表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/40

38,

「リバイアサンが船を大破させたと証言があっても、竜はいない。痕跡もなければ、証拠さえない。大きな竜が入江に紛れることはないと専門家も解説した。


 仮にリバイアサンが船を大破させたと判明しても、真夜中に竜の存在を確認するため、僕が海上にいたことは気にかけられない。光を照射した竜と、船を大破させた竜が同一である証拠はつかめない。


 アンリの記憶だけを頼りに、僕の罪は問えない。


 当時から疑っていた。僕は船に体当たりするリバイアサンを間違いなく見ている。その竜が、前日に確認した竜の可能性を捨てられなかった。結果、ロビンが語るアンリの記憶と僕の記憶が合致した。

 やはり僕は間接的に人命を奪っていた。


 当時から疑っていた僕は、罪の心痛を和らげるために街へ支援を申し出た。定期船購入の寄付金を贈った。観光としての再起。街の長からの相談を僕は無視できない。


 僕は、ことロビンやアンリについては先走り過ぎる。妹の言う通りなんだ……。


 ロビンを産んで母は亡くなった。辛いんだ。愛する女性ひとを先んじて亡くすことが……。大事にする、愛するということが、失う恐怖とリンクしすぎる。


 そんな僕だから、アンリに選んでもらえなかったのだろうな。


 恐れるあまり、盲目となり事故の引き金さえ引いてしまった。君にも、苦しい思いをさせた。アンリにも、彼女の家族にも……、この街の人々にも。

 僕がしたことは、罪に問われない。だが、誰も責めなくても、悔恨はじくじくと巣くい続けるんだ」


 吐露されるシーザーの弱さに、タイラーはなにも言えなかった。

 資産や容姿だけで人は彼を判断するだろう。寄付を贈って感謝されても、彼のもろさに目をかける人はいない。

 アンリはそんな彼の内面を理解していたのだろうか。理解して、その手を振り払ったのだろうか。タイラーにはアンリの思考は計り知れない。


「どうしても、ロビンだけは助けたい……」

 あたたかいコーヒーを飲みながら、タイラーとシーザーは黙して語らなかった。


「ふあぁぁぁ」

 大きなあくびが、静寂を破る。

「お兄様、タイラー。海の上にはついたのかしら」


 シーザーがぱっと顔をあげ、笑む。

「ああ、ついたよ。そろそろ、外に出ようか。アンリも待ちくたびれているかもしれない」


 デッキにあがる。外はすっかり暗くなっていた。星は輝き、丸い月も出ている。

「海上で見る星空は格別ね」

「まるでプラネタリウムだな」

 ロビンとタイラーは並んで詠嘆する。


「ほら、君たち。リバイアサンがいつ現れるか知れないんだ。空ばかり見てないで海を見ようね」

 シーザーがパンパンと手を叩く。


 人のあたたかな営みを灯す海辺の街。明滅する光に影として浮かぶ人魚島。島の裏手から民家は見えない。崖がそびえ、洞窟の出入り口がぱっくりとこちら向いている。

 室内で休んでばかりいたロビンは両目をキラキラと輝かせる。


 波は穏やかだ。規則正しい蕩揺とうようを、波音が追い響く。明度高い青はひそみ、波は黒々とした海底の色を浮き立たせている。波の先端だけ月明かりを透かして光り、すぐさま海の闇へと循環する。

  

 その時、船が大きく揺れた。ロビンがバランスを崩す。タイラーはよろめく彼女を支えた。

「ありがとう」

「海の上です。気をつけて」


 波が不自然に高くなる。船が前後に揺れた。そのまま揺れ続けるかと思えば、徐々に波は収まっていく。

 沈静化した海が緊張をもたらす。


 波を裂く音が立った。三人が同時に音の方へ顔を向ける。竜の背が波間を横切った。距離があっても、その大きさがうかがいしれる。巨体を誇るリバイアサンが海中で躍動し始めた。


