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24,

 ソニアの顔が真っ赤に染まっていく。握っていた果実をむく手も止まったまま動かない。きゅっと口元を結ぶ。タイラーは少し腰をかがめて、彼女の顔を覗き込んだ。

 恥じらうソニアを見つめて、目を細める。


「なにを、突然……、今、ここで……」

 たどたどしい声音が震えている。


 タイラーはもう一度息を吸う。甘い吐息で彼女にささやく。

「好きだ。どうか、俺と、つきあってほしい」

 初めて告白した。相手に言葉で伝えた。

 ソニアが思う以上に恥ずかしがってくれたからかもしれない。心音は極めて涼やかだった。


 ソニアが目線を斜めに落とす。髪一束はらりと流れ落ちた。握る果実に力がこもる。くしゅっと表面が割れて果汁が飛ぶ。浮き上がる雫が指先を濡らした。

 その濡れた指先が癖で髪へとのびようとした。

 タイラーはそっとクレアの手首に指先を這わす。彼女の無意識に動く手がとまった。手首に触れた指先をもって、代わりに彼女の髪を紅色する耳へとかけてあげた。


 ソニアの両目がキュッと閉じられる。 

 髪を後ろへ流してあげると、露になった首筋がのぞく。人肌は朱に染まっていた。


 ちゃんと言葉で伝える。大事なことだと肚に染みる。

 アンリにもちゃんと言ってあげればよかった。

『好きだ、愛している、つきあってほしい』

 彼女から申し出たとしても、伝えられるチャンスはあったはずだ。過去は変えられない。後悔は先に立たない。

 ちゃんと真面目に想っている……ソニアには、伝わってほしいとタイラーは切に願う。


 ゆっくりと目を開けたソニアが、おずおずとタイラーの顔を見つめてくる。

「どうして……、今さら……」

「言わないと、伝わらない。伝えないと、後悔する。それだけかな……」

 

「後悔……、あるの」

 ぽつりとつぶやくソニアに、タイラーは苦笑いする。

「さっき、坂を登りながら気づいたんだ。


 ……、ソニアは亡くなった恋人の話は嫌かい……」

 ソニアは首を振る。「……嫌じゃないよ」と震える声が返ってきた。瞳がうっすらと潤んでいる。


「俺は、アンリにちゃんと伝えていなかった。彼女を好きで、想っていて、愛しているって。言葉で伝えていなかった。

 プロポーズする以前の問題だった」

「そう……、だったの……」


 俺はソニアが手にしている果実を彼女の指先を開き、ポロリと手のひらに落とした。それをテーブルの上に直に置く。

 

「俺は、俺が思うよりずっと子どもだったんだなと歩きながら、痛感した」

 

 ソニアの手を撫でる。嫌な男からされたら、ゾウムシが這うように気持ち悪いことらしい。

「気持ち悪いかい」

 静かに問うと、ふるふると頭を振った。


「よかった」

 彼女の手に残る果汁を指の腹でぬぐい、舐める。


「ちゃんと伝えないといけないと思った。

 ソニアは、俺より若いし、俺がちゃんとしてないと、君が不安になる。

 現に、君は僕に他に恋人がいるのではないかと疑っていたようだったし。

 アンリの時のように相手任せにしてはいけないんだと思った。


 あなたは年下の女の子だ。

 そもそもアンリにだって、そうしていればよかったんだけど、俺がまだ幼かったんだよ。

 ソニアにはちゃんとしたい。そう坂を登りながら……、思った」


「タイラーが……、大人に見える……」

「えっ……、俺、大人じゃない……。ソニアから見たら……」

「そうなんだけど、あの……」


「そっか……。果物をむいてなんてお願いしていたら、そりゃあ子どもみたいだよね」

「あっ、まあ……そういう、わけじゃ……」

「いいよ。いいよ。男なんて、女から見たら、いつまでも子どもみたいなもんだ」


「ごめん、そういうことじゃ……本当に……」

「いいよ。ねえ、それより、返事……くれる」

 

「タイラーがね。誠実な人だと分かった」

「そう、かな」

「誰かをそれだけ大切にしていた人なら、きっと、私も、大切にしてくれるかなって……思った」


「うん、大切にする」

「……これからも、大切にしてほしい」


 タイラーは椅子の際まで寄った。足を前に投げ出し、ソニアの手を握ったまま、彼女の太ももの上に置いた。ソニアが少し前へ身を傾けてくる。足にのせていた果実が、転げ落ちて行った。


 頬を彼女のこめかみに寄せた。ソニアの背がすっと伸びる。頬に触れる箇所が、こめかみから耳へとうつる。耳朶に口元を寄せ、さわさわと柔らかいスカイブルーの髪の香りを吸い込んだ。

 

 麗しい、という単語が浮かび、解けた。


 互いの頬をすり合わせ、ぬくもりが欲しくなった。手を離し、脇をすくいあげるように腕を彼女の背に回す。

 彼女の手は肩に添えられ、背へと撫でるようにおりてくる。


 力を込めれば、容易にソニアを抱き寄せられた。


 その時、タイラーは気づいていなかった。

 ソニアの膝を転げ落ちた果実が、ぽてぽてと転がって行った先に、人影が近寄っていたことを。

 人の気配を感じるより、タイラーは目の前のソニアでいっぱいになっていた。


 人影は、足元へ寄ってきた果実をひょいと持ち上げて、手の内で転がしてから口を開く。


「ソニア、タイラー。いったい、ここで、なにを……しているのかな」


 はっとタイラーは我に返る。声の主を察して、ソニアからがばっと身を離した。

 振り向けば、立っていた。

 転がった果実を握りしめ、複雑な表情を浮かべるシーザーが……。


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