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虫食い姫は隣国の王太子殿下から逃れたい。  作者: 幽八花あかね
隣国の王太子殿下から逃れたい。1章

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29. 古代魔術の勉強会 「馬鹿なこと以外は健康なので」



 月曜日の三限目の魔法史の授業中、サイードは今までと違ってエリエノールに絡んでこなかった。

 ただいつも寄越してきていたのと同じ紙切れに、業務連絡が堅い言葉で綴られたものだけを渡してきた。


 その内容を簡単にまとめれば、成人祭ではサイードは婚約者であるレティシアがパートナーとなるので、誰かにパートナーを頼むようにということだった。

 見つからなければ適当に人を見繕うから、一週間前にはどうなったか知らせるようにとも書いてあった。


 それ以外の返事は不要だとのことだったので、エリエノールはその紙を畳んでポケットの中にしまい、返事をわざわざ書くことはなかった。





 その翌々日の古代魔術の授業では、自習で今までやったことの復習――試験対策をしていた。

 実は来週の月曜日から三日間、第一学期中間考査が行われるのだ。


 今回の古代魔術の試験では、古代魔術についての基礎知識の問題と、基礎魔法陣がどれかひとつ出るということになっている。


 エリエノールはすでに全て頭に入っているので特に何か必要ではなかったのだが、術式や古代魔法語が覚えられないと困っているジャンと一緒に勉強をしていた。


「これ無理だろ。何だこれ? エリエノール、どうやって覚えたんだ?」

「普通に……見て覚えましたが」

「嘘だろ? どれだけ見れば覚えられるんだ?」

「……? 一通り目を通せば……?」


 ジャンがいま苦戦しているのは、今回の試験範囲となっている古代魔法語百語の暗記だ。今回描く魔法陣は全てこの百語の中の単語で構成されている。


 エリエノールもまた、現在困っているところだ。ジャンが何故覚えられないのかが分からない。どうやったも何も、見たら普通に頭に入るものなのにと思う。


 このままではどうにもならなそうなので、勉強をしていた他の三人にも暗記法を聞いてみることにした。


「あの、お邪魔してすみません。お伺いしたいのですが、皆さんはどうやって覚えましたか?」

「わたくしは紙に何度も書いてなんとか覚えましたが……エリエノール様は見ただけで覚えられたのですか?」


 困惑気味にエリエノールの問いに答えてくれたのはエレーヌである。ユーゴとルイズも頷いていて、同じように書いて覚えたらしい。エリエノールが頷くと、みんなの顔の困惑度が上がった。


「エリエノール様は、今回の試験範囲の魔法陣も全て頭に入っているのですか?」

「ええ、もちろん」


 授業でやった魔法陣は全て描けるようになっている。合宿のときも、地面に枝で〝物を燃やす魔法陣〟を描いて焚き火をつくったりした。


「授業でやった一回で覚えられたのですか?」

「そうです。……あの、何か変でしたか?」


 みんなの表情が何かおかしい。普通でないものを見るようなその目に、エリエノールは不安になった。気づかないうちに何か変なことを言ってしまっていたのかもしれない。


「エリエノール様って、放課後に試験勉強はしているのですか?」

「試験勉強……とは、定期試験のために何か特別に勉強をするということですか?」

「そうですけど……まさか、やっていないとか?」

「はい」


 頷くと、みんなに信じられないものを見るような目で見られてしまった。なんだか気まずい。


(そんなに変なことだったのかな?)