「きたな」

 シーザーが呟く。

 海中は広い。底へと沈めば遊泳する竜の波紋をも吸い込んでしまう。矮小な人間は固唾を呑んで静観する。


 遠くで波が渦を巻いた。その渦からリバイアサンが顔を出す。青い姿態を月に向かって突き上げ、半身を海上にさらした。人間は息をのみ、摩天楼のように見上げるのみ。


 青い体躯をくねらせながら、青い両眼が月明かりを反射させきらめく。世界有数の巨体を誇る竜種、リバイアサンがお目見えした。


「これは立派な……」

 すぐさまリバイアサンは海中へともどっていった。そこにいた者すべて海へと誘われた気がした。


「ロビン、海へ入ろう」

 二人は着ていた衣類を脱ぎ捨てた。

「シーザー、浮き輪はあるだろ。ロビンに持たせてくれ」

 シーザーがロープがついた浮き輪を持ってきた。


「大丈夫よ。アンリが示した計画よ。きっとうまくいくわ」

 兄が心配そうに手渡し、妹が慰めながら受け取る。

「私は、どうせ長くないの。生きるためにこのぐらいの冒険をしても後悔はないわ」

 まるで今生の別れを言い渡されたといった苦悶の表情をシーザーは向けるも、ロビンは晴れやかに笑い返す。


「俺が先に海に入りますね」

 船尾横に海へと降りるはしごがある。そこから降りて海に入った。昼間の太陽を受け、熱を帯びていた海水は生暖かかった。残暑が残る時期で良かったとタイラーは心底思う。


 息を大きく吸い、タイラーは海水へ潜った。漂うなかで、竜が下方でぐるりと泳いでいる。首をしならせ、胴を左右に振り、無重力さならがに縦横無尽に動く。息が続かず、さばっと海面に顔をだした。額に張り付いてきた前髪を振り上げる。


 海面を凝視していたロビンと、タイラーは目があう。

「ロビン、下でリバイアサンが泳いでいた。階段はすべりやすい。ゆっくりおりてこい」

 脇に浮き輪を抱えて、そろそろとおりてくる。うまくバランスが取れずフラフラする。


「浮き輪を投げて」

 言われるまま、彼女は浮き輪をほおり投げた。手前に落ちた浮き輪まで泳ぎ、タイラーは捕まえる。


「両手ではしごを握ってゆっくり降りておいで」

 慎重に降り始め、足先が海水につく頃にタイラーは叫ぶ。

「飛んで」

 ロビンはその掛け声とともに海へ飛び込んだ。


 勢いで彼女は沈む。目をつぶり、両手をあげて、落ちていく。タイラーは潜る。近づき、彼女の脇を抱える。なすがまま、ざばっと抱きあげる。海上に顔をあげさせ、浮いている浮き輪を握らせた。


「失礼」

 タイラーがロビンを抱き締める。

「よく、あばれなかったですね。えらかった」

「そんな体力もないだけよ」

 くすくすとロビンが笑う。

「リバイアサンもちらりと見えたわ。もう、本当に、死んでもいいと思うくらい、感動したわ」

 シーザーが聞いたら、泣き出しそうなセリフを楽しげに口にする。


 タイラーは浮き輪を握らせて、彼女を海へと漂わせる。

「浮き輪はドーナツの真ん中に入るものだと思ったわ」

 ビートバンのように持たされたアンリが不思議そうな顔をする。

「潜る時、抜け出るのが不便だと思ったんです」


 二人寄せ合って波に揺られた。

「泡玉を確認したら俺はそちらへ泳ぎます。俺はあなたを助けられない」

「いいのよ。リバイアサンも私の外見は知っているわ。目の前に現れたら、潜ってとアンリにも言われているのよ」


 波の揺らぎが大きくなり始めた。

「見ろ」

 デッキからシーザーが指をさす。

 指し示す方向に、泡がブクブクと盛り上がり始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