24. 拒絶の言葉と虐めの存在 「……なんで?」
そんなこんなで競技場ではサイードからエリエノールの分の林檎を受け取ったりなどしながら飛行魔法試験は無事に終わり、ゴールラインにいたブルイエ先生が記録を取りながらエリエノールたちに話しかけてきた。
「殿下は合格です。おめでとうございます。ランシアンさんは、魔力が解放されたら試験を受けることになりますね」
「はい」
「これから学園に帰ってもらうことになりますが、大丈夫ですか? 殿下にしては時間がかかっていたようですが、体調が優れなかったりはしていませんか?」
ブルイエ先生が言うことによれば、サイードならもっと速く飛べたらしい。エリエノールのせいで余計な気を遣わせてしまったのだろうか。そうだとしたら申し訳ない。
「僕は大丈夫ですが、彼女はあまり元気がないようです」
「え、大丈夫ですよ?」
サイードは何故か心配しているらしいが、そんなに元気がないつもりはない。見上げると、手を握る力を少し強められた。黙れということだろうか。
「彼女は大丈夫と言っていますが、学園に帰ったら医務室に連れていきます。足の怪我のこともありますし。……それで良いでしょうか?」
「はい。それが良いと思います。たしかにランシアンさんは少し顔色が悪いような気もしますから。では、気をつけて帰ってくださいね」
エリエノールの顔はいつも青白いはずなのだが、それがさらに悪化したりもするのだろうか。とりあえず、これ以上大丈夫だと主張するのもしつこくて迷惑だろうと思ったので口を噤む。
「はい。いってきます。行くぞ、姫」
「……はい」
再び魔法の絨毯は上へ上へと上がっていき、ブルイエ先生がどんどん遠ざかっていく。やがて訓練館も見えなくなっていった。
絨毯はそれなりに上空の方に来ているようだ。周りに他の箒は見えないから、ここにはふたりきり。
(関わるのやめて欲しいって、言わなきゃ)
エリエノールとサイードが過度に関われば、周りに危害が及んでしまう。今までのような絡まれるふざけた日々は、終わりにしないといけない。
「……殿、下」
自分で思っていたのより弱々しい声が、口から漏れた。少し掠れた声で、声を乗せた吐息は少し熱いような気がする。
(たしかに、いつもより元気じゃないかも)
ゆっくりと隣にいるサイードを見上げた。
「どうした? 姫」
サイードがこちらを向いて、しっかりとふたりの目が合う。やはり今日はサイードの機嫌が悪くなさそうだ。
(こんなこと言ったら、たぶん不機嫌になっちゃうよね)
自分が今から言おうとしていたことを言葉にするのを、ためらってしまった。もう関わるのをやめて欲しいなんて、何故かエリエノールのことを心配してくれている今のサイードに言うのは気が引ける。
(でも、言わなきゃいけない)
これは、ふたりで話せる今言うべきなのだろう。そう思い、ゆっくりと重い口を開いた。
「もう……わたくしに関わるのを、やめていただきたいのです。無闇に触らないでください」
言った。拒絶の言葉を、今はっきりと。
昨日から実は、医務室でこっそり練習していた。拒絶の言葉をどう言うか考えて、きちんと言えるように練習していた。サイードの機嫌が悪くなることも想定していた。
サイードの表情に先程までなかった不機嫌が滲むが、ここで怯んではいられない。
(今日こそちゃんとお話しする)
この合宿で、エリエノールがサイードに関わるのをよく思わない者がいることを知った。このままではその者がエリエノールだけでなくその友人にまで危害を加える可能性があるということを知った。
エリエノールがサイードといちゃついているとレティシアが悲しんで、エリエノールがサイードと一緒にいるとサイードとレティシアの評判に傷がつくということも知った。
だから、これ以上関わらないようにしないといけない。その方がみんなにとって良いのだ。
その場その場で中途半端に力なく拒否するのではなく、きちんと話してサイードにも納得してもらわないといけない。
(殿下とわたくしは、仲良くなる必要はない)
エリエノールは最近、サイードには少しだけ慣れることができて、以前より少し心が開けた気がする。しかしエリエノールとサイードの間に心の交流など必要ないのだ。
クラスメイトで、学園でペアなだけ。信頼もいらない、親愛もいらない、友情もいらない。恋愛感情なんて絶対にあってはならない。
「必要以上に話しかけたりしないでください。できるだけ触らないでください」
「……なんで?」
その声に、なんだか幼さを感じた。サイードが手を握る力をさらに強めて、手を自分の方に引き寄せる。
その表情に、不機嫌だけでなく何故か哀切のようなものも滲んでいる気がした。
(なんで、そんな顔するの?)
