皆が覚悟は出来ていると言わんばかりの表情をしていた。
「凄く危ないかもしれないのよ?」
「そんな所にお前一人で行かせる事の方が、オレ達にとっては苦痛で仕方ない」
「……死んじゃうかもしれないのよ?」
「大丈夫だ、オレ達とてこんな所で死ぬつもりは無い」
最初からそう決めていたかのように、マクベスタは私の言葉に次々答えていった。
そして、最後に眩しい笑顔で彼は言い放った。
「もし死んだとして──お前の為に死ねるのならば、オレはこの世界の誰よりも幸せ者だ」
駄目……その言葉は、その笑顔は、ミシェルちゃんのものなのに。マクベスタのルートのバットエンド、その時のマクベスタの台詞……。
初恋の相手たるミシェルちゃんを守る為に命を懸けた、マクベスタの台詞だ。
それをこんな所で、こんな事で言うなんて。駄目よ、その言葉を言うと、貴方は死んでしまう──。
「っ駄目! 絶対、絶対に貴方は死なせないから! 私が絶対に貴方を、貴方達の未来を守るから……っ」
今度は私が縋り付くような、誓い立てるような声で言った。マクベスタの手を握り、「だから死なないで」と繰り返した。
そんな私の様子を、きっと皆は困惑しながら見ていた事だろう。だがその正誤は私には分からない。
あの後、師匠にシャンパージュ家とディオ達への伝言を頼み、私は一旦頭を整理したいと言って一人になったから。
ここ数日の雪で徐々に高さを増す雪のカーペットを踏みしめ、雪の降る庭で私は空を見上げた。灰色の空から降り注ぐ白い雪。
ずっとそれを見上げていたら、途中でバランスが崩れて背中から雪の中に倒れ込んでしまった。
「……ぁー、さむ……」
特にこれといった防寒もせず出てきたので、口から吐き出される息は真っ白。体も声もずっと震えている。ああでも、体の震えに関しては……別の要因もあるかな。
「はは……私、フォーロイトなのに。こんな気持ちがまだ……ちゃんとあったんだ」
自嘲気味に乾いた笑い声を発する。私は、可能な限り人に死んで欲しくないと思っていた。
人の生死に毛程の興味を示さないこの氷の血筋に生まれながらも、何とかここまでこの人並みの感情を守り抜けたらしい。
伯爵夫人にクラリス、そしてマクベスタが死んでしまうかもと考えると……本当に嫌だった。何としてでも阻止しないとと思った。
関わりのある人の死だけを恐れる私を、人は非道だと罵るだろう。関わりのない人の死に関心を抱かない私を、人は無情だと罵るだろう。
「……でも、それでも私は──親しい人が悲しむ姿を、見たくないなぁ…」
雪に包まれ、瞳を伏せながら消え入りそうな声で呟いた。
どれだけ罵られても、蔑まれてもいい。ああ、だってそういうのには慣れてるもの。
私は、悪逆非道冷酷無比な氷の血筋の人間だから。




