119.事件発生?!
私達は今、非常に厄介な問題に直面している。それはそう──フリードルがついに私を敵対視し始めたのだ。
今の今までフリードルは私を歯牙にもかけなかったのに、ここに来てついに動き始めた。……まぁ、正確には皇太子派閥の貴族が勝手に私に危害を加えようとした、って話なんだけどね。
貧民街大改造計画が本格始動した頃から、あのシャンパージュ伯爵家が野蛮王女についた! と社交界では大賑わいらしい。
一度も会った事も無ければ話した事すらない貴族達から続々とパーティーへの招待状や贈り物が届いたので、全部ハイラに任せて処理して貰った。
だってあれ、シャンパージュ伯爵家と仲良くなる橋渡しをしろーっていう賄賂でしょう? 嫌よそんなの。私から橋渡しをしてあげるって言うならまだしも、橋渡しをしろって頼まれるのは凄く嫌だわ。
本当に仲良くなりたいなら自分の力で仲良くなりなさいよ。私は手を貸してやらない。そう決め込んで全ての招待状と贈り物を無視した。
そしてどうやらそれが原因で、何を杞憂しているのか知らないが、皇太子派閥の貴族が私を消そうと暗躍したらしい。
だがそれは失敗に終わった。
東宮に侵入者が現れたのだが、その時私は出掛けていて……帰って来たら気絶した人達とその横で駄弁るナトラとシュヴァルツがいた。何があったのか二人に聞いた所、
『アミレスを狙った侵入者が現れたから我等で対処しておいたのじゃ。凄いじゃろ、偉いじゃろ? 我を褒める事を許してやるぞ、アミレスよ』
『ちゃあんと裏で手を引いてる奴の事や色んな情報も引き出しておいたよぉ、えっへん!』
と言いながら期待に満ちた目で見上げて来たものだから、私はとりあえず二人の頭を撫でて、良くやったねと褒めてあげた。すると二人共満面の笑みとなり、それ以上は侵入者の事も話さなくなった。
その後用事から帰って来たハイラにこの事を話して、ハイラからケイリオルさんに『侵入者が現れた』と話が行った。
侵入者はケイリオルさんと騎士達が回収して行き、ケイリオルさんの方でこの件は片付けてくれたのだとか。
『これはれっきとした反逆罪です。皇宮に侵入した事に加え、それを他者に依頼した事実のみでも罪に問えます。ですので御安心を……必ずや、この者共には然るべき罰を与えます』
そう私に向けて宣言し、ケイリオルさんはその翌日には裏で手を引いていたモルソン伯爵とやらを裁判に引きずり出してみせた。
モルソン伯爵は皇太子派閥の貴族で、シャンパージュ伯爵家を取り込んだ(誤解を生む言い方だな)私がフリードルの邪魔になると思い、皇帝が帝都にいない今がチャンスと私を始末しようとしたらしい。
だが実行犯たる男達は死刑。モルソン伯爵も有罪判決からの爵位剥奪からの全財産没収からの終身投獄というフルコンボでこの件はあっさり幕を閉じた。
それもこれも、シュヴァルツが侵入者からありとあらゆる情報を引き出しておいたお陰らしい。
そして、この件を切っ掛けに皇太子派閥の貴族は本格的にこちらを敵対視するようになったのだ。
どちらかと言えば私は被害者なのに。それなのに野蛮王女が罪をでっち上げて皇太子派閥の貴族を貶めた! とかなんとか社交界では言われているそうな。なんたる被害妄想……帝国貴族が聞いて呆れるわ。
確かにシャンパージュ伯爵家と仲良くなったのは事実だけど、そもそもフリードルが皇太子になってからもう十年近く経つのよ? 派閥がどうこうと言うけれど、それもう意味の無い事ではなくて?
