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虫食い姫は隣国の王太子殿下から逃れたい。  作者: 幽八花あかね
隣国の王太子殿下から逃れたい。1章
19/70

19. 武闘会に舞う白雪の髪 (美しい……尊い……)

※殿下が破廉恥



 合宿二日目の朝、エリエノールはミクに起こされた。ミクはエリエノールを心配しながら、武闘会(バトルパーティー)を見に行こうと誘ってきた。


 見学していても良いし寝ていても良いと学校医に言われていたエリエノールは、面倒くさいので行かないつもりだった。が、ミクがあまりにもしつこいので仕方なく武闘会を見に行くことにした。


 寝ぼけ眼で身支度を整えて朝食をとると、松葉杖をつく。初めて松葉杖で歩くのはなかなかきつかった。



 合宿二日目にはふたつのイベントがある。午前中からお昼頃まで行われるのが〝武闘会(バトルパーティー)〟で、夜に行われるのが〝舞踏会(ダンスパーティー)〟だ。


 現在訓練館の敷地内の競技場で行われているのは、武闘会の方。武闘会をミクの世界にあるもので言うと〝体育祭〟とか〝運動会〟とかいうのに近いものらしい。


 この武闘会にはふたつの競技があり、ひとつが〝模擬決闘〟で、もうひとつが〝魔物(モンスター)狩り〟だ。今はひとつ目の模擬決闘が行われているところである。


 エリエノールは観客席に座って観戦していたが、その目は美しい令嬢に釘付けになっていた。これを見られるなら医務室から出てきた甲斐(かい)があるというものだ。

 

(美しい……尊い……)


 ひとつに結われた純白の髪が、攻撃を(かわ)すたびに雪のように舞って綺麗だ。今試合をしているうちのひとりはレティシアである。


 模擬決闘は、高等部の入学試験の「実戦魔法」で上位だった生徒がみんなの前で戦うものだ。今戦っているのは実戦魔法一位のレティシアと、二位のアルノー。

 アルノーはクラスメイトのひとりで、バアラ侯爵家の息子である。赤毛にヘーゼル色の瞳をした青年だ。


 レティシアはルクヴルール公爵家の娘なのだが、ルクヴルール公爵は王城の第一騎士団の団長らしい。

 バアラ侯爵は第二騎士団の団長だというから、レティシアとアルノーはどちらも父親が騎士団長なのだ。

 そう聞くと、ふたりが実戦魔法が得意なのも頷ける気がする。


(なんて美しい剣さばき……惚れ直しちゃう……)

 

 この模擬決闘では使っていい魔法は防御魔法だけで、攻撃魔法は禁止だ。ローブと武器は模擬決闘用の特別なもので、武器には殺傷能力はない。


 ローブは受けた衝撃を吸収する魔法がかけられている上に、相手の武器に触れると裾が変色する仕様となっている。

 元は生地と同じ紺色だが、一度触れると青、二度目で黄色、三度目で赤になり、先にローブの裾が赤くなったほうが負けだ。


 実戦魔法では攻撃魔法ももちろん取り扱うが、防御魔法や魔法を使わない攻撃方法も学ぶ。何故こんな科目があるのかというと、この世界には魔物(モンスター)がいるからだ。


 約十五年前に魔王が倒されてから魔物の数は減ったというが、まだまだ魔物はこの世界にいる。魔王についてはいろいろ謎があり、まだ生きているとか、新しい魔王がいるとかいう話もある。


 エリエノールの魔力は魔王に封印されているらしいが、それが約十五年に倒されたという魔王の仕業(しわざ)なのかは分からない。約十五年前というとエリエノールが生まれた時期と被るからだ。


 前の魔王が倒される前にエリエノールの魔力を封印したのかもしれないし、新しい魔王が封印したのかもしれないし、もしかしたら何かの間違いで魔王の封印ではなかったという可能性もある。


 魔王のことはどうであれ、魔物がいる世界に生きるからには魔物と戦う術を身に着けていなくてはならない。人間と共存できる魔物もいるが、人間を襲ってくる魔物もいる。

 襲ってくる魔物の中には魔力を一時的に封印してしまうものもいるから、魔法を使わないで戦う方法も必要なのだ。


 ――というわけで、この模擬決闘では非魔法攻撃と防御魔法の腕を試す試合となっている。



「レティシア様、格好良い……好き……」

「君はそんなにもレティシアが大好きなのか? 何だ、君の嫁にでもするつもりか?」


 レティシアの戦う姿に惚れ惚れとしていたエリエノールに茶々を入れてきたのは、サイードである。彼はちゃっかりエリエノールの隣に座っていた。


「レティシア様は、お美しい上にご聡明で、戦いもお得意なのですね。そんなお方が婚約者だなんて、殿下が羨ましい限りです」

「僕だって美しいし聡明だし戦えるが?」

「そうですね。殿下は次の試合に出場なさるのでしょう? 準備はしなくて良いのですか?」


 エリエノールは、レティシアがアルノーを剣で打つのを見ながらサイードと話していた。今はレティシアのローブの裾が青でアルノーが黄色だ。あと一回レティシアが攻撃したら勝ちである。


「君は、本当に僕よりレティシアが好きなのだな。まるでテディみたいだ」

「殿下、今のレティシア様をご覧になりましたか? とても華麗な躱し方でした」

「……ムカつくな」


 サイードはそう言うとエリエノールとの距離を詰めてきた。そのままでは太腿が触れてしまうので、エリエノールが少し横にずれて離れる。


(レティシア様っ、頑張って!!)


