表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虫食い姫は隣国の王太子殿下から逃れたい。  作者: 幽八花あかね
隣国の王太子殿下から逃れたい。1章
18/70

18. 星の瞬く夜を、彼の箒に乗せられて (嘘!? 落ちる? 落ちる!?)



「ご心配ありがとうございます、殿下」

「ああ。早く館に行こう。みんな心配しているからな。……ところで、体は大丈夫か? 怪我はしていないか?」


(そういえば……)


 サイードに問われ、自分の足を見下ろした。


(左足、めっちゃ痛い)


 意識するとかなり痛く、腫れているような気もした。サイードが登場してから今まで、足の痛みのことを全く忘れていられたのが不思議なくらいだ。


「……左足以外は、大丈夫です」


「つまり、左足は大丈夫ではないのだな。体表の傷なら僕でも治せるが、きちんと学校医に診てもらったほうが良いだろう。少し触るぞ」


(さすがに、怪我したところには勝手に触ってこないのか)


 エリエノールが頷くと、普段のサイードからは信じられないほど慎重に左足に触れられた。触られたのに痛みが増さない、ものすごく繊細な手付きだった。


「〈聖なる力よ、此の者の痛みを和らげ給え〉」


 サイードが唱えると、痛みが幾分和らいだ。さすが、優秀な王太子殿下の魔法はすごい。


(この程度の痛みなら歩けるかも?)


「これはただ痛みを和らげているだけだから、下手に動かすな。骨折とかだったら悪化するから」


(あ、たしかに)


 言われなければ自分で立って歩きそうだったが、たしかにサイードの言う通りだ。


「分かりました。ありがとうございます、殿下」

「では、持つぞ」

「……えっ」


 サイードがさっとエリエノールを抱き上げた。軽々と持ち上げられて驚く。


(重くないのかな……?)


 前に持ち上げられたときは初回授業に遅刻しそうで焦っていたから何も考えられなかったが、考える余裕がある今回はそういうことが心配になってしまう。

 重さ以外にも、土まみれのエリエノールを抱えたらサイードの服が汚れてしまうのに、とか。


 じゅっという音がして、焚き火が水で消された。一言も言葉を発することなく、水を生成したサイード。


(もう無詠唱魔法使えるんだ……)


 無詠唱魔法は、まだ学園では習っていない高度な魔法のはずだ。鎮痛魔法に、無詠唱での水の生成魔法――先程から彼は、魔法の実力をこれでもかと見せつけてくる。

 

(そういうところは、ちょっとかっこいいかも)



 サイードがエリエノールを抱えて歩き、地面に箒が置かれたところまで来た。おそらくここに来るのに彼が乗ってきたものだ。

 彼は優秀だからきっと、レティシア同様訓練前から飛べる人だったのだろう。


「〈浮かべ〉」


 箒が宙に浮くと、サイードは箒に腰掛けて膝の上にエリエノールを乗せた。


(殿下の上に、座ってる……)


 この状況ではそうせざるを得ないのかもしれないが、王太子の上に乗るなんてとても恐れ多いこと。誰かに見られたら不敬だと言われそうだ。


 サイードはそんなこと気にしていないのか、涼しい顔でエリエノールの腰と太腿に手を添えている。


(余裕な感じなのが、少しムカつく)


 こちとら腰と太腿に触られているせいで、ちょっとぞわぞわしているというのに。


「〈飛び立て〉」


 箒はサイードに従って徐々に上へと上がっていった。星の瞬く空へと、少しずつ近づいていく。


(落ちそうで怖い……)


 箒は昔から定番の飛行魔法道具であるが、あまりにも不安定じゃないかと思った。初めて乗ったからというのもあるかもしれない。とてもじゃないが、下を見る勇気はなかった。


(殿下がちょっと手を滑らせたりしたら、真っ逆さまに――)


