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105.オレは彼女に希う。

「誰が、いつ、お前達にわたくしの名を呼ぶ事を許可したかしら。陛下の騎士ならばもっと賢明で正確な判断が出来ると思っていたのだけれど……お前達は、陛下の騎士に相応しく無いわ。今すぐ消え失せなさい」


 全てを見下し全てを貶むような冷徹な声が落とされる。

 オレの怒りも、男達の焦燥も全てが凍てついて……思考する事さえ許されないような、圧倒的な威厳と風格を彼女は持っていた。


「ち、違うのです王女殿下! 我々は彼と訓練をしていただけ──」

「誰が発言を許可したかしら? 面を上げて良いと言ったかしら?」

「ッ!!?」

わたくしが野蛮王女だからと随分舐めているようだけど…………野蛮王女である以前に、わたくしはフォーロイトの人間よ? お前達の前に立つ人間が誰であるか、それを理解した上で振る舞いなさい」


 顔を真っ青にして跪き頭を垂れる男達。この時の彼女の瞳は、いつか見たエリドル・ヘル・フォーロイト皇帝陛下のものと全く同じ、冷酷という言葉を押し固めたような瞳をしていた。

 無情にそれに射貫かれ、男達は恐怖する。


「……ッオイ! 誰だ言い逃れなんて余裕っつったのは!?」

「何で野蛮王女があんなに皇帝陛下そっくりに見えるんだよ…………っ!!」


 男達が滝のように冷や汗を流しながら小声で相談し合う。一瞬でも皇族を侮るような真似をしたからだ。


「一応、お前達に弁解の機会を与えてやろうかしら。そこの茶髪、顔を上げ弁解する事を許可するわ」

「っえ? あ、ありがとうございますッ!」


 アミレスが茶髪を名指しして顔を上げる事と弁解を許可した。茶髪の男が弾かれたように顔を上げ、弁解を許可された事へ感謝を口にした。

 ……その反応ではやましい事があると認めたようなものだが。恐らく今の男達にはそれに気づく余裕が無いのだろう。


「わ、我々は確かに訓練をしておりました。そこに王子が現れ、訓練に交ぜて欲しいと頼まれたのです!」


 決して我々から王子をお誘いした訳では! と必死に弁解する茶髪の男。確かにそれは事実だった。だがそれは数ヶ月前の事であり、昨日の事ではない。

 絶妙に嘘に真実を織り交ぜて話す男に、敵ながら感心してしまった。咄嗟に巧妙な嘘を口に出来る程、手馴れているのかと思って。


「そう。実は王子が昨日全身傷だらけだったと城の者から聞いたのだけど、それもお前達が訓練とやらで負わせたものなのかしら」

「そ、それは……王子が弱かったからです! 我々はまだ幼く未熟な王子に剣のなんたるかをお教えしようと訓練していただけで!! 想像以上に王子が弱かったのです、騎士団では普通の訓練をしただけに過ぎません!!」

「ほう? 集団で寄って集って一人をいたぶって袋叩きにする事が騎士団では普通の訓練なの。それは倫理的にどうかと思うわ、わたくしから陛下に報告しておきましょう。陛下に報告する際に必要だからお前達の名も聞いておこうかしら」

「えっ、いや、その…………」


 アミレスが名乗れと圧をかけると、男達は名乗りたくないのか露骨に狼狽え始めた。そんな男達を蔑視しつつアミレスはふぅ……と呆れたため息をついた。

 皇帝陛下の名を出されてしまっては、一介の騎士風情は虚勢を張る事も出来ないらしい。

 もし本当に皇帝陛下へと訓練と称した暴力行為と男達の名が伝わったのなら……男達の将来は絶たれたも同然。事実上の死に等しい事だろう。


「それにしても。どうやらわたくしの知る弱いとお前達の言う弱いは意味が違うようね」

「違う……?」

「お前達の言う弱いとは、格上の者に使う言葉のようだ」

「格上? 一体何を仰ってるのか…………」

「お前達の誰よりも彼の方が強い。見れば分かるでしょう?」


 アミレスがちらりとこちらに視線を向ける。すると茶髪の男を始めとして、男達が笑い声を抑えて小さく肩を震わせる。


「何言ってんだこの王女……!」

「あのガキが俺達の誰よりも強いとかありえねぇだろ」

「他国の王子だから媚び売ってんじゃね?」


 男達が小声でアミレスを嘲る。どこまでも愚かで救えない人間達だ。こんな者があの帝国の騎士だなんて……。

 そんな呆れや失望よりもずっと、今はアミレスを愚弄した男達への怒りが強い。強く愛剣を握り締めたその時、アミレスがまたため息を一つ。


「…………はぁ。呆れたわ……帝国騎士ともあろう者が、他者を見かけだけで判断し侮るだなんて。わたくしが全てを終わらせてもいいのだけれど……それだとお前達が付け上がってしまうものね。きちんと痛い目を見てもらおうかしら」


 彼女は男達を見下して冷淡な微笑を浮かべた。その発言にビクリと肩を跳ねさせる男達を指さして、


「マクベスタ・オセロマイト、この不届き者達を全て制圧してみなさい。貴方なら余裕でしょう?」


 アミレスは挑発的に告げた。つまり、これは……昨日の仕返しをしろと。そう言う事だろうか?

