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「ご飯にしよ」

 抱擁されていたソニアが、か細い声でささやき、タイラーは腕をはなす。すわって食べて片付けるのも面倒な気がした。

「立ったまま食べるか」


「それはダメ」

 ソニアが目をむく。

「ちゃんと座って」


 促されるまま、そばのテーブル席にタイラーは座らされる。ソニアはキッチンに回り込み、朝食の準備を始めた。

「朝ご飯なら立ったままでもかまわなかったのに……」

「だめよ。ちゃんと座って食べないと」

 告白してキスをしても、ソニアはソニアだった。いそいそと鍋からスープをよそい、スプーンをさし、運んでくる。一つはタイラーの前に置き、もう一つを隣に置いた。


「なによ」

 照れ隠しか、睨むように見下された。かわいいなあとタイラーは目を細める。

「ロビンもいないし、気を使わないでよ」

 二人きりだと思うと、おもむろに触れたくもなるが、我慢する。

「そんな気は使ってないわ」


 ソニアも座った。昨日まで斜めむかえにいた彼女が隣にいる。

「……むかえより隣の方が近いし……」

 ロビンがいないからこっちにいるのよ、それぐらいわかってよ。そんな無言の理解を求められているようだった。ソニアは、背を向け体を斜めにする。


 タイラーは肘をついて、ソニアの青い髪を見つめた。撫でるだけなら許される範疇だろう。

「こっちむいてよ」

 そうお願いしても、振りむいてくれないのは分かっていた。手を伸ばし、髪を撫でる。びくんとソニアの体が反応し、強張る。癖で髪をいじる。耳にかける。恥ずかしいがっている。いじらしい。露になった耳が紅色していた。


 タイラーは手を引く。隣に、好きな人がいる。何年ぶりかなと思いをはせれば、口元がほころぶ。彼女が用意してくれたスープを口にする。薄味だった。野菜はたくさん入っている。肉も少し。ロビンが食べやすいように作っているのだと分かる。素っ気ないように見えて、ちゃんと優しい。彼女の思いやりが染みてくる。

「美味しいね」

 彼女と居る空間に充満する空気さえ甘く感じられた。


 朝食を終え、ソニアが片づけを始めると、タイラーは寝室へ戻った。財布をポケットに入れ、部屋を出て、玄関へと向かう。靴を履いていると、後ろから足音が響いてきた。


「待って、タイラー」

「買い物袋がないと不便なの。持っていって」


 靴を履き終えて立ち上がったタイラーに、ソニアが手にしていた布袋を差し出してくる。受け取り、まじまじと見つめた。なぜと思うも、都会のスーパーとは違うんだなと、はたと気づく。


「昨日、ソニアも持ち歩いていたもんな」

「そう。ないと、きっと困るわ」


 気づいて追いかけてくれた些細な優しさにうれしくなる。

「ありがとう」

 はにかめば、ソニアの笑顔が華やぐ。


 タイラーの手が伸びる。どこに触れようかと指先を震わせ惑う。スカイブルーの髪に触れたくて、前髪を手のひらでそっと上げた。彼女の瞳がふわっを浮き上がる。呆けた表情が幼げで可愛らしい。露になった額に唇を寄せた。感触も残らない、触れるようなぬくもりは、額にじわっと溶けたことだろう。


「行ってくるよ」

 ソニアが額を抑え、なんとも言えない戸惑った顔で、首まで赤くしていた。

「……行って、らっしゃい」


 外に出る。空を見上げたら、青かった。

 いいなあとタイラーはしみじみと感じいる。小さいに触れて返す反応がいちいち愛おしくて、癖になりそうだ。

  

 ソニアと歩いた道を進む。坂を下りる足取りは軽かった。昨日より疲労感が少ない。目的地への距離が分かった方が歩くのが楽になる。


 広場に出た。その一角にひしめき合う露店が並ぶ。どこかの地域にみられる、祭りの夜店の雰囲気に近いだろうか。地産地消で、まわっているのだろうか。歩いているだけで、知らない街の一員になる錯覚は楽しい。


 ソニアのように見回しながら、目当ての店を探し歩く。昨日話しかけた恰幅の良い果物を売る女性はすぐに見つかった。


「こんにちは」

「いらっしゃい、あら、昨日の……」

 女性がまぶしそうに目を細める。


「覚えていてくれたんですね」

「まあねえ。見ない顔だし、あの子と一緒だったら、おぼえているよ」

「今日は、彼女に頼まれてお使いできました。果物を買いにきたんですが……」


 果物は五種類ほど積まれていた。それぞれの商品に値段もついていない。その場の言い値なのかもしれない。タイラーは財布を取り出し、紙幣一枚と袋を女性に差し出した。

「勝手分からず、すいません。見繕てもらえると助かります」


 そんな買い方をする人はいないのだろうか。女性は目を丸くして、笑いだした。

「ははは、そうだろうね。値段がない店も多い。なに、毎日来てたら分かるさ。だいたい相場ってもんがある。

 大丈夫、見繕ってあげるよ。おまけも入れてあげるさ」

 遠慮なく女性は紙幣と袋を受け取った。


 紙幣をポケットにしまい込む。袋の口をあけると、果物を手にしては仕分けを繰り返し、袋に詰めていく。鮮やかな手さばきを見ながら、俺は女性に何げなく声をかけた。

「ところで、ソニアから聞いたんですけど、人魚島にお知り合いがいると……」


「ああ、人魚島には親戚がいるよ」

 女性は果物を見つめ、手を動かしながら答える。

「今度、人魚島に行こうと思っていまして、往復便が一日一便と聞いてます。

 その日のうちに戻るか、少し滞在するか決めかねているんです。仮に宿泊するなら、あそこには泊まれるような施設はあるのでしょうか」


「島には漁師が漁のため一時滞在したり、魚貝を買い付けていくこともある。海によっては帰れないだろ。宿泊する部屋を用意してある家もちらほらある。島の者に聞けば、すぐに教えてくれるよ。

 旅行者も稀にいる。頼めば泊めてくれるさ」


「旅行者は稀ですか……」

「そうさね。こんな小さな海辺の街だ。そうそう旅行者は少ないよ。街の者が島へ、島の者が街へ、往復するなら、一日一往復で十分なのさ」


 女性が袋を差し出してくる。果物がいっぱい入っていた。買いすぎたろうか、と少し不安になる。ソニアが人魚島に出かけ、家を空けるなら、買い置きがあっても無駄はないかと思いなおした。


「三年前の海難事故から、物好きが少し訪れるようになった気がするよねえ」

「三年前ですか」

 シーザーもそんなことを言っていたとタイラーは思い出す。


「あの時、栗色の髪をしたお嬢さんと話したね。人魚島へ行くけど、宿泊施設があるか心配だと世間話になってね。気さくな印象のだったよ」


 唐突に、アンリの話題が零れ落ちてきた。タイラーは背筋がぞくっとする。こんなところで、彼女の足跡に出会うとは思ってもいなかった。


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