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虫食い姫は隣国の王太子殿下から逃れたい。  作者: 幽八花あかね
隣国の王太子殿下から逃れたい。1章
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09. 寝ぼけ眼の王子様は右隣の席に (もし、殿下に恋をしたら)



 始業時間五分前には予鈴が鳴る。それが鳴ってもサイードが起きなかったので、エリエノールは自分でサイードを起こそうとした。


「殿下、時間ですよ」

「……」


 一度声を掛けただけではサイードは起きない。もう一度声を掛けた。


「殿下、起きてください」

「……」


 二度目も起きないので、勇気を振り絞ってサイードの肩に触れて揺すってみた。不敬だと言われたらどうしよう。


「殿下! 遅刻しますよ」

「……」

「殿下! 起きてくださいってば」

「……ん」


 サイードが寝ぼけているような声を出した。でも、まだ起きてはくれない。


「殿下! 本当に起きてくださいっ」

「……うん、おきる」


 サイードがようやくエリエノールの肩から頭を退かした。重みから解放されてほっとするが、まだ任務は終わっていない。ちゃんと教室まで戻らせなければ。


「殿下、立ってください。あと三分半で始業時間です」

「……」

「殿下!」

「……」


(殿下、寝起き悪い……)

 

 もっと早く起こし始めるべきだったと少し後悔したが、サイードの寝起きのことなんて知るはずもない。今度起こすようなことがあれば――ないことを願うが――早めに声をかけよう。


「……殿下、起きないなら置いていきますよ」

「おいてったらやだ」

「じゃあ歩いてください」

「うん、わかった……」


(子どもみたい……舌足らずで可愛い……)


 が、余計なことを考えて可愛さにぽわぽわしている場合ではない。このままでは遅刻だ。


(仕方ないなぁ)


 サイードの手をぎゅっと握り、教室まで急いで引っ張っていった。





「はぁ……はぁ……」

「はぁ……けほっ、はぁっ……」

「遅刻ぎりぎりです。明日以降は気をつけてくださいね。王太子殿下、ランシアンさん」


 エリエノールがサイードの手を引いて急いで廊下を歩いているところで、ようやく彼の意識ははっきりしてきたらしい。


(本っ当に、寝起きが悪い)


 そこから全速力で走り――エリエノールが遅いので途中からサイードがエリエノールを抱えて走ったが――教室に着いたのは本鈴と同時だった。かなりぎりぎりだった。


(初日から遅刻ぎりぎりって、印象悪いよね)


 ふたりで息を切らして席に着くのを、他の生徒たちは好奇の目や嫉妬の目で見ていたようだ。





 一時間目はクラス活動の時間で、みんなで自己紹介をした。


 エリエノールのいるのは一年Aクラスで、サイード、ミク、レティシア、アベルなどが同じクラスである。


 エリエノールは自己紹介は下手だったと思うが、みんなの情報はある程度記憶できたと思う。

 全員の自己紹介が終わると担任――ブルイエ先生は満足げに頷いた。先生がエリエノールにとって衝撃的な発言をしたのは、その後だ。


「はい、これで一通り終わりました。ああそれと、特待生のふたりは知らないと思うけど学園の授業で魔法の練習をするときなどは()()でやることになります。選択授業のときは多少変わりますが、このクラスでは基本的には男子は左隣の女子、女子は右隣の男子とペアです。一年間()()()やっていきましょう! この授業は、後は自由時間にします。みんな適当に親交を深めておいて下さい」


 ブルイエ先生がそう言うと、周りはざわざわと会話を始めた。


(右隣の生徒……。あっれぇ? 誰だったっけなー?)


 現実を見たくない。誰かどうか違うと言ってくれ。


「よろしく、姫」


(ああ、やっぱり)


 右から聞こえる声を聞いて、現実を見なければならないと悟った。ぎこちなくギギギと首を動かして右隣を見ると、そこにいるのはもちろんサイードだ。

 先程いろいろあったので、なんとなく面と向かって話すのが気まずい。


「よろしくお願いいたします、王太子殿下」


 しかしそれでも、少なくとも一年間は彼とペアであることは変わらない。避けたいのに避けられない状況に置かれてしまうのは何故だろう。そんなことを思いながら、サイードに一礼した。



 サイードと一応向き合ってぎこちなく話をしていると、サイードの右隣にいる女子生徒の姿が見えた。

 ミルクティー色の髪に青色の瞳をした青年――たしかロジェという名だ――と話をしている、レティシアだった。


(今日も眩しいほどにお美しい)


 レティシアの笑みはやはり花のようだ。とても麗しい。しばしこっそりと彼女を見つめた。


「姫はいったい何を見ているのだ?」

「レティシア様を……」


 エリエノールは完全にレティシアに気を取られていたが、サイードに訝しげに声を掛けられたので渋々仕方なく視線を彼に戻した。


(そういえば……)