なんで私がその派閥争いに巻き込まれそうなのか、全くもって分からないわ。
「……そうは思っていても、社会が放っておいてくれないのよねぇ……はぁ、鬱だわ……」
これからも皇太子派閥の人達に襲撃されたりするのかと思うと、私は憂鬱で仕方なかった。まるで嫌がらせとばかりに見知らぬおっさんから押し付けられた仕事を終わらせ、はぁぁぁぁ……と大きくため息をつく。
何だか最近、仕事が増えつつある気がする。確実に皇太子派閥の人間の嫌がらせだけども。貴女にこれが出来ますか? なんて言いたげに毎度毎度こちらに仕事を押し付けてくる。
すっげー侮られてるみたいでムカつくから、ちゃんと終わらせてるけども。
どうやら社交界の人達は私が剣を握る事しか出来ない出来損ないと思っているらしい。まぁ、今まで一度も教師を雇った事が無いのだから当然かもしれない。
しかし私の身内には優秀な先生がいた。主にハイラだけど。
彼女のお陰で私は様々な知識を得る事が出来たし、こうして押し付けられた仕事をちゃんとこなせるぐらいには頭も回るようになった。
そう、仕事の内容自体は比較的簡単なのだ。問題は量である。
絶対残業だけはしないと決心し、いつも頑張って終わらせているからか最近は特訓も休みがちで…………マジで許せないわ皇太子派閥のおっさん共、今すぐ禿げてしまえ。
「アミレス、また例の手紙が来おったぞ」
おっさんの頭が禿げるよう恨み言を口にしていたら、ナトラが扉を開けて部屋に入って来た。その手には一通の手紙が。
私はそれを受け取り、ペーパーナイフで開封する。中からは一枚の便箋……と、手紙の返送用の小さな魔法陣が出てきた。
「のぅ、アミレス。いい加減それが誰からの手紙で何と書かれたものなのか、我にも教えてくれんか? もう半年近くずっと内緒じゃぞ」
「うーん……話せるのなら私も話したいんだけど、やっぱり難しいというか。まぁ、その内時が来たら話すわね」
「それ永遠に話してくれぬやつじゃな? エンヴィーより聞いたぞ、それは結局話さない奴の常套句じゃと」
「あはは。ちゃんとその内…話せそうだったら話すわよ?」
「むぅ…………」
ナトラが不満とばかりに頬を膨らませ、唇を尖らせた。
しかしこれは本当に話せるかどうかも分からない手紙なのだ。それは何故か──これは、カイル・ディ・ハミルからの手紙だから。
オセロマイトから帰って来た二日後とかに突然皇宮に現れた差出人不明の手紙。送り先がアミレス・ヘル・フォーロイトという事以外の情報はゼロに近く、誰もが首を傾げ何かの罠なのではと怪しんでいた。
しかし私はハイラにその謎の手紙を見せて貰った時、一瞬で全てを理解した。
差出人不明と言っていたが、正確には、誰もその文字を読めなくて差出人不明となっていたのだ。だが、私だけはそれを読めた。
日本語で書かれた、『カイル・ディ・ハミル』という文字列を。
ハイラに無理を言ってその手紙を受け取り、内容を見て私は愕然とした。カイルも私同様、この世界がアンディザの世界だと知る元日本人の転生者で、気がついたらカイルになっていたと。
カイルは私がオセロマイトを救った中心人物である事から同じ転生者であると推測し、こうしてコンタクトを取って来たのだとか。
そんなカイルはこれまで自分が行って来た事や行動理念、そしてこの先の目的等を手紙に綴っていた。
カイルは語る──この世界をめいいっぱい楽しみたい。ゲームに縛られず、自由に面白おかしい人生を送りたい。と……。
私とは全然違う方向を見ているようで、ゲームに縛られたくないという点においては私も彼も同じ方向を見ているようだった。
だからこそ、彼が言う『協力関係』というものを築こうと、追伸に書かれていた方法でもって私は日本語で書いた返事を送った。
本当に返事が送れるのかと心配だったけれど、そこは流石チートオブチートのカイルに転生したオタクと言えよう。
付属の小さな魔法陣の上に手紙を置いて、規定の合言葉を唱えると手紙がカイルの元に転送される仕組みになっているらしい。
……カイルからの手紙で見て驚いたのだが、なんとカイルは独学で魔導具や魔導兵器を作っているらしく、この手紙もオセロマイトへの支援も全てその自慢のサベイランスちゃんとやらで行っていたようなのだ。
カイルから来た二回目の手紙に便箋三枚に及ぶサベイランスちゃんの話が所狭しと綴られていて、カイルが相当エンジョイしている事が見て取れた。
そんな感じで、私達は度々手紙を交わすメル友…………文通友達略して文友になったのだ。気分としてはネットでやり取りをする相互さんに近い。
便箋に目を通していると、最後の追伸に私の目は留まった。
『追伸 近いうちにそっち行くかも。その時はまた手紙送るんで、良かったらいつなら来ても大丈夫かとか教えてクレメンス』
いやオタクだなほんとに。クレメンスとかきょうび聞かないわよ。古のオタクかこいつ……??