 想像しただけで、ぶるりと身が震える。


 魔力が解放されたらエリエノールも自分で飛べるようにならなければならないが、自分なんかでもいつかはそんなことをできるようになるのだろうか。


「カリン嬢は君は先に館に帰ったのだと言っていたが、こんな離れたところにいたのはおかしくないか? 崖の上の柵も折れていたし、誰かに落とされたのでは――おい、姫。聞いているのか?」


「えっ? ああ、はい。聞こえていますよ」


(聞こえてたけど、聞いてない)


 サイードの声は耳には入っていたが、内容は理解していなかった。とにかく初めての飛行が怖くてそれどころではなかったのだ。


 そんなエリエノールの様子を知ってか知らずか、箒は飛行速度を上げる。小さく悲鳴を上げた。


「きゃっ」

「なんだ、怖いのか?」


 サイードがそう問うと、箒の動きが止まった。彼はエリエノールの顔を面白がるように見つめている。


「えっと、そんな――きゃああっ」


 答えきる前に、箒がいきなり下に落ち始めた。


(嘘!? 落ちる? 落ちる!?)


 思わず甲高い悲鳴を上げてサイードに掴まると、愉快そうな笑い声が聞こえた。箒は落ちるのをやめて、また上へと上がっていく。


(な、何だったの……?)


 エリエノールが混乱しているのを見ながらサイードは言った。


「やはり怖いのだな。君が自ら僕に抱きついてくるほどに」

「箒が、速いから……!」


 落ちるのが怖かったから抱きついただけで、別にくっつきたいわけじゃない。


「操縦してるのは僕だが、もっと速くもできるぞ」

「なんでこんなに速くするんですか!? もっとゆっくり――きゃあっ!!」


 こんなに人が怖がっているのにもっと速くするなんて、鬼なんじゃなかろうか。上に上がったり下に下りたり、サイードはからかうようにぐにゃぐにゃと不安定な飛行を続けた。


(そんなに人が怖がってるのが楽しいですか!? そんなにハグされたいんですか!?)


 サイードは、エリエノールが悲鳴を上げて彼にしがみつくのを楽しんでいたように見える。本当に趣味の悪いお方だ。





(自分で歩いてないのにこんな疲れることって、ある?)


 無事に館に着いた頃には、エリエノールはへとへとだった。ぐったりとしたエリエノールを抱えて医務室に連れていったサイードは、にやにや笑いながらさぞかし楽しそうにしていた。


(優しいのか意地悪なのか、よく分からないひと)


 合宿には学校医の一人が引率で来ていて、合宿のときだけの臨時の医者も一人医務室にいる。学校医に診てもらうと、左足の骨にひびが入っていると言われた。

 治癒魔法をかけてみて様子見だがおそらく数日間は歩けないだろうとのことで、移動するのに松葉杖を使わなければならなくなった。


(足の骨が折れたことはあるけど、松葉杖は使ったことないなぁ)


 また、合宿中は無駄な移動を減らすために一階の医務室のベッドで寝ることになり、事前に館に送っていた着替えなどの荷物は医務室に持ってこられた。

 みんなは二階に泊まっているから、なかなか寂しいものである。



(ご飯おいしい……)


 他の生徒たちはすでに夕食を終えたらしく、医務室にはサイードとエリエノールのための食事が運ばれてきた。疲れ果てた後の食事は、なんだかより美味しく感じる。


(それで、なんで殿下はここに?)


 サイードは何故か、エリエノールを届けた後もまだ医務室に居座っている。エリエノールが座っているベッドの隣でお見舞い用の椅子に座り、サイドテーブルの上に食事を置いて平然と食べていた。


(殿下と医務室で食事を――なんて、奇妙な感じ)


 そう思いながら食べていると、医務室のドアが大きな音を立てて開いた。


(びっくりしたぁ……なんだ、先生か)


 息も絶え絶えといった様子で入ってきたのは、一年Aクラス担任、ソレイマヌ・ブルイエ先生である。ブルイエ先生は早口で喋りながらこちらに歩いてきた。


「ランシアンさんは命は無事でなによりです。何時間も見つけられなくてすみませんでした。足を怪我したらしいですが大丈夫ですか?」

「今はあまり痛くないので平気です」


(先生こそ、呼吸やばそうですけど大丈夫ですか?)


