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 ソニアに連れられてシーザーの別荘までたどり着いたタイラーは、広々としたモダンな玄関を通り、居間へと通された。一般民家と比べ数倍広い居間と呼ばれる大部屋は、大きすぎるソファーさえ小さく見せ、庭に面する壁はすべて窓ガラスであり、外にはデッキとプールもそなえている。数百万の家具を用意する新築マンションのモデルルームの仕様さえ足元に及ばない。この部屋にある調度品、内装や家具類は桁違いだとタイラーは確信する。


 その居間のソファーにシーザーと同じ黒髪の少女が猫のように膝を抱えて眠っていた。ソニアが慌てて彼女を揺り起こす。夕刻間近な時間帯での昼寝に、なぜそんなに慌てるのかとタイラーに疑問符が浮かぶ。

「あら、おはよう」

 目をこすり起きると、時間帯などおかまいなしに朝の挨拶を黒髪の少女はぼんやりと返す。ソニアはほっとした表情を浮かべ、今度はきっと彼女を睨みつけた。


「心配するじゃないですか。こんなところで寝ないでください」

 ソニアは怒りを隠そうとしない。タイラーは、その声音や言葉遣いにに、この子は使用人ではないのかと目を丸くする。


「あら、ソニア。おかえりなさい」

 シーザーの妹はいたって気にしない。

「もう、本当に……、心配させないでくださいね」

「大げさよ、あなたもいないし、暇なのだもの。寝ている以外することがなくて」

 うーんと大きな伸びをする。


 はたとタイラーの存在に気づく。

 座ったまま見上げてくる瞳は、シーザーと同じ濃い紫。そっくりな兄妹だとタイラーは思った。


「いらっしゃい。あなたがお兄様のお友達ね」

 ここでも友人扱いされて、タイラーは困ったなと頭をかく。ここまできたら、仕方ないと「友人ではないですよ」と切り出した。

「不動産取引でいつもお世話になっている者です。今回も仕事を兼ねての滞在です」


 シーザーの妹はけらけらと笑う。

「あらあら、ここは友人ですと嘘をついておくものよ。そうでないと、いつまでたってもお兄様に好かれてしまうわ。

 私は、ロビン。ロビン・グレミリオン。

 タイラーも私をロビンと呼んでくれてかまわないわ。ねえ、ソニア」

 ソニアも大きくため息をつく。友人扱いされて困っているのは自分だけではないのかもしれないとタイラーは思った。

 

 滞在中に使える寝室へと案内され、まずはそこに荷物を置いた。バスルームやトイレなど自由に出入りできる部屋と設備の説明を受ける。居間というには大きすぎる大部屋とは別に、キッチンと食卓テーブルを備えた食堂があり、食事はそこだと案内された。


「なにか困ったことがあれば、言ってくださいね」

「ありがとう」

「食事は私たちと一緒でかまいませんか。もしお嫌なら、お部屋まで運びますよ」

 タイラーはそこまで手間をかける必要はないと思い、首を振った。


「その辺はかまいません。食事がいらない時は、あなたに伝えればいいでしょうか」

「はい。食事を一緒にしてもらえるなら、ロビン……お嬢様も喜びます」

 ロビンと言いかけたところを見ると、普段は互いに名前で呼び合っているのかなと、タイラーは考えた。


「あともう一部屋よろしいですか」と、案内された部屋は、それほど広くない簡素な部屋だった。そうは言っても、ざっと見てタイラーの自宅よりは一回り程広い。

 あるのは、曲線美が美しい白い大ぶりなソファーと、四人掛けのテーブル席。角に簡易のバーを思わせる家具もあり、お酒の瓶がいくつかならんでいる。


 あれは自由にしていいのだろうかとタイラーは疑問に思う。そこはシーザーのことだ、自由にしてもかまわないよと答える顔が浮かぶ。一線を引いておきたいタイラーは、今のところ聞かないでおこうと思った。


「旦那様は、この部屋を自由に使ってくれてかまわないとおっしゃってました」

「それはありがたい」

「居間でしたら、お嬢様や私もいます。落ち着かないでしょう、と」


「まあ……」

 そうかもしれないなとタイラーは思う。肯定もできず、笑顔で誤魔化した。書類を一人で見る時間も欲しいし、誰に気兼ねしないで過ごせる時間や場が確保できるのは、ありがたい。


「今案内しました部屋は自由に出入りしてもらってもかまわないです。

 私は食事を作りに戻ります。

 二時間後には夕食です。今日はどうされますか」

「一緒にお願いできますか」

「わかりました。では二時間後に食堂へいらしてください。失礼します」

 ソニアは部屋を出ていった。

 タイラーはひとまず、白いソファーに座わった。背もたれに腕を広げ、ほっと一息ついた。


 寝室に戻り、荷物の整理をしていれば、時間はすぐに過ぎる。約束の時間近くなりタイラーは食堂へ向かった。

 キッチンと食堂が併設された部屋に入ると、ソニアとロビンがアイランド型のキッチンに向かい合って立っていた。正面を向いていたソニアが、タイラーに気づく。


「ダラスさん。もう少しでできます。座って待っていてください」

 ロビンも振り向き、笑む。

「タイラー、よくきてくれたわ」

 歓迎される言葉が投げかけられ戸惑うタイラーは少し距離を置く形で、食卓テーブルのはじっこに座った。


 ソニアが料理をし、ロビンがおしゃべりする。時折、ロビンがつまみ食いをして、ソニアにあしらわれている。

「もうすぐできるんだから、先に座ってて」

 ソニアが頬を膨らませて、ロビンを叱る。やはり使用人と言うより、友達のような関係らしい。ロビンは、はーいと返事をして振り向いた。とんとんとスキップをするように近づき、タイラーの横に座った。


「落ち着かない?」

 頬杖をするロビンは楽しそうだ。

「まあ……、戸惑いますよね」

 戸惑う、と言うしかなかった。二十歳ほどの女の子が二人いると聞いても、断れる旅行ではない。タイラーは腕を組み、天井を見上げた。


「あらあら悩まないでほしいわ。とって食べたりしませんもの」

 そのセリフに、うーんとタイラーは首を傾ける。それは男のセリフではないかと思った。

「タイラーがまじめそうな人で良かったわ。そうでなければきっとお兄様もよばれなかったでしょうけど」

 ふふっと笑って、ロビンがまたソニアの元へ戻っていく。


 二人のやり取りを観察するように眺める。

 女の子はよくわからん。それがタイラーの結論だった。これからの二週間、彼女たちとどう接したらいいものかと軽く悩む。


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