 しかし、と躊躇うオレに向けてアミレスは王者の風格で更に続けた。


「この者達に遠慮し、昨日は大人しく攻撃を受け続けていたようだけれど……もうその必要は無いわ。剣を取りなさい、わたくしが許します。貴方の実力と言うものを、そこの愚か者達に見せつけてやりなさい!」


 男達が勢いよく顔を上げ、信じられないと言いたげな引き攣った表情でオレを見てくる。

 本当にやってもいいものかと当惑し、男達とアミレスを交互に見ていると。アミレスがニヤリと笑って、


『思いっきりこいつ等の鼻っ柱へし折ってやって!』


 と口をパクパクと動かしていた。

 ……どうしてこの場にアミレスがいるのか、昨日の怪我がこの男達によるものだと知るのか、それは未だに分からないが……王女殿下直々の許可を貰えたのだ。

 やらなければならないな。まさかの展開に、口元に自然と笑みが浮かぶ。

 アミレスが「ほら、お前達も立ちなさい。地に這いつくばっていては訓練にならないでしょう」と男達を立たせたので、オレは一度深呼吸をして木剣を構える。


「覚悟してください、騎士殿」


 男達を見据え、そして地面を蹴って斬りかかる。相手は六人──あまりにも楽勝だった。

 相手の攻撃など一つも食らわないし、オレの攻撃は全て相手に当たる。帝国の騎士……いや、このろくでもない男達が弱すぎるだけだろう。

 完全に制圧する事に大した時間はかからず、男達はあっという間に地に伏せる事となる。子供であるオレに手も足も出なかった事で完全に自信を喪失したらしい。

 その姿を見たアミレスが「マクベスタを馬鹿にするからいけないのよ。自業自得だわ」と呟き、


「ほら、彼に何か言う事があるのではなくて?」


 男達にさっさと謝れと圧をかけると。男達はボロボロの体で渋々謝罪を口にした。

 仕返しする事も出来て謝罪も受けられた。オレの心のわだかまりが無くなった事を確認し、アミレスは肩を撫で下ろしたようだった。

 この後アミレスがこの男達の事をどうするのだろうかと疑問に思った時、機を見計らったかのように一人の男が現れた。


「お待たせしてしまい申し訳ございません、王女殿下」

「ケイリオル卿!」


 謎の布を顔につけたその人はケイリオル卿。エリドル・ヘル・フォーロイト皇帝陛下唯一の側近たる男。

 アミレスを冷遇する皇帝陛下に代わり、色々と便宜を図ってくれる人らしい。剣や魔法を学ぶ事も彼経由で皇帝陛下から許可を取ったと聞いた。

 しかしそんな人までもが何故ここに……?

 首を傾げつつアミレスとケイリオル卿の事を眺めていると。


「……という訳ですので、あちらのゴミの方の回収の方よろしくお願い致します」

「はは。ゴミですか分かりました、焼却しておけばいいですかね?」

「適切な処理をしてからお願いしますわ。そのゴミ、ただのゴミではなくとっても悪いゴミですので」

「勿論ですとも。法に触れる悪いゴミは然るべき処理を行ってから処分しますから」


 黒い笑顔で男達をゴミと指さすアミレスと楽しそうにそれに答えるケイリオル卿は、ふふふふふ、と不気味な笑い声を上げていた。

 ケイリオル卿がどこからともなく取り出した麻縄で男達を縛り、引き摺りながら去って行くのをアミレスと二人で見送る。

 そして訓練場にオレ達だけが取り残されると、


「ごめんなさいマクベスタ! この国がこんなのだから貴方に我慢を強いるような事になって……!!」


 アミレスはとても悔しそうな顔でそう謝った。ちょっと待て、というオレの制止も聞かず彼女は続ける。


「……昨日ね、やっぱりあの怪我はおかしいって思ってエンヴィーさんに聞いたの。そしたらアレは誰かに執拗に嬲られた跡だ、ってエンヴィーさんが言ってて……ハイラに怪しそうな人がいないか昨日の間に調べて貰ったの。それでここの騎士が怪しいって分かって、もしかしたら今日もマクベスタが酷い目に遭うかもって。だからね、急いでケイリオル卿を呼び出して私自身もここに来て、だからその、えっと…………」