 エリエノールはサイードのことなど全く見ていなかった。レティシアがアルノーの攻撃を再び躱して、今とどめを刺そうとしているところなのである。

 だからサイードの手がおもむろに近づいてきていることにも、全く気づいていなかった。


「――ひあぁっ!?」


(な、何!?)


 エリエノールは思わず声を上げた。混乱しながらレティシアから視線を剥がして横を見ると、サイードがにやにやしている。ご満悦といった様子だ。


「やっと僕を見てくれたな、姫?」

「で、殿下。この手は、何のおつもりで……?」


 混乱の原因は、サイードの触れ方にある。エリエノールの横に座ったサイードは腕を背後からエリエノールの首に回し、あまつさえその手を襟から服の中に入れて鎖骨の辺りに触れているのだ。


(服に!! 手ぇ! なんでよ!?)


 この人はいったいなんてことをしているんだ。きわどいところには触れていないとはいえ、女の服に無断で手を突っ込むとは何事か。

 頭は混乱と驚きでいっぱいだった。衝撃的すぎて体が固まり、手を払い退けようとすることすらもできない。


 サイードはゆっくりと鎖骨をなぞり、指を首に這わせた。

 手は服の中からは出たが今度は首を掴まれているので、それはそれで少しまずい。エリエノールの細い首なんて、絞めようと思えばサイードなら片手で絞められてしまうだろう。


 サイードはエリエノールの耳元に唇を寄せた。かかる吐息に、肩が小さくぴくりと跳ねる。先程からめちゃくちゃぞわぞわして、とにもかくにも気味が悪い。


「君が他の誰かに夢中になっているのが気に入らないのだ。……何故だろう?」


(知らんがな!)


 サイードが機嫌を損ねる理由なんて、エリエノールに尋ねないで欲しい。もしエリエノールがそれを分かっていたら、彼はあんなにエリエノールの前で不機嫌そうな顔ばかりするはずはないのだから。


「そんなこと、わたくしが知るはずありません……! どうか、お願いですから離れてください」


(触られてるのも怖いし、首絞めの危険性も怖い)


「……分かった。離れる」


 サイードは残念そうな顔をしながらも、意外とすぐにエリエノールから手を離してくれた。本当に、なんてことをしていたんだ。心臓がまだドクドクとうるさく鳴っているのが分かる。


 サイードが観客席から下りて歩いていくのを眺めながら、エリエノールはサイードにしてやられたことに気づいた。あの間にレティシアとアルノーの試合は終わってしまったのである。


(殿下のせいで、レティシア様のご勇姿を見れなかったじゃない……!)


 レティシアが勝ったようだが、その瞬間を見ることができなかったのはすごく悔しい。サイードに文句を言ってやりたい。


「エリエノールったら、いちゃいちゃしちゃってねー。破廉恥だわぁ」

「……何ですか、ミクさん」


 エリエノールは、突然ひょっこり後ろから現れたミクの方を見た。なんだかミクはにこにこしている。


(いちゃ――あっ、今の見られてたのか)


 あわあわしていて考えていなかったが、ミクが見ていたのなら他にも見ていた人がいるかもしれない。他の人の試合中だろうと、サイードに夢中な女の子たちはサイードに目を光らせていただろう。


 人前であんなことをしてくるなんて彼は本当に頭がおかしいのだと思う。勉学に関しては優秀はずなのに、こういうところはおかしい。


 こうして触れられているからエリエノールはサイードを誑かしているとか言われてしまうのだ。

 また今日もすぐには拒否できなかった。混乱していようと驚いていようと、抵抗しないといけないのに。


「いやー、サイード様って、あれはもうエリエノールに惚れてるよね。見せつけてくれちゃってー」

「何言ってるんですか。ただ遊ばれてるだけですよ」


 あれの何処がエリエノールに惚れていると言うのか。先程のだって、ただ単に構って欲しかっただけなのだろう。面倒くさい。

 サイードに触られたい女子など数多いるのだろうから、そういう人を触ればいいのだ。


「相変わらず、エリエノールはツンデレっと。素直になりなよー」


〝ツンデレ〟とやらはよく分からなかったが、素直になれと言われたのでエリエノールは素直にいま思っていることを言うことにした。


「では、殿下が絡んでくるのが気持ち悪いです」

「うっわ、辛辣(しんらつ)。あ、そうそう。次にサイード様が模擬決闘してるときはジャンが来るよー。じゃあね」

「……はぁ」


(ミクさん、本当何しに来たんですか??)


 ミクは言いたいことだけ好き放題に言って、また何処かに去っていった。ミクもよく分からない人だなと思う。


 次の模擬決闘は実戦魔法三位のアベルと、四位のサイードの試合だ。サイードを応援する女子の熱気がすでに凄まじい。


 アベルが三位なのを少し意外に思ってしまったが、彼がサイードの従者であることを考えれば強くて当然なのかもしれない。

 王太子であるサイードの従者ならば、万が一の事態に備えて武術の腕が立つ者である方が良いのだろう。


(あんなに応援されたら、逆にプレッシャーで辛そう)


 他の教科は全て一位らしいサイードは、実戦魔法では四位だ。しかしサイードより上位の人がいるからと言って彼が優れていないわけではなく、彼は十分優れているのだろう。

 本人が言う通り「美しいし聡明だし戦える」、眉目秀麗で文武両道の王子様なのだ。


(どちらが勝つのかしら?)


 サイードはアベルに負けたら悔しがりそうだが、この試合はどうなるのだろう。レティシアのときほど興味はないが、エリエノールは試合の様子を観察した。



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