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 タイラーは寝室に戻ると、荷物をひっくり返す。片隅にひっそりと忍ばせておいたラッシュガードを引っ張り出した。シーザーが急に海へ行こうと言い出しても対応できるように、念のために準備していたのだ。


「なにが入用になるかわからないもんだ」

 プールで泳ぎ終え乾かしておいた水着と一緒に身につけた。


 チェーンを通し、胸に躍るリングをつまむ。未だ手もとにある奇妙な縁。くるりと回す。明かりに触れるとキラリと光った。ピンクゴールドの色味が、栗色のアンリの髪色を彷彿とさせた。彼女の髪色と重なるリングを選んでいた発見にタイラーは目を見張る。奇しくもリングが彼女を想っていた証を示し、今もって彼女を求める意志の光に見えた。


 胸元にリングを潜ませた。水着の上に服を着る。人魚島から持ち帰ったカバンの中身を、新たな着替えとタオルに入れ替えた。

 居間に戻ると、横たわっているロビンに声をかけた。


「起きれますか」

「休んだから大丈夫よ」

 あくびをしながら身を起こす。 

「海の中に入ります。水着を着て、服を着てもらえますか。あと、アンリとあなたの着替えも持っていきたい」

「わかりました」


 ロビンと一緒に彼女の自室へ向かう。着替えて、衣類一式持ってきてもらった。持っていたカバンにいれてもらう。アンリの部屋にも立ち入り、彼女の服も詰めた。 

 玄関先に向かうと、シーザーが待っていた。病弱なロビンは海辺の街を歩けない。靴を履いた後で、タイラーは彼女をおぶった。荷物はすべてシーザーが持つ。


「疲れているなら、背中で寝てください。今日の夜は長い」

「ありがとう、お言葉に甘えるわ」

 目を閉じて、タイラーの肩に頬を寄せた。そのまま、すうと眠りにつく。


 その寝入り様にタイラーはびっくりする。

「体力がないのか」

「寝る時間が増えてきているんだ。目に見えて弱ってきている」

 シーザーが心痛な面持ちで答えた。

「行こう。時間が惜しい」


 海辺の街を駆け降りる。気持ちはいており、走りたかった。羽のように軽い少女が振動で起きないよう、慎重に港を目指す。

 

 シーザーにかける言葉が思いつかない。彼が黙する以上、タイラーも態度を同じくする。気まずくても、耐えるしかない。


 こんな美丈夫がふられるなどタイラーには信じ難い。シーザーのあからさまな様子を見ていなければ、ロビンの弁を笑い飛ばしていただろう。


 三角関係が隠れていたなど知る由もなかった。

 もし出会った頃、アンリの背後にシーザーという幼馴染の存在を認知していたらどうか。考えるまでもない。身を引いていただろう。彼女には彼がふさわしいと、臆し逃げ出したに違いない。

 なぜ隠した、なぜ君は俺を選んだ……。タイラーは、なぜと繰り返し問いながら歩む。


 港へ出た。停泊する船に、個人所有のサロンクルーザーがある。これを持つかとタイラーは瞠目した。

 立ち止まっているタイラーにシーザーは声をかける。

「どうした。早く乗ってくれ」

 

 実際に見ると聞くとは違うものだとタイラーは気圧される。乗り込み、船内にあるソファーに腰掛け、ロビンをゆっくりと下ろした。動けば船が揺れるだろう。振動が彼女の負担にならないよう、膝に抱いた。少女は泥のように眠る。


 シーザーが操縦席にて、船を動かし始めた。彼の日常を垣間見れば、常人との違いを見せつけられる。

 なにを思ってシーザーより自分を選ぶか、タイラーはアンリの思考が読めない。

 

 シーザーがクルーザーを操舵し沖へと向かう。直進し、人魚島を横切る。しばらく進むとぐるっと旋回し止まった。クルーザーの正面に、洞口の出入り口が見える。


 シーザーは深く息を吐いた。ここまできたという感慨に浸っていたのかもしれない。


「コーヒー飲むか」

 そっけない声でタイラーに声をかける。

「いただきます」

 シーザーは席を外した。


 タイラーはそっとロビンを寝かせる。ゆりかごのように揺られるなら、眠りの妨げにはならないだろうとふんだ。

 横に退き、改めて座りなおす。

 しばらくすると、シーザーが戻ってきた。差し出された熱いコーヒーを受け取る。彼は少し距離をおき座った。


「タイラー」

「はい」

 名を呼ばれ、驚く。


「すっかり、ロビンとアンリに騙されたな」

「そうですね」

「本当に、困った子だ……」

「俺も、どう言っていいのやら……」

 男二人、深く長く嘆息した。

  

「タイラー。僕は記憶が戻っていないことは気づいていなかったけどね、アンリとソニアが同一人物であることは、確信を持っていたんだよ」

 手にした熱いコーヒーにシーザーが口をつける。


「沈没する船を海上で見た」

 シーザーはまっすぐにタイラーを見つめる。

「リバイアサンがぶつかり定期船が大破した。僕は、その目撃者だ。


 これだけ船が停泊し漁業が盛んな海で誰も助からない。不思議だとは思わないか。小さな漁船が近寄って、溺れる人々を助けない。そんなわけないんだ」


 シーザーが息を詰まらせる。

 タイラーは重く受け止める。


「助けられなかった。そういうことですか」

 シーザーはコーヒーが入ったカップを握りしめる。タイラーは渡されたカップに口をつけ一口含んだ。


「リバイアサンの背と、もたげた頭部と首を見た。船が押し上げられ宙に浮いた。その衝撃で、人が海に投げ出された。花弁のように舞った人間の影が海面に叩きつけらていた。

 おそらくその人影の一人がアンリだ。


 一瞬だった。船底がぱっかりと割れ、海中に沈んだ。青い海に赤い色がにじむ。船から油でも漏れたのかと思ったが、その鮮明さはそんな色じゃない。きっとリバイアサンの鮮血だ。


 もちろん周囲の漁船達も気づいた。漁の途中でも仕事を投げ出し、助けようと船の向きを変えていた。その矢先、多量の泡が吹いた。船がその泡にまみれて沈む。漁船は泡に阻まれ、近づけなかった。


 海上にあらわれた泡はそのまま沖へ押し流される。船が沈んだ海上が静まると、漁船達がそこに寄ってきた。後の祭りだ。そこに人の気配はなかった。一瞬見えたリバイアサンも幻のように消えてしまった。

 定期船に乗っていた人を誰一人助けることができなかった」


 シーザーは淡々と語り続ける。

「沖に流されてきた泡は僕の船のそばまで来た。僕はその泡の中に、人の手を見た。船でおぼれた誰かが、泡に巻き込まれて流れてきたのだと思ったよ。 

 助けなければと、浮き輪を手にして海へ飛び込んだ。すくいあげたのは少女だ」

 シーザーがまっすぐタイラーの目を凝視する。


「アンリと見間違った。

 助けた少女は、髪色は違えど、別れた頃のアンリとそっくりだった」

 タイラーは息をのむ。船一隻沈む。その重大さを今更ながら痛感する。シーザーはさらに続けた。


「前日の夜、強い光を照射し、リバイアサンを混乱させたのは僕だ」

 シーザーはうなだれた。

「これは僕の懺悔だ」


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