 エリエノールは授業で出された課題以外は何も勉強していない。〝試験勉強〟なるものをみんながやっているということも今日初めて知った。


 今まで読んだ大衆小説の中では誰もそんなことしていなかったし、学園でもいつも寮の自室にこもっているせいで自習室や大談話室に顔を出すこともなく、他の生徒が放課後何をしているのかなんて知らなかった。


 何故か先週からは追加授業もなかったので、課題を終えると暇だからと放課後は本を読んだり刺繍をしたりと、呑気にだらだら過ごしていた。


「もしかして、勉強って生徒の義務だったりします? わたくしは試験勉強のことなんて今日まで露知らず、授業の課題しかやっていないのですがまずいでしょうか……」

「いや、できるなら勉強しなくても大丈夫。つまりエリエノールは頭が良いんだな。そりゃあ、見ただけで覚えられるんだからそういうことか。頭の造りが俺とは違ったんだ。そりゃあそうだ……」


 ジャンはそう言うと、いきなりガンっと音を立てて机に頭を突っ伏した。


(すごい痛そうな音……)


 机に顔面を押し付けたままジャンは固まってしまった。こんな姿は今まで見たことがなく、エリエノールは戸惑いを隠せない。他の三人の表情はどこか白けているような感じだ。


「あの……ジャン様? どうかなさったのですか? もしかして、体調が悪いのですか? そうなら医務室に行った方が――」


「エリエノール様、そんな心配しなくて良いですよ。こいつは試験前はいつもテンションが低いんです。普段はやらない勉強もこの時期はするけど、当然馬鹿なのでうまくいきません。馬鹿なこと以外は健康なので全然大丈夫です。――おい、ジャン。授業中だぞ。起きろー」


 ユーゴがペンでジャンの頭を突っつくと、ジャンはむくりと起き上がった。不機嫌そうな顔でユーゴを睨みつける。


「んだよ、ユーゴ。痛えだろ。もう勉強したくない」

「うん、それは毎回試験のたびに聞いてるぞ。及第点は取れるように頑張れ」

「無理……勉強したくない……。ねえ、エリエノール。放課後暇?」

「えっ。わたくし……ですか?」


 勉強したくないと駄々をこねているところだったのに、何故突然エリエノールの放課後のことなんて聞いてくるのだろう。ジャンは机に顎をつけ、上目遣いでこちらを見上げてくる。


(上目遣いかわいい……)


「勉強教えてよ。お礼はするからさ……。ひとりじゃ頑張れないの」

「課題以外は特にすることもないので、まあ暇ですけど……わたくしで良いのですか? たぶん教えるの下手ですよ?」


 暇はあるが、教えるのには自信がない。普通の会話さえもやっとのことであるのに、人に勉強を教えるなんてできるのだろうか。 


「俺はエリエノールが良い。……駄目か?」

「駄目ではない、ですけど……」

「じゃあ、今日の放課後から一緒に勉強しよ?」


 あざとく見つめてくるジャンを見ながら、エリエノールは考えた。


 ジャンは合宿のときも話したりして、仲良くしてくれている。たぶん、自信はないが、男友だちと言っていい仲にはなれたと思う。


 本から得た知識によると、友だちなら「困ったときはお互い様」らしい。自習室は他の人もいると思うから少し怖いが、人に慣れるのも必要なことだ。


(……よし、頑張ろう)


 約十二秒かけて決意し、ゆっくりと頷いた。


「はい。分かりました。では……よろしくお願い、します」

「うん、ありがとう。エリエノール先生」

「あ、先生って言われるのは嫌です。なんか恥ずかしいので、いつも通りにしてください」

「ははっ、うん。わかったわかった」



 ――こうして、エリエノールはジャンと一緒に放課後に勉強することになった。

 中間考査開始及び古代魔術の試験日までは、あと五日間。その間にジャンが及第点を取れるように教えなくてはならない。勝負の日々が始まった。





「十七点ですね」

「まじか……」


 その日の放課後、第二自習室にて。

 エリエノールは初めての勉強会に緊張していたが、ジャンの答案を見ると緊張している場合ではなくなった。


(これは、やばい)


 つい先程、手始めに試験範囲の古代魔法語百語をどれだけ覚えているか、ジャンに小テストをやらせてみた。左側に現代語を書いた紙に、右側に答えとなる古代魔法語を書かせる――という形式だったのだが、結果は半分以上は空欄で正解は十七個。


