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虫食い姫は隣国の王太子殿下から逃れたい。  作者: 幽八花あかね
隣国の王太子殿下から逃れたい。1章
16/70

16. 時計は全然見つからない 「ちょっと落ちてください」「嫌です」



「その、館に着いたときにはペアで一緒でいないといけないのではありませんか? 王太子殿下をお待たせしてしまっては……」


「サイード殿下と先生にはわたくしがお伝えしておきます。エリエノールさんが迷惑でなければですが、カリンを手伝ってくれませんか? ふたりで探した方がきっと早く見つかるでしょう」


 そう言ったのはレティシアだ。エリエノールはここにいる他のメンバーのことはよく知らないが、彼女のことは多少は信じているし好感を抱いている。


 昨日はレティシアと話したおかげで山登りへの不安が和らいだし、今日だってひとりぼっちだったエリエノールに声を掛けて一緒に歩いてくれた。

 彼女は優しくていつもお世話になっているから、彼女に頼まれれば答えは簡単に決まった。


(わたくしも、人の役に立ってみたい)


「はい。喜んでお手伝いいたします」

「ありがとうございます。では、エリエノールさん、カリン。どうかお気をつけて。また後でね」

「ありがとうございます、エリエノール様っ」


 そうしてエリエノールとカリン以外のメンバーは先へと進んでいった。エリエノールはカリンに付いて、いま来た道を戻っていく。


「どのあたりで落としたのか、心当たりはあるのですか?」

「たぶん、こっちの方だと思うんですけど……」


 



 あたりを見回しながら歩き、カリンと共に草むらを探ったりもしたがそれらしきものは見当たらなかった。いろいろと探っていくのだがなかなか見つからない。


「……ここもなさそうですね」


 エリエノールはその後もカリンを疑うことなく付いていった。歩きすぎて足が痛いのを我慢しつつ、ただ歩いていく。


「エリエノール様、そっちはありましたか?」

「いいえ、ありません」

「……何処にあるのでしょうね?」


 探し始めてしばらく経つが、どうにも先程からだんだん足場が悪くなってきている気がする。


 道は整備された道からとうに外れていて、今は木々が鬱蒼(うっそう)としたところに来ているところだ。葉が生い茂っているせいで昼間なのに薄暗い。


(なーんか不気味だなぁ。それに――)


 そこまで来て、ようやくエリエノールは何かおかしいぞと思いはじめた。こんな場所は先程通った覚えもなければ、視界に入った覚えもない。


(あれ……?)


 前を歩いていくカリンの背中を見つめて足を止める。


「……あの、カリン様」

「何ですか? エリエノール様」


 カリンは、笑みを浮かべてエリエノールの方を振り返った。彼女の顔に浮かぶのは、目が笑っていない、悪意に染まった笑みである。それを見て背筋がぞくりとした。


(いや、気のせいかもしれないから……)


 恐る恐る、カリンに尋ねる。


「……本当に、こんなところに時計があると思うのですか……?」

「……エリエノール様は、どうだと思いますか?」


 そう言って、カリンはエリエノールに近づいてきた。


(こわい)


 思わずさっと後ずさると、くらりとバランスを崩す。後ろに小さな段差があったようで、足を滑らせて尻餅をついて転んだ。


(痛い……)


 痛む臀部(でんぶ)を手で擦りながら、上を見上げる。カリンが、エリエノールを見下して(わら)っていた。


(怖い……姉様と、同じ瞳)


 屋敷でヘレナとネルが暴力を振るってくるときと同じ気配を感じさせる、悪意を宿したその瞳。その瞳で見られるといつもいつも痛い目に遭ってきた。


 心に恐怖が顔を出し、まずいと焦る。恐怖に心を支配されたら、体が固まって動けなくなってしまう。


(逃げ、なきゃ)


 今のうちに、彼女から逃げないといけない。立ち上がると、カリンに背を向けて全速力で走った。彼女は後ろから追いかけてくる。


「何故逃げるのです!? エリエノール様っ」


 その声には、狂気的なものが感じられた。獲物を狙い狩るように、憎き相手を仕留めるように、鋭く刺されるような声だった。


「……はぁ……はぁっ……」


(もっと、速く走らないと……)


 必死に足を動かしているのに、どんどん遅くなっていく。走るのに慣れていないこの体は簡単に息が上がって苦しくなってしまい、カリンとの距離は簡単に詰められていった。


(嫌だ、怖い……)


 すでに疲れて痛い足はうまく動かずにもつれて、エリエノールはまた転んだ。スカートの一部が擦り切れて穴が開く。


「自分から危険な場所に逃げるなんて馬鹿ですね。エリエノール様」

「……貴女は、本当に……時計を、探して、いますか?」


 息を切らして立ち上がるエリエノールの前で、カリンがポケットを再びまさぐった。そこからは出てきたのは、ひとつの懐中時計。


(まさか、なくしたというのは嘘だったの……?)