 オロオロと焦り困惑する彼女の口から忙しなく飛び出すオレを心配する言葉。それを聞いた途端、胸がじん……と熱くなった。

 ……あれ、なんだこれ。どうしてこんなにも胸が…………。


「もっとこの国がちゃんとしていれば、貴方に我慢させる事も怪我をさせる事も無かったから……本当にごめん」

「良いんだ。少なくともお前が謝るような事では無い。謝罪はきちんとあの男達から受けたんだ、オレはもう十分だ」

「マクベスタ…………」


 アミレスは子犬のように愛らしい表情でしゅんとなった。

 本当にアミレスの所為では無いのに、どうしてアミレスがここまで責任を感じているのか。

 本当に彼女は責任感が強く心優しい人だ。先程の冷酷無比なフォーロイトらしい姿よりも、こちらの素の姿の方がずっと似合う可愛らしい人──……。

 ってオレは何を考えてるんだ? いや確かにアミレスは世間一般的に見てもたいへん可愛らしい部類に入ると、ハイラさんやシルフや師匠がいつも話しているが…………改まって何を考えてるんだオレは。

 熱い、何故か顔が熱いぞ。病気か?


「マクベスタ、顔赤いけど……大丈夫? もしかして騎士達に何かされてたの?!」

「い、いや違うんだこれは何でもないんだ。ほら特訓場に行こう、オレの所為で時間はとっくに過ぎてしまってるだろう」


 憂い顔のアミレスがこちらの顔を覗き込んでくる。顔が近くて何だか恥ずかしく……慌てて彼女の手を引いて特訓場に向かう。

 その後師匠とハイラさんにも感謝を告げ、オレはアミレスと共にいつも通り特訓に挑んだ。


 その次の日もそのまた次の日も。雨の降らない日はいつもアミレスと時間を共にしていた。どうせオレは放置されている身だ、どれだけアミレスと過ごそうと誰にも咎められない。

 勿論親善交流の使節としての役目も果たした。だがそういった時以外は本当にずっとアミレスと共に競い合い高め合って来た。

 アミレスは事ある毎に『マクベスタは誰よりも強くなるよ』『マクベスタは最強の剣士になる。私が保証するわ!』『貴方はもうとっくにうちの兄よりも強いから! もっと自信を持ってよ!』と褒め言葉をぶつけてくる。

 そんな訳無いだろうと否定しても、アミレスは確信めいた口調で押し切ってくる。

 それが何だかとても嬉しかったのだ……彼女にそこまで認められているのだと。期待してもらえているのだと。

 そうやって過ごすうちに、オレはいつしかアミレスの事ばかり考えるようになっていた。

 今頃あいつは何をしているだろうか、今日もあいつの剣筋は惚れ惚れするな、いつもあいつは元気だな……オレも見習わなければ、この戦法ならあいつの虚を衝く事が出来るかも、あいつは甘いものも好きだったよな、何で雨が降るんだ晴れろよ…………等々毎日アミレスの事ばかり考えるようになっていた。

 憂鬱だった帝国での滞在期間を色鮮やかに彩ってくれた彼女に、オレはもしかしたらずっと前から良き友人以上の感情を抱いていたのやもしれない。

 鈍すぎて馬鹿なオレはそれに気づく事も出来なかったようだが。


 ある日、彼女が人身売買や奴隷取引を行う悪党の拠点に一人(シルフも一応共にいたそうだが)で乗り込んだ末の大立ち回りを、さも武勇伝かのように語る本人から聞いた。

 それには肝を潰された。あまりにも遅すぎる恐怖や心配で喉が詰まってしまい、色々と言いたい事があったのに何も言葉に出来なかった。

 とにかく無事で良かったと、結局それだけしか言えなかった。

 ……ただ。あいつが突然、素性も定かではない謎の少年を連れて来た事が妙に引っかかる。あいつがそれでいいのなら、オレとしてもわざわざ口を挟む事ではないんだろうが。こう……なんだろうな、凄く、引っかかる。

 アミレスがシュヴァルツと仲良さげな姿を見ると……なんだろう、心臓がむかむかする。本当に何なんだこれは、病気か?

 分からない。オレの病気? がなんなのか結局よく分からないんだが、その事象には基本的にアミレスが関わっている。つまりアミレスが原因でオレの心臓はキュッてなったりむかむかしたり早く鼓動するのだろう。

 確かにあいつはよく心配をかけるような真似をするからな、恐れ知らずというかなんというか……。

 とにかく無茶な事だけはしないでくれと。オレは切にそう願った。

 シャンパージュ伯爵家に商談に行った時も、ディオ達の所に向かった時も、シャンパージュ伯爵夫人の治療の時も……無理だけはしないで欲しいと願っていた。


 ──本当に、ずっとそう願っていたんだ。

 無茶なんてして欲しくない。ずっと平和に、安全な所にいて欲しいと。

 まさか彼女の無茶無謀の理由がオレと交わした口約束だなんて、馬鹿なオレは考えもしなかったんだ。


まだちょっと続きます。

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