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 定期船からおりた人魚島の第一印象は、寂れた漁村だった。

「街の装いとはだいぶ違うな」

 島の中央に小高い山があり、そこに向かってのぼる坂の斜面上に平屋が散見される。海辺の街で見られた数階建ての建造物は見当たらない。隣り合う家々が均整がとれた配置になるよう計算された街の造りとは異なり、平屋はそこここに無秩序に建てられていた。


「街は、王族や貴族が支配していた頃に開発されてしまったけど、ここはそれ以前の生活様式がそのまま受け継がれているそうなのよ」

 ソニアの助言になるほどと納得する。島の雰囲気こそ、地域の伝統的な本来のあり様なのだろう。


「ここは海へ潜って魚介を採るんだろ」

「古くからの漁法ね。島外の人なのに、よく知っているわね」

「昔、聞いたことがあるんだ」

 

 あっとソニアが口元に手を寄せる。

「いいよ、気にしないで」

 アンリから教えてもらったと察してくれただけで、タイラーはうれしかった。


「まずは、例のおばあさんの家を目指そうか」

「船から見たら、海沿いのはじにあったわよね」


 タイラーがすっと手を差し出す。一緒に手を繋いでいこうと、無言で誘ってみた。ソニアは、迷う素振りを見せてから、左右に視線を動かして、タイラーの手を恐る恐る握った。


「行こうか」

 愛らしい恋人にタイラーは笑いかける。もう片方の手で一泊旅行の荷物が入ったかばんを持つ。ソニアは恥ずかしがりながらも、嫌がることなく、タイラーと並んで歩き始めた。

 

 歩きながら、柔らかく絡める互いの手を握りなおそうとした時、タイラーは指先で彼女の手のひらをさわさわとくすぐった。ソニアの指がくすぐったがり、ふわっと浮く。彼女の指と指の間に自身の指をタイラーは滑り込ませる。逃げられたくなくてすぐさまぎゅっと握ると、彼女の手が一瞬強張り、緩み、握り返してきた。


 すれ違う島民が、ソニアをちらちらと見ていく。スカイブルーの髪は島にはいると聞いていただけに、反応に違和感を覚えた。


「この島には、ソニアのような髪色のもいると聞いていたんだけどな。なんでこんなにも、君を見ていくんだろう……」

「青い髪の子は、島外には出さないもの。私みたいに、明らかに外から来たらおかしいでしょ」


 ソニアがタイラーの腕にすり寄ってきた。

「私。街へ帰れないかもしれない……」

「どういうこと」

 耳元近く、ソニアがささやく。ただならないセリフに驚きつつ、タイラーも冷静にささやき返す。


「私みたいにふらふら島外で暮らしている人なんていないもの。理由があるのよ、島を出さない」

「島から出るなと誰かに言われる可能性があるのか」

「そこまでは……」

「どこで暮らすかなど、個人の自由じゃ……」

 タイラーは自身の常識から、当たり前に湧き出てきた結論を途中で飲み込む。


「違うな。島には島の常識がある。ここではそれが優先されるよな……。前に座敷牢の話をしたことを覚えているか」

「ええ」

「今、そのことを思い出したよ。家にとって都合の悪い子を閉じ込めておく部屋を座敷牢というんだ。島全体が、青い髪の子を閉じ込めておく牢と見ることもできるよな」

「似ているかもしれないね」

「なぜ島民は、青い髪の子を囲うんだろうな」

「なぜかしら……ね」


 知っていることをすり合わせても出ないであろう結論に、互いに沈黙をもって話をしめる。離れ離れにならないように、タイラーはソニアの肩に身を寄せる。絡めた指先をさらに深く握りなおし、ソニアもまた彼の腕に絡んで、寄り添った。


 海沿いを並んで歩けば、人通りはさらに少なくなる。はじっこに一軒だけぽつんとたたずむ大き目の平屋は否応なく目立つ。海上からもすぐに確認できた。家の目と鼻の先には砂浜の海岸がある。


 家の軒先で、老女が掃き掃除をしていた。前かがみの軽い猫背、たどたどしい足取りで、長い柄にもたれるかのように、ほうきを左右に動かしていた。海風が吹く。玄関先にたまっているのは海辺の砂のようであった。


「すいません」

 おもむろにタイラーが声をかけると、ほうきを動かす手を止めて老女がのっそりとふりむいた。

「街で、宿を営んでいるとききました。本日、一晩泊めてもらえませんか」

 

 呆けた表情で老女はタイラーとソニアをしたからずいっと眺めあげる。

「ああぁぁ、ああぁ」

 まるで久しぶりに喉を鳴らすかのように、枯れた声を発した。

「お客さんだねぇ。いらっつしゃぁい」


 老女が壁にほうきを立てかける。

「おやぁ」

 ソニアを見つめて、両眼をくわっと見開いた。

「あんたぁ~、元気だっつたぁかい。久しぶりだあぁねぇ」


 ソニアが左右を見回す。明らかに自分を見て話していると察し、戸惑う。

「えっ……、と」

 自身を指さす。

「わたし、ですか」


「おやぁ、おぼえてないのかぁい」

 老女は残念そうな表情に変わる。


 島に行けば、もしからしたらシーザーに助けられる以前のソニアを知る人もいるかもしれないとはタイラーも考えていた。彼女を知る可能性がある人物との早い出会いに内心驚く。


「ごめんなさい」

「さみしいねえぇ。いいさあぁ、どれくらいぶりかあぁも、わからんしなぁ」


 老女は二人に背を向け、家の玄関へと向かう。

「さあぁさ、いらぁっしゃあい」

 タイラーはソニアから手を離さず、老女の後ろへとついていった。


 奥の一部屋へと案内された。さすが老女一人暮らしだ、人生でため込んだ物がそここに飾られている。家は広いようだが、その床面積の大半を思い出の品が占領しているようであった。


 今使えるのは二部屋、最盛期は五部屋稼働していたそうだが、そこまで掃除はできないと老女は話していた。二日に一度は使ってなくても、掃除はしているよと、歯の抜けた口を広げ笑った。久しぶりの客に喜んでいるようでもあった。宿泊費を前払いし、一緒に食べてくれるなら、夕飯を用意するというのでお願いした。田舎の島である。夜に食べ歩ける店はないそうだ。頼むしかないとタイラーは判断した。


 老女が去ってから、タイラーは窓を開けた。海風がざざっと部屋に入り込み、まとめていなかったカーテンが躍った。海風の強さに仰天し、開く窓幅を数センチまでしめる。

 掃除はしていると言っていた部屋は存外きれいだった。


「荷物を置いたら、俺は外に行くよ。ソニアはどうする」

「一緒に行くわ」

「俺、昔の恋人の足跡を探そうと思っているんだよ。それでもいいの」

「ぜひ、一緒に行きたいわ」


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