無意識でやっているのか知らないが、こうして罪悪感を煽ってくるのはやめて欲しい。
「わたくしが殿下に触られたり、必要もないのに一緒にいたりすることは、良くないことだからです」
「誰かに何か言われたのか?」
「それ、は……」
言葉が止まった。ここでカリンの名を出すのは、ずるいような気がする。
エリエノールだってカリンに言われる前から、サイードとの過剰な関わりはいかがなものかと思っていた。それなのにこの拒絶を全てカリンのせいであるかのように言うのは、なんか違う。
しかしエリエノールが考え事をして黙っている間に、サイードは余計な勘を働かせてくれたようだった。
「その様子だと、言われたのだな。……ああ、カリン嬢か。昨日も舞踏会で何か言われたし、山登りのときも言われたのだな?」
「何故っ……」
「君はこういうところは素直だよな。嘘でもついて否定すれば分かり難くなるのに、そうやって動揺するから何か正解か察せられてしまう」
「……」
(なら、嘘つけば良かったの?)
ぎゅっと唇を噛んだ。嘘をつくのは良くないことだから、嘘はつきたくないのに。
ただサイードの言っていることは事実なので、こう言われてはぐうの音も出ない。目を逸らして俯いた。
「君への虐めも、カリン嬢や他のレティシアの友人たちがやっているのか?」
「虐め……って、何のことですか?」
虐めと言えば、そういえば合宿前にもミクに虐められているかとか聞かれた気がする。しかし全く身に覚えがない。首を傾げているとサイードがため息をついた。
「まさか自覚はないのか? 僕でも何かあると気づくというのに、本人が気づいていないなんてあり得るか?」
「そうおっしゃられましても、本当に心当たりがないのです……」
本当に、サイードやミクはいったい何のことを虐めだなんて言っているのだろう。虐めなんてあったらエリエノールが気づくはずなのに、何故こんなに噛み合わないのだろうか。
「では聞くが。『水』と言って、何か思い出すことはないか?」
(水、水、水……?)
彼は何を思ってこう言ったのだろう。水について数秒考えてみても、思い当たる節が何もなかった。
「水って何のことですか?」
「アルノーから聞いた。女子トイレから出てきた君が、誰かに水を掛けられたようだったと」
「…………ああ、あのときの」
ここまで言われて、エリエノールはようやく思い出してきた。
一週間ほど前のことだった気がするが、エリエノールが女子トイレにいたら何故か上から水が降ってきたことがあった。困惑しながらトイレから出たら偶然鉢合わせたのが、男子トイレから出てきたアルノーだ。
アルノーはクラスメイトのひとりで、合宿では武闘会でレティシアと戦っていた人である。
申し訳ないと思いながらも、彼に服や髪を魔法で乾かしてもらった。サイードが言っているのはきっとそのときのことだろう。
「配管の故障かと思っていました」
「そんなわけないだろう。馬鹿なのか?」
「……」
また馬鹿と言われた。たしかに否定はできないが、そんなに言わなくても良いだろうに。
「次に、ロジェから聞いたことだが……君のローブとスカートの裾が切られていたこともあったらしいな」
これはいつだったか廊下を歩いていたらロジェから声を掛けられて、ローブとスカートの裾が切れていると指摘された件だろう。休み時間に自分で縫った記憶がある。
ちなみにロジェもクラスメイトで、レティシアのペアである。合宿では山登りのときに少し会話した。
「……何処かに引っ掛けて裂けただけだと思っていました」
今度は馬鹿とは言われなかったが、盛大にため息をつかれた。サイードは呆れているらしい。
(絶対、馬鹿だって思われてる……)