「それは良かったです。鞄とその中身は見つけたので持ってきました。どうぞ」

「ありがとうございます」


 ブルイエ先生は、カリンに投げられて何処かに行ってしまっていたエリエノールの荷物を見つけてくれていたらしい。


(見つかって良かったなぁ)


「お大事に。――それでは王太子殿下。これはいったいどういうことでしょう?」


 ブルイエ先生はエリエノールに荷物を渡すと、今度はサイードの方に視線を向けた。凄まじい怒気が感じられる。


(あ、これは――)


 いつも温厚なことで有名なブルイエ先生だが、これはもしかしたら、いつもにこにこしている人ほど怒らせるとめちゃくちゃ怖いというあれなのかもしれない。


 サイードはにこりと笑って平然として答えた。

 

「何のことですか? 先生」


「何のことも何も殿下が何故勝手にここを抜け出したのかと聞いているのです。ランシアンさんを見つけたことは素晴らしいですが殿下はご自分の身を危険に晒して良いようなお方ではないのですよ。これで殿下に何かあったら何人の人が罰せられると思っているのです? 殿下の身勝手な行動が人の将来や命さえも左右することになるのです。そもそも殿下は――」


 ガミガミとブルイエ先生はサイードを叱責した。


(すごい迫力……)


 彼の言うことは尤もだが、こうも堂々と王太子であるサイードを叱れるブルイエ先生もすごい人だ。エリエノールはその光景を横目で眺めつつ、鞄の中身を確認した。


(土は付いてるけど、ちゃんと全部揃ってる)


 確認を終えてもまだサイードは叱られているところだったので、エリエノールはそれを見ながら夕食を再開した。


(お説教長いなぁ)


 サイードはブルイエ先生の話を聞いているのかいないのか、うんうんと頷きながら夕食をとっていた。

 ブルイエ先生は十数分間は怒鳴り続けていたと思う。ようやく終わるとサイードが口を開いた。


(お説教の間にちゃっかり食べ終わってますね、殿下)


「先生のおっしゃることは尤もです。僕の行動が軽率だったことも理解していますし、反省しています。すみませんでした」


(あ、なんかちゃんと謝ってる。意外)


「……もう二度と、自らの身を危険に晒すような真似はおやめください」


 ブルイエ先生は大きくため息をついた。エリエノールが見つからない上に王太子であるサイードまで勝手に何処かに行ってしまったとなれば、この数時間の心労は大きかったことだろう。教師はさぞかし大変だろうなと思った。


(お疲れさまです)

 

「はい。もうしません。……ところで、先生とお話がしたいのですがよろしいでしょうか? 少し気がかりなことがありまして」

「畏まりました。では隣の空き部屋で話しましょう。それではお大事に、ランシアンさん」

「はい、ありがとうございました」


 ブルイエ先生は医務室から出ていった。サイードは椅子から立ち上がると、エリエノールの頭を撫でてきた。


(なにかと触れてくることが多い人だな)


「じゃあな、姫。おやすみ」


 すっごくいい笑顔で、そう言われた。怒られた後なのに何故こんなご機嫌なんだろう。


「今日はご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。……ありがとうございました、殿下。おやすみなさい」


 サイードも医務室から出ていき、エリエノールは夕食を食べ終えると、学校医が持ってきてくれた水と布で体を拭いて服を着替えた。

 その後寝るために布団を被ってベッドに横たわると、医務室のベッドは少し固くなんとなく薬っぽい匂いがした。


 合宿初日から散々だったが、山登りでレティシアと話せたのは楽しかったし、焚き火をつくったのは面白かったし、初めて空を飛んだのは怖かったが悪くはなかった。


(予定通りじゃなかったけど、充実してた)


 エリエノールは目を瞑り、穏やかな眠りについた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