 あまりにもな結果に、困ってしまった。


「ええっと、どうしましょう……。他の皆さんのように、書き取りでもしてみますか……?」

「それはきつい」

「そうですよね。……うーん……では……少し、待ってください」


 エリエノールはうんうんと、どうすれば良いのかを考え始めた。



 そもそも、あの百語をこのような形で覚える必要はあるだろうか。

 今回の試験範囲の魔法陣を描くのに必要な単語を先生が抜粋してくれたものだが、あれを覚えていても魔法陣の構成を理解していないと魔法陣は描けない。


 構成を覚えずに描くべき魔法陣を丸ごとそのまま覚えるという手もあるが、単語すらあやふやなジャンがその手を使えるとは思えない。

 もしまだジャンが魔法陣の構成を理解していないのなら、それを教えながら単語を覚えていってもらうべきではないだろうか。



「ジャン様は、魔法陣の構成は覚えていますか? ざっくりとでも」

「なんだそれ?」

「……ジャン様、本当に授業出てましたか? 実は別人だったとか?」


 あまりにふざけた回答に半眼で睨めつけると、ジャンは途端に姿勢を正した。つたない睨みつけでも、一応効果はあったらしい。


「ごめん。今思い出すから。……中央が自然エネルギー収集で、その次が属性と省略詠唱みたいなので、外側がごちゃごちゃしたやつ……っていうあれ?」


 外側に行くにつれて説明が雑になっているが、大まかな構成はその三つ。多少は覚えてくれていて良かった。


「概ねそうです。では、その三つの部分にそれぞれ何が描かれているかは分かりますか? 順番の規則とかです」


「分かんない。今まで授業でやったときはただ見たのを写してただけだ」


「構成を理解していないなら、単語だけ覚えても魔法陣は作れません。並行して覚えましょう。魔法陣を描いて覚えた方がたぶん早いです。第一魔法自習室の方に移動します」


「はい。了解、エリエノール先生っ」


「……だから、先生って呼ぶのはやめてください。なんか恥ずかしいです」


 そこでふたりは第二自習室を出て、第一魔法自習室へと移動した。




「まず、簡単な〝水の生成の魔法陣〟を描きながら説明しましょう。紙とペンを用意してください。教科書などは一切見ないでくださいね」


「うん、了解。――紙とペン用意したよ」


「紙に正三角形を二つ重ねた六芒星を描き、六芒星の頂点と接するように円を描きます。ここまでは分かりますか?」


「うん」


 ジャンの手元の紙には、きちんと六芒星と円が描かれている。ここまでは大丈夫そうだ。


「円と六芒星との間の六つの隙間に各属性の象徴を描きますが、その順番は分かりますか?」


「あれ、順番決まってたのか」


「はい。環状なので何処から書き始めても構いませんが、火から順に言うと『火・闇・地・水・聖・風』です。対になる属性が反対側に描かれます」


「火、闇、地、水、聖、風……。火と水……闇と聖……地と風……おお、なるほどね。象徴はなんとか覚えてるから描ける」


 ジャンは紙に各属性の象徴を描き入れた。エリエノールはそれを見て頷く。


「はい、そうです。次に円の周りに{魔術}を書きますが、それは覚えていますか? こちらのノートに書いてみてください」


 エリエノールは自分のノートを取り出すと、何も書いていない頁を開いてジャンに差し出した。ジャンは少し考えてから、ひとつの単語をノートに書いた。


「これ……だっけ?」

「はい、そうです。正解です。では、それを円の周りに書いて、さらに周りを円で囲ってください。終わったら言ってくださいね」


 エリエノールはしばしジャンの様子を見て大丈夫そうなことを確認すると、新しい紙を出してそれを小さく切って、ひとつずつ試験範囲の古代魔法語を書いていった。裏面には対応する現代語と品詞を書いていく。


 まとめれば単語帳として使えるし、単語を並べ替えて術式をつくったりする練習にも役立つはず。

 とは思いつつも勉強を教えるのは初めてだし、分からないことの感覚が分からないので、これが本当に良い勉強法になれるのかは自信がない。つまりこれで大丈夫なのか不安だ。


(ちゃんと、わたくしでも教えられるかな……?)



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