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虫食い姫は隣国の王太子殿下から逃れたい。  作者: 幽八花あかね
隣国の王太子殿下から逃れたい。1章

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21. 裸足の姫は嫌々舞踏会へ 「触りたい」「嫌です」



 日が沈みかけている夕方。エリエノールの元に来たのは今度はサイードだ。

 彼の前にもレティシアが見舞いに来てくれたようなのだが、そのときは寝ていたので会うことができなかった。悔しい。


 レティシアが去った後に起きたエリエノールは現在、携帯用の裁縫セットで昨日着ていたローブの破れたところを縫っているところだった。


「こんばんは、殿下」

「……ああ」


 サイードはまたもや不機嫌そうな顔をしていた。エリエノールはサイードの方をちらちらと見つつ、ローブを縫う手を止めずに彼に問うた。


「何かご用ですか?」

「……君は、医務室の外に出ないつもりなのか?」


「そうですね。もうすぐ舞踏会(ダンスパーティー)が始まるのでしょう。殿下は何故ここにいらっしゃったのですか?」


「当然、君を迎えに来た。僕をひとりにする気か? 舞踏会での最初のダンスは、ペアでやることになってるのに?」


(えー、行きたくないですー)


 夕方から夜にかけて行われるのは〝舞踏会(ダンスパーティー)〟である。舞踏会とは言っても、特に華やかなドレスを着たりはしない。全員学園の制服とローブで出席だ。


 この舞踏会の目的は一年生の間での交流を深めること。最初のダンスはペアで行い、あとは夕食をとったり自由に相手を選んでダンスをしたり談笑したりと、比較的自由にしていて良い会である。

 エリエノールはこれには出ないつもりで今ローブを縫っているところだ。

 

「わたくしは、殿下もご存知の通り足を怪我しているので踊れません。皆様のご様子を見ている予定でしたが、やはり面倒くさいので医務室にいようかと思っています」


「本当に引きこもりだな」

「はい。伊達(だて)に八年間引きこもっていたのではありません」


 もし足を怪我していなくて健康な状態だったら、エリエノールだってちゃんと舞踏会に出席するはずだ。

 しかし怪我をしているからどうせ行っても大したことはできない上に、行けばまたサイードが絡んでくるはずだ。それは面倒くさい。


(わたくしが出席する利点(メリット)、あります?)


 また、学校医はこれに関しても行ってもいいし医務室にいてもいいと言ってくれている。エリエノールは人がたくさんいる場所は苦手だ。しかも人との交流を目的とした会なんて、なんて恐ろしいものだろう。


 武闘会を見ていたときは舞踏会も見るつもりだったが、一度医務室に戻るとまた出るのが面倒くさくなってしまった。人と関わるのも松葉杖で歩くのも疲れる。だからエリエノールは医務室に引きこもることを決め込んでいた。


(殿下がさらに不機嫌になっても、わたくしは舞踏会には行きたくないもん!)


「よし、さらうか」


 サイードが何かおかしなことを呟いた気がする。エリエノールはローブを縫いつつ、その言葉の意味を問おうとした。


「殿下、何をおっしゃって……あの、何してるんですか?」

「何って、君を持っているのだが? お姫様抱っこで」


 サイードはエリエノールをベッドから持ち上げて抱えていた。いったいこれで彼に持たれるのは何度目だろう。こちらは針を持っているのに、いきなり抱えるなんて危ないではないか。


(え、刺しますよ??)


 これでエリエノールが()()()()()()サイードを針で刺したとして、それで咎められるなんて御免だ。しかし臆病(チキン)なエリエノールは針を持ったまま固まり、やっぱり刺すのが怖くて下手にサイードを押し退けることもできない。


「やめてください、殿下。わたくしは部屋着ですし、このローブも今は縫っているので着れません」


 エリエノールは舞踏会に行けない訳をサイードに告げた。


 エリエノールは今、制服は着ていない。部屋着の簡素なドレスを着ていて、ドレスはもちろん長袖で、裾が足首の少し上くらいまであるもの。露出はエリエノールの敵だ。


 合宿での舞踏会は制服とローブを着て出ることになっているから、エリエノールの格好は相応しくない。だから舞踏会にはいけない。しかしそれにサイードが言い返す。


「ローブは予備があるはずなのに何を言っている? 武闘会のときに着ていただろう」


(ええ、着てましたよ)


