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 ソニアは白いワンピースから、前ボタンをしっかりと首元まで締める、濃紺のワンピースに着替えていた。丈は膝ほど袖は半そで、流していた髪も後ろで一つにまとめている。

「ワンピース、着替えたんですね」

 お皿にのせた食事を運ぶソニアにタイラーは話しかける。

「白だと汚れてしまいますから」

 

「似合ってたのにもったいないわ」

 ロビンが口をはさんでくる。

「かわいかったでしょう。ねえ、タイラー」

 肯定していいものかとタイラーは迷う。


「あのお兄様が慌てて用意されたのよ。タイラーに白い服と伝えてしまって、確認したらソニアが白なんて持っていませんと言うのですもの。お兄様の慌てぶりときたら、面白かったわ」

「白なんか着れませんよ。私は一応使用人で、仕事をしているんです」

「私の遊び相手と食事のね。

 タイラー、この家には庭師と掃除婦が別にいるの。昼間に来てくれる方よ。うちはソニアだけ住み込みなのよ」


 食事の準備を終え、ソニアも席に座った。一番端に座ったタイラーの横にロビン、ロビンの前にソニアがいる。十脚はある大きなテーブルの端っこに、三人こじんまりと向き合う。


「一緒に、お食事したりおしゃべりしたりしてもらうのは私の都合もあるのよね」

 ソニアが答えにくそうな表情を見せた。

「いただきましょう」

 ロビンの一声が食事の始まりの合図になる。ここの主人はやはり彼女なのだろう、そうタイラーは思った。


「ダラスさん、もし少なかったら言って下さね。今日は多めに作っていますから」

 心持ち彼女達よりは量は盛られているものの、女の子と比べ食事量は歴然と違う。タイラーは遠慮なく、お代わりを頼んだ。


「ねえ、ソニア。あなたもタイラーと呼べばいいのに」

「でも……」と、ソニアの手が止まる。

「タイラーはかまわないと思うわよ」

 そうよねとロビンが目で同意を求める。一人が名を呼ぶ状況下なら、そこにもう一人増えても基本は変わらない。

「ええ、かまいませんよ」

 気持ちよく肯定しないと、ソニアも気兼ねするだろうとタイラーは配慮する。


「ほらね」ロビンが満足そうに笑った。「これから、きっとお世話になるんですもの。気にしないことよ」

「お世話って……」

「買い物など、男手があると助かるのではないかしら」

「まあ、そうですけど……」

 お願いするのは気が引ける。そんな態度がソニアから見て取れた。


「お兄様から、うかがっているのよ。タイラーは街を見に来たの。案内する人も必要よね」

 ロビンの意図がタイラーにも見えてくる。

「滞在期間が短いなら、一人で散策するより、案内人がいた方がよろしいのではなくて」

「おっしゃる通りですよ」


「朝市など、この街ならではの日常を見て歩きたいなら、ソニアと一緒に歩けば時間の無駄にはならないわ。ソニアだって、重い荷物を持って坂を上り下りしているもの、少しぐらい男手が借りれる時なら楽をしてもいいはずよ」

 ソニアは、黙っている。

「ロビンの言う通りです。街を散策したかったですし、この街の日常にも触れてみたい。

 一緒に連れて行ってもらえると助かります。ついでに、荷物の一つや二つはもちますから」


 タイラーの答えにロビンが満足そうに笑む。

 ソニアは「じゃあ……」と遠慮がちにつぶやく。

「お願いしますね、タイラー」

 晴れやかに笑った。


 女の子は笑顔の方がいいなあとタイラーはしみじみ思う。客人に使用人がすることを頼むのは、ソニアの立場上難しい。ロビンもそこに気づいて話をふったと見える。さすがシーザーの妹だなとタイラーは感心する。

 一人で街の散策するよりも、誰かが一緒なら楽しいだろう。ましてや女の子なら華やかで、それはそれでいいかもしれない。タイラーの気持ちも少し弾んだ。


 食事を終えると、食器類をソニアが下げ始める。ロビンは手伝わないが、ソニアの周りで楽し気におしゃべりをしている。立場もあろうが、ソニアの方がお姉さんに見えた。女の子同士が戯れているのは、まるで猫がじゃれているようでもある。

 タイラーは邪魔にならないよう、静かに退席しようとした。


「タイラー」

 去り際、ロビンから声がかかる。

「朝食後、ソニアはいつも買い物へ出るの。一緒にお願いできるかしら」


「はい」とタイラーもにこやかに返す。「楽しみにしています」

 ロビンは嬉しそうに笑み、ソニアは軽く頭をさげた。


 寝室に戻ったタイラーは、ベッドにごろりと横になる。

 ロビンとソニア。二十歳そこそこの女の子二人。例えるなら、黒髪に濃い紫の瞳を持つミステリスな黒猫と、近寄りがたいのに時折甘えるマリンブルーの瞳の白猫。一緒にいればからかわれるのは自分だろう。ロビンとのやり取りを思い返し、タイラーは苦笑する。


 アンリを失って三年、仕事に忙殺されてきた。ここはそんな現実とは違う世界。アンリを忘れたわけじゃない。彼女のことを軽んじているわけではない。ただ少し、夢を見ているだけだ。シャワーを浴びて今日は寝よう。書類などの仕事は明日以降でいい。山を越え森を抜けて入り込んだ海辺の街。ここはおとぎ話のような別世界だ。

 タイラーはそんな風にとらえることにした。


 翌朝、目覚めた時、ここはどこだとタイラーは目をこすった。一瞬状況が分からなくなり、すぐにシーザーの別荘だったと記憶がつながった。

 寝室では自由な姿でいても、この別荘には二人の少女もいる。部屋を出る時には、きちんと身なりは整えておこう。タイラーはそう決めて、着替え終えた。


 大広間のような居間に行く。どこに身を置いたらいいのかわからない。身の置き場にタイラーは困った。

「お早いですね」

 ソニアの声がした。振り向くと、ライトグレーのワンピースを着たソニアが立っている。

「おはようございます」

 ソニアがすっと歩み出て、横に立った。


「あの……」と小首をかしぐ。「いいんですか」

 タイラーは、ソニアが示す意味がピンとこなかった。

「買い物に一緒に来てもらっても。ロビンが、無理やりお願いしたかなと……、朝起きて思ってしまって……」

「ああ。それは気にしないで。本当に街は散策する予定だったので、ありがたいぐらいなんです」

「そうですか」

 ソニアがほっとした表情を向けてくる。


 ワンピース姿で立つ姿、横に立った身長。

 やはり、どこかアンリに似ている。長い髪をきれいに流しているソニア。出会った頃のアンリとイメージがかぶる。そのたたずまいに、タイラーは懐かしさを覚えた。


次回更新は14日10時です。

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