 カリンはにやりと笑いながら鎖を持って時計を揺らし、エリエノールに見せつける。


「時計をなくしたなんて嘘ですよ。ただ貴女に、ちょっと痛い目に遭ってもらおうと思ったのです」

「……何故、そんなことを」


 特に関わりがないカリンに恨まれるような理由は、身に覚えがなかった。


「貴女がレティシア様の婚約者様――王太子殿下を(たぶら)かすからです。レティシア様は、貴女のせいで悲しんでいるのですよ」

「どういうことですか?」


 エリエノールはサイードを誑かした覚えはない。一方的に絡まれていた自覚はあるが、自分から関わろうとはしていないはずだ。

 カリンが知るはずはないが、こちらは〝エリエノール〟と〝サイード様〟のような関係になったら困るからと彼を避けてきたのだから。


「殿下は貴女に興味を持っているでしょう。気づきませんか? 髪にキスまでされておいて、どうして知らん顔しているのです?」


(あれのせいか)


「……見られていたのですか」


 魔法薬基礎の授業で傷薬をつくった後、サイードはエリエノールの髪に口付けた。誰も見ていないと彼は言っていたが、実はばっちり見られていたのだろう。


 レティシアも、それを見て悲しんだのだろうか。自分の婚約者が他の女といちゃついているのをみたら、やはり気分は良くないはず。


(なんてこと、しちゃったんだろう)


 胸に罪悪感が込み上げてきた。サイードはみんなに注目されている人気者なのだから、そのペアで近くにいるエリエノールももっと人の視線を気にしておくべきだった。

 サイードに絡まれてもすぐに嫌だと拒否していれば良かった。


(そしたら、レティシア様も悲しまなかったのに……)


 自分の軽率な行いを恥じ、そして後悔する。もっとちゃんと、サイードと関わらないようにしなければならなかった。


「まあ、とにかく! この近くって崖なんです。ちょっと落ちてください」

「嫌です」


 さすがにこれにはエリエノールでも速攻で拒否した。いったい誰が自ら進んで崖から落ちようとなんてするだろう。誰かを守るためならまだしも、ひとりで自分で落ちるなんてただの自殺行為だ。


「抵抗されてもどうせ落とすので別にいいですけどね。〈身体強化〉」

「……!」


(あの日、ネル姉様も、これ使ってきた……)


 身体強化魔法をかければいつもより身体能力が上がり、防御力も攻撃力も上がる。ネルに殴られたときは、頬が抉れて醜い酷い傷ができた。


 その日のことをまざまざと思い出し、ぶるりと身が震える。あんな痛いことにはもう懲り懲りだ。

 カリンのは省略詠唱なので効果はやや薄いだろうが、痩せぎすのエリエノールに使うのには十分なのかもしれない。


 カリンはエリエノールに詰め寄ると持っていた鞄を奪い、それを勢いよく放り投げた。


(なんで、鞄?)


 あっさりと投げ飛ばされた鞄は大きく放物線を描き、何処かここからは見えないところに落ちていった。きっと中身は何処かでぐちゃぐちゃに飛び出ていることだろう。何もなくならず壊れず、無事でいてくれれば良いが。


「魔力を封印されている人には、魔力探知は使えません。学生証も遠くに行ってしまえば、貴女を探すのは大変でしょうね」

「……」


(やらかしたかもしれない)


 カリンの言う通り、ある程度の距離なら人の捜索に使えるはずの魔力探知魔法も、魔力を封印されているエリエノールを探すのには使えない。学生証は探知魔法で探せる魔法道具の一種だが、鞄に入れていたので今は手元にない。


 つまり、このまま館に着くことができなかったときに先生方が魔法でエリエノールを探すことができなくなった。


(これは完全にやらかした。まずい)



 じりじりとカリンが迫ってくる。


(逃げないと。何処か人のいるところに……)


 何度も転びながら、走って彼女から逃げる。


(足がうまく動かない。息が苦しい……)


 逃げても逃げても追い詰められる。

 とうとう柵があるところまで来てしまった。


(あっ……!)


 柵の向こうは崖だった。

 逃げる道筋についても、エリエノールはやらかしたのだ。


「じゃあ、さようなら」

「っ!」


 カリンがエリエノールを押すと、木製の柵が折れた。


 ぐらりと視界が揺れ、浮遊感を覚える。


 エリエノールの体は、折れた柵と共に崖から落下し始めた。



(ミクさんが言ってたのは、これのことね)


 友だち云々で浮かれていたせいで記憶から薄れていたが、ミクは昨日『エリエノールが突き飛ばされて怪我する』と言っていたのだ。


(馬鹿だなぁ)


 ミクはエリエノールを気にして警告してくれていたのに、それを活用できていない自分は馬鹿だとしか思えない。気をつけるなんて言っておきながらこの様だ。


(わたくしが怪我をした後の姉様も、いつもこんな顔してたな……)


 崖の上から見下ろしてくるカリンの邪悪な笑みを見ながら、エリエノールは崖下に身を打ち付けた。



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