 たしかにサイードの言う通り、エリエノールが午前中に着ていたのは今縫っているローブではなくもう一枚のローブだ。

 先程ローブについて言った内容は嘘ではないが、舞踏会に行かないための言い訳にすぎない。エリエノールはまた言い訳をした。


「だとしても、制服に着替える時間はありませんね。ですからどうかお引き取りを。……あの、殿下……?」

「ん、何だ?」

「わたくしの勘違いでなければ、医務室の外に出ようとしていらっしゃるのではありませんか?」


 サイードはエリエノールを持ってベッドから離れ、その足は確実に医務室の扉へと向かっている。


 まさか本気でこのまま舞踏会へ連れていく気なのだろうか。足を怪我しているせいで踊れない上にひとりだけ違う格好となればいい笑い者だ。

 こんなに拒否しているのに連れていこうとするなんて、嫌がらせなのだろうか。


「そうだが? 何か問題があるか?」


(問題しかないです)


「わたくしは舞踏会に参加できる格好ではありませんし、行く気もないのです。お願いですから下ろしてください」

「……」

「何故無視するのですか?」

「……分かった。下ろそう」


 サイードはため息をつくと、エリエノールを医務室の扉近くのベッドに下ろした。そしてエリエノールの手から縫いかけのローブや針を奪い、ベッド脇のサイドテーブルに置く。


(え、何してるんですか??)


 何故かサイードは、自分のローブを脱ぎはじめた。下に制服を着ているので別に見ても問題ないのだが、突然異性に目の前で服を脱がれると面食らう。慌てて目を逸らした。いったい何をしているんだ。


「あ、あの……?」


「格好を気にしているなら僕のローブを着るといい。ちなみにローブのことばかり言っていたが、ローブの着用は舞踏会では任意だから着なくてもいいのだぞ? 要項が間違っていたと昨日掲示板で訂正されていた。制服ではない君はそのローブを向こうで脱ぐことはないと思うがな。まあ、とにかく行くぞ」


「え、いや、ローブの問題では――きゃっ」


 サイードは自分のローブをエリエノールの肩に掛けるとまたさっと抱え上げた。彼は医務室の扉から出て、廊下を歩いていく。


(これは、わたくしの負けだ)


 ローブの着用が必須だと勘違いしていたエリエノールは、ローブのことで言い訳した時点で負けていたのだ。早く教えてくれれば良かったのに、こうして無理やり連れ出せるまで言わないなんて意地悪だ。


(掲示板で訂正なんて、知るわけないじゃん)


 サイードの言う掲示板はきっと二階の廊下にあるものだ。みんなは館の二階か三階に泊まっているので見ることができたが、みんなと違って一階の医務室で過ごしているエリエノールは見ようがなかったのだ。


(情報が公平(フェア)じゃないから、殿下はずるい)


 こうなっては、舞踏会に連れていかれるしかない。エリエノールは諦めた。そしてサイードに抱えられた状態で、舞踏会の会場である大広間へと到着した。





「……殿下、本当にわたくしを連れてきたことは正しいと思いますか? 周囲の視線が恐ろしいですよ」


「僕がひとり惨めにみんながダンスをしているのを眺めるよりましだろう。……おい、何故避けるんだ」


「殿下。いちいち触ろうとするのはやめてください」


 今はエリエノールとサイード以外のペアがダンスをしているところで、ふたりは椅子に座ってみんなを眺めていた。見たところ、ローブを着ているのは少数派だ。


(うぅ……視線が痛い)


 ダンスをしながら、幾人かの女子生徒が射抜くようにこちらを見ている。よそ見をしながらダンスができるなんて器用なことだが、こうして自分が敵意を向けられていると感心しているだけではいられない。


「……姫」

「何ですか」

「触りたい」

「嫌です」

「何故だ!? 他のみんなだって手を繋いでいるではないか?」

「わたくしと殿下はダンスをしていませんから、手を繋ぐ必要性がないのです」


 先程からサイードはと言うと、エリエノールと手を繋ごうとしたり、腰に手を添えてきたりしている。

 そのたびにエリエノールは手で払い退けたり体を反らしたりして回避しているのだが、サイードの猛追は止まらない。


 しかしエリエノールが回避できていることを考えると、本気で来られたら抵抗しても無意味なほどに彼は力が強いので、今は手加減されているのだと思う。理由は分からないが。


「姫、怒っているのか?」

「当然です。殿下のせいで、わたくしは医務室に帰ることもできないのですから」


 サイードはエリエノールを抱えて医務室から連れ出してきたが、そのとき松葉杖を医務室に置いてこられた。

 おまけにエリエノールはベッドにいたところを連れてこられたので、サイードから着せられたぶかぶかのローブの下は部屋着である上に足は裸足である。


 つまりエリエノールは足を怪我しているのに松葉杖がなく、靴も履いていないので誰かに運んでもらわなければ移動することができない。


(殿下の意地悪……)


 抱えられて舞踏会の会場に入ったときから嫉妬やら何やらの視線で刺され、もう逃げたい気持ちでいっぱいだ。正直、このセクハラ王子に悪態をつきたい。


(ばーか、ばーか)


 しかし実際に口にする勇気はなかったので、心のなかで稚拙に罵るだけにとどめた。



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