 

「何故、レティシア様と殿下がペアではないのでしょう? その方が良いでしょうに、何故殿下がわたくしなんかの……」


 独り言のように小さく疑問を呟くと、それにサイードが答える。


「君は自分の価値を分かっていないようだが、君はこの国にとって極めて重要な存在だ。神の血をひくお姫様だからな。だけど君は魔力を封印されているから、君の学園でのペアはまだ魔法を使えない君を十分に支えられる者でなくてはならない。この学年で()()()()な僕が、君とペアなのは当然だろう?」


「……優秀な殿下がわたくしのペアだなんて恐縮です」


 たしかにサイードは優秀なのだろう。難しいはずの古傷の治癒魔法をエリエノールなんかに使ってしまうくらいには、魔法の実力がある。それをこうしてひけらかしてくるのも自信の表れだろうか。


 今度はサイードに訝しまれないようにさりげなく、もう一度レティシアの方を見た。ぱっと見たところ、レティシアとロジェはそれなりに親しい関係らしい。


 レティシアはルクヴルール公爵家の娘で、ロジェはギマール公爵家の息子だと言っていた。公爵家同士でおそらく昔から親交があるのだろう。幼馴染とかいうものだろうか。


「なあ、姫」

「はい、殿下」

「僕は……何か変なことは言っていなかったか? 起きた後のことだが」


(変なこと……?)


 ひそひそ声で尋ねられ、先程のサイードのことを思い出してみる。しかしながら寝ているサイードは静かだったし、特に印象に残っているのは寝起きが悪いことと、子どもっぽくて可愛かったことだけだった。

 彼が何を変なことと言っているのかは分からないが、いくら考えても思い当たらない。


「特に変なことは何もおっしゃっていなかったかと」

「そうか、なら良かった。姫は何か趣味はあるか?」

「……読書と、裁縫や刺繍などの手芸ですかね」


 趣味というか、屋敷にいた頃は家事以外は読書と手芸しかしていなかったが。


「へぇ、君でも一応趣味はあったのだな。意外だ」

「どういう意味ですか」


 趣味のひとつもなさそうな、そんなに無味乾燥な人間に見えるだろうか。


「君が何かを楽しんでいる様子を全く想像できなくてな。君は、笑わないから」


 それを聞いて、なるほどと納得した。たしかにサイードの前では一度も笑っていない。そういえば、ここ数年人前ではほとんど笑っていなかった。

 それなら無味乾燥に見えても仕方ないが、エリエノールだって全く笑わないわけではない。


「わたくしでも、楽しむことはありますよ。笑いもしますし」


 無表情でそう言った。この言葉を無表情で言っても説得力に欠けるかもしれないが、緊張と恐怖で表情筋が動いてくれないので仕方ない。

 サイードの前で笑うことがあるかは分からないが、あるとしてもかなり先になりそうだ。


「……そうか。では、何か好きな食べ物はあるか?」

「最近は食べていませんが、幼い頃は苺のケーキが好きでした」

「ふぅん。では――」



 その後もいろいろとサイードが質問してきて、エリエノールはそれに返答するというのが続いた。こうして一時間目は終わり、その後の授業はつつがなく終わった。


 今日は朝から散々だった。サイードを避ける予定だったのにペアになってしまうし、朝は何かいろいろあったし、学園生活初っ端から本当にうまくいかないものだ。


 そして放課後、ミクから嬉しそうに言われた言葉で、エリエノールはさらに不安を掻き立てられた。



「ね、エリエノール。今日の朝サイード様がエリエノールの傷痕を治すのも、小説の展開と同じなんだよ」

「え……?」


 ついでにミクのいた世界ではあのような状況を〝壁ドン〟とかと言うらしいが、そんなことはどうでもいい。


 彼女は一応伏線を張っていたつもりらしく、さぞかし得意げに言ってくれた。言われてみれば仄めかされていたのかもしれない。


 王城で寝室に忍び込んで来たときには『もうすぐその傷痕なくなるよ』と。一昨日には『明後日の朝サイード様とのイベントが起これば、もう小説の世界確定だと思う』とかと。


 つまりあれは今朝の傷痕治癒のことを言っていたのだ。言われたときには全く理解できていなかったのだが、ミクの伏線の張り方が下手なのか、エリエノールの察しが悪いのか、どちらだろうか。


(小説の展開と同じ、か……)


 こういうことを聞くと、不安になる。


 今はできる気もしないが、いつか恋のことも小説と同じになってしまったらどうしよう。


 今日は絶対にサイードに恋をしてなんかいないが、明日は、一週間後は、一ヶ月後は、一年後はどうなっているだろう。そんなことを考え、少し憂鬱になる。


(もし、殿下に恋をしたら)


 自分はどうなってしまうのだろう。


(本当にこの世界は、小説の中の世界なのかな?)


 真実は、まだ分からない。



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