しかし、カイルの奴今軟禁されてるって言ってなかったっけ…………軟禁から解放されたのかしら? まぁとりあえずいつなら来ても大丈夫そうか教えてあげよう。今丁度皇帝が帝都にいないし、来るなら今よね。
向こう三ヶ月ぐらいは来ても大丈夫と思う。フォーロイトの冬は割とマジでやばいから暖かい格好で来なさい。後、クレメンスは古いわよ……っと。
オセロマイトの一件から便箋を自室の机に常備するようになったので、引き出しからそれを取り出して私はカリカリと日本語を書き連ねる。
念の為にといつも手紙を読み手紙を書く時は皆に席を外して貰うようにしている。
向こうからすればこんなの意味不明な言語で暗号に他ならない。そんなものを使って王女がどこかの誰かと手紙のやり取りをしてると私の味方でない人に知られれば大変だからね。
敵ばかりでいつどこから情報が漏れるかも分からないから、念には念をと慎重を期す必要があるのだ。
「……よし、今回の返事はこれでいいかしら。あ、そうだ折角だから……」
封筒に便箋を入れ、最後に封蝋をして返事は完成。
魔法陣の上に手紙を乗せ、ついでに私はお菓子として用意されていたハイラの手作りクッキーを何枚かハンカチーフで包み、『おすそ分けよ、ありがたく食べなさい』と書いたメモと共に手紙の上に置く。
そして合言葉──アンディザ最高! と日本語で唱えるとそれらは見事カイルの元へと転送される。
「ん〜っ、疲れたぁ……休憩がてら素振りでもしようかしら」
背伸びをしながら私は呟いた。今日はずっと座りっぱなしだったので、体が固まっている。これではいざと言う時に困るので、適度な運動をする必要があるのだ。
「この時間だとマクベスタが特訓中よね。よし、ちょっと一試合申し込もーっと!」
記憶力に定評のある私はマクベスタが特訓中である事を思い出した。
そして、そのマクベスタに試合を申し込もうと、白夜を片手に特訓場まで上機嫌に駆け出したのであった。
♢♢
「うお、もう返事来た……今日は忙しくない日みたい……ってなんだこれ」
サベイランスちゃんの調整をしていた所、俺の机の上にアイツからの返事がもう送られて来た。
同じ転生者であるアミレス・ヘル・フォーロイトにコンタクトを取り、協力関係となって手紙を送り合うようになり早半年。
アミレスは俺と違ってめちゃくちゃに忙しいようで、返事がすぐに来る事もあれば一週間とか二週間とか来ない事もままある。今回は前者だったようだ。
「おすそ分けねぇ……クッキーじゃん。えっ、うっま何これ?! アイツいつもこんなうめぇモン食ってんの? いいなぁ!!」
アミレスからの返事と共に送られて来たハンカチを開くと中には数枚のクッキーが包まれていた。それを手に取り頬張ると、想像以上に美味くて俺はつい、叫んでしまった。
ありがたく食べなさいってわざわざメモを付けるだけはある……ッ、何だこのクッキー超うめぇ。
帝国っつったら西側諸国の経済の中心みたいなモンだからな…やっぱこんだけ美味いクッキーも普通に流通してるんだろうな。
「……それなのに俺と来たら……未だに軟禁状態(笑)って……はぁ、早く味方のいる帝国に行きてぇなぁ。俺もマクベスタに会いてぇなぁ」
ガックリと項垂れて現状に嘆き、またクッキーを頬張る。
次はこのクッキー缶ごとないし箱ごと送ってくれって頼もう。この濃い味……いいねぇ、なんか舌によく馴染む味。マジでファンになりそう。
クッキーを食べながらアミレスによる返事に目を通す。アミレスは本来のアミレスと全く違う性格で(転生者だから当然なのだが)、文面上のやり取りだけでもかなりのおもしれー女だと分かった。
だからこそアイツに会ってみたいと思い、帝国に行けるよう日々頑張っている。まぁアイツだけじゃなくてマクベスタに会いたいってのもあるけどな。
何を隠そう、俺はアンディザだとマクベスタ最推しなのである。だってめちゃくちゃかっけーじゃんマクベスタ。あれは男でも惚れるだろ。
……なんか言い訳してるみたいだな、これ。ほんとにただ単純にマクベスタがかっけーから好きなんだよなぁ、男が惚れるタイプの男なんだよマクベスタは。
仲間と推しに会う為に俺は日々努力していると言っても過言ではない。
「え、クレメンスって古いの? マジで?!」
アミレスからの冷静な指摘に俺は震えた。そうか……クレメンスってもう古いのか…………。
「ふっ……空は今日も青いな──」
オタク仲間に突然梯子を外された気分の俺は、とても虚しくなって来たので空を見上げ黄昏た。
くそぅ、時の流れ残酷過ぎるだろ!!




