26. 馬車に揺られて王城へ 「なんかモルモットみたいで嫌」
爽やかな風が青葉を揺らし、ざわざわと心地良い葉擦れの音が聞こえる。
馬車の窓から、エリエノールは外の景色を眺めていた。空はすっきりと青く、ぷかぷかと柔らかそうな雲がいくつか浮いている。
エリエノールは、馬車に乗るのがけっこう好きだった。
八年間引きもっていたゆえに十五歳となっても馬車に乗ったことはまだ片手で数えられる程度しかないのだが、馬車の窓から見える流れるような景色や、カタカタという小さな揺れはおもしろくて好きだ。
「あーあ。サイード様と同じ馬車が良かったなぁ」
「では、今からでも乗せていただいたらどうですか? わたくしはひとりで良いです」
エリエノールにとっての初めての学校行事――合宿が終わり、一日明けて今日は土曜日。授業のない休日である。今は、ミクと共に馬車に乗って王城へと向かっているところだ。
昨日は風邪のため授業を欠席したが、長時間寝たおかげか左足の怪我は治ったらしい。学校医はその回復の早さと自然治癒力に驚いていた。
無理をしてはいけないが、松葉杖なしで歩いても大丈夫だということになった。
松葉杖をつかずに済むようになると、移動が格段に楽だ。健康ってありがたいなとしみじみ思うエリエノールである。
「エリエノールをひとりにするなんて、そんな可哀想なことできないよ。それに、あっちの馬車はダルセルがいるから嫌だ」
「相変わらずダルセル様には冷たいようで」
現在これとは別の馬車にサイード、アベル、ダルセルが乗っていて、そちらも王城へ向かっている。
一台の馬車にまとめて乗ろうと思えば乗れる人数だが、サイードとエリエノールの余計な関わりを徹底的に絶つために二台に分けた。他のメンバーはどちらに乗っても良かったが、自然と男女で分かれている。
「だってあいつモブだし。まあ、それを言ったらわたしも脇役なんだけど。そんなことより、今日はエリエノールの初実験だね!」
「そう言われると、なんかモルモットみたいで嫌なのですが……まあ、実験ですね」
〝モブ〟とやらはよく分からないが、とにかくエリエノールが今日登城する目的は〝実験〟だ。
神の祝福を受けているエリエノールとミクは、王命で月に一回は登城することになっている。主な目的はエリエノールは〝実験〟で、ミクは〝会話〟だ。
エリエノールの封印された魔力を解放するための研究が王城の研究室では日々進められていて、エリエノールは登城したときにその成果を試されることになっている。これが実験だ。
ミクは神殿で神と会話する能力を持っているので、登城したときに神殿で神と会話をする。
この会話の内容を記録するために呼ばれているのが、ミクの神学教育係となっているひとつ年上の神官見習いの青年、ダルセルだ。
ダルセルは黒茶色の髪に黄緑色の瞳をした神秘的な青年で、父親が神事部の長官。
ミクが神殿に行くときなどにそばに付く役割や、神官や神学についてのいろいろを学ぶことを学園でサポートする役割を任されている。
ミクはエリエノールのように放課後に追加授業があるわけではないが、自習室や大談話室でダルセルに勉強を見てもらっているらしい。
ミク曰くダルセルは「神のことばかり気にしてるせいで人の心が欠落している」とのことで、そんな彼と関わることにミクは辟易しているようだ。
「でもあれだよねー、やっぱ最初の実験じゃあまだうまくいかないよ」
「小説でもそうでしたか?」
「うん。まあそんなところ」
「……そういえば、ミクさんにお聞きしたいことがあったんです」
「何?」
「なぜ殿下にわたくしと離れるように言ったのですか?」
合宿から帰ってきた後、ミクはエリエノールと離れるようにサイードに忠告したらしい。
(でもミクさんは、〝エリエノール〟と〝サイード様〟が結ばれるのがハッピーエンドだって言ってたから……)
その矛盾した行動の理由が分からず、疑問に思っていた。
「それは、わたしが〝神の慈悲を頂く乙女〟だから。こっちにもいろいろあるんだって。わたしは神様の言ってたことを伝えてるだけだよ」
「では、神はわたくしと殿下が結ばれることはお望みではないということですね?」
「うん。今のところは」
「今のところは」という言い方はやや気になったが、とりあえず神がこの状態を勧めているというのなら尚更こちらはそれに従ってサイードとの関わりを避けるまでだ。
(別に、寂しくはないもん)
サイードと関わらないことは、平穏を望むエリエノールにとっては良いことである。
城門に着くとエリエノールとミクは馬車を降り、ミクはダルセルと共に神殿へ、エリエノールは門のところで待っていてくれたイヴェットと共に王城内の研究室へと向かった。
イヴェットは宮廷魔道士で、鉛色の髪に濃い桃色の瞳をした女性。
〝神の血をひくお姫様〟であるがゆえにちょっと特別扱いで大事にされているエリエノールの王城などでの護衛兼侍女で、リュウールシエル王国からサージュスルス王国までエリエノールを迎えにきて、転移魔法でこの国まで連れてきてくれた人だ。
ちなみにサイードの従者であるアベルの姉で、アベルは彼女と同じ鉛色の髪に灰色がかった青色の瞳をしている。
彼女と適当に会話をしながら、王城の廊下を歩いていく。
リュウールシエル城では敷地内に〝研究棟〟という研究のための装置や専門書が揃った施設が建てられている他、王城内にも研究室がある。
エリエノールが今いる王城内の研究室には研究棟から各部署の研究者が集められていて、それぞれ報告書などを持ってきていた。みんなで円卓の周りの椅子に座り、互いに顔を見合わせられる状態で座っている。
「一ヶ月ぶりですね、エリエノール嬢。お元気でしたか?」
「はい、それなりに」
始めにエリエノールに話しかけてきたのはジェレミー・トルアバル侯爵だ。トルアバル侯爵の問いかけにぎこちなく頷く。
トルアバル侯爵は白髪混じりで背の低めな初老の男性で、宮廷の中央省魔法部の長官。エリエノールの魔力を解放するための研究の責任者だ。
この場に集まっている研究者の年代はそこそこ幅が広く、だいたい二十代から六十代くらいまでの人が十数人いる。
当然ながらみんなエリエノールより年上で、一度は挨拶をしたことがあるとはいえほぼ初対面のようなものなので、今エリエノールは実はかなり緊張していたりする。
「まあ今回の集まりは初回ですのでごゆるりと、今までの研究の報告と行きますか。その後、実験できる研究室は実験をということで」
――そういうわけで、各研究室からの報告が始まった。
ざっくりと言うと、エリエノールの魔力を解放するための研究は主に七つの研究室――魔法史研究、新魔法研究、歴史・民俗研究、闇属性魔法研究、聖属性魔法研究、魔法薬研究、魔力研究――で今年度から新たに行うようになり、各研究室で協力や連携をしながら行われている。
現段階では、概ねそれぞれの先行研究の資料を読み漁り今後の研究の計画を立てているところで、歴史・民俗研究室以外は今日は実験はしない――とのことだった。
話を一通り聞き終わったところでこの集まりはいったん解散になり、エリエノールはイヴェットと共に、歴史・民俗研究室の室長――ニコラ・ドゥクレ室長の後を付いていった。
ドゥクレ室長は三十代前半くらいの男性で、茶色の髪はおそらく寝癖でぴょんぴょんと跳ねていて服も何故かよれよれと、一見だらしない感じの人である。
「こちらです」
「失礼いたします……?」
足を踏み入れた先の部屋の奇妙さに、エリエノールは驚いた。




